それぞれの唇で。
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本の中にはひとつの世界がある。
筆者による読者の誘(いざな)い方が巧みなほどに、引き込まれてのめり込み、まるで自身が体感しているかのような気分になる。
〇〇はある本を読み耽っていた。本といえばブラッドの自室が宝庫なので、一冊借りて帰って時計塔で一心に読んでいるのである。
時計塔の主はいつもどおり仕事をしており、こちらも黙々と作業を続けている。
同じ部屋にいながらひとつも言葉を交わさずにいるが、決して居心地の悪い沈黙ではなかった。
と、そのとき、ページをめくる音とほぼ同時に〇〇が小さく声を上げた。
「っぃた…」
個々に仕切られていた空間が崩れた。すぐにユリウスは伏せていた顔を上げ、どうしたと声をかけた。
〇〇は瞬間的に見つめた人差し指を、彼に向かって一振り動かしてみせた。
「気を散らせた?ごめん。ちょっと切っちゃっただけ」
「ああ、紙か…」
察したようにユリウスが言った。〇〇は頷く。溜め息をついて、欝陶しそうに再び指を見つめた。
見ているうちに、じわじわと赤が滲んできた。“切る”怪我が特に嫌いな〇〇は、むうと眉を寄せた。
「そ。紙ってなにげに痛いから嫌。ほんのちょっと切っただけで、存在を主張してくるし」
「…見せてみろ」
ユリウスが手を伸ばしてくる。〇〇の心から嫌がる声に、彼なりに気を遣ったのかもしれない。
たいしたことはないが、親切な手を引っ込めてもらうのも失礼な気がした。
素直に差し出すと、眼鏡をかけたまま具合を見てくれた。よく見えるだろうから、〇〇が大袈裟だということも丸わかりだろう。
呆れられるに違いないが、嫌なものは嫌なのだ。
〇〇はもう一方の手で頬杖をついて、少々言い訳がましく話を続けた。
「紙で切るって珍しくはない怪我だけど、だからこそ運が悪いと頻繁にやっちゃうんだよ」
「おまえの行動が雑なんだろう。気をつければ回避できるはずだ」
「それでも起こったらどうすればいいわけ。これ以上気をつけようがなかったら?」
「……ナイフでざっくりやったのならともかく、この程度は舐めておけば済む話だろう」
ざっくり、なんてポピュラー且つ想像力を掻き立てる表現はやめてほしい。
すっと血の気が引く感覚を味わった〇〇は、ぶんぶんと映像を振り払った。
「やめて…ざっくりとか!血の味もできれば味わいたくない…」
「――…注文の多い奴だ」
やれやれと言いたげな声は、しかし許容の甘さに包まれて柔らかく引く響いた。
意外さに驚いた〇〇の目が、施された思いがけない行為にさらに丸く開かれた。
赤の滲んだ指が熱い口内に姿を消す。ぬるりと巻きついた舌は小さな切り傷を覆った。
軽く吸い上げられて、やられ慣れない感覚に口に含まれた指先がぴくりと動いた。
(これって、手当て…か?)
この状況ではそれ以外に考えられず、またそれ以外の理由をつけるのに必要な親密さを二人は持っていなかった。
意外だ。まったくもって意外過ぎる。案外世話焼きさんなのか?と〇〇はユリウスを窺った。
予期せぬ訪問者が無遠慮に扉を開いたのはちょうどそのときだった。
筆者による読者の誘(いざな)い方が巧みなほどに、引き込まれてのめり込み、まるで自身が体感しているかのような気分になる。
〇〇はある本を読み耽っていた。本といえばブラッドの自室が宝庫なので、一冊借りて帰って時計塔で一心に読んでいるのである。
時計塔の主はいつもどおり仕事をしており、こちらも黙々と作業を続けている。
同じ部屋にいながらひとつも言葉を交わさずにいるが、決して居心地の悪い沈黙ではなかった。
と、そのとき、ページをめくる音とほぼ同時に〇〇が小さく声を上げた。
「っぃた…」
個々に仕切られていた空間が崩れた。すぐにユリウスは伏せていた顔を上げ、どうしたと声をかけた。
〇〇は瞬間的に見つめた人差し指を、彼に向かって一振り動かしてみせた。
「気を散らせた?ごめん。ちょっと切っちゃっただけ」
「ああ、紙か…」
察したようにユリウスが言った。〇〇は頷く。溜め息をついて、欝陶しそうに再び指を見つめた。
見ているうちに、じわじわと赤が滲んできた。“切る”怪我が特に嫌いな〇〇は、むうと眉を寄せた。
「そ。紙ってなにげに痛いから嫌。ほんのちょっと切っただけで、存在を主張してくるし」
「…見せてみろ」
ユリウスが手を伸ばしてくる。〇〇の心から嫌がる声に、彼なりに気を遣ったのかもしれない。
たいしたことはないが、親切な手を引っ込めてもらうのも失礼な気がした。
素直に差し出すと、眼鏡をかけたまま具合を見てくれた。よく見えるだろうから、〇〇が大袈裟だということも丸わかりだろう。
呆れられるに違いないが、嫌なものは嫌なのだ。
〇〇はもう一方の手で頬杖をついて、少々言い訳がましく話を続けた。
「紙で切るって珍しくはない怪我だけど、だからこそ運が悪いと頻繁にやっちゃうんだよ」
「おまえの行動が雑なんだろう。気をつければ回避できるはずだ」
「それでも起こったらどうすればいいわけ。これ以上気をつけようがなかったら?」
「……ナイフでざっくりやったのならともかく、この程度は舐めておけば済む話だろう」
ざっくり、なんてポピュラー且つ想像力を掻き立てる表現はやめてほしい。
すっと血の気が引く感覚を味わった〇〇は、ぶんぶんと映像を振り払った。
「やめて…ざっくりとか!血の味もできれば味わいたくない…」
「――…注文の多い奴だ」
やれやれと言いたげな声は、しかし許容の甘さに包まれて柔らかく引く響いた。
意外さに驚いた〇〇の目が、施された思いがけない行為にさらに丸く開かれた。
赤の滲んだ指が熱い口内に姿を消す。ぬるりと巻きついた舌は小さな切り傷を覆った。
軽く吸い上げられて、やられ慣れない感覚に口に含まれた指先がぴくりと動いた。
(これって、手当て…か?)
この状況ではそれ以外に考えられず、またそれ以外の理由をつけるのに必要な親密さを二人は持っていなかった。
意外だ。まったくもって意外過ぎる。案外世話焼きさんなのか?と〇〇はユリウスを窺った。
予期せぬ訪問者が無遠慮に扉を開いたのはちょうどそのときだった。