軌道修正不可のゲーム
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町の中を二人で歩くと、どういうわけかここでも人々の視線が集まった。
その頃には見られるという状態に麻痺していたので、〇〇は三月ウサギと同じくまったく気にしなかった。
「そういえばエリオット。アリスはブラッドの部屋にいるの?」
確認でもあり、反応を窺う目的もあってそう尋ねてみた。
すると長い耳がぴこっと跳ね、エリオットが目を丸くした。
「なんだ、アリスも来てたのか?あんたが出かけるっていうから、てっきり今日は来てねえのかと思ってたぜ」
それではまるで〇〇が四六時中アリスをストーキングしているようではないか。どこぞの白ウサギではあるまいに。
〇〇のいるところにアリスがいるという認識。あながち間違いとは言えないが、頼りにするにはお粗末な方程式だ。
それに発想はまず「アリス」から出発してこそ成り立つというものである。
そこを解っているのかいないのか。きっとなにも解っていないのだろう。
先導して呑気に歩くエリオットは、ふと思い当たったように首を捻った。
「そういや、あんたとアリスっていつも別々に訪ねてくるよな。なんで一緒に来ねえんだ?どうせ来るなら、二人で来ればいいじゃねえか」
「…?一緒になんて無理だよ」
〇〇は目当てのものを売っている店を見つけ、エリオットの進行方向を腕を引いて正した。
こちらとて、できるものならアリスにくっついて何処へだってついて行きたい。
彼女が誰と出会ってどういう展開があるか、ひとつも逃さずに楽しめればどんなにいいだろう。それこそ、パソコンを前にゲームをしているときのように。
だがこうして実体を伴っている今、さまざまな現実性がそれを許さない。
画面では味わえないリアリティを手に入れた〇〇は、別のリアリティに自由を妨害されているのだ。
(あれかな。もしかして、幽霊的なもんにでもなってたほうが楽しめたかも…?)
そんな選択肢は提示されなかったので、最初からなかったのだろう。気の利かないことだ。
ちょっとした不満を胸中で呟いているうちに、店前に来ていた。
本当にすぐに片づくことだからとエリオットに外で待っているよう言おうとした。
が、そこで難しそうな思いも寄らない表情と出会い、不思議に思った〇〇は別の言葉を口にした。
「なに、どうかした?」
「…〇〇。あんたって、ハートの城に滞在してんだよな?」
「……。はい?」
藪から棒に問い返され、きょとんとしてしまう。どうして住居の話がここで出てくる。
それに、ハートの城で生活しているのは〇〇ではなくアリスだ。
情報の錯誤がどう起こったのかはわからないが、どうやらエリオットは〇〇の滞在先を城であると思い込んでいたらしい。
エリオットは困惑したように眉根を寄せた。
「同じ場所で暮らしてんなら、屋敷に一緒に来られるはずだろって…違ったのか?」
一緒に帽子屋屋敷を訪問するのは無理だと〇〇は言った。
その不可能という言葉とエリオットの中の“事実”が食い違ったのだ。
あたしの何気なく口にしたことが矛盾を生み出し、エリオットの中で消化不良を起こしているのか。
考えてみれば、これまで滞在地を話題に出したことはなかった。
訊かれなかったし、わざわざ言うほどの重要事項ではないと思っていたから。
〇〇は自分より高い位置にある広い肩を軽く叩くと「ごめんごめん」と謝った。
「そういえば言ってなかったな。ハートの城に寝床を持ってるのはアリスだけなんだよ」
「へ?じゃあ、あんたは…」
「あたし?あたしは時計塔が…まあ、仮滞在地?」
暮らしているというほど長く留まった覚えはないが、寝起きするという点で言えばやはりもっとも多い場所。
お互い深く干渉することのない、居心地のいい住居だ。
改めて口にすると、むすりとするユリウスの顔が目に浮かんだ。仮とはいえ滞在先にされていい迷惑だとでも言いたげな。
なんだかんだで存在を許容してくれる時計の番人を思うと、自然と口元が綻んだ。そうだ、ついでにユリウスになにか買って帰ろうか。
〇〇は微笑んで、身体の方向を店に向ける。
「じゃ、すぐに買い物済ませてくるから。悪いけどエリオットはそこで、」
「――時計塔…?」
唸るような低い声。耳にした途端に背筋に冷たいものが駆け抜けた。
