この手で世界から君を奪う。
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「――行くのか?」
外出を黙認していたユリウスに初めて声をかけられたとき、跳ね上がる鼓動が〇〇自身を驚かせた。
それは子供が悪戯を咎められたような気持ちというより、隠し通してきた一生の嘘が暴かれる焦りに似ていた。
アリスを求め、滞在地の時計塔を出て歩き回った回数は数え切れず。その日々に今のような居心地の悪さはなかった。
当たり前だ。目的が違う。〇〇が出かけるのは、アリスに会いに行くためではない。
拒否して拒絶して、それでも最後の最後には抗い切れずに呑み込まれた。いや、最後とはいったい何処だ?まさに真っ只中だ。
ありえないと思っていたのに。その“ありえない”感情が〇〇の胸に宿っている。
その感情を向ける先にいるオレンジ色のウサギは、いつだって満面の笑みで両腕を広げて〇〇を歓迎する。
会いたかったと抱きしめられると、この腕は抱きしめ返してしまうようになった。
手を繋がれても好きなようにさせ、好きだと口づけられれば目蓋を下ろした。
いまだに完全には拭い去れていない違和感が心を苦しめるのに――。
「…うん。行ってくる」
なんでもないような顔を作り、意識して視線を合わせる。ユリウスは辛そうに眉を寄せると、ふいと目を逸らした。
「そんな目で見るな…」
「え?」
「そんな縋るような目で私を見るなと言っている」
ガタリと席を立ったユリウスは、修理中の時計を放置して〇〇に近づいた。
尋常でない気配に、自ずと足が後退する。一歩の間隔さえ禁じるように手首を掴まれた。
「ユリウス、なに…」
「おまえも解っているはずだ。いつまでもここを逃げ場にはできないことを」
ぎくりと肩が強張った。とうとう踏み込まれた。
けれど、今までユリウスなりに優しさも譲歩も与えてくれていたのだ。
彼の言うとおり、いつまでもこうしていられるわけがない。口を噤む〇〇に、抑揚を抑えた声が続けた。
「本当は…もっと早く言うつもりだった。おまえがあの男を選んだとわかったときに」
「あたしは別に選んだつもりは、」
「おまえにそのつもりがなくても、事実はそういうことだろう」
咄嗟の反論にもユリウスはただ苦く笑うだけだ。
そう、どう言い訳したって事実は曲げられない。抵抗をやめた時点で、受け入れたことになる。
「いずれおまえは出ていくだろうと思った。私が口を出して急かす必要はない。それなら黙っていようと…」
「ユリウス」
「あわよくばこのまま時計塔にいてくれるんじゃないか。卑怯にも私はそう思っていたし……そうだな、心の中で密かに願っていた」
手を引いて胸に抱き寄せられても、〇〇は動かなかった。
――あたしは逃げ場がほしかった。
抵抗はしないくせに、ずっと傍にいるのが怖かった。
帽子屋屋敷に来いよと何度誘われても、曖昧に濁して明確な返答を避けた。四六時中一緒にいることになれば、本当に戻れなくなる気がして。
自分の態度の割り切れない部分が、彼を不安にしていると知っていた。
長い耳を垂らして、あの一途な瞳が不安定に揺らぐのを目にしたこともあった。
それでも、時計塔に居場所を求めて帰ることをやめられずにいた。
いつこの甘えを突っぱねられるかと〇〇は恐れていた。
時計塔に帰る場所がなくなれば、引き返すことは二度とかなわない。
きっとそんな思いが表れ、縋るような眼差しでユリウスを見ていたのだろう。
「私はおまえを追い出したいわけじゃない。…〇〇、」
ユリウスは掻き抱くようにして、〇〇の首筋に顔を寄せた。
