狂う世界の歯車、その渦中で足掻け
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それから五日ほど経過しただろうか。〇〇は依然として時計塔に留まっていた。
体調を崩したわけでも、好んで引き籠もっているわけでもない。
外出しようとすると、時計塔の主が怖い顔で睨んでくるため(子供だったら絶対、震えて泣き出している)、出るに出られないのだ。
「そろそろ、外出禁止令は解かれてもいい頃だと思うんだけど」
ボタンを外して服をずらし、背中を肌蹴ながら〇〇はつい不満を呟く。
下着姿も同然なのだが、こうすることにもすでに慣れていた。打ち身に効くという塗り薬が、男の手によって丁寧に擦り込まれていく。
「痛みもまったくないしさ。これはもう、完治したと言ってもいいんじゃない?」
「……もうしばらく我慢しろ」
相も変わらず譲らない同居人に、この過保護めと〇〇は悪態をつきたくなる。
だが、引き止められることに対して、さほど悪い気がしないという事実はなんだというのだろう。
アリスに会えない寂しさは募るが、ユリウスとの生活は平穏そのものだった。
むやみに自分の中を引っ掻き回されることがない。規則正しい時計の音を耳にしながら送る、変化に乏しい生活。
こういう平和な日常こそが、本来〇〇が望む世界であったような気がするのだ。
「この調子なら、痕は残らないな」
〇〇の背中に触れたユリウスは、心の底からの安堵を漏らした。まるで嫁入り前の娘を心配する父親だ。
「痕が残るくらい痛めつけられたら、さすがのあたしも病院送りだな」
それなりに身体は丈夫だが、もちろん鋼ではなく、性別ゆえの柔さもある。
もしも、常識外れの動きをする役持ちの戦闘になど巻き込まれれば、確実に即死するだろう。
「おまえは…仮にも女だろう。一生消えない傷を負ったらどうするつもりだ」
「さあ…。そのときになってみないと、なんとも」
実際にそういう事態を迎えてみなければ、心情などわからない。〇〇は軽く肩を竦めた。
「まさか、あたしの身体を傷物にした責任を取れ、とか言って相手に詰め寄れとでも言うわけ?」
「もしそうなったときは……私が…」
不明瞭な呟きが、やけに深刻な声だということは感じられた。
聞き逃さないほうがいいかもしれないと、〇〇がユリウスを振り返った直後だった。
ドアを蹴破る派手な音が、平穏を突き崩す。ユリウスはハッとして工具に手を伸ばしたが、瞬時に銃声が机上を荒らして阻止した。
「っ、ユリ…」
「伏せろ!」
押し潰されるようにして床に身を沈め、息を殺す。銃声はすぐに止んだ。
刺すような沈黙の中、ひとつ足音が悠然と部屋の中に入ってきた。
ユリウスが身を起こすのを感じて、そろりと顔を上げた〇〇は、現れた男を見て目を見開いた。
「ブラッド……?」
何故、彼がここに。疑問もつかの間、苦痛の吐息が耳に届く。
驚いて目を向けると、ユリウスが肩を押さえていた。指の間から赤いものが見える。
「ユリウス、それ…!」
「たいしたことはない。掠り傷だ」
実際に弾が掠めただけだとしても、銃による負傷が掠り傷だとは、〇〇の感覚ではとても思えない。
不穏な音を耳にした〇〇は、反射的に立ち上がってユリウスの前に出た。
案の定、帽子屋は銃を構えて今にも撃とうとしているではないか。立ちはだかる〇〇を見て、彼は片眉を上げて皮肉げな表情を作った。
「色気で私を惑わし、その男の代わりに命乞いをするつもりかな、お嬢さん」
服のボタンを留めていないために、前が全開になっているのだ。
〇〇は自身の浅い谷間にちらりと目を落として、わざとらしく溜め息をついた。
「これがボスに通用するくらい、色気のある身体に見える?」
