掬われた足に気づかない
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健康には自信があったが、今回の風邪は珍しく酷い吐き気をもたらすまでに悪化した。
引き時を誤って長居したそれがようやく退散した数日後、〇〇は遊園地を訪れていた。
ゴーランドがアリスと共に見舞いに来てくれたと、ユリウスに聞いたからだった。
記憶にないとはいえ、礼儀として一言お礼を言おうと思った次第である。
さほど歩き回ることなく例のジャケットを見つけ、〇〇は早速声をかけた。
「オーナー!今、時間大丈夫?」
「おっ、〇〇か!あんた、もう具合はいいのか?」
「こうして出歩ける程度にはね」
駆け寄ってきたゴーランドはほっとした面持ちになった。
単なる風邪だったのにわざわざ見舞いに来てくれたのだ。よほどの大病だと思われていたのかもしれない。
安心したように笑う顔を見て、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
「そりゃよかった。あんたが居ると居ないじゃ大違いだからな。元気になってくれてなによりだぜ――」
彼はそんなことを言いながら、ふとなにかに気を取られた。
ん?と首を捻って、まじまじと〇〇を眺め直す。なかなか無遠慮な視線を受けて、〇〇も首を傾げた。
探る目に、身体検査でも始まるのかと思う。
お飾り程度のマイ拳銃もあるにはあるが、標準仕様で武器を携帯している従業員達の足元にも及ばぬ危険性だ。
上から下へと行き来する視線が静まるのを、とりあえずじっと待っていることにした。
直立不動は身体に堪えるから、片足に重心を預けて立つ。
手持ち無沙汰でなんとはなしに横髪を掻き上げると、小さくも深い溜め息が出た。
ゴーランドはなんらかの疑問の正体を突き止めたらしい。困ったような、参ったとでもいうような顔をして、躊躇いがちに口を開いた。
「あんた……今日はなんだ、その、やけに色っぽいな」
「……は?いろっぽい?」
いろっぽい…色っぽい?生まれてこの方、そんな形容をされた覚えはちょっと思い出せない。
その形容詞とどれほど縁遠いかは、それこそ自分がよく知っている。
色気は成人したからといって自然に備わるものでもないというのが〇〇の持論である。
自分と色気。鍵と鍵穴の不一致のような心地で、聞き間違いかと鸚鵡返しをした。
ところがゴーランドはそうだと頷いて、顎を撫でつつじっとこちらを見下ろした。
「でも、あたしのどこが」
「どこっていうかなあ。なんつーか…こう、たとえるなら情事後のしどけない感じか…?」
「……。服も髪も一応、人前に出ておかしくないくらいには整えてるんだけど?」
「…だよな。だが、今のあんたには倦怠感が付き纏ってる。それがえも言われぬ雰囲気を醸し出してるんだ」
遠くで子供のはしゃぎ声が上がった。なんて無邪気な響きだろう。
同じ場所なのに、こちらでは真昼間の(そうでなくても)遊園地に似つかわしくない単語が持ち出されるとは。
(なにこの対照。しかも、よりによって情事ときた、か…)
あれは違う。頭を掠めた一瞬の想起を即否定した。
エース。〇〇は苦い思いでその名を胸中で呟いた。
戯れで済ませるには異議ありだったが、他にどう説明をつけられようか。
エースの食指が動いたのはきっと好奇心からに違いない。こちらも処女ではないし、いちいち根に持つつもりはなかった。
けれど、エースも気まぐれらしく夢だとでも思わせてくれたらよかったのにと思わないではない。
動かぬ物的証拠、もとい痕跡をそこかしこに残されたらどうもすっきりしないのだ。
回想はいい。話を戻そう。
