交差
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4、呼び方についての談話
「なんで“静さん”なんだ?」
「え、呼び方ですか?」
休憩中の静雄を見つけて、名前を呼び、駆け寄ったのがさっきのこと。
彼はなにも言わずに近くの自動販売機で紅茶を買い、●●に手渡してくれた。
お仕事お疲れ様ですを言って奢るべきはこちらのほうなのでは、と思いつつ、優しさが嬉しくて微笑んでしまう。
二人並んで行き交う人々や車を眺めていたのだが、静雄がふと訊いてきたのがそれだった。
●●は首を傾げるように隣を見上げた。
「“静さん”って、嫌ですか」
「別に嫌ってわけじゃねぇけど…」
と、静雄は煙草の箱を取り出すと、「いいか」と承諾を得るように軽く振って見せた。
●●は「どうぞお気になさらず」と頷き、手慣れた様子で火をつける姿を見ていた。
人は彼の力を恐れて、彼自身に目を向けることは少ないのだろうかと思う。
(こんなに優しくて、かっこいいのにねえ)
「?…んだよ」
「ううん、なーんでも」
プルタブを上げると、ぱかっと小気味よい音が鳴った。
いただきますを言って、こくこくと喉を潤す。飲みながら、呼び方について考えた。
「おいし…。えっと、最初はわたし、平和島さんって呼んでましたよね」
「ああ。で、俺が下の名前で呼べよって言って…。んで、“静さん”になったと」
手の中で缶を弄び、●●は少し視線を上に向けた。記憶を呼び起こすように。
「はじめて静さんの名前を聞いたのは、出会ったときでした。あのとき“しずちゃん”っていう…」
みしり。いや、ばきり……べこん?
形容困難な聞き覚えのない音。目をやると、静雄が腰かけていたガードレールが、彼の手に触れている部分だけ歪にひしゃげていた。
シズちゃん。可愛い呼び方。できれば●●も、一度そう呼んでみたかったのだが。
キレそうになっている静雄を見れば、どうやら軽々しく口にしてはいけなかったようだ。
「あの、静さん…?」
「シズちゃんはやめろ、な?あと、仮にそう呼んだ奴のことがお前の頭ん中に残ってても、間違っても思い出すんじゃねえ。むしろ消し去れこの場で今すぐに」
「…はーい」
いい子のお返事をしておかなければ許されない凄みがあった。もしあの男の名前を口にしようものなら、どうなるのだろう。
すごい言われようだが、折……さんと彼の仲の悪さ(では済まないレベルの険悪さ)を思えば無理もない、か。
面識はないが●●は一方的に知っており、顔と名前は頭にある。が、これは黙っていたほうがよさそうだ。
目に見えて苛立つ静雄を抑えるべく、話を元に戻そう。
「名前でって言われて、まずは呼び捨てが浮かんだんですけど…」
「なら、呼び捨てでいいだろ」
「年上の男の人を呼び捨てにするなんて、慣れてないんで恥ずかしいですよ」
「…そういうもんか?」
「そういうもんなのです」
首を傾けて見下ろされ、ちょっと照れてしまう。
「いろいろ考えたんですけどね。静雄くん、だと年下みたいだし…。静くん、静っち、静ちん……あ、あとシーズーとか」
「俺は犬かよ」
怒られるかと思いきや、ふっとおかしそうに笑われた。うわ、なんだかものすごく優しい笑い方だ。
「呼び捨てが慣れねぇんなら、普通にさん付けでいいんじゃねえの?」
それは●●も一番始めに考えた。なんの捻りもない、スタンダード。
別に面白さを追求しているわけではないので、それに決めてもよかったのだが。
「静雄さん――って、なんだか奥さんみたいじゃないですか?」
「ッ、ごほっ」
静雄が吸い慣れたはずの煙草で噎せた。
不思議そうに大丈夫ですかと顔を覗き込むが、何故か目を合わせてもらえない。
「あれ。わたし、もしかして外したこと言いました?」
「外したっつーか……それはお前、わざとか」
「うん?」
なにがだろう。サングラス越しにじろっと睨まれるも、眼光に鋭さはない。
静雄は髪に指を突っ込むと、深く溜め息をついた。
「…で」
「で?」
「それが“静さん”になった理由か」
「あ、はい。だって“静雄さん”は本命さんに譲ったほうがいいかなーと思いまして」
「………は?」
ぽろっと静雄の口から煙草が落ちた。●●は屈んでそれを拾い上げる。ポイ捨てはいけません。
静雄はぽかんとした顔で●●を見ていた。それはなかなかお目にかかれない表情で、ちょっと可愛いなと思ってしまった。
次第に眉間に皺があらわれる。機嫌がひゅるるると降下していくのが目に見えてわかった。
「静さん?」
「本命…って、なんだ」
「? 本命さんは本命さんですよ。将来の奥さん…あ、お嫁さんとも言いますかね?」
「……」
完全に黙ってしまった静雄は、しばらく微動だにしなかった。が。
しずさーん、と目の前でひらひらと手を振る、そこに摘まれた吸殻を無言で取り、携帯灰皿に押しつける。
かと思うと、がしりと●●の頭を片手で掴んだ。そのまま、ぐりぐり。わしわしわし。
「え……あの、なんっ…なんなんですか~?」
(な、なんだろう。静さん。怒ってる…?ううん、これは――え、まさかの闘志?)
