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正直なところ、この展開は予想だにしなかった。僅かな可能性すら思い浮かばなかった。
事が起こってから、なにを根拠に断言できたのだろうと自身に問う。
ゲームの世界に来るという非現実的な体験を現在進行形でしている〇〇は、その少女を目の前にして、初めてその可能性について考えた。
すなわち、自分と同じようにゲームの世界だと認識して飛び込んでくる“余所者”がいても、おかしくはないのだと。
可愛らしい作りの顔にはばっちりメイクが施され、小柄な体躯を包む衣服は露出が多い。
高い声は甘く、ひとつひとつの仕草はこれぞまさしく女の子、といった感じだ。
自分とはまるで正反対。対男性の完全武装をした彼女を前に、〇〇はどうしても身を引いてしまいがちだった。
突然ハートの国に現れた年下の少女、△△はなんと〇〇と同じく現実世界からやってきたという。
自分が来られたのだから、他の誰かがやってきても不思議はない。ないが、考えたこともない事態だった。
一時は動揺したが、特に悪い影響があるわけではないだろうと〇〇は事の成り行きを見守ることにした。
しかし、だんだんそれは間違いだったのではないかと思えてきた。
(や、だってこの子……あれでしょ?)
何日かぶりに時計塔に戻った〇〇は、相変わらずな現状を再確認することとなった。
「た、ただい…ま?」
「……遅い」
開けかけた扉が自動ドアになった。開ける前に内側から開かれたのだ。
勢いよく出迎えてくれたユリウスは、心なしかやつれた顔をしていた。
仕事のしすぎか。いや、違う。時計屋をこんなふうにどんよりさせる原因は、彼の向こう側から現れた。
「あ、おかえりなさーい!」
愛想よく笑う顔は、女から見ても可愛い。可愛いが、にっこりと微笑んだ裏側が透けて見える。別に帰ってこなくてもよかったのに、と。
現在、時計塔に居候する余所者は二名になっていた。もちろん、〇〇と△△である。
アリスがハートの城、〇〇が時計塔とくれば、妥当なのは帽子屋屋敷か遊園地だ。
けれど△△は何故か時計塔を滞在地に選び、強引に時計塔の主を口説き落とした。身に覚えのある光景だったが、まったく別物のように思えたのはどうしてだろう。
ユリウスはもの言いたげに〇〇に視線を送るが、△△に纏わりつかれて身動きが取れない。
しかたなく〇〇は彼女に入浴を勧め、ユリウスもそれだとばかりに常になく気遣う言葉をかけ、渋々△△は浴室へと向かった。
「…えーと。その、大丈夫?」
「……これが大丈夫に見えるか」
ぐったり椅子に身を沈める様に、つい苦笑する。そうだろうなと慰めに肩を叩けば、恨めしげに睨まれた。
「私に厄介なものを押しつけて、おまえは今までどこに行っていたんだ」
「まあいろいろ。ていうか厄介って…もっと言い方があるんじゃない?」
「本音を言ってなにが悪い。…確かに滞在を認めたのは私だが、それだけだ。あんなものを引き受けた覚えはない」
ろくに休息も取れん、と仕事人間が唸るのだからよっぽどだ。よく見ればうっすら目の下に隈ができているような。
〇〇は彼の顔を覗き込んで手を伸ばし、隈を拵えた目元を指先で撫でた。
ぎょっとしたように肩を揺らしたユリウスだったが、やめろとは言わず、少し血色のよくなった頬を〇〇の手に委ねた。
疲れているんだろうな、と思う。自らのテリトリーに、他人が二人も居座るのだから。
なるべく干渉しないように、負担をかけないようにと、△△が来てからは以前にも増して外出することが多くなった。
だが、あまり効果はないらしい。何事にも積極的な少女は、〇〇の何人分もの存在感を放つようだ。
(本当は悪い子じゃない…よな?ただ、目的のために少し躍起になってる気はするなあ)
現に、ライバル視する必要のない傍観者にまで牽制をかけてくるのだ。
おそらく、せっかくハートの国に来たものの、少々計算外のことがあって焦っているのだろう。
ゲームでは自分がヒロインであったのに、此処ではアリスが一個人として存在し、さらに存在するはずのないもう一人の余所者がいる。
考えようによっては、期待外れでかわいそうだと気の毒にも思えた。
(残念ながら、協力はしてあげられないけどね)
「……〇〇」
「ん?」
撫でていた手を取られ、手のひらに唇を当てられる。吐露する息がくすぐったかった。
「おまえが帰ってきてくれて、よかった…」
「ユリウス?」
「私とあの女を二人きりにするな。神経が磨り減る」
見事な力の抜け具合。とろんとした顔で〇〇の手に擦り寄るユリウスは、相当お疲れのご様子である。
普段なら絶対に見せない表情は、ストレスの反動か。貴重なものを見せてもらったと感謝することは、できそうにない。
