狂う世界の歯車、その渦中で足掻け
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部屋に戻ると、同居人は先ほどとまったく変わらない姿勢で机に向かっていた。
仕事熱心だなあと呆れに似た苦笑を込めたつもりが、出してみると案外柔らかな声になった。
「シャワー、先に使わせてもらったよ」
「ああ…」
生返事のような声を返すユリウスは、こちらに視線をやることをしない。
風呂上がりの女を見ないようにする気遣いだと〇〇は知っている。
以前薄着で出てきた〇〇を目撃して以来、彼は視線を手元に固定して、耳に届く布擦れに居心地の悪い思いをしているのだ。
〇〇は手早く着替えを済ませるために、部屋の隅にある鞄から服を取り出そうと屈み込んだ。
刹那、視界に映り込む己の手首を見つめ、何事もなかったように鞄を開ける。
寝間着代わりの衣服を取り出してズボンを穿き終え、再びしゃがんだそのとき、背後で派手に物音がした。
反射的に振り返ると、机に手をついて立ち上がったユリウスの姿があった。
「…なに、どうかした?」
蹴倒した椅子には目もくれず、彼は〇〇を凝視している。
上半身がタンクトップ一枚の〇〇は、背を向けるように身体の向きをずらした。
披露したいと思える肉体ならまだしも、これを人前に晒すのは気が引ける。
「えーっと……なにか用?」
ところが、ユリウスは今までの配慮など投げ捨て、なんと大股でこちらに歩み寄ってきた。
いつもの仏頂面が、なんだかさらに怖いことになっている。
勢いよく迫られて思わず身を引けば、腕を掴まれて背後を取られた。
「っ……」
勢いに負けて、背中の辺りが鈍く痛む。〇〇が息をつめた一瞬の隙を突いて、ユリウスは無遠慮にタンクトップを引き上げた。
「……なんだ、これは」
床に膝をついた彼は息を呑み、やや呆然として呟いた。
片腕を奪われている〇〇は、しかたなく座り込んだまま、心の中で自身の失態に舌打ちした。
油断した。気をつけて隠してきたのに、今日に限って気を抜いてしまうなんて。
「これは…打ち身か。それに手首の痣はどうした。そっちの手も見せてみろ」
〇〇は観念して、悪あがきに隠したもう片方を差し出した。両手を天に上げた姿は降参のようである。
服を着ていれば見えない手首には、布に締めつけられた痕が残っていた。人間の肌はこんなに綺麗に変色するのだと妙に感心してしまうくらいだ。
ペーターの暴挙から数日経った今、ちょうど鮮やかに色が浮き出てくる頃合いなのだろう。
同じく、強かに壁に打ちつけられた背中に青黒い痕があってもおかしくなかった。
「なにをすれば、こんな酷い状態になるんだ…」
低く呻くような呟きを耳にして、〇〇はいたたまれない気持ちになる。
顔が見えないせいか、いつも以上に声音にその感情を読み取ることができた。
だが〇〇は、この期に及んでも、どうにか言い逃れできないものかと考えてしまう。
「平気だから。見た目はこうだけどね、全然痛くないんだ」
「嘘をつくな」
ぴしゃりと一蹴され、その中に怒りを感じ取れば、もう軽い調子の言葉は紡げない。
「おまえの動作が不自然なことには気づいていた。気づいたそのときに、すぐに確認すればよかったと…後悔している」
ユリウスは、掴み上げた〇〇の両手を下ろした。
後頭部に視線を感じる。時計屋にしては珍しく、感情的に揺らぐ、切実な眼差しを。
「私は心のどこかで…期待していたのかもしれないな」
「え…?」
自嘲混じりの溜め息をうなじに受けた。ユリウスは〇〇の両手にそれぞれの手を重ねたまま、項垂れるようにして女の肩口に額をつけた。
「おまえは、すべてを自分の中に留める。周囲に悟らせないように上手く隠す。だが…よほどのことがあったときには、私を頼ってくれるかもしれないと、愚かにもそう思っていたようだ」
何故そんなにも自分を責めるように言うのだろうか。
これはペーターと〇〇の間に起こった問題だ。ユリウスにはなにひとつ関係するところはないというのに。
