この手から滑り落ちゆく、自由
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ようやくブラッドが身体を引く頃には、〇〇元通りに歩けるようになっていた。
先ほどまでの態度が嘘のように、ブラッドは客をもてなす主人として〇〇に紅茶をご馳走しようと言った。
美味い菓子も用意するという言葉につられて承諾してしまった〇〇は、屋敷に向かう丈の短い白のタキシードについていく。
「せっかく君が訪ねて来てくれたのだから、ここはひとつ楽しい遊びをしようか」
紅茶のお供である美味に思いを馳せていた〇〇は、道すがらブラッドから持ちかけられた提案を特に不自然に思うことはなかった。
これが後々、自分を揺るがす出来事を呼び込むことになろうとは思いもしない。
「遊び?まあ、いいけど」
「では、簡単な賭けをしよう。負けた方が勝った者の言うことをひとつ受け入れる、というのが定番だな」
軽いノリで同意する。〇〇はブラッドの気まぐれに付き合うのに慣れていた。いや、慣れすぎていたのだ。
ブラッド自身がまさに思いつきだというふうにしていたから、本格的な賭け事とは違う気軽さを感じてしまった。
「賭けの内容は?」
「――あれだ」
ブラッドが人差し指を天へと向ける。
空?と綺麗に晴れ渡った青を仰いで首を捻ると、「正しくは時間帯だ」と彼は言い直した。
この世界の時間は実に不規則である。そこで、次にどの時間帯に変わるかを賭けようというのだ。なるほど、確かにそれなら単純でわかりやすい。
「君はどの時間帯に賭ける?」
「んっと…じゃ、夕方にでも」
「ふむ。それなら、私は夜に」
ブラッドは夜が好きだもんなあと〇〇は頷く。
どちらともなく歩みを再開し、広大な庭を屋敷目指して通り抜ける。これだけの広さがあれば、庭を散歩するだけで十分な運動量になるだろう。手入れも相応に大変そうだが。
「君は夕方が好きか?」
「これと言って時間帯に好き嫌いはないけどね。でも、夕焼けって綺麗じゃない?」
「ああ…。あれがいつまでも留まり続ける太陽じゃなければ、情緒があっていいかもしれないが」
「あー…うん。一理あるわ、それ」
今まで一度も飽きが来なかったわけではない〇〇も苦笑する。
しぶとく空に縋りつく眩しさを時計塔の上でじっと眺めていたことがあった。あのときはユリウスが無遠慮に呆れを注いでくれたものだ。
ぶつぶつと文句を言いながらも付き合ってくれたのは、きっと気分転換の意味があったのだろうと思う。
しばらくすると視界が開けて、前方に立派な建物が見えてきた。
〇〇は目線を上げた。綺麗な青空に、薄い白がちらほらと浮かんでいる。いっこうに変わる気配はない。
「どうする、ボス?建物の中に入っちゃったら、時間帯の変化に気がつけなくなりそう…」
「それもそうだな」
思いの外、素っ気ない相槌だった。そちらから提案しておきながらもう興味を失ったのか。
まあいいけど、と〇〇は会話を続けた。
「それじゃあ、ひとまずお茶は置いといてこっちを待つ?」
「――いや。…その必要はないさ」
そのとき、ブラッドが歩みを止めた。ゆっくりと振り返る。
(その必要はない、って…?)
ブラッドは悠然とした構えで〇〇を見据えた。
それは空の変化を見逃さないために外にいる必要はないというよりも、待つという行為自体を不要だと言っているように聞こえた。
賭けの対象は時間帯。いつ時間が変わるとも知れないが、待たなければ成立しないはずの勝負。
最初は意味を理解できなかった〇〇だったが、唐突に表情を変えた。虚をつかれたように。
思い出したのだ。気まぐれな時間を従わせる、その方法の存在を。
(! まさか…)
ブラッドの口元に浮かんだのは、紛れもない狡猾な勝者の笑み。
「――勝敗はとっくに決している」
瞬間、彼の掌から落とされた砂時計が粉々に砕け散り、跡形もなく消えた。
いつの間にそんなものを手にしていたのだろう。闇色に彩られていく空を背景に、不敵に微笑むマフィアのボス。
〇〇は「やられた」と額を手で打った。なんと堂々たる反則技だ。
用意周到ぶりからして、始めからそのつもりで賭けを持ちかけたのか。思いつきなどではなく計画的だったのだ。
「なんでブラッドがそれを…」
「アリスから譲り受けたんだ。ちょうど最後の一回だったようだな」
運がいい、と上機嫌で言うが、その様は策士が自分の計画通りに事が運んだことに満足しているようにしか見えない。
まさかの反則も、日頃から「ルールは破るためにある」と言うくらいのブラッドなのだから、こちらも警戒すべきだったのだ。裏を読むくらいのことは心得ておくべきだった。
砂時計の存在を完璧に失念していた自分への叱責。そこまでして勝ちたかったのかという冷ややかな呆れ。
悔しくないと言えば嘘になるが、こだわるほどの強い憤りはなかった。
すべての感情は溜め息に乗せられた。…ったく、ボスらしいやり方だよ。
「この賭けは私の勝ちだ。来なさい」
「ルール違反…」
「心配ない。今回は特別だ」