ゴーランドが指摘したとおり、今日の〇〇には今ひとつ覇気がなかった。原因は風邪と戦った名残である。
少ながらず騎士のあれが響いたと見え、思った以上に風邪が長引いた。おかげでだるさがなかなか抜けない。
しかし、身体を動かすのをさほど好まない身でも、動けなかった時間の反動で運動を恋しく思えてしまう。
好きな睡眠も度を超えると苦痛に変わることを初めて知った。
「オーナー。これはあれ、寝過ぎで多少だらけてるだけだから。間違っても色気じゃない」
言いながら、否定できてしまうのも少し虚しかった。
色っぽいとはビバルディのような女性にこそ相応しい。あの胸の谷間は女としてちょっと憧れちゃうよな。
面白い深読みをすると〇〇は笑うも、ゴーランドの納得を勝ち取るには至らなかった。
それどころか大っぴらにますます疑り深い目を向けられた。何故だ。
「うまいこと言って、俺をはぐらかそうって魂胆じゃないだろうな?」
「はぐらかすって、なにを?」
ぐ、と言葉に詰まったゴーランドは、それでもなにやら決心したように短く息を吐き、
「つまり…誰かと寝た…とか、まあそんなところだ」
「……はあ。あのなー、ゴーランド」
その場合の寝るって、同衾か。真昼の遊園地でオープンすぎる。はて慎みとはなんだったかと考えてしまう。
今時の若者から多少外れているとはいえ、〇〇は現代人だ。
純粋な乙女ではないし、そこそこの際どい話題にもついていける自信がある。
さらにアリスを絡めてくれるなら、むしろノリノリで参加して脳内を披露してもいい。今回は残念ながら彼女抜きで持ち込まれたわけだから、そうはいかないが。
〇〇はらしくなく勘繰ってくるゴーランドをつい訝った。
「なに、アナタはあたしが誰かとそうなるのを期待してるわけ?」
無論そんなことはないと思うゆえの質問だった。
誰かとどうにかなる期待以前に、そもそも〇〇に対する関心に深さはないはずだ。
こういう言い方をすれば良くも悪くも話を打ち切れるだろうという裏があった。
案の定、ゴーランドは気分を害した。ただし想定外の方向に。
「そんなこと期待してんじゃねえ!俺はただ、気遣いもできないような男にあんたがいいようにされてんじゃねえかと思って――なんだよ、俺には心配もさせてくれねえってのか」
「あ、いや…別にそういうことじゃなくって…?」
怒ればいい。怒って話を切り上げて、なんなら去ってくれてもよかった。
けれど(それがどんな思い違いだろうと)こちらの身を案じて憤られては、返す言葉に窮する。
どうしてこんな話になったんだ。会話開始当初からは大きく話の軸がずれていた。
実りどころか芽生えさえない話題を、これ以上続けてなんになる。今度こそ切り上げるべきだ。
そこで、続々と言葉の飛び出しそうな唇にすいと指先を伸ばした。ガムテープを貼られたようにぴたりと止むゴーランドの声。
「!」
「あたしはこんなくだらないやりとりを目的に来たんじゃないんでね」
淡白に一言。気まずい空気が到来するその直前、〇〇は親しみを込めてにこっと笑った。
「お見舞いありがとう」
「……」
「あたしが言いたかったのは、これ」
肩を怒らせていたゴーランドは、みるみるうちに荒立ちをしぼませていった。
気力を削がれた顔をして、萎えた感情の扱いに戸惑った。
結局、根っこが“いい人”な彼は自分の言動を省みて苦笑するのだった。
「いや…、あんたが具合悪いって聞いて、じっとしていられなかったんだ。礼を言われるようなことじゃねえよ」
広い手のひらが〇〇の頭にそっと乗せられた。「妙な話に持っていっちまって悪かったな」
ほんわか和解ムードが漂った。これで一件落着である。〇〇はやれやれと胸を撫で下ろした。
こうして時折、予測不能な事態がトラップのように待ち構えていた。