エリオットの纏う気が急速に温度を失った。
冷気に当てられて〇〇の頭が一気に醒める。冷却され、失念していた事実を思い出した。
エリオットとユリウスの間に頑として横たわる、確執。
しまったと思うも、今やエリオットは鋭い眼光を〇〇に向けていた。
〇〇の背後――いや、〇〇を通して全身全霊の憎しみと殺意をぶつけるように。
普段のエリオットと対極にあるそれは、彼がマフィアであることを喚起させる。
笑顔を失くしたエリオットを前にするとどうしていいのかわからなくなる。いつも。
「あんた…あんな野郎のところにいるのか?ここに来てからずっと…?」
「そう、だけど」
「…俺が会えないときも、あいつとは一緒にいたんだな」
実際はあちこちに出かけているから、エリオットの言うことは正確ではない。
しかし今の彼にそう言ったところで場が収まるとは到底思えない。
ユリウスへの憎悪が、〇〇という要素を含んで別の形に変換されようとしていた。
前にもこんな雰囲気になったことがあった。エリオットを抑えることのできるブラッドはこの場にいない。
「なんで時計塔なんかにいるんだよ。どうしてあいつの傍を選んだんだ。あいつのことっ……好きなのか?」
「エリオット…」
不用意な発言はすべきではなかったのだ。
詰め寄り腕を掴まれ、握り締められる痛みに顔を歪める。露出した肌には直に指が食い込んだ。
〇〇はすべてを知っている。ユリウスとエリオットの間になにがあったのかも。
だからこそ、下手に口を開けない。三月ウサギの気持ちも、時計屋の立場も、両方が解るからだ。
今は労りの嘘はつかないほうがいい。率直に言うべきだ。〇〇は静かに目を伏せた。
「ユリウスのことは、嫌いじゃないよ」
「っ…」
ぎり、と唇を噛み締めるエリオットに、痛みを感じさせない穏やかな口調で続けた。
「それに、エリオットのことも嫌ってない。…わかる?そういうことなんだ」
「ッ、俺は…」
同列に扱われること。友達以上でも以下でもないこと。
エリオットの望む返答ではなかった。友人という一括りに対する反発が俄に湧き起こる。
気がつけば、急激に膨れ上がって抑えきれない何とも知れない感情が胸に迸り、口から飛び出した。
「俺は――俺はあんたが、好きだ…!」
好き。二人の間に落ちた沈黙が周囲の音を吹き飛ばした。
好意に色づいた言葉が、今までと異なる響きを生む。
エリオットは咄嗟に口を押さえたが、その手のひらに視線を落とすとぽつりと呟いた。“好き”、なのか…?と。
その頃には見られるという状態に麻痺していたので、〇〇は三月ウサギと同じくまったく気にしなかった。
「そういえばエリオット。アリスはブラッドの部屋にいるの?」
確認でもあり、反応を窺う目的もあってそう尋ねてみた。
すると長い耳がぴこっと跳ね、エリオットが目を丸くした。
「なんだ、アリスも来てたのか?あんたが出かけるっていうから、てっきり今日は来てねえのかと思ってたぜ」
それではまるで〇〇が四六時中アリスをストーキングしているようではないか。どこぞの白ウサギではあるまいに。
〇〇のいるところにアリスがいるという認識。あながち間違いとは言えないが、頼りにするにはお粗末な方程式だ。
それに発想はまず「アリス」から出発してこそ成り立つというものである。
そこを解っているのかいないのか。きっとなにも解っていないのだろう。
先導して呑気に歩くエリオットは、ふと思い当たったように首を捻った。
「そういや、あんたとアリスっていつも別々に訪ねてくるよな。なんで一緒に来ねえんだ?どうせ来るなら、二人で来ればいいじゃねえか」
「…?一緒になんて無理だよ」
〇〇は目当てのものを売っている店を見つけ、エリオットの進行方向を腕を引いて正した。
こちらとて、できるものならアリスにくっついて何処へだってついて行きたい。
彼女が誰と出会ってどういう展開があるか、ひとつも逃さずに楽しめればどんなにいいだろう。それこそ、パソコンを前にゲームをしているときのように。
だがこうして実体を伴っている今、さまざまな現実性がそれを許さない。
画面では味わえないリアリティを手に入れた〇〇は、別のリアリティに自由を妨害されているのだ。
(あれかな。もしかして、幽霊的なもんにでもなってたほうが楽しめたかも…?)
