君のための優しい脅迫
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日はやけに涼しいなと思ったのが最初だった。
背筋にすうと忍び寄る震えに、〇〇は首を傾げながら腕を摩った。
布の下にある皮膚が鳥肌を立てている。過ごしやすい気候がこの世界の常だと思っていたのだが、考えを改めるべきかもしれない。
「おい、手が止まっているぞ。…どうかしたのか」
眼鏡の向こうから訝しげに時計の番人が問いかけた。
ぶっきら棒な中にうっかり見過ごしてしまいそうなほどの気遣わしさを見て取り、〇〇はなんでもないと笑った。
「いや、ちょこっと肌寒さを感じただけ」
「……だからやめておけと言っただろう」
溜め息をつかんばかりの顔には呆れと憂い。
なにその反応、と思う〇〇の手元には時計の細かな部品が仕分けされて並んでいた。
時計塔で手伝いをするのは家賃を支払う代わりのようなものだった。
厚かましく居座った分際でさらに押しつけがましいことこの上ないが、かといってなにもしないでいるのはいっそう居心地が悪い。
そういうわけでユリウスと話し合った結果、働いた分手当てをもらい、そこから生活費を出費することに落ち着いたのだった。
生活費は主にこの仮滞在地にいる間の二人分の食費である。
無理を言って働かせてもらうのに給料は必要ないと思ったが、ユリウスにも還元されるということなので一応納得している。
時計塔での手伝いといえば、まず考えられるのはやはり時計に関わる仕事だ。
手先を使う細やかなことはわりと好きだったから、小さいパーツを分ける作業を任されても苦にならなかった。
専門的な知識がなくても、じっくり見ればどれだどれであるかといった選別はそう難しいことではない(だから素人に任せて良し判断したのだろう)。
現にユリウスが〇〇の仕事ぶりに文句をつけることはなかった。
ただし、別の観点からの抗議はしたいようだ。眉間にその感情を露にしたユリウスが言うのには、
「時計は…おまえに触らせていいようなものではないんだ」
「それは、アナタ達の心臓だから?」
触らせていいものではない――触らせたくない。
ユリウスの拒絶は厳しいものではなく、拒むことに彼の思いやりが顕れる。
時計は命だ。壊れると回収され、新たな命が吹き込まれる。そこにはすでに前の人格はなく、永遠に失われてしまう。
だから、守ろうとする人間がいる。彼らは時計屋を怨む。脳裏を掠めたのは憎悪を剥き出しにしたオレンジ色のウサギだった。
ユリウス=モンレーは役割と共に苦悩をも背負わされたのだろう。役割に従うしかない彼に、罪はあるのだろうか。
ともあれ、同情的な共感はしない。無意味だし、彼もきっとそんなものは望まない。
自分は単にすべてを含めてユリウス=モンレーというキャラクターに向かい合うだけだ。
「まさか触るとあたしが穢れるとか、そんなおかしなこと言わないでよ?」
〇〇はあえて能天気な物言いを選んだ。
図星だったのか、ユリウスは苛立った声で反論する。
「おかしくない。おまえの白い手がそんなものに…」
「ま、みんな似たようなもんだって」
〇〇は気楽そうにさらりと言いのけて、作業を再開する。
その一言にあっさりと会話をぶった切られ、ユリウスは慌てて話の切れ端を繋ぎ合わせた。
「待て。なにが似たようなものだと?」
ただの寒気を霊的というか、精神的な問題、穢れ云々に持っていく男に言っても理屈は通じまい。
幼い頃は興味本位で虫をいたぶり無邪気な残虐に興じたこの手。探せば覚えのある人間が少なからずいるはずだ。
それに比べたら、時計を直す彼の手のほうがよほどいい。生み出す手だから。
大切な人の時計を別の誰かが持つのを許せない気持ちもわからなくはない。
けれど、そうあれだ、きっとドナーみたいなもんなんだよ。てか、まあそもそもゲームだしね、此処。
「〇〇。人の話を聞いているのか?」
自分でも短絡思考を展開している気がする頭の中を、〇〇はうまく操作できないでいた。
「んー…?うん、聞いてない」
ともすると支離滅裂になりそうだ。…あ、やっぱりちょっと寒いや。
いい加減な返事に、ユリウスは怒りマークを刻んで頬をひくつかせた。
わりと正直な反応を返してくれるのが面白く、たまに彼を無性にからかってやりたくなるときがある。
だが、今回は故意に怒らせようとしたわけではなかった。
〇〇は再び背中に這い上がる奇妙な悪寒を感じ、室内を見回した。正体を求めた先にはやはりなにもない。
まさか本当に幽霊かなにかがそこらを徘徊しているのか?
