それぞれの唇で。
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〇〇が主導権を握っていられたのはほんのしばらくの間だった。
長い階段を三分の一ほど下ったあたりで、後ろから腕を思いきり引っ張られた。
突き飛ばされなかっただけまだマシか、と〇〇は打ちつけた背中を労った。
「ったー…。ペーター、あんまり乱暴にしないでよ」
「嫌いじゃないくせに、よく言いますね」
「いや、痛いこととかあたしは嫌なんだけど…」
階段の途中の壁に無造作に押しつけられたため、身動きがとれない。
いったいなにがペーターの癇に障ったのだろう。暗く爛々と輝く赤い目は、明らかに苛々刺々と不穏な空気を醸し出している。
まあ言ってしまえば、あたしの存在そのものが白ウサギさんに心的悪影響を及ぼしていそうだ。
二人きりになるといつもこんな空気になってしまうのは不可抗力だ。ペーターが妥協、または苦境を耐え忍ぶ努力をしない限り、この先も改善は望めまい。
「あの、ペーター?ここでこんなことをしてる間に、アリスに会いに行くべきなんじゃないかなー…」
「ええ、これは時間の浪費以外のなにものでもない」
力強く強調しながらも彼が続けた言葉に、〇〇は唖然とした。
「――しかし、先にはっきりさせておかなくてはならないことがあります」
「え…?」
アリスを差し置いても明確にすべき事柄があるとは思えない。ましてや相手はあのペーター=ホワイトだ。
〇〇は内心首を傾げたが、突如として口に刺さった指に息を詰めた。
「ぐ……っ!?」
唇を無理矢理こじ開け、歯列を割り、ペーターは有無を言わさず数本の指を〇〇の口の中に捩じ込んだ。
おえ、と吐き気が込み上げて涙目になる。あまりの仕打ちにわけのわからない〇〇は、苦しさの滲んだ視線で理由を求めた。
すると、うっすらとペーターの表情に感情が浮かんだ。嘲るそれでありながら、瞳は鋭い高熱を孕んでいた。
「他でもない僕の指だ。どうです。嬉しいでしょう」
会話を期待しない、むしろ返答の無意味な断定だった。
手袋の布地が口内の水分を吸収していき、乾く。一方で、指が舌を弄ぶことによって唾液の生成が促された。
「ぇ、ぅ……っ」
「あなたは男に指を銜えられて悦ぶ女だから、もちろん銜えるのも好きなんでしょうね?」
薄ら笑いで、身体を押さえ込み、口の中を荒らす。
片手を壁に封じられた〇〇は、空いた手でペーターの手首を握り引き離そうとしたが、どうにもうまくいかない。
顎を掴むように指を入れ、さらにその手が頭を壁に押しつける格好になっているせいだった。
ペーターは間近で〇〇の苦悶を眺め、心地良さそうに唇を歪めた。
「みっともない顔をして…そんなに気持ちいいんですか?まあ、僕にはわからない、わかりたくもない趣向ですけど」
潔癖症の白ウサギが行為の不衛生さ(主に〇〇にとってだが)に気づかないはずがない。
それを凌駕するほどの愉快さを感じているのなら、彼のサディスティックな面こそ注目に値する。
あたしはエムじゃないと言いたかったが、肝心の場所は塞がれていて言えやしない。
うぐぐと呻くと、ペーターは場違いな恍惚を宿して〇〇を見つめた。
「時計屋などを付き合わせるくらいなら、僕に土下座して頼めばいいんですよ。僕なら元からあなたを見下してますから、今さらどれだけ浅ましいお願いをされようが構いません。あなたがどうしてもと乞うのなら、僕の気分次第でお望みどおり虐げてあげます」
「ふ、ん、……っ」
先ほどまで不機嫌を全開にしていたとは思えない。いつの間にやら、白ウサギは喜々として余所者を苦しめ笑っていた。
機嫌が直ってなにより、と皮肉を胸に、〇〇は喉元に伝う唾液を感じた。ふ、と赤い目がその行方を追う。
ペーターの頭の位置が下にずれる。
長く白い耳が視界に入り、他者の息を肌に感じたとき、ぞわっと背筋に悪寒が走った。
「……っ」
愛らしいはずのウサギが突如として、牙を剥き出しにした獣へと変わる――錯覚。
頸動脈の辺りに、舌と共に硬い歯を感じ、〇〇は息を止める。
無意識に顎に力を入れた瞬間、咎めるように喉の奥を突かれ、同時に喉を噛みつかれた。
「ッ――!」
〇〇は声にならない悲鳴を上げる。直後、ペーターはずるりと指を引き抜いた。
「いったい何様のつもりです、〇〇?…この僕に噛みつくなんて、いい度胸してるじゃないですか」
ペーターは言葉ほど怒気を交えずに、どちらかというと〇〇の足掻きを楽しむように言った。
咳き込む〇〇の身体を壁に押さえたまま、赤い目は喘ぐ様子を満足そうにじっくりと眺めている。
「ふっ…。あなたに似合いの厭らしい顔をしていますよ」
「は、あ…」
理不尽な扱いに耐え抜いた甲斐あってか、本当にペーターの機嫌は完全に直ったようだった。
涙目でそれを確認しながら、〇〇は荒い呼吸を整えた。まったくなにをしたかったのか理解不能である。
ペーターはたった今気づいたように顔を顰めて、じっとりと濡れたそれを手荒に外して放り出した。
(……。これ、誰が始末することになるんだろう…?)