そんな選択肢は提示されなかったので、最初からなかったのだろう。気の利かないことだ。
ちょっとした不満を胸中で呟いているうちに、店前に来ていた。
本当にすぐに片づくことだからとエリオットに外で待っているよう言おうとした。
が、そこで難しそうな思いも寄らない表情と出会い、不思議に思った〇〇は別の言葉を口にした。
「なに、どうかした?」
「…〇〇。あんたって、ハートの城に滞在してんだよな?」
「……。はい?」
藪から棒に問い返され、きょとんとしてしまう。どうして住居の話がここで出てくる。
それに、ハートの城で生活しているのは〇〇ではなくアリスだ。
情報の錯誤がどう起こったのかはわからないが、どうやらエリオットは〇〇の滞在先を城であると思い込んでいたらしい。
エリオットは困惑したように眉根を寄せた。
「同じ場所で暮らしてんなら、屋敷に一緒に来られるはずだろって…違ったのか?」
一緒に帽子屋屋敷を訪問するのは無理だと〇〇は言った。
その不可能という言葉とエリオットの中の“事実”が食い違ったのだ。
あたしの何気なく口にしたことが矛盾を生み出し、エリオットの中で消化不良を起こしているのか。
考えてみれば、これまで滞在地を話題に出したことはなかった。
訊かれなかったし、わざわざ言うほどの重要事項ではないと思っていたから。
〇〇は自分より高い位置にある広い肩を軽く叩くと「ごめんごめん」と謝った。
「そういえば言ってなかったな。ハートの城に寝床を持ってるのはアリスだけなんだよ」
「へ?じゃあ、あんたは…」
「あたし?あたしは時計塔が…まあ、仮滞在地?」
暮らしているというほど長く留まった覚えはないが、寝起きするという点で言えばやはりもっとも多い場所。
お互い深く干渉することのない、居心地のいい住居だ。
改めて口にすると、むすりとするユリウスの顔が目に浮かんだ。仮とはいえ滞在先にされていい迷惑だとでも言いたげな。
なんだかんだで存在を許容してくれる時計の番人を思うと、自然と口元が綻んだ。そうだ、ついでにユリウスになにか買って帰ろうか。
〇〇は微笑んで、身体の方向を店に向ける。
「じゃ、すぐに買い物済ませてくるから。悪いけどエリオットはそこで、」
「――時計塔…?」
唸るような低い声。耳にした途端に背筋に冷たいものが駆け抜けた。
エリオットの纏う気が急速に温度を失った。
冷気に当てられて〇〇の頭が一気に醒める。冷却され、失念していた事実を思い出した。
エリオットとユリウスの間に頑として横たわる、確執。
しまったと思うも、今やエリオットは鋭い眼光を〇〇に向けていた。
〇〇の背後――いや、〇〇を通して全身全霊の憎しみと殺意をぶつけるように。
普段のエリオットと対極にあるそれは、彼がマフィアであることを喚起させる。
笑顔を失くしたエリオットを前にするとどうしていいのかわからなくなる。いつも。
「あんた…あんな野郎のところにいるのか?ここに来てからずっと…?」
「そう、だけど」
「…俺が会えないときも、あいつとは一緒にいたんだな」
実際はあちこちに出かけているから、エリオットの言うことは正確ではない。
しかし今の彼にそう言ったところで場が収まるとは到底思えない。
ユリウスへの憎悪が、〇〇という要素を含んで別の形に変換されようとしていた。
前にもこんな雰囲気になったことがあった。エリオットを抑えることのできるブラッドはこの場にいない。
「なんで時計塔なんかにいるんだよ。どうしてあいつの傍を選んだんだ。あいつのことっ……好きなのか?」
「エリオット…」
不用意な発言はすべきではなかったのだ。
詰め寄り腕を掴まれ、握り締められる痛みに顔を歪める。露出した肌には直に指が食い込んだ。
〇〇はすべてを知っている。ユリウスとエリオットの間になにがあったのかも。
だからこそ、下手に口を開けない。三月ウサギの気持ちも、時計屋の立場も、両方が解るからだ。
今は労りの嘘はつかないほうがいい。率直に言うべきだ。〇〇は静かに目を伏せた。
「ユリウスのことは、嫌いじゃないよ」
「っ…」
ぎり、と唇を噛み締めるエリオットに、痛みを感じさせない穏やかな口調で続けた。
「それに、エリオットのことも嫌ってない。…わかる?そういうことなんだ」
「ッ、俺は…」
同列に扱われること。友達以上でも以下でもないこと。
エリオットの望む返答ではなかった。友人という一括りに対する反発が俄に湧き起こる。
気がつけば、急激に膨れ上がって抑えきれない何とも知れない感情が胸に迸り、口から飛び出した。
「俺は――俺はあんたが、好きだ…!」
好き。二人の間に落ちた沈黙が周囲の音を吹き飛ばした。
好意に色づいた言葉が、今までと異なる響きを生む。
エリオットは咄嗟に口を押さえたが、その手のひらに視線を落とすとぽつりと呟いた。“好き”、なのか…?と。