底なし無限ループ。
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忘れようとするたび、気づかないふりをするたび、助長されていく。
日に日に増していく焦燥感。このままではいけない、なんとかしなければとわけもわからずに急かされる。
〇〇は頻繁に、それこそ行き先を尋ねた同居人が呆れるほどにハートの城を訪れた。
日に一度はアリスの顔を見なければ不安だった。そのうち見るだけでは心配で、理由をつけては触れるようになった。
「ふふっ。最近の〇〇は甘えん坊ね」
「そうかな…」
〇〇はソファーに座るアリスの隣で、彼女の肩に頭を凭せかけた。柔らかなぬくもり、優しい香りに擦り寄る。
いつもなら嗅ぎつけた白ウサギが妨害に入ることも珍しくないのだが、いっこうに姿を見せない。
自分でも気持ち悪いくらいアリスにべったりなのは自覚済みだ。明らかなる異常性を理解してなお、やめられない。
(やっぱり変だ、あたし…)
鬼ごっこを境に、自分のなにかがおかしくなってしまった。
こうしてアリスにくっついていれば治まっていた焦りも、徐々に抑制できなくなっている。
このままでは時計塔に帰れなくなる。四六時中彼女に張りつき、片時も放さなくなるかもしれない。
〇〇は苦悶した。自分の正常な部分を蝕んでいくものの正体がわからない。
気がつけば、凭れかかる〇〇の全体重に押されるようにして、アリスがソファーに横たわっていた。
顔を歪める〇〇に見下ろされても、友人の優しい表情に変化はない。
「っ、アリス…」
「どうしたの、〇〇。なにをそんなに苦しんでいるの?」
ほっそりとした女性らしい手が、頬を撫でて顔を引き寄せる。
息遣いがお互いの唇に触れそうなほどの至近距離で、〇〇の口から勝手に言葉が零れた。
「逃げよう、一緒に。アリス。一刻も早くここから出よう」
「逃げる必要なんてないわ。なにから逃れたいの?ここにはあなたの望むものが全部あるじゃない」
「そうかもしれない。でも、違う。ここは違うんだ、これじゃない」
「だけど、ここじゃないともう手に入らないのよ」
――どうして身を委ねられないの。本当は、わかっているんでしょう?
そう言ったアリスは微笑みを最後に、呼吸を止めた。頬に触れていた手も熱を失い、だらりと落ちる。
〇〇は迸る悲鳴をかろうじて飲み込んだ。冷たい汗が一気に全身から噴き出す。
〇〇が身体の下に組み敷いていたのは、物言わぬ人形だった。ぞっとするほど精巧な造形には、欠片も生気を感じられない。
硝子玉の瞳に見つめられ、責められる。こうなったのはあなたのせいだ、と。
弾かれたようにアリスを模した人形から飛びのき、後退した。
幾分も下がらないうちに、〇〇の背はなにかに阻まれる。背後からそっと両肩を抱かれ、寄り添う気配に身震いした。
「せっかくいい夢を見られていたというのに…君はいつも自分で壊してしまうんだね」
「ナイトメア……!」
男に触れられた瞬間、忘却を強いられていた記憶が雪崩れ込んできた。
そうだ。あの途方もない悪夢の鬼ごっこに勝利できたのは、夢魔の手引きがあったからこそだった。
いや、本当に勝利したかどうかも怪しい。アリスを手にしたところも、〇〇の生身の確かな記憶なのだろうか。
延々と夢を見続けている。望む幸せな世界を夢見て、それが悪夢に変わり、目覚め、また眠らされて夢を見る。
現在のハートの国がどうなっているのか、〇〇の手元にはまったく情報がなかった。ナイトメアが故意に遮断しているためだ。
「〇〇。この夢はもう駄目だ。君が頑固に抗い続けたせいで、修復できなくなってしまった」
「くっ…」
「まさかアリスをも壊してしまうとはね。この夢の彼女はどうだった?君の理想どおりだったかい?」
「お願い、この手を離して…っ」