部屋に戻ってくる気配を察し、〇〇は素早くユリウスから離れた。荷物の中から着替えを取り出すと、
「ユリウス。先に入らせてもらうよ」
「あ、ああ……」
扇情的なネグリジェ姿で現れた△△と入れ違いになるように、その場を立ち去った。
長風呂であった気がする△△が早々に出てきたのは、きっと自分以外の女と二人にしたくなかったからだ。
少女の目的を知ってしまえば、行動の意味は自ずと知れる。
入浴を終えてすっきりしたはずの〇〇の心身は、またなにかを溜め込もうとしていた。主に精神的なものを。
「ね、いいでしょう?一緒に寝ようよ!」
「だ、誰が…っ」
「もうっ、照れ屋さんなんだから~」
迫る少女と、迫られる男。さて、どうしたものか。
助けるべきなのだろうが、穏便に助ける手段を思いつかない。
敵視する人間からなにを言われても、素直に従えるはずがないのだ。
それにしても、就寝時に毎回のように誘われていたのだとしたら、ユリウスの苦労の程が窺える。
「何度言えばわかる、おまえと共に寝る気はない!」
「いいじゃん、固いこと言わずにねっ?わたしとユリウスが一緒じゃないと、あの人寝る場所がないよ?わたしはそれでもいいけど、いいの?」
「っ、それなら私は――」
△△を引き剥がしたユリウスは鬼気迫る形相で、立ち入ることを躊躇していた〇〇に近づき、がしりと腕を掴んで引き寄せた。
「へ?」
「おまえより、こいつを選ぶ!」
力強く選ばれた〇〇は顔を引き攣らせた。ああ、視線が刺さる刺さる。
この広いというほどでもない住居スペースで、〇〇の寝床は△△に貸していた。
布団を共有するくらいの親密さはない(というか少女が嫌がる)ので、場所のみの提供だった。
こうして〇〇が夜の時間帯に戻るのは珍しく、タイミングがまずかったかなと思うも、△△は好機と受け取ったらしい。
それもユリウスの思わぬ発言によって崩された彼女の心境やいかに。
(すっぴん、可愛いよ。正直化粧してないほうがいいと思う。けど、怖いもんは怖い…)
ユリウスに追い立てられて彼のベッドに上がりながら、この先風当たりがどんどん強くなる予感に嘆いた。
あたし、なんでこんなポジションなんだ。ユリウスとはなにもないのに。
「なあ、ユリウス。あたし、少しくらい寝なくても死なないからさ、今までどおりに寝たらどう?」
「今までどおりなら、私が上で、おまえが下だろう」
「ベッドと床って意味なのはわかるけど…うん、なんかごめん。卑猥に聞こえる」
ぼそぼそと小声でやりとりをする。ユリウスはぐっと〇〇の顎を掴み、脅迫紛いの声音を使った。
「素直に寝ていろ。…いいか、絶対に譲るな。私はおまえと寝る」
ユリウスってば大胆ーと茶化したら本気で怒らせそうだったので、こっそり胸にしまった。
彼が浴室へと去った後、部屋の雰囲気はなんとも言えないものになった。
少女の苛立ちが空中を漂って自分を取り囲んでいるようだ。これが針の筵というやつか。
できることなら厄介事には関わりたくない。常に安全圏にいたい。
しかし、ユリウスを見捨てるのも心が痛む。彼を放って外出しておきながら言うのもあれだが。
妙なことになった。他人の香りを意識しながらベッドに潜り込めば、直撃するのは刺々しい言葉。
「自惚れないでよね」
(……駄目だ。もう寝よう)
こうなったら迅速に寝てしまおう。〇〇は布団の中で身体を縮めると、目を閉じた。
考えても解決できない問題は放置するしかない。なるようになるだろう、きっと。
アリス総受け主義者と、自らを逆ハーの中心に据える者。
望む方向性が違うのだから、分かり合えることはないかもしれないが、どうかこの素晴らしい夢の世界が壊れませんように。
事が起こってから、なにを根拠に断言できたのだろうと自身に問う。
ゲームの世界に来るという非現実的な体験を現在進行形でしている〇〇は、その少女を目の前にして、初めてその可能性について考えた。
すなわち、自分と同じようにゲームの世界だと認識して飛び込んでくる“余所者”がいても、おかしくはないのだと。
可愛らしい作りの顔にはばっちりメイクが施され、小柄な体躯を包む衣服は露出が多い。
高い声は甘く、ひとつひとつの仕草はこれぞまさしく女の子、といった感じだ。
自分とはまるで正反対。対男性の完全武装をした彼女を前に、〇〇はどうしても身を引いてしまいがちだった。
突然ハートの国に現れた年下の少女、△△はなんと〇〇と同じく現実世界からやってきたという。
自分が来られたのだから、他の誰かがやってきても不思議はない。ないが、考えたこともない事態だった。
一時は動揺したが、特に悪い影響があるわけではないだろうと〇〇は事の成り行きを見守ることにした。
しかし、だんだんそれは間違いだったのではないかと思えてきた。
(や、だってこの子……あれでしょ?)