確か似たようなもんがいなかったっけ、とふと思う。影、と〇〇の口が呟いた。この世界でもっともそれに近いと思われるのは、残像だ。
「なに?」
「アナタの部下だよ。…あの人達、その辺にいない?」
うろうろと視線をさまよわせ、ほんのり色づいた顔を見せる〇〇。
唐突になにをわけのわからないことを。何故頬を染める必要があるのだ。
ユリウスは不気味なものを見たとばかりに目を背けた。が、なにかが引っかかる。
再度目をやり探ることしばし、彼はようやく合点の行く理由に思い当たった。
「もしかして、熱があるんじゃないか?」
「…熱?ないよそんなもん」
熱。脳内に浮かんだのは殺気を乗せて微笑む唇。
それ以上の再生を拒むため、〇〇は煩わしそうに首を振って否定した。
しかしよくよく見るとやや上気した頬の他に、目が潤んでいてどことなく虚ろである。
もはやユリウスは確信して、嘯く余所者につかつか歩み寄ると強引にその前髪を掻き上げた。
ユリウスの手が冷たいのか、〇〇の額が熱いのか。どちらの要因が強いにしても、差が歴然としすぎていた。
手にかかった吐息の湿りにこれで平熱と言い張るのかと彼は呆れてしまう。
なおも手を動かそうとするものだから、ユリウスは少々乱暴に掴み上げて制した。
「これ以上続けて捗るはずがないだろう。体調が優れないなら、どうしてすぐ私に言わないんだ」
「だって…さっきまでなんともなかったから」
「さっきと今は別だ」
なるほど、熱があるからこんなに寒く感じるのか。
地味に風邪を引くくらいのことはあるが、なにぶん丈夫な身なので発熱に至ることは極めて稀だった。
平生と比べて覇気のない様は病人然としており、ユリウスは一刀両断、有無を言わさずにベッドに押し上げる。
普段の〇〇は自前で購入した布団一式を、ぎりぎりスペースを確保した床に広げて眠る。
それに同居人は賛成しないが、元の世界では畳に布団を敷いて眠っていたためベッドより寝心地がいいくらいだった。
そういうわけで、体調を崩した〇〇を彼が床に転がすわけがない。
無理矢理彼の寝台に寝かされた〇〇はきょとんとして同居人を見上げる。
視線と出会ったことでユリウスは急に気恥ずかしくなったのか、
「と、とにかく、しばらく寝ていろ」
とそんな自分を隠すように〇〇の目を手のひらで覆ってしまう。
熱冷ましにずっと欲しいくらい快い温度差だった。
ふう、と息をついたところでようやく自身の不調を認めざるを得なかった。
病は気からという。意識してしまうと、急速に倦怠感に包まれていくように感じられた。
観念の体(てい)、ぐったりと弛緩した〇〇は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめん、ユリウス…」
「…ふん。少しはしおらしくする気になったか」
憎まれ口を叩くには緩んだ眼差しのユリウスがふ、と微笑を浮かべた。
「これで私は落ち着いて仕事に専念することができるな」
「うわ…ひど」
「もとはと言えばおまえが悪い。私に隠し事をするおまえが…」
労わる無骨な手が何往復もして髪を滑っていく。
〇〇は手繰り寄せられる眠気に抗おうと思わなかった。
語りかけるようなユリウスの独白は穏やかな波に似ていた。
「ただでさえ、おまえはなにを考えているのか判りづらいんだ。…その気になれば、私など簡単に欺かれてしまう」
寂しげに耳を打つ呟き。私では駄目なのかと問う静かな声。
少しは頼ってほしいと願う思いは切なさの滲んだ囁きとなったが、〇〇に届くことはなかった。
寝息に変わった呼吸に、苦笑を漏らす。
ユリウスはやり切れなさを払うように一言置いて、医者を呼びに行った。
診察の結果はもちろん単なる風邪で、薬を飲んで安静にしていればすぐに回復するという。
背筋にすうと忍び寄る震えに、〇〇は首を傾げながら腕を摩った。
布の下にある皮膚が鳥肌を立てている。過ごしやすい気候がこの世界の常だと思っていたのだが、考えを改めるべきかもしれない。
「おい、手が止まっているぞ。…どうかしたのか」
