この手から滑り落ちゆく、自由
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「だーから、あたしはアナタの声に癒されに来てるんだってば」
「それならなおさら私が君に癒されてもいいはずだ。君だけが一方的になんて不公平だろう?」
この世界を“知る”余所者にとって夢魔との接触はどういう意味を持つのだろうか。
時に惑わしたり時に導いたりするはずのナイトメアとのこのやりとりは、はっきり言って実にくだらない。
今夜も彼の領域へと招かれた〇〇は、繰り返される不毛な会話に少々飽きていた。
いくらナイトメアに求めるものを突き詰めた結果がその声にあるといっても、これにはさすがにげんなりしてしまう(贅沢だとは思うが)。
考えてみれば、一キャラクターとして彼もまた重要な役割を担っているのだ。にもかかわらず、これではあまりにもぞんざいな扱いではないか。
省みたところで面倒なことに、ほんの僅かな同情の念が生まれたことは認めるしかないだろう。
〇〇は軽く頭を振ると諦念の色を表して、
「……もう、わかったって。そんなにやりたきゃお好きにどうぞ」
「! やっと私の正しさを解ってくれたかっ」
や、感激してくれてるようで悪いけど違う。と水を差すのはよそう。
実際は単に手っ取り早く終わらせた(つまり妥協した)に過ぎないのだが。
嬉々として近寄ってきたナイトメアは、〇〇の身体を掬い上げた。軽々とした動作はこの空間の特質ゆえだろう。
背後から腕に抱き込まれ、うなじに吐息を感じる。相手によっては許容できない体勢だった。
「ああ…やっぱり君に触れるのはいい。気分が良くなるよ」
「――ふうん?」
温泉にでも浸かったような心地良さに似た声を出すナイトメアに、本当に?と懐疑的になる〇〇である。
病弱の夢魔は、この接触による(一時的な)体調の回復を信じて疑わない。触れ合うだけで治療になるなんてどこの詐欺師だ。現実的に考えてありえない。
だが、首を回してちらと仰ぎ見ると、気のせいか見様によっては日頃より顔色の良く見えるナイトメアがいる。
(……特殊能力でもついたかな)
それはそれでありがたいようなそうでもないような。仮に有効だとしても、ナイトメアのキャラクター性を奪うしか能がない気がする。病弱じゃない夢魔なんて普通でつまらないじゃないか。
そう思っているうちにも、ぎゅっと腰を締める腕の力が強くなる。どう考えても、この触れ合いで増すのは違和感だ。
どうせならアリスにしてくれ、アリスに。それなら大歓迎なのになー。
「〇〇…。そんな顔をしないでくれ。そんなに私のことが嫌いなのか?」
「そんな顔してる?」
「少なくとも嬉しそうではないよ」
「そりゃ実際、喜んじゃいないからしょうがないんじゃない」
「……」
〇〇の心を読めないナイトメアは時々寂しそうにする。
他人の胸のうちが読めてもろくなことがなさそうだが、彼の場合、読めない状態が不安を呼ぶこともあるのかもしれない。
八の字になった眉を見た途端、居心地の悪さをいっそう強く感じた。
他の誰よりも、その声が親しみを持たせる。そのせいか、彼のそんな顔を見るのはあまり好きではなかった。
その親近感が実はナイトメア“自身”に向ける目を潰し、“創作のキャラクター”という概念を強固にしていることに、〇〇は気づかない。一番近いつもりで、最も壁を築いてしまっていることに。
「もうそろそろ、受け入れてくれてもいい頃だよ」
何気なく、しかし確かな切実さを込めた言葉。
〇〇は手持ち無沙汰に、自分を捕らえる腕の袖口にあるチャックを弄る。
「そう言われるほど、なにかを拒絶してるつもりはないんだけど」
「君にとってはそうかもしれないね」
含みのある言い方で〇〇の関心を引いてから、彼は優しい口調で続けた。
そこに潜むのは理解を求める柔らかさか、陥落を狙う強かさか。
「君が望むものも、望まないものも、すべてこの世界にあるんだ」
「…そんな空言、信じるとでも?」
望むもの。望んでも、手に入らないもの。
促して腕を解かせる。ナイトメアは駄々を捏ねることもなくあっさりと離れた。
この唇に乗るのはきっと不自然な笑みだろうに、彼はその歪みを真正面から受け止めた。
