掬われた足に気づかない
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力強い腕に腰を奪われる。ばさりと落ちる音がして、〇〇の腕から重みが消えた。
踏みつけられた花々が抵抗のように香りを立ち昇らせる。
つんのめった先の胸元に顔面を強かにぶつけた。痛い。
鼻潰れた、と情けない顔になった〇〇の鼻腔をくすぐったのは、花束を凌ぐ芳しい薔薇の香。
この場において、この香りを纏っていても不思議でない人物は一人しかいない。
(……顔上げるの、拒否していいですか)
正面を見ないように首を回せば、距離を置いたところにゴーランドの姿が見えた。
銃を手に憤然として立っている。撃った気配はない。ということは、必然的に自分を抱くこの人物が弾をぶっ放したことになる。
おおかた撃った隙に〇〇を引き寄せたのだろう。ご苦労なことで、と一瞬他人事のように考えたが、実際他人事では済まされなかった。
これでは逃げられないばかりか、事の渦中である。
舌打ちしたい気分だったが、今度は下手に動けない。なにが起爆剤となるかわからないのだ。
〇〇が動かないとなると、黙っていないのがゴーランドだった。
「おい帽子屋っ!〇〇を放せ。てめえの期待する“もてなし”なら俺がたんまりしてやるぜ」
険悪ムードの中、ブラッドは余裕たっぷりに揺るぎない。
微塵も退く様子はなく、すっと〇〇を見下ろした。う、なんだこのぞわぞわ感。
ブラッドは音量を落とし、滑らかな口調で言った。
「お嬢さん。私は今、君のせいで最悪な気分だ。是非とも気晴らしに付き合ってもらおうか」
って、あたしのせいかよ。付き合わされること確定である。
銃撃戦になれば一般人の自分は流れ弾にも簡単にやられてしまうかもしれない。
撃ち合いたいなら好きにすればいい。しかし、まだまだアリスを堪能し足りない身としては巻き込まれるなんて真っ平ごめんだ。
「撃つんならどっかよそでやってくれない。…間違っても余所者を殺さないようにさあ」
「君がいなければ意味がない。問題は、君なんだ。当事者として最後まで見届けるべきじゃないか?」
「いやいやいや、余計遠慮させてもらうわ」
問題やら当事者やら、よもや責任の一切をあたしに押しつける気か。
話す間にも、〇〇はぐぐと腕を張ってくっついた間隔を引き離そうと試みる。
平然とした顔で、ブラッドの拘束力はたいしたものだった。
諦めて無駄なエネルギー消費を控え、〇〇はふと思った。今の銃声を受けて遊園地の従業員達が場所を特定するまで、そう時間はかからない。
部下のいない現状では多勢に無勢。ブラッドも敵地で一人抗争を始めようとは考えていないはずだ。
なにをするつもりだ?じっと見据える〇〇を、ブラッドもまた見返していた。
形のいい唇から僅かに思考が漏れる。「――仮にゴーランドではないとしたら、誰が…」
「ブラッド?」
なにを考えているのか読めない。
ゴーランドも静かなところを見ると、どうやらブラッドの出方を見極めようとしているようだ。
突如、目の前の冷ややかな色の瞳が「なるほど」と弓形に曲がった。
「時計屋はどうだ、〇〇?」
「…ユリウス?」
場違いな問いだ。脈絡がなさすぎる。何故ここで彼の名が出てくるのだろう。…ん、デジャビュ?
