交差
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見知らぬ女に呼び止められ、一方的に別れを告げられた。
向こうは静雄のことを知っているふうだったが、静雄に心当たりはなかった。
人違いかなにかだろうと思うも、静さん、彼女は確かにそう呼んだのだ。
(お前は、誰だ……?)
頭が痛い。手を当てたところから痛みが響いてくる。まるでなにかを訴えかけるように。
一言も言葉を返せなかった。ただ穴が開くほど相手を見つめるだけで。
おかしなことに、静雄は女の顔を認識できなかった。ぼんやりと窺えた口元は、笑っていたが寂しげだった。
(なあ…本当は笑いたくなんかねぇくせに、笑うなよ。泣くな)
何故泣いていると思ったのかわからない。だが、静雄は堪らず手を伸ばしたくなった。
頼りない背中がどんどん離れていく。ふとした瞬間見失ってしまいそうなほど、儚げな後ろ姿。
静雄は酷い動悸に冷や汗をかき、頭を押さえていた手でサングラスを毟り取った。
見知らぬ女。いや……違う。本当は知っているのではないか。
肉眼で捉えた背中に既視感を覚え、記憶の中を乱暴に引っ掻き回した。
――しずさん。
聞いたことのあるはずの優しい声には、深い哀しみが滲んでいた。
静雄はあの女を、彼女のことを確かに知っているはずだ。思い出さなければ。思い出せ、今すぐに!
頭の中で何者かが想起を妨害している。急げと喚く心に歯を食い縛り、痛む胸元を手で握った。
(ぁ……)
そのとき、静雄は胸ポケットに入れていたものに気づいた。今の今まで忘れていた。
取り出したのは一枚の写真。半分に切られたそれには、一人の少女が写っていた。
いつからか持ち歩くことが習慣になっていたが、自分は何故この写真を大切にしているのだろう。
来良学園の制服を着た少女は、恥ずかしそうに俯いている。見覚えのない顔だが、同時に、見たことがあると思った。
同級生だろうか。高校時代を思い出そうとした静雄は、不意に、遠のく後ろ姿の足元を見遣った。
「――……、さ…」
縫いつけられたかのように動かなかった静雄の足が、ふらりと一歩前に進んだ。
一歩、また一歩と。足を踏み出す速度は徐々に増していく。
「……さ、ん……」
そうだ。そうだった。この写真の顔を、静雄は見たことがある。
どうして今まで忘れていたのだろう。あれは静雄にとって、どんな出来事よりも強く心に刻まれた、大切な思い出だったのに。
来神高校に通っていた静雄が、公園で出会った不思議な存在。
彼女はこの写真の顔をして、前方に見えるあの服装をしていて、その足には静雄が渡したサンダルを履いていた。
「……●●、さ…」
待ってくれ。行かないでくれ。叫びたいのに、なにかに邪魔をされてうまく発声できない。
一気に頭の靄が晴れた。過去にあったことも、大人になった静雄と彼女が出会ったことも、すべてを思い出す。
疑問はいくつも浮かんできたがどうでもよかった。
昔も今も、失いたくなかった、特別なその人は。
「●●……っ!!」
駆け出した彼女が前に手を伸ばす。なにかを握る仕草をした●●の姿が透けて、消えていく。
静雄は●●が完全に消えてしまうその寸前で、細い背中を後ろから思いきり抱きしめた。
「え……っ?」
「っ、行くな……●●」
――触れられ、た。捕まえることが、できた。
静雄は力加減も忘れて、腕の中の存在を抱き潰した。軋むことなく受け入れてくれる柔らかな弾力。
「しっ…しず、さん……?」
「●●…」
「うそ……だって静さんっ、わたしのこと、忘れ…」
「忘れてねえ。覚えてる。ちゃんと、思い出せた」
薄い肩を反転させ、正面から顔を覗き込む。●●はぼろぼろ泣いていた。
静雄は彼女の濡れた頬を両手で包んだ。指で涙を拭うが、拭っても拭っても切りがない。
その泣き顔が子供っぽくて、切なくて、あまりに愛しくて。静雄は泣きそうになりながら、くしゃりと顔を歪めて笑うと、
「……●●さん。会いたかった奴には、会えたか?」
●●はハッとしたように静雄を見つめ、それからまた大粒の涙を零して、うん、うんと頷いた。
「静くん。静さん。また、会いたかった…っ」
首筋に縋りつく●●を強く抱き返し、「俺も会いたかった」と囁いて、静雄はきつく目蓋を閉じた。
もし間に合わなければ、もう二度と会えなくなっていたことだろう。そう思うとぞっとする。
だが、もう大丈夫だ。もう二度と忘れない、離さない。
目尻から頬に流れていくものを感じたが、静雄は取り戻した大切な存在を必死に抱きしめ続けていた。
向こうは静雄のことを知っているふうだったが、静雄に心当たりはなかった。
人違いかなにかだろうと思うも、静さん、彼女は確かにそう呼んだのだ。
(お前は、誰だ……?)