物語の進行は揺るぎない。それはまた〇〇自身にも同様のことが言える。
握る手綱に手応えがなくなるなど、ありえないのだ。
引き時を誤って長居したそれがようやく退散した数日後、〇〇は遊園地を訪れていた。
ゴーランドがアリスと共に見舞いに来てくれたと、ユリウスに聞いたからだった。
記憶にないとはいえ、礼儀として一言お礼を言おうと思った次第である。
さほど歩き回ることなく例のジャケットを見つけ、〇〇は早速声をかけた。
「オーナー!今、時間大丈夫?」
「おっ、〇〇か!あんた、もう具合はいいのか?」
「こうして出歩ける程度にはね」
駆け寄ってきたゴーランドはほっとした面持ちになった。
単なる風邪だったのにわざわざ見舞いに来てくれたのだ。よほどの大病だと思われていたのかもしれない。
安心したように笑う顔を見て、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
「そりゃよかった。あんたが居ると居ないじゃ大違いだからな。元気になってくれてなによりだぜ――」
彼はそんなことを言いながら、ふとなにかに気を取られた。
ん?と首を捻って、まじまじと〇〇を眺め直す。なかなか無遠慮な視線を受けて、〇〇も首を傾げた。
探る目に、身体検査でも始まるのかと思う。
お飾り程度のマイ拳銃もあるにはあるが、標準仕様で武器を携帯している従業員達の足元にも及ばぬ危険性だ。
上から下へと行き来する視線が静まるのを、とりあえずじっと待っていることにした。
直立不動は身体に堪えるから、片足に重心を預けて立つ。
手持ち無沙汰でなんとはなしに横髪を掻き上げると、小さくも深い溜め息が出た。
ゴーランドはなんらかの疑問の正体を突き止めたらしい。困ったような、参ったとでもいうような顔をして、躊躇いがちに口を開いた。
「あんた……今日はなんだ、その、やけに色っぽいな」
「……は?いろっぽい?」
いろっぽい…色っぽい?生まれてこの方、そんな形容をされた覚えはちょっと思い出せない。
その形容詞とどれほど縁遠いかは、それこそ自分がよく知っている。
色気は成人したからといって自然に備わるものでもないというのが〇〇の持論である。
自分と色気。鍵と鍵穴の不一致のような心地で、聞き間違いかと鸚鵡返しをした。
ところがゴーランドはそうだと頷いて、顎を撫でつつじっとこちらを見下ろした。
「でも、あたしのどこが」
「どこっていうかなあ。なんつーか…こう、たとえるなら情事後のしどけない感じか…?」
「……。服も髪も一応、人前に出ておかしくないくらいには整えてるんだけど?」
「…だよな。だが、今のあんたには倦怠感が付き纏ってる。それがえも言われぬ雰囲気を醸し出してるんだ」
遠くで子供のはしゃぎ声が上がった。なんて無邪気な響きだろう。
同じ場所なのに、こちらでは真昼間の(そうでなくても)遊園地に似つかわしくない単語が持ち出されるとは。
(なにこの対照。しかも、よりによって情事ときた、か…)
あれは違う。頭を掠めた一瞬の想起を即否定した。
エース。〇〇は苦い思いでその名を胸中で呟いた。
戯れで済ませるには異議ありだったが、他にどう説明をつけられようか。
エースの食指が動いたのはきっと好奇心からに違いない。こちらも処女ではないし、いちいち根に持つつもりはなかった。
けれど、エースも気まぐれらしく夢だとでも思わせてくれたらよかったのにと思わないではない。
動かぬ物的証拠、もとい痕跡をそこかしこに残されたらどうもすっきりしないのだ。
回想はいい。話を戻そう。
ゴーランドが指摘したとおり、今日の〇〇には今ひとつ覇気がなかった。原因は風邪と戦った名残である。
少ながらず騎士のあれが響いたと見え、思った以上に風邪が長引いた。おかげでだるさがなかなか抜けない。