「また次の夢を用意するよ。君に気に入ってもらえるものを。でもその前に、私と愛し合おう」
「嫌、ぁ……!」
ベッドに運ばれ、下ろされる。うつ伏せの状態でもがく〇〇の上で、ナイトメアは殊更優しく囁いた。
「見てごらん。ほら、君が私に乱される様を、アリスが見守ってくれるらしい」
「ひっ…」
ベッドの脇に力なく直立する、青いエプロンドレスを身につけた人形。
虚ろな顔つきの中に“優しさ”を見つけ、あまりのアンバランスさや気味の悪さに怖気立った。
恐怖で冷たく縮こまる身体に、男の手は無遠慮に触れた。我が物に対する気安さと欲望の表れだった。
〇〇の心の意思を無視しながらも、肉体の声には逐一応え、ナイトメアは〇〇を熱い楔で貫いた。
もうどこにも行けない。自由はない。揺さぶられて嬌声を上げながら、うっすら思う。
おそらく本当の勝者は夢魔なのだ。そして彼は、夢の世界に〇〇を閉じ込めた。
ひとつの幸せな夢が終わるたび、終わらせたのは〇〇だと言いながらも笑みを含むのは、彼自身がそう仕向けているからではないのか。
いつまでも浸らせてはくれないで、幸福から突き落とすことで、誰が〇〇を手中に収めたかを思い知らせる。
悪夢から救い出されたところで、結局は狂った愛情に蹂躙されてから、再び偽りの幸せを夢見させられるだけ。
(どうしたって逃げ出せない…こんなの、無理だ…)
抜け出せない。終われない。何度夢と現実を行き来しようが、どちらもnightmare(恐ろしい夢)なのだ。
「本当の意味で、完全にこの手に堕ちるまで…。私は何度でも君に至福の悪夢を贈ろう、〇〇……」
また、夢に落とされる。つかの間の幸福と、絶対的な絶望のために。
そして夢魔の腕の中で思い出すそのときまで、再び真相は記憶の奥深くに沈められた。
end。→あとがき
日に日に増していく焦燥感。このままではいけない、なんとかしなければとわけもわからずに急かされる。
〇〇は頻繁に、それこそ行き先を尋ねた同居人が呆れるほどにハートの城を訪れた。
日に一度はアリスの顔を見なければ不安だった。そのうち見るだけでは心配で、理由をつけては触れるようになった。
「ふふっ。最近の〇〇は甘えん坊ね」
「そうかな…」
〇〇はソファーに座るアリスの隣で、彼女の肩に頭を凭せかけた。柔らかなぬくもり、優しい香りに擦り寄る。
いつもなら嗅ぎつけた白ウサギが妨害に入ることも珍しくないのだが、いっこうに姿を見せない。
自分でも気持ち悪いくらいアリスにべったりなのは自覚済みだ。明らかなる異常性を理解してなお、やめられない。
(やっぱり変だ、あたし…)
鬼ごっこを境に、自分のなにかがおかしくなってしまった。
こうしてアリスにくっついていれば治まっていた焦りも、徐々に抑制できなくなっている。
このままでは時計塔に帰れなくなる。四六時中彼女に張りつき、片時も放さなくなるかもしれない。
〇〇は苦悶した。自分の正常な部分を蝕んでいくものの正体がわからない。
気がつけば、凭れかかる〇〇の全体重に押されるようにして、アリスがソファーに横たわっていた。
顔を歪める〇〇に見下ろされても、友人の優しい表情に変化はない。
「っ、アリス…」
「どうしたの、〇〇。なにをそんなに苦しんでいるの?」
ほっそりとした女性らしい手が、頬を撫でて顔を引き寄せる。
息遣いがお互いの唇に触れそうなほどの至近距離で、〇〇の口から勝手に言葉が零れた。
「逃げよう、一緒に。アリス。一刻も早くここから出よう」
「逃げる必要なんてないわ。なにから逃れたいの?ここにはあなたの望むものが全部あるじゃない」
「そうかもしれない。でも、違う。ここは違うんだ、これじゃない」
「だけど、ここじゃないともう手に入らないのよ」
――どうして身を委ねられないの。本当は、わかっているんでしょう?
