この手から滑り落ちゆく、自由
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(…泣いてないって言ってるのに)
それにしても、自分も言わなくていいことまで言ったものだ。おかげでここしばらく忘れていたことを思い出した。
違う。忘れていたのではなく、考えなかっただけだ。
そのとき、地面を踏み締める誰かの足音が聞こえた。はっと顔を上げるが、そこに人の形は見えない。
「…あれ?」
「〇〇。こんなところでなにをしている?」
てっきり双子が脅し目的に意気揚々と戻ったのだと思ったのに。
顎をくっと上げて首を反らすと目に入ったのは、奇抜な飾りに真っ赤な薔薇。帽子屋だ。
「なんでボスがここに?」
「質問しているのは私の方なんだが…?」
ブラッドは顎に手を当ててこちらを見下ろしながら、周囲に目を走らせた。
さぼり癖のある彼らが去った方向を〇〇も見てみたが、現れる気配は全くない。
おそらくブラッドが来ることを察して逃げたのだろう。抜け目のない子供だと、近くの幹に刺さっていたはずのナイフが回収されていることを確認して感心さえしてしまう。
刃物の脅威が去った今、気になるのはこのタイミングで現れた彼らの雇い主の存在だった。
いったいいつからこの場にいたのか。
ここは彼の領地なのだから、いつどこにいようが〇〇は文句を言える立場ではないのだが。
(話、聞こえた…か?)
問題はそこである。たいしたことは話していないが、他人の耳に入って嬉しい話題でもない。
なにかを思案する顔に見えるブラッドを見上げ、表情を読み取ろうと試みるが、そこにあるのはいつもどおりの気だるさだった。
「ブラッド。どうかした?」
「…ああ、すまない。君を野放しにしておく危険性について少々考えていた」
どういう意味だ。あたしは猛獣かなにかかと釈然としない気分になる。
一方のブラッドも似たような顔をしていたが、思考をやめるとさらに〇〇に近づいた。
怪訝な顔つきで低い位置にある〇〇の顔を見て、
「ところでお嬢さん。私の問いに答えてくれないか。君はここでなにをしている?」
「あ」
さて、どうしよう。雇われ門番とはいえ、このファミリーの人間に(ほぼ強制的に)招かれたのだから、不法侵入ではないはずだ。
正直に双子に連れて来られたのだと言えばいい。しかし、雇い主が黙認しているだろう彼らのさぼりをこの口が言うのは…。
告げ口になるのは後味が悪いし、それが原因で二人が減給されたりすれば、危なくなるのはこの命ではないか?
頭を高速回転させた〇〇は、顔を上げてもっともらしく誤魔化すことにした。
「今日はアリスを探しにきたんだ」
「…そうか。残念だが、アリスは来ていない」
ブラッドの返答に、作り物でない残念だという顔になった。あわよくば会えるかと期待していたのだ。
「なんだ、つまんない…」
「それはそうと、君はいつまでそうして座り込んでいるつもりだ?」
そうだった。〇〇はあの時からずっと地面と仲良くしているのである。
この状態の理由を訊かれるとまた困るのだが、ブラッドは上体をかがめて視線の距離を縮めると笑って言った。
「足に根が生えるのを待たずとも、ずっとこの屋敷に居てくれて結構だよ。君ならいつでも歓迎する」
「…ご親切にどうも」
口元は微笑んでいるのに、探る目つきだった。目は口ほどに物を言うという言葉があるが、その目も解析困難。
そもそも他人の頭の中が分かるはずもない。分かっても具合が悪い。
立ち上がらないのは、足腰に力が入らないからだ。おそらく一度立ってしまえば自力で歩けるだろうが。これがいわゆる腰が抜けるというものか。情けない。
なんとか立とうとする〇〇に、手袋に包まれた手が差し出された。
「お手をどうぞ、お嬢さん?」
「……お嬢さんじゃない」
好きで醜態を演じたわけではない。面白がる声音といまだ「お嬢さん」と言うブラッドに、つい険の帯びた声になる。
それでも差し伸べられた腕を頼りにどうにか立ち上がることができた。
「このまま抱き上げるか?」
「サービスいいのな、ボス。でも必要ないか、ら――っ?」
足を伸ばすと少しよろめいた。ブラッドの手はしっかりと〇〇を掴んで支えたかに見えた、のだが。
彼は己の方に抱き寄せることはしないで、反対に突き放す方向に〇〇を押し出した。
「わわ…っ」
後方にたたらを踏んだ〇〇の背がなにかに阻まれる。おかげで倒れずに済んだのだが、これは目の前にいる人物の計算のうちだろう。