「――他の男に渡すために、私は今までおまえをここに置いていたというのか」
吐息が撫でた肌を悟って震えた。そこは夜の時間帯に、エリオットが刻印を残した場所。
〇〇が駄目だと呟くのが早いか、発砲音が部屋に乱入するのが先か。
物が砕け散る。ぐいと身体ごと反転させられ、庇うようにユリウスが前方に立った。
素早く工具を銃に変え照準を合わせる。その先には同じく銃を手にしたオレンジ色のウサギがいた。
〇〇は目を瞠って彼の名前を呼んだ。
「エリオット…!」
「むやみに撃って〇〇に当たったらどうするつもりだ、三月ウサギ。その過信で身を滅ぼすのは勝手だが、こいつを巻き込むな」
ユリウスが冷然と言い放つ。エリオットは真っ直ぐに銃口を突きつけ、はっと鼻で笑った。
「安心しな。てめえにしか当てねえよ。一発で終わらせねえ、ちゃんと嬲り殺してやるぜ」
憎悪を滾らせた眼でユリウスを射抜き、すっと視線をその奥に流す。
ユリウスの背後にいた〇〇はどくっと心臓を打たれた。
「〇〇。こっちに来いよ」
エリオットは微笑んで〇〇を呼ぶ。殺意の代わりに愛しさを滲ませて。
現状でエリオットの傍へ行けば、彼はユリウスをどうするだろうか。
役持ち同士が定期的に会わなければならない時間が今でないのなら、ナイトメアがどうにかしてくれるはずだ。
だが、誤解されかねない場面をエリオットに見られた。彼はもはや〇〇を時計塔に置いておかないだろう。
そう思うと、足が動かない。立ち竦む〇〇に、エリオットの表情が徐々に柔らかさをなくしていく。
苛立ち以上に焦りを色濃くして、ぎりと銃を握りしめた。
「どうしたんだよ。…なあ、早く来いって」
「そんなことで〇〇を傍に置けると思っているのか」
ユリウスが割り込むように口を出した。〇〇の姿を遮る位置に足を進め、いっそうエリオットの感情を荒立たせる。
「…どけよ、時計屋」
「今の貴様には〇〇を渡せん」
「んだと?てめ…っ」
「心底欲しいと望んでいながら、なぜもっと行動に出ない?だからいつまで経ってもこいつは尻込みしたままなんだ」
エリオットが返す言葉に詰まったのは、ユリウスの放った言葉が彼の中のどこかを貫いたからだろうか。
ユリウスは誰にも悟らせない刹那の苦痛をその表情に浮かべた。
なにかを堪える一瞬の間。睨みつける強い視線でエリオットを圧倒した。
「――本当にこいつを大切だと思うなら、多少強引にでも傍に引き留めておけ。後戻りなどもはや不可能なのだと思い知らせてやれ。…それから、骨の髄まで幸せにしてやればいい」
振り返ったユリウスは己の身体で遮る中、〇〇を引き寄せた。抱擁は流れるように解かれた。
気がついたときには、〇〇は三月ウサギの腕の中にいた。
離すまいという頑強な力に包み込まれ、時計屋が身を翻してその広い背中を向けるのを見たとき。
〇〇はついに自分の居場所が唯ひとつになったことを知った。
「渡さねえよ、誰にも…もう二度と」
手首を握って、エリオットは長い階段を下っていく。しかし引っ張る力はあくまで触れ合う程度だ。
〇〇は今、自分の足で、自分の意志で彼の後ろを歩いていた。
ユリウスの言葉がエリオットの不安定さを消し去ったとわかった。この先、エリオットはなにがあっても〇〇を離さないだろう。
そしてユリウスは〇〇にも確かな影響を与えていた。
一段、一段を踏みしめる。自分が向かう先にあるものを受け入れながら。
置いたままの荷物を取りに、〇〇はまた時計塔に戻るだろう。だが、次に“帰る”先はきっと帽子屋屋敷だ。
手首を包んでいたエリオットの掌が、そっと滑り落ちる。自然と絡む指と指。
〇〇は静かに小さく微笑んで、恋人の手を優しく握り返した。