「ああ、見えるとも。普段は蕾のような身体だが、この手で解せば鮮やかに花開くことを私は知っている」
気障な言葉を流すのは訳ない。気にかかるのは背後だ。同居人に聞かせたい話題ではない。
それに、今問題となっているのは、この謂れのない襲撃である。
「滅多に訪れない時計塔に来て早々、銃をぶっ放して…なにしに来たわけ。ユリウスの暗殺が目的なら、あたしは協力しない」
「ふん。白昼堂々と行うものを暗殺とは呼ばない」
なるほど、的確な突っ込みだ。だが、〇〇が求めていたのはそんなものではない。
ブラッドが姿を現した瞬間から、空気が異様に張りつめている。
漂う緊張感は常にはないもので、常人にとってはどうにか緩和させたいと思わせる類いだった。
けれどもマフィアが相手となれば、〇〇の力ではどうしようもない。
「ブラッド。銃口をユリウスに向けないで」
「自分の男を見殺しにはできないか?」
妙に勘繰られては困る。ユリウスにとってもいい迷惑だろう。
〇〇は嘆息すると、無駄な抵抗はしないという意思表示に、軽く両手を上げた。
「それで、アナタの望みはなに。穏便に引き上げてもらうには…?」
ブラッドは唇を吊り上げたが、笑みは形だけだ。冷めた眼差しが余所者の目を射抜く。
「君が私に従うのなら、時計屋には手を出さない。手段を選ばず問いつめたいのはやまやまだが…。すべて、君に聞くことにしよう」
「っ、貴様…!〇〇になにをする気だ!」
ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、ユリウスは〇〇の腕を引いて背中に庇った。
それによって、冷ややかな碧はいっそう剣を帯びる。憤怒の高まりは肌を刺す空気で嫌というほど伝わってきた。
「……〇〇が私に会いに来なくなったのは、何故だ?彼女は自由な子だ。故意に誰かが手元に留めていたのかもしれない。たとえばそう…卑怯にも情に訴えたのなら、心優しいお嬢さんは振り切れないだろうな」
ブラッドが目を細めて鋭く見透かせば、ユリウスの肩が僅かに揺らいだ。
珍しく強気に、頑として譲らなかったユリウス。〇〇の身を案じるゆえの強引さ。
その一方で、多少なりとも後ろめたさを感じていたのだろうか。
(――振り切れなかったのは、あたしのほうだ)
唐突にそう気づいた瞬間、自分のなすべきことを知った。
〇〇は、無防備に銃口の前に出るユリウスの腕を掴む。
アリス抜きの争いなど、うんざりだ。なにより、これ以上彼を巻き込みたくなかった。
「時計塔にずっといたのは、あたしの意志。だから、帽子屋屋敷を訪ねなかったことにも、ユリウスは関わってない」
「な……」
絶句するユリウスが反論する前に、さらに腕を強く握って牽制する。
ブラッドの目的は〇〇で間違いない。それなら早く場所を移して、二人で決着をつければ済む話だ。
苛立ちの矛先を他者に向ける必要はないはずだと、〇〇はブラッドの目を真っ直ぐに見据えた。
強い黒と冷めた碧がぶつかり合う。ここで押し負けてはいけない。
ユリウス=モンレーを殺させるわけにはいかないのだ。アリスの、ために。
長い数秒を経た後、仕事部屋を荒らした凶器はステッキへと姿を変えた。
ブラッドは得体の知れない薄い笑みを浮かべて、手を差し延べた。
「おいで、お嬢さん。誠実な君ならその“自分の意志”とやらで、自ら私の元に来られるだろう?」
「……あたしは“お嬢さん”じゃないっての」
歩き出そうとする〇〇の肩に大きな手のひらが触れた。行くな、と強さが言う。
行かなければ、きっといつまで経っても堂々巡り。今度こそ、望みもしない犠牲が出る。
〇〇はユリウスの手に手を重ね、揺らぐ瞳を見つめ返して微笑んだ。
「ちょっと行ってくる。…仕事の邪魔して、ごめん」
片付けを手伝うよりも、元凶を遠ざけるほうがずっと役に立つ。そうだろう?