何日かぶりに時計塔に戻った〇〇は、相変わらずな現状を再確認することとなった。
「た、ただい…ま?」
「……遅い」
開けかけた扉が自動ドアになった。開ける前に内側から開かれたのだ。
勢いよく出迎えてくれたユリウスは、心なしかやつれた顔をしていた。
仕事のしすぎか。いや、違う。時計屋をこんなふうにどんよりさせる原因は、彼の向こう側から現れた。
「あ、おかえりなさーい!」
愛想よく笑う顔は、女から見ても可愛い。可愛いが、にっこりと微笑んだ裏側が透けて見える。別に帰ってこなくてもよかったのに、と。
現在、時計塔に居候する余所者は二名になっていた。もちろん、〇〇と△△である。
アリスがハートの城、〇〇が時計塔とくれば、妥当なのは帽子屋屋敷か遊園地だ。
けれど△△は何故か時計塔を滞在地に選び、強引に時計塔の主を口説き落とした。身に覚えのある光景だったが、まったく別物のように思えたのはどうしてだろう。
ユリウスはもの言いたげに〇〇に視線を送るが、△△に纏わりつかれて身動きが取れない。
しかたなく〇〇は彼女に入浴を勧め、ユリウスもそれだとばかりに常になく気遣う言葉をかけ、渋々△△は浴室へと向かった。
「…えーと。その、大丈夫?」
「……これが大丈夫に見えるか」
ぐったり椅子に身を沈める様に、つい苦笑する。そうだろうなと慰めに肩を叩けば、恨めしげに睨まれた。
「私に厄介なものを押しつけて、おまえは今までどこに行っていたんだ」
「まあいろいろ。ていうか厄介って…もっと言い方があるんじゃない?」
「本音を言ってなにが悪い。…確かに滞在を認めたのは私だが、それだけだ。あんなものを引き受けた覚えはない」
ろくに休息も取れん、と仕事人間が唸るのだからよっぽどだ。よく見ればうっすら目の下に隈ができているような。
〇〇は彼の顔を覗き込んで手を伸ばし、隈を拵えた目元を指先で撫でた。
ぎょっとしたように肩を揺らしたユリウスだったが、やめろとは言わず、少し血色のよくなった頬を〇〇の手に委ねた。
疲れているんだろうな、と思う。自らのテリトリーに、他人が二人も居座るのだから。
なるべく干渉しないように、負担をかけないようにと、△△が来てからは以前にも増して外出することが多くなった。
だが、あまり効果はないらしい。何事にも積極的な少女は、〇〇の何人分もの存在感を放つようだ。
(本当は悪い子じゃない…よな?ただ、目的のために少し躍起になってる気はするなあ)
現に、ライバル視する必要のない傍観者にまで牽制をかけてくるのだ。
おそらく、せっかくハートの国に来たものの、少々計算外のことがあって焦っているのだろう。
ゲームでは自分がヒロインであったのに、此処ではアリスが一個人として存在し、さらに存在するはずのないもう一人の余所者がいる。
考えようによっては、期待外れでかわいそうだと気の毒にも思えた。
(残念ながら、協力はしてあげられないけどね)
「……〇〇」
「ん?」
撫でていた手を取られ、手のひらに唇を当てられる。吐露する息がくすぐったかった。
「おまえが帰ってきてくれて、よかった…」
「ユリウス?」
「私とあの女を二人きりにするな。神経が磨り減る」
見事な力の抜け具合。とろんとした顔で〇〇の手に擦り寄るユリウスは、相当お疲れのご様子である。
普段なら絶対に見せない表情は、ストレスの反動か。貴重なものを見せてもらったと感謝することは、できそうにない。
部屋に戻ってくる気配を察し、〇〇は素早くユリウスから離れた。荷物の中から着替えを取り出すと、