「エリオット。……ずっと、あたしの手を離さないで」
end。→あとがき
外出を黙認していたユリウスに初めて声をかけられたとき、跳ね上がる鼓動が〇〇自身を驚かせた。
それは子供が悪戯を咎められたような気持ちというより、隠し通してきた一生の嘘が暴かれる焦りに似ていた。
アリスを求め、滞在地の時計塔を出て歩き回った回数は数え切れず。その日々に今のような居心地の悪さはなかった。
当たり前だ。目的が違う。〇〇が出かけるのは、アリスに会いに行くためではない。
拒否して拒絶して、それでも最後の最後には抗い切れずに呑み込まれた。いや、最後とはいったい何処だ?まさに真っ只中だ。
ありえないと思っていたのに。その“ありえない”感情が〇〇の胸に宿っている。
その感情を向ける先にいるオレンジ色のウサギは、いつだって満面の笑みで両腕を広げて〇〇を歓迎する。
会いたかったと抱きしめられると、この腕は抱きしめ返してしまうようになった。
手を繋がれても好きなようにさせ、好きだと口づけられれば目蓋を下ろした。
いまだに完全には拭い去れていない違和感が心を苦しめるのに――。
「…うん。行ってくる」
なんでもないような顔を作り、意識して視線を合わせる。ユリウスは辛そうに眉を寄せると、ふいと目を逸らした。
「そんな目で見るな…」
「え?」
「そんな縋るような目で私を見るなと言っている」
ガタリと席を立ったユリウスは、修理中の時計を放置して〇〇に近づいた。
尋常でない気配に、自ずと足が後退する。一歩の間隔さえ禁じるように手首を掴まれた。
「ユリウス、なに…」
「おまえも解っているはずだ。いつまでもここを逃げ場にはできないことを」
ぎくりと肩が強張った。とうとう踏み込まれた。
けれど、今までユリウスなりに優しさも譲歩も与えてくれていたのだ。
彼の言うとおり、いつまでもこうしていられるわけがない。口を噤む〇〇に、抑揚を抑えた声が続けた。
「本当は…もっと早く言うつもりだった。おまえがあの男を選んだとわかったときに」
「あたしは別に選んだつもりは、」
「おまえにそのつもりがなくても、事実はそういうことだろう」
咄嗟の反論にもユリウスはただ苦く笑うだけだ。
そう、どう言い訳したって事実は曲げられない。抵抗をやめた時点で、受け入れたことになる。
「いずれおまえは出ていくだろうと思った。私が口を出して急かす必要はない。それなら黙っていようと…」
「ユリウス」
「あわよくばこのまま時計塔にいてくれるんじゃないか。卑怯にも私はそう思っていたし……そうだな、心の中で密かに願っていた」
手を引いて胸に抱き寄せられても、〇〇は動かなかった。
――あたしは逃げ場がほしかった。
抵抗はしないくせに、ずっと傍にいるのが怖かった。
帽子屋屋敷に来いよと何度誘われても、曖昧に濁して明確な返答を避けた。四六時中一緒にいることになれば、本当に戻れなくなる気がして。
自分の態度の割り切れない部分が、彼を不安にしていると知っていた。
長い耳を垂らして、あの一途な瞳が不安定に揺らぐのを目にしたこともあった。
それでも、時計塔に居場所を求めて帰ることをやめられずにいた。
いつこの甘えを突っぱねられるかと〇〇は恐れていた。
時計塔に帰る場所がなくなれば、引き返すことは二度とかなわない。
きっとそんな思いが表れ、縋るような眼差しでユリウスを見ていたのだろう。
「私はおまえを追い出したいわけじゃない。…〇〇、」
ユリウスは掻き抱くようにして、〇〇の首筋に顔を寄せた。
「――他の男に渡すために、私は今までおまえをここに置いていたというのか」