勝利を我が物にした(というか毟り取った)帽子屋は〇〇の腕を掴むと、屋敷にある自室に向かった。
先ほどまでの態度が嘘のように、ブラッドは客をもてなす主人として〇〇に紅茶をご馳走しようと言った。
美味い菓子も用意するという言葉につられて承諾してしまった〇〇は、屋敷に向かう丈の短い白のタキシードについていく。
「せっかく君が訪ねて来てくれたのだから、ここはひとつ楽しい遊びをしようか」
紅茶のお供である美味に思いを馳せていた〇〇は、道すがらブラッドから持ちかけられた提案を特に不自然に思うことはなかった。
これが後々、自分を揺るがす出来事を呼び込むことになろうとは思いもしない。
「遊び?まあ、いいけど」
「では、簡単な賭けをしよう。負けた方が勝った者の言うことをひとつ受け入れる、というのが定番だな」
軽いノリで同意する。〇〇はブラッドの気まぐれに付き合うのに慣れていた。いや、慣れすぎていたのだ。
ブラッド自身がまさに思いつきだというふうにしていたから、本格的な賭け事とは違う気軽さを感じてしまった。
「賭けの内容は?」
「――あれだ」
ブラッドが人差し指を天へと向ける。
空?と綺麗に晴れ渡った青を仰いで首を捻ると、「正しくは時間帯だ」と彼は言い直した。
この世界の時間は実に不規則である。そこで、次にどの時間帯に変わるかを賭けようというのだ。なるほど、確かにそれなら単純でわかりやすい。
「君はどの時間帯に賭ける?」
「んっと…じゃ、夕方にでも」
「ふむ。それなら、私は夜に」
ブラッドは夜が好きだもんなあと〇〇は頷く。
どちらともなく歩みを再開し、広大な庭を屋敷目指して通り抜ける。これだけの広さがあれば、庭を散歩するだけで十分な運動量になるだろう。手入れも相応に大変そうだが。
「君は夕方が好きか?」
「これと言って時間帯に好き嫌いはないけどね。でも、夕焼けって綺麗じゃない?」
「ああ…。あれがいつまでも留まり続ける太陽じゃなければ、情緒があっていいかもしれないが」
「あー…うん。一理あるわ、それ」
今まで一度も飽きが来なかったわけではない〇〇も苦笑する。
しぶとく空に縋りつく眩しさを時計塔の上でじっと眺めていたことがあった。あのときはユリウスが無遠慮に呆れを注いでくれたものだ。
ぶつぶつと文句を言いながらも付き合ってくれたのは、きっと気分転換の意味があったのだろうと思う。
しばらくすると視界が開けて、前方に立派な建物が見えてきた。
〇〇は目線を上げた。綺麗な青空に、薄い白がちらほらと浮かんでいる。いっこうに変わる気配はない。
「どうする、ボス?建物の中に入っちゃったら、時間帯の変化に気がつけなくなりそう…」
「それもそうだな」
思いの外、素っ気ない相槌だった。そちらから提案しておきながらもう興味を失ったのか。
まあいいけど、と〇〇は会話を続けた。
「それじゃあ、ひとまずお茶は置いといてこっちを待つ?」
「――いや。…その必要はないさ」
そのとき、ブラッドが歩みを止めた。ゆっくりと振り返る。
(その必要はない、って…?)
ブラッドは悠然とした構えで〇〇を見据えた。
それは空の変化を見逃さないために外にいる必要はないというよりも、待つという行為自体を不要だと言っているように聞こえた。
賭けの対象は時間帯。いつ時間が変わるとも知れないが、待たなければ成立しないはずの勝負。
最初は意味を理解できなかった〇〇だったが、唐突に表情を変えた。虚をつかれたように。
思い出したのだ。気まぐれな時間を従わせる、その方法の存在を。
(! まさか…)
ブラッドの口元に浮かんだのは、紛れもない狡猾な勝者の笑み。
「――勝敗はとっくに決している」
瞬間、彼の掌から落とされた砂時計が粉々に砕け散り、跡形もなく消えた。
いつの間にそんなものを手にしていたのだろう。闇色に彩られていく空を背景に、不敵に微笑むマフィアのボス。
〇〇は「やられた」と額を手で打った。なんと堂々たる反則技だ。
用意周到ぶりからして、始めからそのつもりで賭けを持ちかけたのか。思いつきなどではなく計画的だったのだ。
「なんでブラッドがそれを…」
「アリスから譲り受けたんだ。ちょうど最後の一回だったようだな」
運がいい、と上機嫌で言うが、その様は策士が自分の計画通りに事が運んだことに満足しているようにしか見えない。
まさかの反則も、日頃から「ルールは破るためにある」と言うくらいのブラッドなのだから、こちらも警戒すべきだったのだ。裏を読むくらいのことは心得ておくべきだった。
砂時計の存在を完璧に失念していた自分への叱責。そこまでして勝ちたかったのかという冷ややかな呆れ。
悔しくないと言えば嘘になるが、こだわるほどの強い憤りはなかった。
すべての感情は溜め息に乗せられた。…ったく、ボスらしいやり方だよ。
「この賭けは私の勝ちだ。来なさい」
「ルール違反…」
「心配ない。今回は特別だ」
勝利を我が物にした(というか毟り取った)帽子屋は〇〇の腕を掴むと、屋敷にある自室に向かった。