階段に無造作に捨てられた、唾液まみれの手袋。
身体を解放された〇〇は、ここはあたしが拾うべきなのか、と時計屋の仏頂面を思い出して思案した。
が、思考を中断するように、再度乱暴な力が〇〇の腕を引っ張った。
「いつまでその間抜け面を晒しているつもりですか?さっさと行きますよ」
「い、行くって…?」
縺れさせながら懸命に足を動かしてついていく。〇〇に触れる手は当然のように布に覆われているほうだった。
「ハッ、なにを今さら…。アリスに会いに行くに決まっているでしょう?」
「あ。……そういえば、そうだったな」
誰のせいでこうなったと思っているのか。鼻で笑われた〇〇はもうどうにでもしてくれといった心境になった。
「物覚えの悪い頭ですね。わかったなら、もう黙ってください。手土産にお喋りは不要です」
微塵も気遣う様子を見せずに自分のペースで階段を下りていく白ウサギ。
揺れる長い耳を後ろから目で追いながら、〇〇は深く…それはもう深く溜め息をついた。
噛みついた喉から離れる間際、名残を惜しむように吸いついた唇の感触が、妙に〇〇の肌に残っていた。
end。→あとがき
長い階段を三分の一ほど下ったあたりで、後ろから腕を思いきり引っ張られた。
突き飛ばされなかっただけまだマシか、と〇〇は打ちつけた背中を労った。
「ったー…。ペーター、あんまり乱暴にしないでよ」
「嫌いじゃないくせに、よく言いますね」
「いや、痛いこととかあたしは嫌なんだけど…」
階段の途中の壁に無造作に押しつけられたため、身動きがとれない。
いったいなにがペーターの癇に障ったのだろう。暗く爛々と輝く赤い目は、明らかに苛々刺々と不穏な空気を醸し出している。
まあ言ってしまえば、あたしの存在そのものが白ウサギさんに心的悪影響を及ぼしていそうだ。
二人きりになるといつもこんな空気になってしまうのは不可抗力だ。ペーターが妥協、または苦境を耐え忍ぶ努力をしない限り、この先も改善は望めまい。
「あの、ペーター?ここでこんなことをしてる間に、アリスに会いに行くべきなんじゃないかなー…」
「ええ、これは時間の浪費以外のなにものでもない」
力強く強調しながらも彼が続けた言葉に、〇〇は唖然とした。
「――しかし、先にはっきりさせておかなくてはならないことがあります」
「え…?」
アリスを差し置いても明確にすべき事柄があるとは思えない。ましてや相手はあのペーター=ホワイトだ。
〇〇は内心首を傾げたが、突如として口に刺さった指に息を詰めた。
「ぐ……っ!?」
唇を無理矢理こじ開け、歯列を割り、ペーターは有無を言わさず数本の指を〇〇の口の中に捩じ込んだ。
おえ、と吐き気が込み上げて涙目になる。あまりの仕打ちにわけのわからない〇〇は、苦しさの滲んだ視線で理由を求めた。
すると、うっすらとペーターの表情に感情が浮かんだ。嘲るそれでありながら、瞳は鋭い高熱を孕んでいた。
「他でもない僕の指だ。どうです。嬉しいでしょう」
会話を期待しない、むしろ返答の無意味な断定だった。
手袋の布地が口内の水分を吸収していき、乾く。一方で、指が舌を弄ぶことによって唾液の生成が促された。
「ぇ、ぅ……っ」
「あなたは男に指を銜えられて悦ぶ女だから、もちろん銜えるのも好きなんでしょうね?」
薄ら笑いで、身体を押さえ込み、口の中を荒らす。
片手を壁に封じられた〇〇は、空いた手でペーターの手首を握り引き離そうとしたが、どうにもうまくいかない。
顎を掴むように指を入れ、さらにその手が頭を壁に押しつける格好になっているせいだった。