本当は傷の手当てをしたかったが、許されそうにない。
引き止められないことを悟り、ユリウスが大きく顔を歪めた。すぐ戻るよ、と離れた〇〇はブラッドへと歩み寄る。
彼の端整な顔には僅かな満足感が過ぎったが、笑んだまま苛立ちを隠しもしない。
自ら一歩踏み出して余所者を抱き寄せると、戒めるように強く口づけた。思う存分、酸素の取り込みを妨害する。
「――ご覧のとおり、私と彼女はこういう関係だ。不必要な干渉は今後、遠慮してもらいたい。…では、失礼する」
ブラッドは殺気をたっぷりと含ませて睥睨すると、さっと踵を返した。
すぐに腰を取られて連れ出された〇〇は、幸か不幸かユリウスの顔を見ることはできなかった。
体調を崩したわけでも、好んで引き籠もっているわけでもない。
外出しようとすると、時計塔の主が怖い顔で睨んでくるため(子供だったら絶対、震えて泣き出している)、出るに出られないのだ。
「そろそろ、外出禁止令は解かれてもいい頃だと思うんだけど」
ボタンを外して服をずらし、背中を肌蹴ながら〇〇はつい不満を呟く。
下着姿も同然なのだが、こうすることにもすでに慣れていた。打ち身に効くという塗り薬が、男の手によって丁寧に擦り込まれていく。
「痛みもまったくないしさ。これはもう、完治したと言ってもいいんじゃない?」
「……もうしばらく我慢しろ」
相も変わらず譲らない同居人に、この過保護めと〇〇は悪態をつきたくなる。
だが、引き止められることに対して、さほど悪い気がしないという事実はなんだというのだろう。
アリスに会えない寂しさは募るが、ユリウスとの生活は平穏そのものだった。
むやみに自分の中を引っ掻き回されることがない。規則正しい時計の音を耳にしながら送る、変化に乏しい生活。
こういう平和な日常こそが、本来〇〇が望む世界であったような気がするのだ。
「この調子なら、痕は残らないな」
〇〇の背中に触れたユリウスは、心の底からの安堵を漏らした。まるで嫁入り前の娘を心配する父親だ。
「痕が残るくらい痛めつけられたら、さすがのあたしも病院送りだな」
それなりに身体は丈夫だが、もちろん鋼ではなく、性別ゆえの柔さもある。
もしも、常識外れの動きをする役持ちの戦闘になど巻き込まれれば、確実に即死するだろう。
「おまえは…仮にも女だろう。一生消えない傷を負ったらどうするつもりだ」
「さあ…。そのときになってみないと、なんとも」
実際にそういう事態を迎えてみなければ、心情などわからない。〇〇は軽く肩を竦めた。
「まさか、あたしの身体を傷物にした責任を取れ、とか言って相手に詰め寄れとでも言うわけ?」
「もしそうなったときは……私が…」
不明瞭な呟きが、やけに深刻な声だということは感じられた。
聞き逃さないほうがいいかもしれないと、〇〇がユリウスを振り返った直後だった。
ドアを蹴破る派手な音が、平穏を突き崩す。ユリウスはハッとして工具に手を伸ばしたが、瞬時に銃声が机上を荒らして阻止した。
「っ、ユリ…」
「伏せろ!」
押し潰されるようにして床に身を沈め、息を殺す。銃声はすぐに止んだ。
刺すような沈黙の中、ひとつ足音が悠然と部屋の中に入ってきた。
ユリウスが身を起こすのを感じて、そろりと顔を上げた〇〇は、現れた男を見て目を見開いた。
「ブラッド……?」
何故、彼がここに。疑問もつかの間、苦痛の吐息が耳に届く。
驚いて目を向けると、ユリウスが肩を押さえていた。指の間から赤いものが見える。
「ユリウス、それ…!」
「たいしたことはない。掠り傷だ」
実際に弾が掠めただけだとしても、銃による負傷が掠り傷だとは、〇〇の感覚ではとても思えない。
不穏な音を耳にした〇〇は、反射的に立ち上がってユリウスの前に出た。
案の定、帽子屋は銃を構えて今にも撃とうとしているではないか。立ちはだかる〇〇を見て、彼は片眉を上げて皮肉げな表情を作った。
「色気で私を惑わし、その男の代わりに命乞いをするつもりかな、お嬢さん」
服のボタンを留めていないために、前が全開になっているのだ。
〇〇は自身の浅い谷間にちらりと目を落として、わざとらしく溜め息をついた。
「これがボスに通用するくらい、色気のある身体に見える?」
「ああ、見えるとも。普段は蕾のような身体だが、この手で解せば鮮やかに花開くことを私は知っている」
気障な言葉を流すのは訳ない。気にかかるのは背後だ。同居人に聞かせたい話題ではない。