「ユリウスが気に病むことはない、そうでしょ?こんなの放っとけばすぐに治るって」
そう、気にしなければいい。あたし自身も。
〇〇は自分に言い聞かせる意味でも柔らかく諭したが、ユリウスの反応は思いどおりにはならなかった。
「すぐに治るのなら、乱暴な扱いをされて傷ついても構わないと言うのか…!」
間違ったことを言ったつもりはないのに、どうやら火に油を注ぐことになってしまったらしい。
両腕ごと抱きすくめられ、〇〇は触れた衣服の冷たさに身を縮めた。
「ユ、リウス…?」
「誰に、なにをされた。全部話せ」
常の無愛想とは異なる抑揚のなさが、違和感をもたらす。
触れ合った瞬間は〇〇から熱を奪った身体が、服越しでもわかるほど熱を発しているように思えた。
「だから、別にたいしたことじゃ…」
「信用できん。自由に外を出歩くおまえが、誰とどんな話をして、何処でなにをしているのか――私にはなにもわからないんだ」
腹部に回された腕に力が入り、ぐっと引き寄せられる。僅かな浮遊を感じた直後、背中になにかが押し当てられた。
熱の篭った息がタンクトップに染み込み、その正体が唇だと気づく。
「っ、なにして…」
「このまま時計塔にいろ」
嫌だ。頭がその意味を理解する前に、口が即答していた。後からそれが己の正しい意志であることを知る。
アリスが時計塔を訪ねるのはそう頻繁ではない。じっと訪問を待つよりも、自分の足で探しに行くほうが有意義なのである。
ユリウスとて一人のほうが仕事に専念できるはずだ。
間髪を入れず拒んだ〇〇に、ユリウスはぐっと奥歯を噛み締めた。〇〇の動きを制する腕の力は、衝動の自制のようでもあった。
「……せめて傷が癒えるまででいい。ここでおとなしくしていてくれ」
吐き出す声には、すでに強制ではなく懇願さえ混じっていた。
譲歩の意味ひとつを取っても、〇〇は解せなかった。
ユリウスがここまで踏み込んできたことは一度もない。今まで必要以上に干渉せず、お互いに心地よい距離感を保ってきた。
この先も変化など求めない、安定した関係だったはずなのに。
「話なら聞くから、とりあえず放して」
「駄目だ。おまえから納得の行く答えを得るまでは…」
背中から重なる身体は、こうもしっかりとした熱いものだっただろうか。
抵抗は押さえ込まれ、びくともしない。男、と認知した一瞬の思考を頭の隅に追いやり、〇〇は首を横に振った。
「だって…ここにいたら、アリスに会えない」
「おまえから自由を取り上げるつもりはない。会いたくなったら、ここに呼べばいいだろう」
そうまでして時計塔に留めておきたいと願うのか。
アリスの都合などまるで無視した提案に、〇〇は軽く眉根を寄せた。
「そんな自分本位なわがまま…」
「おまえが今までしてきたことと、どう違う」
「……!」
息を呑む。想定外の痛い一言だった。これまでの〇〇の行動は、すべて自分本位だったからだ。
愛されるアリスを見たい。その一念に基づいている。
しかし、たとえ責められようとも、それが〇〇の存在意義とも言えるのだから改善できはしないのだ。
(あたしがこの世界を去らない限り――)
去来した思いによって僅かに変化した表情は、誰の目にも映らなかった。
「ユリウス、放して。質問には答えるし、逃げないから」
「……本当だろうな」
疑り深く念を押す彼に、〇〇は軽く笑った。
「心配なら、縄で括りつけるなりすれば?」
〇〇は力の抜けた腕から抜け出すと、目の前にある衣服を手に取った。話をするにしても、肌着でというわけにはいかない。
ようやく落ち着いた格好になった〇〇は、立ち上がった男を振り仰いだ。俯いた顔も下からではそのすべてが見通せた。
「ユリウス?」
「私は、おまえを傷つけて満足するような男にはなりたくない」
逃げ出せないよう縛れと言った、先ほどの言葉を気にしているらしい。そう言わせた自分を悔いている顔だ。
〇〇は服の下に隠れた手首をそっと撫でた。このタイミングでさっきのあれは、少し浅慮だったかもしれない。
立ち上がった〇〇は、擦れ違いざまユリウスの袖に軽く触れて、