〇〇の内情に影響されたのか、思い浮かべたユリウスは酷く迷惑そうな顔をしていた。
ブラッドとユリウス。どう考えても、近況を知りたいと思うような仲の二人ではない。
いったいどんな返答を期待した質問なのだ。〇〇はなんと答えればいいのかを思案した。とにかく適当に答えてみる。
「まあ、ユリウスは不器用ではあるけど優しいし…あたしとの相性も、まずまずってとこ?」
そうでなければ生活空間を共にするのはまず無理だ。
「…ほう。奴は君を優しく扱うのか。相性がいいとあってはさぞや快適な暮らしなんだろう?」
「うん。…うん?」
どうも話の雲行きが怪しい。
ブラッドはぞんざいな言い方をして、なにがおかしいのか口の端を吊り上げた。見ているこっちが凍え死にそうな冷笑。
と、ぱっと銃をステッキに戻したブラッドは、両腕で完全に〇〇を囲い込んだ。
え、と一瞬混乱状態に放り出されたところに、ひそめた声が厳かに宣言した。
「例の権利を行使する」
「!? な…っ、なんでこんなときに、」
「動くなよ、お嬢さん。いかなる事が起ころうとも私の許しがない限り、今この場における君の自由は私のものだ」
ブラッドは〇〇に抗う暇を与えず、顎を掴み上げて、
「ゴーランドに見せつけ、君には私を――他の男との差異を刻んでやろう」
「だから“お嬢さん”じゃないって…っ?」
そのときドタバタと駆けつけたのはおそらく遊園地の従業員達。元気溌剌な男女の声。
あっちの理解不能な叫び声はたぶんゴーランド。
推測しかできないのは、〇〇の視界が限りなく制限されたからだ。呼吸を奪われたことで頭も吹っ飛んだ。
「んん、う……っ!?」
権利の行使とは、件の賭けによる勝者の特権である。
敗者が勝者の要求をひとつ呑む。それがルール。
ブラッド=デュプレの策略によって、〇〇は幾度となく賭けに応じることを余儀なくされてきた。
高確率の負けがもたらすものは、なにもそのときその場で応じさせられるばかりではない。
時には持ち越されることもあり、その分がいつ科せられるかは勝者の気分次第だ。
几帳面にカウントして貯蓄するのはつくづくせこいと思う。はっきり言って、暴挙のストック以外のなにものでもない。
確かにこの賭け事は、ブラッドと〇〇の二者間のみで成り立つものだった。
時を選ばず実行できるというのも(彼による半ば強制的な)最初の取り決めの範囲内。
「ん……む、ぅっ……!」
けれど、どう頑張ればこの状況を納得できるのか。
少しでも抵抗の気配を見せると、思うことさえ許さないと舌を嬲られる。
細くもない腰を締めつけられ、脇腹には這う指の感触。聴覚は水音と互いの息遣いしか捉えない。
ゴーランドは?従業員は?傾いだブラッドの顔がおぼろげに見えるだけだ。
開かせた口に口を交わし、周囲にわざと接合部を見せつけるそのキスの濃厚さ。
〇〇はひとつ理解した。これはブラッドの言う“見せつけ”ではなく“見せしめ”だ!
(被害妄想に過ぎる?や、だってそうとしか思えない…っ)
互いの味が混ざった唾液。それを喉の奥に流し込まれ、げほっと噎せそうになる。
飲み下す音が他のどんな音をも凌ぐと思うほど、辺りは驚愕と徐々に表立つ殺気で張り詰めていた。
キスで酸欠寸前になるという貴重な体験を終えた〇〇を、ブラッドは悠々と支えた。
出来上がった一触即発の空間。本来ならアリスがいるべきポジションに押し込められた〇〇は思った。
たとえ余所者違いの〇〇を使っても、ブラッドの所業が一種の挑発行為であったことは明白なのだと。
わなわなと震える三つ編みを発見したとき、無神論者の〇〇も思わず天を振り仰いだ。ジーザス。
踏みつけられた花々が抵抗のように香りを立ち昇らせる。
つんのめった先の胸元に顔面を強かにぶつけた。痛い。
鼻潰れた、と情けない顔になった〇〇の鼻腔をくすぐったのは、花束を凌ぐ芳しい薔薇の香。
この場において、この香りを纏っていても不思議でない人物は一人しかいない。
(……顔上げるの、拒否していいですか)
正面を見ないように首を回せば、距離を置いたところにゴーランドの姿が見えた。
銃を手に憤然として立っている。撃った気配はない。ということは、必然的に自分を抱くこの人物が弾をぶっ放したことになる。
おおかた撃った隙に〇〇を引き寄せたのだろう。ご苦労なことで、と一瞬他人事のように考えたが、実際他人事では済まされなかった。
これでは逃げられないばかりか、事の渦中である。
舌打ちしたい気分だったが、今度は下手に動けない。なにが起爆剤となるかわからないのだ。
〇〇が動かないとなると、黙っていないのがゴーランドだった。
「おい帽子屋っ!〇〇を放せ。てめえの期待する“もてなし”なら俺がたんまりしてやるぜ」
険悪ムードの中、ブラッドは余裕たっぷりに揺るぎない。
微塵も退く様子はなく、すっと〇〇を見下ろした。う、なんだこのぞわぞわ感。
ブラッドは音量を落とし、滑らかな口調で言った。
「お嬢さん。私は今、君のせいで最悪な気分だ。是非とも気晴らしに付き合ってもらおうか」
って、あたしのせいかよ。付き合わされること確定である。
銃撃戦になれば一般人の自分は流れ弾にも簡単にやられてしまうかもしれない。
撃ち合いたいなら好きにすればいい。しかし、まだまだアリスを堪能し足りない身としては巻き込まれるなんて真っ平ごめんだ。
「撃つんならどっかよそでやってくれない。…間違っても余所者を殺さないようにさあ」
「君がいなければ意味がない。問題は、君なんだ。当事者として最後まで見届けるべきじゃないか?」
「いやいやいや、余計遠慮させてもらうわ」
問題やら当事者やら、よもや責任の一切をあたしに押しつける気か。
話す間にも、〇〇はぐぐと腕を張ってくっついた間隔を引き離そうと試みる。
平然とした顔で、ブラッドの拘束力はたいしたものだった。
諦めて無駄なエネルギー消費を控え、〇〇はふと思った。今の銃声を受けて遊園地の従業員達が場所を特定するまで、そう時間はかからない。
部下のいない現状では多勢に無勢。ブラッドも敵地で一人抗争を始めようとは考えていないはずだ。
なにをするつもりだ?じっと見据える〇〇を、ブラッドもまた見返していた。
形のいい唇から僅かに思考が漏れる。「――仮にゴーランドではないとしたら、誰が…」
「ブラッド?」
なにを考えているのか読めない。
ゴーランドも静かなところを見ると、どうやらブラッドの出方を見極めようとしているようだ。
突如、目の前の冷ややかな色の瞳が「なるほど」と弓形に曲がった。
「時計屋はどうだ、〇〇?」
「…ユリウス?」
場違いな問いだ。脈絡がなさすぎる。何故ここで彼の名が出てくるのだろう。…ん、デジャビュ?