それに、今問題となっているのは、この謂れのない襲撃である。
「滅多に訪れない時計塔に来て早々、銃をぶっ放して…なにしに来たわけ。ユリウスの暗殺が目的なら、あたしは協力しない」
「ふん。白昼堂々と行うものを暗殺とは呼ばない」
なるほど、的確な突っ込みだ。だが、〇〇が求めていたのはそんなものではない。
ブラッドが姿を現した瞬間から、空気が異様に張りつめている。
漂う緊張感は常にはないもので、常人にとってはどうにか緩和させたいと思わせる類いだった。
けれどもマフィアが相手となれば、〇〇の力ではどうしようもない。
「ブラッド。銃口をユリウスに向けないで」
「自分の男を見殺しにはできないか?」
妙に勘繰られては困る。ユリウスにとってもいい迷惑だろう。
〇〇は嘆息すると、無駄な抵抗はしないという意思表示に、軽く両手を上げた。
「それで、アナタの望みはなに。穏便に引き上げてもらうには…?」
ブラッドは唇を吊り上げたが、笑みは形だけだ。冷めた眼差しが余所者の目を射抜く。
「君が私に従うのなら、時計屋には手を出さない。手段を選ばず問いつめたいのはやまやまだが…。すべて、君に聞くことにしよう」
「っ、貴様…!〇〇になにをする気だ!」
ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、ユリウスは〇〇の腕を引いて背中に庇った。
それによって、冷ややかな碧はいっそう剣を帯びる。憤怒の高まりは肌を刺す空気で嫌というほど伝わってきた。
「……〇〇が私に会いに来なくなったのは、何故だ?彼女は自由な子だ。故意に誰かが手元に留めていたのかもしれない。たとえばそう…卑怯にも情に訴えたのなら、心優しいお嬢さんは振り切れないだろうな」
ブラッドが目を細めて鋭く見透かせば、ユリウスの肩が僅かに揺らいだ。
珍しく強気に、頑として譲らなかったユリウス。〇〇の身を案じるゆえの強引さ。
その一方で、多少なりとも後ろめたさを感じていたのだろうか。
(――振り切れなかったのは、あたしのほうだ)
唐突にそう気づいた瞬間、自分のなすべきことを知った。
〇〇は、無防備に銃口の前に出るユリウスの腕を掴む。
アリス抜きの争いなど、うんざりだ。なにより、これ以上彼を巻き込みたくなかった。
「時計塔にずっといたのは、あたしの意志。だから、帽子屋屋敷を訪ねなかったことにも、ユリウスは関わってない」
「な……」
絶句するユリウスが反論する前に、さらに腕を強く握って牽制する。
ブラッドの目的は〇〇で間違いない。それなら早く場所を移して、二人で決着をつければ済む話だ。
苛立ちの矛先を他者に向ける必要はないはずだと、〇〇はブラッドの目を真っ直ぐに見据えた。
強い黒と冷めた碧がぶつかり合う。ここで押し負けてはいけない。
ユリウス=モンレーを殺させるわけにはいかないのだ。アリスの、ために。
長い数秒を経た後、仕事部屋を荒らした凶器はステッキへと姿を変えた。
ブラッドは得体の知れない薄い笑みを浮かべて、手を差し延べた。
「おいで、お嬢さん。誠実な君ならその“自分の意志”とやらで、自ら私の元に来られるだろう?」
「……あたしは“お嬢さん”じゃないっての」
歩き出そうとする〇〇の肩に大きな手のひらが触れた。行くな、と強さが言う。
行かなければ、きっといつまで経っても堂々巡り。今度こそ、望みもしない犠牲が出る。
〇〇はユリウスの手に手を重ね、揺らぐ瞳を見つめ返して微笑んだ。
「ちょっと行ってくる。…仕事の邪魔して、ごめん」
片付けを手伝うよりも、元凶を遠ざけるほうがずっと役に立つ。そうだろう?
本当は傷の手当てをしたかったが、許されそうにない。
引き止められないことを悟り、ユリウスが大きく顔を歪めた。すぐ戻るよ、と離れた〇〇はブラッドへと歩み寄る。
彼の端整な顔には僅かな満足感が過ぎったが、笑んだまま苛立ちを隠しもしない。
自ら一歩踏み出して余所者を抱き寄せると、戒めるように強く口づけた。思う存分、酸素の取り込みを妨害する。
「――ご覧のとおり、私と彼女はこういう関係だ。不必要な干渉は今後、遠慮してもらいたい。…では、失礼する」
ブラッドは殺気をたっぷりと含ませて睥睨すると、さっと踵を返した。
すぐに腰を取られて連れ出された〇〇は、幸か不幸かユリウスの顔を見ることはできなかった。