「信じるか信じないかは君の自由だが、本当に此処に在ったとしても、君自身が望まなければいつまでたってもそれはただ“在る”だけだ」
そこに在るだけ。距離は縮まらず、決して手に入らない。
身に覚えのある感覚がもらたす心の再生を拒み、閉じた。
この世界に来てまで感じたくはなかった。意識的に、同時に無意識的に回避した想い。
静かな瞳で変化を見守っていたナイトメアが、哀を浮かべた。見逃してしまうほど僅かな時間だった。
気になる感情を垣間見た気がして追いかけた視線の先で、端整なそれがふと真顔になった。そして。
「ちょっ、」
「ぐ…っ、ごはっ」
――吐血。これまた景気よくぶちまけてくれたものだと、〇〇は服に付着した赤を黙って見下ろした。
(……やっぱ治癒能力は気のせいだな)
ハンカチという気の利いたものがなかったから、滴る血を自分の袖口で拭ってやりながら。
〇〇は深々と長い息を吐き出した。
いっそのこと、誰かがこの男を病院にぶち込んでやればいいと思う。
「病院には行かないぞ。意地でも行かないからな!」
先手を打って喚くナイトメアを宥めて、ぐいぐいと容赦なく口元を擦る。ん、痛い?んなこと知るか。
「っ、病人にはもう少し優しくしてくれてもいいだろう?君にそういう考えは…」
「ないね。聞き分けのない夢魔限定で」
「……〇〇。君はどうして私に対してだけ理不尽な扱いをするんだい」
いろいろな表情の声をたくさん聞きたくて、つい意地悪をしてしまうというのが真相である。
小さく零れた泣き言に笑って、加減を気遣った。ナイトメアは小言を言いながらも、意外と大人しく甘受していた。
なにはともあれ、〇〇はこうして二人で過ごす時間を嫌ってはいない。
アリスと共に呼んでもらえると最高なのだが、それには彼女と睡眠時間が重ならなければならない。
それに、自分の介入がなんらかの妨げになるのは不本意だから、ナイトメアとアリスの組み合わせについては楽しめなくてもまあしかたないかと思っている。
「なあ、ナイトメア」
拭きやすく顔を固定するために、青白い頬に片手を当てる。覗き込みながらも目は合わせずに、
「アナタは、あたしに関してなにをどこまで知ってる…?」
さり気ない静かな問いに、目の前の片目が意味ありげに細まった。
君が望まない部分も、だよ。
「それならなおさら私が君に癒されてもいいはずだ。君だけが一方的になんて不公平だろう?」
この世界を“知る”余所者にとって夢魔との接触はどういう意味を持つのだろうか。
時に惑わしたり時に導いたりするはずのナイトメアとのこのやりとりは、はっきり言って実にくだらない。
今夜も彼の領域へと招かれた〇〇は、繰り返される不毛な会話に少々飽きていた。
いくらナイトメアに求めるものを突き詰めた結果がその声にあるといっても、これにはさすがにげんなりしてしまう(贅沢だとは思うが)。
考えてみれば、一キャラクターとして彼もまた重要な役割を担っているのだ。にもかかわらず、これではあまりにもぞんざいな扱いではないか。
省みたところで面倒なことに、ほんの僅かな同情の念が生まれたことは認めるしかないだろう。
〇〇は軽く頭を振ると諦念の色を表して、
「……もう、わかったって。そんなにやりたきゃお好きにどうぞ」
「! やっと私の正しさを解ってくれたかっ」
や、感激してくれてるようで悪いけど違う。と水を差すのはよそう。
実際は単に手っ取り早く終わらせた(つまり妥協した)に過ぎないのだが。
嬉々として近寄ってきたナイトメアは、〇〇の身体を掬い上げた。軽々とした動作はこの空間の特質ゆえだろう。
背後から腕に抱き込まれ、うなじに吐息を感じる。相手によっては許容できない体勢だった。
「ああ…やっぱり君に触れるのはいい。気分が良くなるよ」
「――ふうん?」
温泉にでも浸かったような心地良さに似た声を出すナイトメアに、本当に?と懐疑的になる〇〇である。
病弱の夢魔は、この接触による(一時的な)体調の回復を信じて疑わない。触れ合うだけで治療になるなんてどこの詐欺師だ。現実的に考えてありえない。
だが、首を回してちらと仰ぎ見ると、気のせいか見様によっては日頃より顔色の良く見えるナイトメアがいる。
(……特殊能力でもついたかな)