〇〇の内情に影響されたのか、思い浮かべたユリウスは酷く迷惑そうな顔をしていた。
ブラッドとユリウス。どう考えても、近況を知りたいと思うような仲の二人ではない。
いったいどんな返答を期待した質問なのだ。〇〇はなんと答えればいいのかを思案した。とにかく適当に答えてみる。
「まあ、ユリウスは不器用ではあるけど優しいし…あたしとの相性も、まずまずってとこ?」
そうでなければ生活空間を共にするのはまず無理だ。
「…ほう。奴は君を優しく扱うのか。相性がいいとあってはさぞや快適な暮らしなんだろう?」
「うん。…うん?」
どうも話の雲行きが怪しい。
ブラッドはぞんざいな言い方をして、なにがおかしいのか口の端を吊り上げた。見ているこっちが凍え死にそうな冷笑。
と、ぱっと銃をステッキに戻したブラッドは、両腕で完全に〇〇を囲い込んだ。
え、と一瞬混乱状態に放り出されたところに、ひそめた声が厳かに宣言した。
「例の権利を行使する」
「!? な…っ、なんでこんなときに、」
「動くなよ、お嬢さん。いかなる事が起ころうとも私の許しがない限り、今この場における君の自由は私のものだ」
ブラッドは〇〇に抗う暇を与えず、顎を掴み上げて、
「ゴーランドに見せつけ、君には私を――他の男との差異を刻んでやろう」
「だから“お嬢さん”じゃないって…っ?」
そのときドタバタと駆けつけたのはおそらく遊園地の従業員達。元気溌剌な男女の声。
あっちの理解不能な叫び声はたぶんゴーランド。
推測しかできないのは、〇〇の視界が限りなく制限されたからだ。呼吸を奪われたことで頭も吹っ飛んだ。
「んん、う……っ!?」
権利の行使とは、件の賭けによる勝者の特権である。
敗者が勝者の要求をひとつ呑む。それがルール。
ブラッド=デュプレの策略によって、〇〇は幾度となく賭けに応じることを余儀なくされてきた。
高確率の負けがもたらすものは、なにもそのときその場で応じさせられるばかりではない。
時には持ち越されることもあり、その分がいつ科せられるかは勝者の気分次第だ。
几帳面にカウントして貯蓄するのはつくづくせこいと思う。はっきり言って、暴挙のストック以外のなにものでもない。
確かにこの賭け事は、ブラッドと〇〇の二者間のみで成り立つものだった。
時を選ばず実行できるというのも(彼による半ば強制的な)最初の取り決めの範囲内。
「ん……む、ぅっ……!」
けれど、どう頑張ればこの状況を納得できるのか。
少しでも抵抗の気配を見せると、思うことさえ許さないと舌を嬲られる。
細くもない腰を締めつけられ、脇腹には這う指の感触。聴覚は水音と互いの息遣いしか捉えない。
ゴーランドは?従業員は?傾いだブラッドの顔がおぼろげに見えるだけだ。
開かせた口に口を交わし、周囲にわざと接合部を見せつけるそのキスの濃厚さ。
〇〇はひとつ理解した。これはブラッドの言う“見せつけ”ではなく“見せしめ”だ!
(被害妄想に過ぎる?や、だってそうとしか思えない…っ)
互いの味が混ざった唾液。それを喉の奥に流し込まれ、げほっと噎せそうになる。
飲み下す音が他のどんな音をも凌ぐと思うほど、辺りは驚愕と徐々に表立つ殺気で張り詰めていた。
キスで酸欠寸前になるという貴重な体験を終えた〇〇を、ブラッドは悠々と支えた。
出来上がった一触即発の空間。本来ならアリスがいるべきポジションに押し込められた〇〇は思った。
たとえ余所者違いの〇〇を使っても、ブラッドの所業が一種の挑発行為であったことは明白なのだと。
わなわなと震える三つ編みを発見したとき、無神論者の〇〇も思わず天を振り仰いだ。ジーザス。