眼鏡の向こうから訝しげに時計の番人が問いかけた。
ぶっきら棒な中にうっかり見過ごしてしまいそうなほどの気遣わしさを見て取り、〇〇はなんでもないと笑った。
「いや、ちょこっと肌寒さを感じただけ」
「……だからやめておけと言っただろう」
溜め息をつかんばかりの顔には呆れと憂い。
なにその反応、と思う〇〇の手元には時計の細かな部品が仕分けされて並んでいた。
時計塔で手伝いをするのは家賃を支払う代わりのようなものだった。
厚かましく居座った分際でさらに押しつけがましいことこの上ないが、かといってなにもしないでいるのはいっそう居心地が悪い。
そういうわけでユリウスと話し合った結果、働いた分手当てをもらい、そこから生活費を出費することに落ち着いたのだった。
生活費は主にこの仮滞在地にいる間の二人分の食費である。
無理を言って働かせてもらうのに給料は必要ないと思ったが、ユリウスにも還元されるということなので一応納得している。
時計塔での手伝いといえば、まず考えられるのはやはり時計に関わる仕事だ。
手先を使う細やかなことはわりと好きだったから、小さいパーツを分ける作業を任されても苦にならなかった。
専門的な知識がなくても、じっくり見ればどれだどれであるかといった選別はそう難しいことではない(だから素人に任せて良し判断したのだろう)。
現にユリウスが〇〇の仕事ぶりに文句をつけることはなかった。
ただし、別の観点からの抗議はしたいようだ。眉間にその感情を露にしたユリウスが言うのには、
「時計は…おまえに触らせていいようなものではないんだ」
「それは、アナタ達の心臓だから?」
触らせていいものではない――触らせたくない。
ユリウスの拒絶は厳しいものではなく、拒むことに彼の思いやりが顕れる。
時計は命だ。壊れると回収され、新たな命が吹き込まれる。そこにはすでに前の人格はなく、永遠に失われてしまう。
だから、守ろうとする人間がいる。彼らは時計屋を怨む。脳裏を掠めたのは憎悪を剥き出しにしたオレンジ色のウサギだった。
ユリウス=モンレーは役割と共に苦悩をも背負わされたのだろう。役割に従うしかない彼に、罪はあるのだろうか。
ともあれ、同情的な共感はしない。無意味だし、彼もきっとそんなものは望まない。
自分は単にすべてを含めてユリウス=モンレーというキャラクターに向かい合うだけだ。
「まさか触るとあたしが穢れるとか、そんなおかしなこと言わないでよ?」
〇〇はあえて能天気な物言いを選んだ。
図星だったのか、ユリウスは苛立った声で反論する。
「おかしくない。おまえの白い手がそんなものに…」
「ま、みんな似たようなもんだって」
〇〇は気楽そうにさらりと言いのけて、作業を再開する。
その一言にあっさりと会話をぶった切られ、ユリウスは慌てて話の切れ端を繋ぎ合わせた。
「待て。なにが似たようなものだと?」
ただの寒気を霊的というか、精神的な問題、穢れ云々に持っていく男に言っても理屈は通じまい。
幼い頃は興味本位で虫をいたぶり無邪気な残虐に興じたこの手。探せば覚えのある人間が少なからずいるはずだ。
それに比べたら、時計を直す彼の手のほうがよほどいい。生み出す手だから。
大切な人の時計を別の誰かが持つのを許せない気持ちもわからなくはない。
けれど、そうあれだ、きっとドナーみたいなもんなんだよ。てか、まあそもそもゲームだしね、此処。
「〇〇。人の話を聞いているのか?」
自分でも短絡思考を展開している気がする頭の中を、〇〇はうまく操作できないでいた。
「んー…?うん、聞いてない」
ともすると支離滅裂になりそうだ。…あ、やっぱりちょっと寒いや。
いい加減な返事に、ユリウスは怒りマークを刻んで頬をひくつかせた。
わりと正直な反応を返してくれるのが面白く、たまに彼を無性にからかってやりたくなるときがある。
だが、今回は故意に怒らせようとしたわけではなかった。
〇〇は再び背中に這い上がる奇妙な悪寒を感じ、室内を見回した。正体を求めた先にはやはりなにもない。
まさか本当に幽霊かなにかがそこらを徘徊しているのか?