「ユリウス。先に入らせてもらうよ」
「あ、ああ……」
扇情的なネグリジェ姿で現れた△△と入れ違いになるように、その場を立ち去った。
長風呂であった気がする△△が早々に出てきたのは、きっと自分以外の女と二人にしたくなかったからだ。
少女の目的を知ってしまえば、行動の意味は自ずと知れる。
入浴を終えてすっきりしたはずの〇〇の心身は、またなにかを溜め込もうとしていた。主に精神的なものを。
「ね、いいでしょう?一緒に寝ようよ!」
「だ、誰が…っ」
「もうっ、照れ屋さんなんだから~」
迫る少女と、迫られる男。さて、どうしたものか。
助けるべきなのだろうが、穏便に助ける手段を思いつかない。
敵視する人間からなにを言われても、素直に従えるはずがないのだ。
それにしても、就寝時に毎回のように誘われていたのだとしたら、ユリウスの苦労の程が窺える。
「何度言えばわかる、おまえと共に寝る気はない!」
「いいじゃん、固いこと言わずにねっ?わたしとユリウスが一緒じゃないと、あの人寝る場所がないよ?わたしはそれでもいいけど、いいの?」
「っ、それなら私は――」
△△を引き剥がしたユリウスは鬼気迫る形相で、立ち入ることを躊躇していた〇〇に近づき、がしりと腕を掴んで引き寄せた。
「へ?」
「おまえより、こいつを選ぶ!」
力強く選ばれた〇〇は顔を引き攣らせた。ああ、視線が刺さる刺さる。
この広いというほどでもない住居スペースで、〇〇の寝床は△△に貸していた。
布団を共有するくらいの親密さはない(というか少女が嫌がる)ので、場所のみの提供だった。
こうして〇〇が夜の時間帯に戻るのは珍しく、タイミングがまずかったかなと思うも、△△は好機と受け取ったらしい。
それもユリウスの思わぬ発言によって崩された彼女の心境やいかに。
(すっぴん、可愛いよ。正直化粧してないほうがいいと思う。けど、怖いもんは怖い…)
ユリウスに追い立てられて彼のベッドに上がりながら、この先風当たりがどんどん強くなる予感に嘆いた。
あたし、なんでこんなポジションなんだ。ユリウスとはなにもないのに。
「なあ、ユリウス。あたし、少しくらい寝なくても死なないからさ、今までどおりに寝たらどう?」
「今までどおりなら、私が上で、おまえが下だろう」
「ベッドと床って意味なのはわかるけど…うん、なんかごめん。卑猥に聞こえる」
ぼそぼそと小声でやりとりをする。ユリウスはぐっと〇〇の顎を掴み、脅迫紛いの声音を使った。
「素直に寝ていろ。…いいか、絶対に譲るな。私はおまえと寝る」
ユリウスってば大胆ーと茶化したら本気で怒らせそうだったので、こっそり胸にしまった。
彼が浴室へと去った後、部屋の雰囲気はなんとも言えないものになった。
少女の苛立ちが空中を漂って自分を取り囲んでいるようだ。これが針の筵というやつか。
できることなら厄介事には関わりたくない。常に安全圏にいたい。
しかし、ユリウスを見捨てるのも心が痛む。彼を放って外出しておきながら言うのもあれだが。
妙なことになった。他人の香りを意識しながらベッドに潜り込めば、直撃するのは刺々しい言葉。
「自惚れないでよね」
(……駄目だ。もう寝よう)
こうなったら迅速に寝てしまおう。〇〇は布団の中で身体を縮めると、目を閉じた。
考えても解決できない問題は放置するしかない。なるようになるだろう、きっと。
アリス総受け主義者と、自らを逆ハーの中心に据える者。
望む方向性が違うのだから、分かり合えることはないかもしれないが、どうかこの素晴らしい夢の世界が壊れませんように。