木に背を押しつけて立つ〇〇の前方を塞ぐのは、言わずもがなブラッドだった。
四方逃げ道を封じ、碧の瞳が暗色をちらつかせて〇〇を映し出す。
手を貸してもらった礼を言う雰囲気ではなかった。さらに追加された動作にはとても「ありがとう」と言う気分になれない。
「ブラッド…」
どけてくれないかという気持ちを込めて見つめ返すが、受け付けてもらえない。
それどころか、なにもかもを無視して彼が言ったのは、
「――〇〇。私の籠の鳥になれ。悪いようにはしない」
(……わけがわからないんですけど)
急になにを言い出すのか。意図が掴めない。
〇〇はブラッドの思考を計り兼ねてその顔をまじまじと眺めた。
ブラッド=デュプレは気分屋だ。アリスに対してならいざ知らず、もう一人の余所者に対する感情はその物珍しさと興味のみで構成されているに違いない。
そう考えれば発言も頷ける。〇〇は口角を上げた。
「ブラッドは、あたしを飼えば満足するの。毎日観察日記をつけるとか?」
「…そういう意味じゃない。私が言っているのは、」
「あいにくだけど」と構うことなく遮った。それで簡単に押し黙ったブラッドを怖いなと思いながらも、これだけは言っておく。
「大人しく鳥籠に入るつもりはないよ。あたしの自由はあたしのもの。誰にも手出しはされたくないし、自由のない世界に長居する気は起こらない」
自由を保障されているからここにいる。楽しめない世界はいらない。
緩やかな口調で言い切った〇〇は、不意に柔らかな笑顔に変えた。
すべてを知り、見通すようでありながら、しかし肝心な部分だけ見落とす余所者。
「ボス、昼間だからだるくて眠いんじゃない?それでも退屈は嫌だっていうんだから、難儀な性格だ」
わざとらしく同情するように頭を振る。
ブラッドは黒髪の隙間から覗く瞳を射るように細めたが、「ひどい言い種だな」と嘆息をついた。
切り替わるように、纏う空気が穏やかになった。鋭い光を忍ばせた眼は相変わらずあったが。
「君のなにもかもが思い通りにならない…まったく、腹立たしくていっそ愛着を感じてしまうくらいだよ」
それにしても、自分も言わなくていいことまで言ったものだ。おかげでここしばらく忘れていたことを思い出した。
違う。忘れていたのではなく、考えなかっただけだ。
そのとき、地面を踏み締める誰かの足音が聞こえた。はっと顔を上げるが、そこに人の形は見えない。
「…あれ?」
「〇〇。こんなところでなにをしている?」
てっきり双子が脅し目的に意気揚々と戻ったのだと思ったのに。
顎をくっと上げて首を反らすと目に入ったのは、奇抜な飾りに真っ赤な薔薇。帽子屋だ。
「なんでボスがここに?」
「質問しているのは私の方なんだが…?」
ブラッドは顎に手を当ててこちらを見下ろしながら、周囲に目を走らせた。
さぼり癖のある彼らが去った方向を〇〇も見てみたが、現れる気配は全くない。
おそらくブラッドが来ることを察して逃げたのだろう。抜け目のない子供だと、近くの幹に刺さっていたはずのナイフが回収されていることを確認して感心さえしてしまう。
刃物の脅威が去った今、気になるのはこのタイミングで現れた彼らの雇い主の存在だった。
いったいいつからこの場にいたのか。
ここは彼の領地なのだから、いつどこにいようが〇〇は文句を言える立場ではないのだが。
(話、聞こえた…か?)
問題はそこである。たいしたことは話していないが、他人の耳に入って嬉しい話題でもない。
なにかを思案する顔に見えるブラッドを見上げ、表情を読み取ろうと試みるが、そこにあるのはいつもどおりの気だるさだった。
「ブラッド。どうかした?」
「…ああ、すまない。君を野放しにしておく危険性について少々考えていた」
どういう意味だ。あたしは猛獣かなにかかと釈然としない気分になる。
一方のブラッドも似たような顔をしていたが、思考をやめるとさらに〇〇に近づいた。
怪訝な顔つきで低い位置にある〇〇の顔を見て、
「ところでお嬢さん。私の問いに答えてくれないか。君はここでなにをしている?」
「あ」
さて、どうしよう。雇われ門番とはいえ、このファミリーの人間に(ほぼ強制的に)招かれたのだから、不法侵入ではないはずだ。
正直に双子に連れて来られたのだと言えばいい。しかし、雇い主が黙認しているだろう彼らのさぼりをこの口が言うのは…。
告げ口になるのは後味が悪いし、それが原因で二人が減給されたりすれば、危なくなるのはこの命ではないか?