それはそれでありがたいようなそうでもないような。仮に有効だとしても、ナイトメアのキャラクター性を奪うしか能がない気がする。病弱じゃない夢魔なんて普通でつまらないじゃないか。
そう思っているうちにも、ぎゅっと腰を締める腕の力が強くなる。どう考えても、この触れ合いで増すのは違和感だ。
どうせならアリスにしてくれ、アリスに。それなら大歓迎なのになー。
「〇〇…。そんな顔をしないでくれ。そんなに私のことが嫌いなのか?」
「そんな顔してる?」
「少なくとも嬉しそうではないよ」
「そりゃ実際、喜んじゃいないからしょうがないんじゃない」
「……」
〇〇の心を読めないナイトメアは時々寂しそうにする。
他人の胸のうちが読めてもろくなことがなさそうだが、彼の場合、読めない状態が不安を呼ぶこともあるのかもしれない。
八の字になった眉を見た途端、居心地の悪さをいっそう強く感じた。
他の誰よりも、その声が親しみを持たせる。そのせいか、彼のそんな顔を見るのはあまり好きではなかった。
その親近感が実はナイトメア“自身”に向ける目を潰し、“創作のキャラクター”という概念を強固にしていることに、〇〇は気づかない。一番近いつもりで、最も壁を築いてしまっていることに。
「もうそろそろ、受け入れてくれてもいい頃だよ」
何気なく、しかし確かな切実さを込めた言葉。
〇〇は手持ち無沙汰に、自分を捕らえる腕の袖口にあるチャックを弄る。
「そう言われるほど、なにかを拒絶してるつもりはないんだけど」
「君にとってはそうかもしれないね」
含みのある言い方で〇〇の関心を引いてから、彼は優しい口調で続けた。
そこに潜むのは理解を求める柔らかさか、陥落を狙う強かさか。
「君が望むものも、望まないものも、すべてこの世界にあるんだ」
「…そんな空言、信じるとでも?」
望むもの。望んでも、手に入らないもの。
促して腕を解かせる。ナイトメアは駄々を捏ねることもなくあっさりと離れた。
この唇に乗るのはきっと不自然な笑みだろうに、彼はその歪みを真正面から受け止めた。
「信じるか信じないかは君の自由だが、本当に此処に在ったとしても、君自身が望まなければいつまでたってもそれはただ“在る”だけだ」
そこに在るだけ。距離は縮まらず、決して手に入らない。
身に覚えのある感覚がもらたす心の再生を拒み、閉じた。
この世界に来てまで感じたくはなかった。意識的に、同時に無意識的に回避した想い。
静かな瞳で変化を見守っていたナイトメアが、哀を浮かべた。見逃してしまうほど僅かな時間だった。
気になる感情を垣間見た気がして追いかけた視線の先で、端整なそれがふと真顔になった。そして。
「ちょっ、」
「ぐ…っ、ごはっ」
――吐血。これまた景気よくぶちまけてくれたものだと、〇〇は服に付着した赤を黙って見下ろした。
(……やっぱ治癒能力は気のせいだな)
ハンカチという気の利いたものがなかったから、滴る血を自分の袖口で拭ってやりながら。
〇〇は深々と長い息を吐き出した。
いっそのこと、誰かがこの男を病院にぶち込んでやればいいと思う。
「病院には行かないぞ。意地でも行かないからな!」
先手を打って喚くナイトメアを宥めて、ぐいぐいと容赦なく口元を擦る。ん、痛い?んなこと知るか。
「っ、病人にはもう少し優しくしてくれてもいいだろう?君にそういう考えは…」
「ないね。聞き分けのない夢魔限定で」
「……〇〇。君はどうして私に対してだけ理不尽な扱いをするんだい」
いろいろな表情の声をたくさん聞きたくて、つい意地悪をしてしまうというのが真相である。
小さく零れた泣き言に笑って、加減を気遣った。ナイトメアは小言を言いながらも、意外と大人しく甘受していた。
なにはともあれ、〇〇はこうして二人で過ごす時間を嫌ってはいない。
アリスと共に呼んでもらえると最高なのだが、それには彼女と睡眠時間が重ならなければならない。
それに、自分の介入がなんらかの妨げになるのは不本意だから、ナイトメアとアリスの組み合わせについては楽しめなくてもまあしかたないかと思っている。
「なあ、ナイトメア」
拭きやすく顔を固定するために、青白い頬に片手を当てる。覗き込みながらも目は合わせずに、
「アナタは、あたしに関してなにをどこまで知ってる…?」
さり気ない静かな問いに、目の前の片目が意味ありげに細まった。
君が望まない部分も、だよ。