頭が痛い。手を当てたところから痛みが響いてくる。まるでなにかを訴えかけるように。
一言も言葉を返せなかった。ただ穴が開くほど相手を見つめるだけで。
おかしなことに、静雄は女の顔を認識できなかった。ぼんやりと窺えた口元は、笑っていたが寂しげだった。
(なあ…本当は笑いたくなんかねぇくせに、笑うなよ。泣くな)
何故泣いていると思ったのかわからない。だが、静雄は堪らず手を伸ばしたくなった。
頼りない背中がどんどん離れていく。ふとした瞬間見失ってしまいそうなほど、儚げな後ろ姿。
静雄は酷い動悸に冷や汗をかき、頭を押さえていた手でサングラスを毟り取った。
見知らぬ女。いや……違う。本当は知っているのではないか。
肉眼で捉えた背中に既視感を覚え、記憶の中を乱暴に引っ掻き回した。
――しずさん。
聞いたことのあるはずの優しい声には、深い哀しみが滲んでいた。
静雄はあの女を、彼女のことを確かに知っているはずだ。思い出さなければ。思い出せ、今すぐに!
頭の中で何者かが想起を妨害している。急げと喚く心に歯を食い縛り、痛む胸元を手で握った。
(ぁ……)
そのとき、静雄は胸ポケットに入れていたものに気づいた。今の今まで忘れていた。
取り出したのは一枚の写真。半分に切られたそれには、一人の少女が写っていた。
いつからか持ち歩くことが習慣になっていたが、自分は何故この写真を大切にしているのだろう。
来良学園の制服を着た少女は、恥ずかしそうに俯いている。見覚えのない顔だが、同時に、見たことがあると思った。
同級生だろうか。高校時代を思い出そうとした静雄は、不意に、遠のく後ろ姿の足元を見遣った。
「――……、さ…」
縫いつけられたかのように動かなかった静雄の足が、ふらりと一歩前に進んだ。
一歩、また一歩と。足を踏み出す速度は徐々に増していく。
「……さ、ん……」
そうだ。そうだった。この写真の顔を、静雄は見たことがある。
どうして今まで忘れていたのだろう。あれは静雄にとって、どんな出来事よりも強く心に刻まれた、大切な思い出だったのに。
来神高校に通っていた静雄が、公園で出会った不思議な存在。
彼女はこの写真の顔をして、前方に見えるあの服装をしていて、その足には静雄が渡したサンダルを履いていた。
「……●●、さ…」
待ってくれ。行かないでくれ。叫びたいのに、なにかに邪魔をされてうまく発声できない。
一気に頭の靄が晴れた。過去にあったことも、大人になった静雄と彼女が出会ったことも、すべてを思い出す。
疑問はいくつも浮かんできたがどうでもよかった。
昔も今も、失いたくなかった、特別なその人は。
「●●……っ!!」
駆け出した彼女が前に手を伸ばす。なにかを握る仕草をした●●の姿が透けて、消えていく。
静雄は●●が完全に消えてしまうその寸前で、細い背中を後ろから思いきり抱きしめた。
「え……っ?」
「っ、行くな……●●」
――触れられ、た。捕まえることが、できた。
静雄は力加減も忘れて、腕の中の存在を抱き潰した。軋むことなく受け入れてくれる柔らかな弾力。
「しっ…しず、さん……?」
「●●…」
「うそ……だって静さんっ、わたしのこと、忘れ…」
「忘れてねえ。覚えてる。ちゃんと、思い出せた」
薄い肩を反転させ、正面から顔を覗き込む。●●はぼろぼろ泣いていた。
静雄は彼女の濡れた頬を両手で包んだ。指で涙を拭うが、拭っても拭っても切りがない。
その泣き顔が子供っぽくて、切なくて、あまりに愛しくて。静雄は泣きそうになりながら、くしゃりと顔を歪めて笑うと、
「……●●さん。会いたかった奴には、会えたか?」
●●はハッとしたように静雄を見つめ、それからまた大粒の涙を零して、うん、うんと頷いた。
「静くん。静さん。また、会いたかった…っ」
首筋に縋りつく●●を強く抱き返し、「俺も会いたかった」と囁いて、静雄はきつく目蓋を閉じた。
もし間に合わなければ、もう二度と会えなくなっていたことだろう。そう思うとぞっとする。
だが、もう大丈夫だ。もう二度と忘れない、離さない。
目尻から頬に流れていくものを感じたが、静雄は取り戻した大切な存在を必死に抱きしめ続けていた。