頭を高速回転させた〇〇は、顔を上げてもっともらしく誤魔化すことにした。
「今日はアリスを探しにきたんだ」
「…そうか。残念だが、アリスは来ていない」
ブラッドの返答に、作り物でない残念だという顔になった。あわよくば会えるかと期待していたのだ。
「なんだ、つまんない…」
「それはそうと、君はいつまでそうして座り込んでいるつもりだ?」
そうだった。〇〇はあの時からずっと地面と仲良くしているのである。
この状態の理由を訊かれるとまた困るのだが、ブラッドは上体をかがめて視線の距離を縮めると笑って言った。
「足に根が生えるのを待たずとも、ずっとこの屋敷に居てくれて結構だよ。君ならいつでも歓迎する」
「…ご親切にどうも」
口元は微笑んでいるのに、探る目つきだった。目は口ほどに物を言うという言葉があるが、その目も解析困難。
そもそも他人の頭の中が分かるはずもない。分かっても具合が悪い。
立ち上がらないのは、足腰に力が入らないからだ。おそらく一度立ってしまえば自力で歩けるだろうが。これがいわゆる腰が抜けるというものか。情けない。
なんとか立とうとする〇〇に、手袋に包まれた手が差し出された。
「お手をどうぞ、お嬢さん?」
「……お嬢さんじゃない」
好きで醜態を演じたわけではない。面白がる声音といまだ「お嬢さん」と言うブラッドに、つい険の帯びた声になる。
それでも差し伸べられた腕を頼りにどうにか立ち上がることができた。
「このまま抱き上げるか?」
「サービスいいのな、ボス。でも必要ないか、ら――っ?」
足を伸ばすと少しよろめいた。ブラッドの手はしっかりと〇〇を掴んで支えたかに見えた、のだが。
彼は己の方に抱き寄せることはしないで、反対に突き放す方向に〇〇を押し出した。
「わわ…っ」
後方にたたらを踏んだ〇〇の背がなにかに阻まれる。おかげで倒れずに済んだのだが、これは目の前にいる人物の計算のうちだろう。
木に背を押しつけて立つ〇〇の前方を塞ぐのは、言わずもがなブラッドだった。
四方逃げ道を封じ、碧の瞳が暗色をちらつかせて〇〇を映し出す。
手を貸してもらった礼を言う雰囲気ではなかった。さらに追加された動作にはとても「ありがとう」と言う気分になれない。
「ブラッド…」
どけてくれないかという気持ちを込めて見つめ返すが、受け付けてもらえない。
それどころか、なにもかもを無視して彼が言ったのは、
「――〇〇。私の籠の鳥になれ。悪いようにはしない」
(……わけがわからないんですけど)
急になにを言い出すのか。意図が掴めない。
〇〇はブラッドの思考を計り兼ねてその顔をまじまじと眺めた。
ブラッド=デュプレは気分屋だ。アリスに対してならいざ知らず、もう一人の余所者に対する感情はその物珍しさと興味のみで構成されているに違いない。
そう考えれば発言も頷ける。〇〇は口角を上げた。
「ブラッドは、あたしを飼えば満足するの。毎日観察日記をつけるとか?」
「…そういう意味じゃない。私が言っているのは、」
「あいにくだけど」と構うことなく遮った。それで簡単に押し黙ったブラッドを怖いなと思いながらも、これだけは言っておく。
「大人しく鳥籠に入るつもりはないよ。あたしの自由はあたしのもの。誰にも手出しはされたくないし、自由のない世界に長居する気は起こらない」
自由を保障されているからここにいる。楽しめない世界はいらない。
緩やかな口調で言い切った〇〇は、不意に柔らかな笑顔に変えた。
すべてを知り、見通すようでありながら、しかし肝心な部分だけ見落とす余所者。
「ボス、昼間だからだるくて眠いんじゃない?それでも退屈は嫌だっていうんだから、難儀な性格だ」
わざとらしく同情するように頭を振る。
ブラッドは黒髪の隙間から覗く瞳を射るように細めたが、「ひどい言い種だな」と嘆息をついた。
切り替わるように、纏う空気が穏やかになった。鋭い光を忍ばせた眼は相変わらずあったが。
「君のなにもかもが思い通りにならない…まったく、腹立たしくていっそ愛着を感じてしまうくらいだよ」