「コーヒー、飲む?淹れるから、座って待ってて」
離れていく女の手を掴もうと動いた指は不意に止まり、きつく手のひらに握り込まれた。
仕事熱心だなあと呆れに似た苦笑を込めたつもりが、出してみると案外柔らかな声になった。
「シャワー、先に使わせてもらったよ」
「ああ…」
生返事のような声を返すユリウスは、こちらに視線をやることをしない。
風呂上がりの女を見ないようにする気遣いだと〇〇は知っている。
以前薄着で出てきた〇〇を目撃して以来、彼は視線を手元に固定して、耳に届く布擦れに居心地の悪い思いをしているのだ。
〇〇は手早く着替えを済ませるために、部屋の隅にある鞄から服を取り出そうと屈み込んだ。
刹那、視界に映り込む己の手首を見つめ、何事もなかったように鞄を開ける。
寝間着代わりの衣服を取り出してズボンを穿き終え、再びしゃがんだそのとき、背後で派手に物音がした。
反射的に振り返ると、机に手をついて立ち上がったユリウスの姿があった。
「…なに、どうかした?」
蹴倒した椅子には目もくれず、彼は〇〇を凝視している。
上半身がタンクトップ一枚の〇〇は、背を向けるように身体の向きをずらした。
披露したいと思える肉体ならまだしも、これを人前に晒すのは気が引ける。
「えーっと……なにか用?」
ところが、ユリウスは今までの配慮など投げ捨て、なんと大股でこちらに歩み寄ってきた。
いつもの仏頂面が、なんだかさらに怖いことになっている。
勢いよく迫られて思わず身を引けば、腕を掴まれて背後を取られた。
「っ……」
勢いに負けて、背中の辺りが鈍く痛む。〇〇が息をつめた一瞬の隙を突いて、ユリウスは無遠慮にタンクトップを引き上げた。
「……なんだ、これは」
床に膝をついた彼は息を呑み、やや呆然として呟いた。
片腕を奪われている〇〇は、しかたなく座り込んだまま、心の中で自身の失態に舌打ちした。
油断した。気をつけて隠してきたのに、今日に限って気を抜いてしまうなんて。
「これは…打ち身か。それに手首の痣はどうした。そっちの手も見せてみろ」
〇〇は観念して、悪あがきに隠したもう片方を差し出した。両手を天に上げた姿は降参のようである。
服を着ていれば見えない手首には、布に締めつけられた痕が残っていた。人間の肌はこんなに綺麗に変色するのだと妙に感心してしまうくらいだ。
ペーターの暴挙から数日経った今、ちょうど鮮やかに色が浮き出てくる頃合いなのだろう。
同じく、強かに壁に打ちつけられた背中に青黒い痕があってもおかしくなかった。
「なにをすれば、こんな酷い状態になるんだ…」
低く呻くような呟きを耳にして、〇〇はいたたまれない気持ちになる。
顔が見えないせいか、いつも以上に声音にその感情を読み取ることができた。
だが〇〇は、この期に及んでも、どうにか言い逃れできないものかと考えてしまう。
「平気だから。見た目はこうだけどね、全然痛くないんだ」
「嘘をつくな」
ぴしゃりと一蹴され、その中に怒りを感じ取れば、もう軽い調子の言葉は紡げない。
「おまえの動作が不自然なことには気づいていた。気づいたそのときに、すぐに確認すればよかったと…後悔している」
ユリウスは、掴み上げた〇〇の両手を下ろした。
後頭部に視線を感じる。時計屋にしては珍しく、感情的に揺らぐ、切実な眼差しを。
「私は心のどこかで…期待していたのかもしれないな」
「え…?」
自嘲混じりの溜め息をうなじに受けた。ユリウスは〇〇の両手にそれぞれの手を重ねたまま、項垂れるようにして女の肩口に額をつけた。
「おまえは、すべてを自分の中に留める。周囲に悟らせないように上手く隠す。だが…よほどのことがあったときには、私を頼ってくれるかもしれないと、愚かにもそう思っていたようだ」
何故そんなにも自分を責めるように言うのだろうか。
これはペーターと〇〇の間に起こった問題だ。ユリウスにはなにひとつ関係するところはないというのに。
「ユリウスが気に病むことはない、そうでしょ?こんなの放っとけばすぐに治るって」
そう、気にしなければいい。あたし自身も。