確か似たようなもんがいなかったっけ、とふと思う。影、と〇〇の口が呟いた。この世界でもっともそれに近いと思われるのは、残像だ。
「なに?」
「アナタの部下だよ。…あの人達、その辺にいない?」
うろうろと視線をさまよわせ、ほんのり色づいた顔を見せる〇〇。
唐突になにをわけのわからないことを。何故頬を染める必要があるのだ。
ユリウスは不気味なものを見たとばかりに目を背けた。が、なにかが引っかかる。
再度目をやり探ることしばし、彼はようやく合点の行く理由に思い当たった。
「もしかして、熱があるんじゃないか?」
「…熱?ないよそんなもん」
熱。脳内に浮かんだのは殺気を乗せて微笑む唇。
それ以上の再生を拒むため、〇〇は煩わしそうに首を振って否定した。
しかしよくよく見るとやや上気した頬の他に、目が潤んでいてどことなく虚ろである。
もはやユリウスは確信して、嘯く余所者につかつか歩み寄ると強引にその前髪を掻き上げた。
ユリウスの手が冷たいのか、〇〇の額が熱いのか。どちらの要因が強いにしても、差が歴然としすぎていた。
手にかかった吐息の湿りにこれで平熱と言い張るのかと彼は呆れてしまう。
なおも手を動かそうとするものだから、ユリウスは少々乱暴に掴み上げて制した。
「これ以上続けて捗るはずがないだろう。体調が優れないなら、どうしてすぐ私に言わないんだ」
「だって…さっきまでなんともなかったから」
「さっきと今は別だ」
なるほど、熱があるからこんなに寒く感じるのか。
地味に風邪を引くくらいのことはあるが、なにぶん丈夫な身なので発熱に至ることは極めて稀だった。
平生と比べて覇気のない様は病人然としており、ユリウスは一刀両断、有無を言わさずにベッドに押し上げる。
普段の〇〇は自前で購入した布団一式を、ぎりぎりスペースを確保した床に広げて眠る。
それに同居人は賛成しないが、元の世界では畳に布団を敷いて眠っていたためベッドより寝心地がいいくらいだった。
そういうわけで、体調を崩した〇〇を彼が床に転がすわけがない。
無理矢理彼の寝台に寝かされた〇〇はきょとんとして同居人を見上げる。
視線と出会ったことでユリウスは急に気恥ずかしくなったのか、
「と、とにかく、しばらく寝ていろ」
とそんな自分を隠すように〇〇の目を手のひらで覆ってしまう。
熱冷ましにずっと欲しいくらい快い温度差だった。
ふう、と息をついたところでようやく自身の不調を認めざるを得なかった。
病は気からという。意識してしまうと、急速に倦怠感に包まれていくように感じられた。
観念の体(てい)、ぐったりと弛緩した〇〇は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめん、ユリウス…」
「…ふん。少しはしおらしくする気になったか」
憎まれ口を叩くには緩んだ眼差しのユリウスがふ、と微笑を浮かべた。
「これで私は落ち着いて仕事に専念することができるな」
「うわ…ひど」
「もとはと言えばおまえが悪い。私に隠し事をするおまえが…」
労わる無骨な手が何往復もして髪を滑っていく。
〇〇は手繰り寄せられる眠気に抗おうと思わなかった。
語りかけるようなユリウスの独白は穏やかな波に似ていた。
「ただでさえ、おまえはなにを考えているのか判りづらいんだ。…その気になれば、私など簡単に欺かれてしまう」
寂しげに耳を打つ呟き。私では駄目なのかと問う静かな声。
少しは頼ってほしいと願う思いは切なさの滲んだ囁きとなったが、〇〇に届くことはなかった。
寝息に変わった呼吸に、苦笑を漏らす。
ユリウスはやり切れなさを払うように一言置いて、医者を呼びに行った。
診察の結果はもちろん単なる風邪で、薬を飲んで安静にしていればすぐに回復するという。