そう言ったアリスは微笑みを最後に、呼吸を止めた。頬に触れていた手も熱を失い、だらりと落ちる。
〇〇は迸る悲鳴をかろうじて飲み込んだ。冷たい汗が一気に全身から噴き出す。
〇〇が身体の下に組み敷いていたのは、物言わぬ人形だった。ぞっとするほど精巧な造形には、欠片も生気を感じられない。
硝子玉の瞳に見つめられ、責められる。こうなったのはあなたのせいだ、と。
弾かれたようにアリスを模した人形から飛びのき、後退した。
幾分も下がらないうちに、〇〇の背はなにかに阻まれる。背後からそっと両肩を抱かれ、寄り添う気配に身震いした。
「せっかくいい夢を見られていたというのに…君はいつも自分で壊してしまうんだね」
「ナイトメア……!」
男に触れられた瞬間、忘却を強いられていた記憶が雪崩れ込んできた。
そうだ。あの途方もない悪夢の鬼ごっこに勝利できたのは、夢魔の手引きがあったからこそだった。
いや、本当に勝利したかどうかも怪しい。アリスを手にしたところも、〇〇の生身の確かな記憶なのだろうか。
延々と夢を見続けている。望む幸せな世界を夢見て、それが悪夢に変わり、目覚め、また眠らされて夢を見る。
現在のハートの国がどうなっているのか、〇〇の手元にはまったく情報がなかった。ナイトメアが故意に遮断しているためだ。
「〇〇。この夢はもう駄目だ。君が頑固に抗い続けたせいで、修復できなくなってしまった」
「くっ…」
「まさかアリスをも壊してしまうとはね。この夢の彼女はどうだった?君の理想どおりだったかい?」
「お願い、この手を離して…っ」
「また次の夢を用意するよ。君に気に入ってもらえるものを。でもその前に、私と愛し合おう」
「嫌、ぁ……!」
ベッドに運ばれ、下ろされる。うつ伏せの状態でもがく〇〇の上で、ナイトメアは殊更優しく囁いた。
「見てごらん。ほら、君が私に乱される様を、アリスが見守ってくれるらしい」
「ひっ…」
ベッドの脇に力なく直立する、青いエプロンドレスを身につけた人形。
虚ろな顔つきの中に“優しさ”を見つけ、あまりのアンバランスさや気味の悪さに怖気立った。
恐怖で冷たく縮こまる身体に、男の手は無遠慮に触れた。我が物に対する気安さと欲望の表れだった。
〇〇の心の意思を無視しながらも、肉体の声には逐一応え、ナイトメアは〇〇を熱い楔で貫いた。
もうどこにも行けない。自由はない。揺さぶられて嬌声を上げながら、うっすら思う。
おそらく本当の勝者は夢魔なのだ。そして彼は、夢の世界に〇〇を閉じ込めた。
ひとつの幸せな夢が終わるたび、終わらせたのは〇〇だと言いながらも笑みを含むのは、彼自身がそう仕向けているからではないのか。
いつまでも浸らせてはくれないで、幸福から突き落とすことで、誰が〇〇を手中に収めたかを思い知らせる。
悪夢から救い出されたところで、結局は狂った愛情に蹂躙されてから、再び偽りの幸せを夢見させられるだけ。
(どうしたって逃げ出せない…こんなの、無理だ…)
抜け出せない。終われない。何度夢と現実を行き来しようが、どちらもnightmare(恐ろしい夢)なのだ。
「本当の意味で、完全にこの手に堕ちるまで…。私は何度でも君に至福の悪夢を贈ろう、〇〇……」
また、夢に落とされる。つかの間の幸福と、絶対的な絶望のために。
そして夢魔の腕の中で思い出すそのときまで、再び真相は記憶の奥深くに沈められた。
end。→あとがき