〇〇は自分に言い聞かせる意味でも柔らかく諭したが、ユリウスの反応は思いどおりにはならなかった。
「すぐに治るのなら、乱暴な扱いをされて傷ついても構わないと言うのか…!」
間違ったことを言ったつもりはないのに、どうやら火に油を注ぐことになってしまったらしい。
両腕ごと抱きすくめられ、〇〇は触れた衣服の冷たさに身を縮めた。
「ユ、リウス…?」
「誰に、なにをされた。全部話せ」
常の無愛想とは異なる抑揚のなさが、違和感をもたらす。
触れ合った瞬間は〇〇から熱を奪った身体が、服越しでもわかるほど熱を発しているように思えた。
「だから、別にたいしたことじゃ…」
「信用できん。自由に外を出歩くおまえが、誰とどんな話をして、何処でなにをしているのか――私にはなにもわからないんだ」
腹部に回された腕に力が入り、ぐっと引き寄せられる。僅かな浮遊を感じた直後、背中になにかが押し当てられた。
熱の篭った息がタンクトップに染み込み、その正体が唇だと気づく。
「っ、なにして…」
「このまま時計塔にいろ」
嫌だ。頭がその意味を理解する前に、口が即答していた。後からそれが己の正しい意志であることを知る。
アリスが時計塔を訪ねるのはそう頻繁ではない。じっと訪問を待つよりも、自分の足で探しに行くほうが有意義なのである。
ユリウスとて一人のほうが仕事に専念できるはずだ。
間髪を入れず拒んだ〇〇に、ユリウスはぐっと奥歯を噛み締めた。〇〇の動きを制する腕の力は、衝動の自制のようでもあった。
「……せめて傷が癒えるまででいい。ここでおとなしくしていてくれ」
吐き出す声には、すでに強制ではなく懇願さえ混じっていた。
譲歩の意味ひとつを取っても、〇〇は解せなかった。
ユリウスがここまで踏み込んできたことは一度もない。今まで必要以上に干渉せず、お互いに心地よい距離感を保ってきた。
この先も変化など求めない、安定した関係だったはずなのに。
「話なら聞くから、とりあえず放して」
「駄目だ。おまえから納得の行く答えを得るまでは…」
背中から重なる身体は、こうもしっかりとした熱いものだっただろうか。
抵抗は押さえ込まれ、びくともしない。男、と認知した一瞬の思考を頭の隅に追いやり、〇〇は首を横に振った。
「だって…ここにいたら、アリスに会えない」
「おまえから自由を取り上げるつもりはない。会いたくなったら、ここに呼べばいいだろう」
そうまでして時計塔に留めておきたいと願うのか。
アリスの都合などまるで無視した提案に、〇〇は軽く眉根を寄せた。
「そんな自分本位なわがまま…」
「おまえが今までしてきたことと、どう違う」
「……!」
息を呑む。想定外の痛い一言だった。これまでの〇〇の行動は、すべて自分本位だったからだ。
愛されるアリスを見たい。その一念に基づいている。
しかし、たとえ責められようとも、それが〇〇の存在意義とも言えるのだから改善できはしないのだ。
(あたしがこの世界を去らない限り――)
去来した思いによって僅かに変化した表情は、誰の目にも映らなかった。
「ユリウス、放して。質問には答えるし、逃げないから」
「……本当だろうな」
疑り深く念を押す彼に、〇〇は軽く笑った。
「心配なら、縄で括りつけるなりすれば?」
〇〇は力の抜けた腕から抜け出すと、目の前にある衣服を手に取った。話をするにしても、肌着でというわけにはいかない。
ようやく落ち着いた格好になった〇〇は、立ち上がった男を振り仰いだ。俯いた顔も下からではそのすべてが見通せた。
「ユリウス?」
「私は、おまえを傷つけて満足するような男にはなりたくない」
逃げ出せないよう縛れと言った、先ほどの言葉を気にしているらしい。そう言わせた自分を悔いている顔だ。
〇〇は服の下に隠れた手首をそっと撫でた。このタイミングでさっきのあれは、少し浅慮だったかもしれない。
立ち上がった〇〇は、擦れ違いざまユリウスの袖に軽く触れて、
「コーヒー、飲む?淹れるから、座って待ってて」
離れていく女の手を掴もうと動いた指は不意に止まり、きつく手のひらに握り込まれた。