「――……いーい度胸だ」
「えええ?」
低い声は憤りにも似ていて、だが口元の不敵な口角がそれを裏切っていた。
●●の髪をぐちゃぐちゃに掻き乱した静雄は、そのありさまをふんと鼻で笑った。
目を白黒させながら、わけもわからずされるがままになっていたが、今度は●●がぽかんと静雄を見上げる番だった。
「なんで“静さん”なんだ?」
「え、呼び方ですか?」
休憩中の静雄を見つけて、名前を呼び、駆け寄ったのがさっきのこと。
彼はなにも言わずに近くの自動販売機で紅茶を買い、●●に手渡してくれた。
お仕事お疲れ様ですを言って奢るべきはこちらのほうなのでは、と思いつつ、優しさが嬉しくて微笑んでしまう。
二人並んで行き交う人々や車を眺めていたのだが、静雄がふと訊いてきたのがそれだった。
●●は首を傾げるように隣を見上げた。
「“静さん”って、嫌ですか」
「別に嫌ってわけじゃねぇけど…」
と、静雄は煙草の箱を取り出すと、「いいか」と承諾を得るように軽く振って見せた。
●●は「どうぞお気になさらず」と頷き、手慣れた様子で火をつける姿を見ていた。
人は彼の力を恐れて、彼自身に目を向けることは少ないのだろうかと思う。
(こんなに優しくて、かっこいいのにねえ)
「?…んだよ」
「ううん、なーんでも」
プルタブを上げると、ぱかっと小気味よい音が鳴った。
いただきますを言って、こくこくと喉を潤す。飲みながら、呼び方について考えた。
「おいし…。えっと、最初はわたし、平和島さんって呼んでましたよね」
「ああ。で、俺が下の名前で呼べよって言って…。んで、“静さん”になったと」
手の中で缶を弄び、●●は少し視線を上に向けた。記憶を呼び起こすように。
「はじめて静さんの名前を聞いたのは、出会ったときでした。あのとき“しずちゃん”っていう…」
みしり。いや、ばきり……べこん?
形容困難な聞き覚えのない音。目をやると、静雄が腰かけていたガードレールが、彼の手に触れている部分だけ歪にひしゃげていた。
シズちゃん。可愛い呼び方。できれば●●も、一度そう呼んでみたかったのだが。
キレそうになっている静雄を見れば、どうやら軽々しく口にしてはいけなかったようだ。
「あの、静さん…?」
「シズちゃんはやめろ、な?あと、仮にそう呼んだ奴のことがお前の頭ん中に残ってても、間違っても思い出すんじゃねえ。むしろ消し去れこの場で今すぐに」
「…はーい」
いい子のお返事をしておかなければ許されない凄みがあった。もしあの男の名前を口にしようものなら、どうなるのだろう。
すごい言われようだが、折……さんと彼の仲の悪さ(では済まないレベルの険悪さ)を思えば無理もない、か。
面識はないが●●は一方的に知っており、顔と名前は頭にある。が、これは黙っていたほうがよさそうだ。
目に見えて苛立つ静雄を抑えるべく、話を元に戻そう。
「名前でって言われて、まずは呼び捨てが浮かんだんですけど…」
「なら、呼び捨てでいいだろ」
「年上の男の人を呼び捨てにするなんて、慣れてないんで恥ずかしいですよ」
「…そういうもんか?」
「そういうもんなのです」
首を傾けて見下ろされ、ちょっと照れてしまう。
「いろいろ考えたんですけどね。静雄くん、だと年下みたいだし…。静くん、静っち、静ちん……あ、あとシーズーとか」
「俺は犬かよ」
怒られるかと思いきや、ふっとおかしそうに笑われた。うわ、なんだかものすごく優しい笑い方だ。
「呼び捨てが慣れねぇんなら、普通にさん付けでいいんじゃねえの?」
それは●●も一番始めに考えた。なんの捻りもない、スタンダード。
別に面白さを追求しているわけではないので、それに決めてもよかったのだが。
「静雄さん――って、なんだか奥さんみたいじゃないですか?」
「ッ、ごほっ」
静雄が吸い慣れたはずの煙草で噎せた。
不思議そうに大丈夫ですかと顔を覗き込むが、何故か目を合わせてもらえない。
「あれ。わたし、もしかして外したこと言いました?」
「外したっつーか……それはお前、わざとか」
「うん?」
なにがだろう。サングラス越しにじろっと睨まれるも、眼光に鋭さはない。
静雄は髪に指を突っ込むと、深く溜め息をついた。
「…で」
「で?」
「それが“静さん”になった理由か」
「あ、はい。だって“静雄さん”は本命さんに譲ったほうがいいかなーと思いまして」
「………は?」
ぽろっと静雄の口から煙草が落ちた。●●は屈んでそれを拾い上げる。ポイ捨てはいけません。
静雄はぽかんとした顔で●●を見ていた。それはなかなかお目にかかれない表情で、ちょっと可愛いなと思ってしまった。
次第に眉間に皺があらわれる。機嫌がひゅるるると降下していくのが目に見えてわかった。
「静さん?」
「本命…って、なんだ」
「? 本命さんは本命さんですよ。将来の奥さん…あ、お嫁さんとも言いますかね?」
「……」
完全に黙ってしまった静雄は、しばらく微動だにしなかった。が。
しずさーん、と目の前でひらひらと手を振る、そこに摘まれた吸殻を無言で取り、携帯灰皿に押しつける。
かと思うと、がしりと●●の頭を片手で掴んだ。そのまま、ぐりぐり。わしわしわし。
「え……あの、なんっ…なんなんですか~?」
(な、なんだろう。静さん。怒ってる…?ううん、これは――え、まさかの闘志?)
「――……いーい度胸だ」
「えええ?」
低い声は憤りにも似ていて、だが口元の不敵な口角がそれを裏切っていた。
●●の髪をぐちゃぐちゃに掻き乱した静雄は、そのありさまをふんと鼻で笑った。
目を白黒させながら、わけもわからずされるがままになっていたが、今度は●●がぽかんと静雄を見上げる番だった。