ペーターは間近で〇〇の苦悶を眺め、心地良さそうに唇を歪めた。
「みっともない顔をして…そんなに気持ちいいんですか?まあ、僕にはわからない、わかりたくもない趣向ですけど」
潔癖症の白ウサギが行為の不衛生さ(主に〇〇にとってだが)に気づかないはずがない。
それを凌駕するほどの愉快さを感じているのなら、彼のサディスティックな面こそ注目に値する。
あたしはエムじゃないと言いたかったが、肝心の場所は塞がれていて言えやしない。
うぐぐと呻くと、ペーターは場違いな恍惚を宿して〇〇を見つめた。
「時計屋などを付き合わせるくらいなら、僕に土下座して頼めばいいんですよ。僕なら元からあなたを見下してますから、今さらどれだけ浅ましいお願いをされようが構いません。あなたがどうしてもと乞うのなら、僕の気分次第でお望みどおり虐げてあげます」
「ふ、ん、……っ」
先ほどまで不機嫌を全開にしていたとは思えない。いつの間にやら、白ウサギは喜々として余所者を苦しめ笑っていた。
機嫌が直ってなにより、と皮肉を胸に、〇〇は喉元に伝う唾液を感じた。ふ、と赤い目がその行方を追う。
ペーターの頭の位置が下にずれる。
長く白い耳が視界に入り、他者の息を肌に感じたとき、ぞわっと背筋に悪寒が走った。
「……っ」
愛らしいはずのウサギが突如として、牙を剥き出しにした獣へと変わる――錯覚。
頸動脈の辺りに、舌と共に硬い歯を感じ、〇〇は息を止める。
無意識に顎に力を入れた瞬間、咎めるように喉の奥を突かれ、同時に喉を噛みつかれた。
「ッ――!」
〇〇は声にならない悲鳴を上げる。直後、ペーターはずるりと指を引き抜いた。
「いったい何様のつもりです、〇〇?…この僕に噛みつくなんて、いい度胸してるじゃないですか」
ペーターは言葉ほど怒気を交えずに、どちらかというと〇〇の足掻きを楽しむように言った。
咳き込む〇〇の身体を壁に押さえたまま、赤い目は喘ぐ様子を満足そうにじっくりと眺めている。
「ふっ…。あなたに似合いの厭らしい顔をしていますよ」
「は、あ…」
理不尽な扱いに耐え抜いた甲斐あってか、本当にペーターの機嫌は完全に直ったようだった。
涙目でそれを確認しながら、〇〇は荒い呼吸を整えた。まったくなにをしたかったのか理解不能である。
ペーターはたった今気づいたように顔を顰めて、じっとりと濡れたそれを手荒に外して放り出した。
(……。これ、誰が始末することになるんだろう…?)
階段に無造作に捨てられた、唾液まみれの手袋。
身体を解放された〇〇は、ここはあたしが拾うべきなのか、と時計屋の仏頂面を思い出して思案した。
が、思考を中断するように、再度乱暴な力が〇〇の腕を引っ張った。
「いつまでその間抜け面を晒しているつもりですか?さっさと行きますよ」
「い、行くって…?」
縺れさせながら懸命に足を動かしてついていく。〇〇に触れる手は当然のように布に覆われているほうだった。
「ハッ、なにを今さら…。アリスに会いに行くに決まっているでしょう?」
「あ。……そういえば、そうだったな」
誰のせいでこうなったと思っているのか。鼻で笑われた〇〇はもうどうにでもしてくれといった心境になった。
「物覚えの悪い頭ですね。わかったなら、もう黙ってください。手土産にお喋りは不要です」
微塵も気遣う様子を見せずに自分のペースで階段を下りていく白ウサギ。
揺れる長い耳を後ろから目で追いながら、〇〇は深く…それはもう深く溜め息をついた。
噛みついた喉から離れる間際、名残を惜しむように吸いついた唇の感触が、妙に〇〇の肌に残っていた。
end。→あとがき