しかし、身体を動かすのをさほど好まない身でも、動けなかった時間の反動で運動を恋しく思えてしまう。
好きな睡眠も度を超えると苦痛に変わることを初めて知った。
「オーナー。これはあれ、寝過ぎで多少だらけてるだけだから。間違っても色気じゃない」
言いながら、否定できてしまうのも少し虚しかった。
色っぽいとはビバルディのような女性にこそ相応しい。あの胸の谷間は女としてちょっと憧れちゃうよな。
面白い深読みをすると〇〇は笑うも、ゴーランドの納得を勝ち取るには至らなかった。
それどころか大っぴらにますます疑り深い目を向けられた。何故だ。
「うまいこと言って、俺をはぐらかそうって魂胆じゃないだろうな?」
「はぐらかすって、なにを?」
ぐ、と言葉に詰まったゴーランドは、それでもなにやら決心したように短く息を吐き、
「つまり…誰かと寝た…とか、まあそんなところだ」
「……はあ。あのなー、ゴーランド」
その場合の寝るって、同衾か。真昼の遊園地でオープンすぎる。はて慎みとはなんだったかと考えてしまう。
今時の若者から多少外れているとはいえ、〇〇は現代人だ。
純粋な乙女ではないし、そこそこの際どい話題にもついていける自信がある。
さらにアリスを絡めてくれるなら、むしろノリノリで参加して脳内を披露してもいい。今回は残念ながら彼女抜きで持ち込まれたわけだから、そうはいかないが。
〇〇はらしくなく勘繰ってくるゴーランドをつい訝った。
「なに、アナタはあたしが誰かとそうなるのを期待してるわけ?」
無論そんなことはないと思うゆえの質問だった。
誰かとどうにかなる期待以前に、そもそも〇〇に対する関心に深さはないはずだ。
こういう言い方をすれば良くも悪くも話を打ち切れるだろうという裏があった。
案の定、ゴーランドは気分を害した。ただし想定外の方向に。
「そんなこと期待してんじゃねえ!俺はただ、気遣いもできないような男にあんたがいいようにされてんじゃねえかと思って――なんだよ、俺には心配もさせてくれねえってのか」
「あ、いや…別にそういうことじゃなくって…?」
怒ればいい。怒って話を切り上げて、なんなら去ってくれてもよかった。
けれど(それがどんな思い違いだろうと)こちらの身を案じて憤られては、返す言葉に窮する。
どうしてこんな話になったんだ。会話開始当初からは大きく話の軸がずれていた。
実りどころか芽生えさえない話題を、これ以上続けてなんになる。今度こそ切り上げるべきだ。
そこで、続々と言葉の飛び出しそうな唇にすいと指先を伸ばした。ガムテープを貼られたようにぴたりと止むゴーランドの声。
「!」
「あたしはこんなくだらないやりとりを目的に来たんじゃないんでね」
淡白に一言。気まずい空気が到来するその直前、〇〇は親しみを込めてにこっと笑った。
「お見舞いありがとう」
「……」
「あたしが言いたかったのは、これ」
肩を怒らせていたゴーランドは、みるみるうちに荒立ちをしぼませていった。
気力を削がれた顔をして、萎えた感情の扱いに戸惑った。
結局、根っこが“いい人”な彼は自分の言動を省みて苦笑するのだった。
「いや…、あんたが具合悪いって聞いて、じっとしていられなかったんだ。礼を言われるようなことじゃねえよ」
広い手のひらが〇〇の頭にそっと乗せられた。「妙な話に持っていっちまって悪かったな」
ほんわか和解ムードが漂った。これで一件落着である。〇〇はやれやれと胸を撫で下ろした。
こうして時折、予測不能な事態がトラップのように待ち構えていた。
物語の進行は揺るぎない。それはまた〇〇自身にも同様のことが言える。
握る手綱に手応えがなくなるなど、ありえないのだ。