吐息が撫でた肌を悟って震えた。そこは夜の時間帯に、エリオットが刻印を残した場所。
〇〇が駄目だと呟くのが早いか、発砲音が部屋に乱入するのが先か。
物が砕け散る。ぐいと身体ごと反転させられ、庇うようにユリウスが前方に立った。
素早く工具を銃に変え照準を合わせる。その先には同じく銃を手にしたオレンジ色のウサギがいた。
〇〇は目を瞠って彼の名前を呼んだ。
「エリオット…!」
「むやみに撃って〇〇に当たったらどうするつもりだ、三月ウサギ。その過信で身を滅ぼすのは勝手だが、こいつを巻き込むな」
ユリウスが冷然と言い放つ。エリオットは真っ直ぐに銃口を突きつけ、はっと鼻で笑った。
「安心しな。てめえにしか当てねえよ。一発で終わらせねえ、ちゃんと嬲り殺してやるぜ」
憎悪を滾らせた眼でユリウスを射抜き、すっと視線をその奥に流す。
ユリウスの背後にいた〇〇はどくっと心臓を打たれた。
「〇〇。こっちに来いよ」
エリオットは微笑んで〇〇を呼ぶ。殺意の代わりに愛しさを滲ませて。
現状でエリオットの傍へ行けば、彼はユリウスをどうするだろうか。
役持ち同士が定期的に会わなければならない時間が今でないのなら、ナイトメアがどうにかしてくれるはずだ。
だが、誤解されかねない場面をエリオットに見られた。彼はもはや〇〇を時計塔に置いておかないだろう。
そう思うと、足が動かない。立ち竦む〇〇に、エリオットの表情が徐々に柔らかさをなくしていく。
苛立ち以上に焦りを色濃くして、ぎりと銃を握りしめた。
「どうしたんだよ。…なあ、早く来いって」
「そんなことで〇〇を傍に置けると思っているのか」
ユリウスが割り込むように口を出した。〇〇の姿を遮る位置に足を進め、いっそうエリオットの感情を荒立たせる。
「…どけよ、時計屋」
「今の貴様には〇〇を渡せん」
「んだと?てめ…っ」
「心底欲しいと望んでいながら、なぜもっと行動に出ない?だからいつまで経ってもこいつは尻込みしたままなんだ」
エリオットが返す言葉に詰まったのは、ユリウスの放った言葉が彼の中のどこかを貫いたからだろうか。
ユリウスは誰にも悟らせない刹那の苦痛をその表情に浮かべた。
なにかを堪える一瞬の間。睨みつける強い視線でエリオットを圧倒した。
「――本当にこいつを大切だと思うなら、多少強引にでも傍に引き留めておけ。後戻りなどもはや不可能なのだと思い知らせてやれ。…それから、骨の髄まで幸せにしてやればいい」
振り返ったユリウスは己の身体で遮る中、〇〇を引き寄せた。抱擁は流れるように解かれた。
気がついたときには、〇〇は三月ウサギの腕の中にいた。
離すまいという頑強な力に包み込まれ、時計屋が身を翻してその広い背中を向けるのを見たとき。
〇〇はついに自分の居場所が唯ひとつになったことを知った。
「渡さねえよ、誰にも…もう二度と」
手首を握って、エリオットは長い階段を下っていく。しかし引っ張る力はあくまで触れ合う程度だ。
〇〇は今、自分の足で、自分の意志で彼の後ろを歩いていた。
ユリウスの言葉がエリオットの不安定さを消し去ったとわかった。この先、エリオットはなにがあっても〇〇を離さないだろう。
そしてユリウスは〇〇にも確かな影響を与えていた。
一段、一段を踏みしめる。自分が向かう先にあるものを受け入れながら。
置いたままの荷物を取りに、〇〇はまた時計塔に戻るだろう。だが、次に“帰る”先はきっと帽子屋屋敷だ。
手首を包んでいたエリオットの掌が、そっと滑り落ちる。自然と絡む指と指。
〇〇は静かに小さく微笑んで、恋人の手を優しく握り返した。
「エリオット。……ずっと、あたしの手を離さないで」
end。→あとがき