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35、もう二度と
確信を持って開いた扉の先は、元いた世界だった。
●●自身の世界ではなく、会いたくてしかたない相手のいる場所だと肌で感じる。そう、戻ってきたのだ。
●●は一度足元に視線を落とした。“静くん”が好意で渡してくれたサンダルが足におさまっている。
(夢じゃない…。本当に、高校生の静さんと過ごしたんだ)
あの少年が、できれば●●の知る静雄であってほしいと思う。
同一人物でなければ、もう二度と会えないなんてあまりにも寂しいからだ。
そして、このサンダルが僅かでも静雄の記憶を呼び覚ますきっかけになればいいと願った。
――あまりにも長い間、この世界を離れすぎた。
定期的に交流を続けていたセルティは、もはや●●のことを忘れているに違いない。
誰よりも傍にいた静雄の中にさえ、●●の存在は残っていないのだろう。
(それでも。会いに行かなくちゃ……ううん、会いたいの)
会いたい。会いたい。今はそれしか考えられない。
●●はサンダルを履いた足でしっかりと地面を踏みしめた。勇気を、出さなければ。
●●が今身につけている服は臨也が用意したものだ。
嫌がらせなのか彼の趣味なのか、●●が普段着ている服よりも遥かに女子力が高い。
その服装にサンダル履きは、正直ちぐはぐな感じが否めない。
人目など気にする余裕もなかったが、周囲の目は特に●●を注視したりはしなかった。
単に他人に無関心だからというわけではない。違和感の正体はすぐに知れた。
●●の存在感が、希薄になってきているのだ。
もともとこの世界で誰かの記憶に残るには時間を要したが、それとはまた異なる現象だった。
(もう、時間がないのかもしれない)
そう考えると、自然と足早になった。どこに行けば会えるのだろう。彼は今、どこにいるのだろう。
どうか、すべてがゼロになってしまう前に。一目だけでも会わせて。
祈るような思いで街中を駆けた。行き先に見当などつけず、無我夢中で。
そして行き交う人々の中に、バーテン服を着た長身の金髪を見つけたとき。
●●の足は今までの勢いが嘘のように、ぴたりと立ち止まった。
往来で足を止める●●を迷惑がる人間はいない。誰も彼もが、目もくれずに擦り抜けていく。
●●は瞬きも忘れて、徐々に縮まる二人の距離を待ち焦がれた。
(静、さん。……静さん、ただいま)
連絡できなくて、勝手にいなくなって、ごめんなさい。
きっと、ものすごく心配をかけたのだろう。彼は優しい人だから。
(静さんに会えない間、静さんのことばっかり考えちゃいました。それにね、静くんがわたしを支えてくれたの)
高校生の静雄はとても親切にしてくれたが、●●は言葉で感謝を伝えることしかできなかった。
(静さんは、わたしと会えない間、どんな気持ちだった…?)
少しずつ失われていく記憶に混乱したことだろう。どうにか留めようとしてくれたのだろうか。
本来ならば決して出会うことはなかった。生まれた世界が違うのだから。
こうして街中で擦れ違うことさえできなかったのだろうと、見向きもせずに通り過ぎていった静雄に●●はそっと唇を噛んだ。
(静さん…わたし、帰ってきたよ。ここにいるんだよ)
足音が離れていく。もしかしたら、ひょっとしたらなどという甘い期待は粉々に砕かれた。
何度も想像して心構えをしたつもりでいたが、現実の厳しさはやはり堪えた。
「っ――静さん……!」
待って。行かないで。振り返って叫んだ名前に続いて出ようとした言葉は、喉の奥に引っ込んだ。
名前を呼ばれた彼は立ち止まり、ゆっくり振り向いたが、表情に大きな変化はなかった。
視線は確かに交わっているのに、いつも見せてくれていた表情はない。
覚悟はしていた。それでも、つらかった。胸が苦しかった。
目頭が熱くなり、泣き出したい気持ちになったが、我慢するのは難しくなかった。
――これが最後なら、せめて笑顔で。そう思った。
「呼び止めて、ごめんなさい。わたしのこと、わからないですよね…」
静雄は眉間に皺を寄せ、頭に手を当てた。見知らぬ人間に声をかけられ、不審に思っているのだろう。
「本当にごめんなさい。ただ、ひとつだけ…言いたいことがあるんです」
意味の通じない言葉を言うのは、それこそ無意味だとわかっていた。
自分の中に区切りをつけなければ、動けなくなる。だから言うのだ、自分の背中を押すために。
●●は静かに息を吐いた。震える呼吸を抑え、歪みそうになる顔に精一杯の笑顔を浮かべた。
「静さんと出会えて、よかった。……さようなら」
これ以上はもう無理だ。●●は笑顔が崩れる前に踵を返して歩き出した。
なんて呆気ない終わりだろう。これでまた一からやり直さなければならないのか。
これまで積み重ねてきた静雄との思い出が、次々と浮かんでは消える。
この記憶を連れたまま、彼との交流を最初から始めるには、今の●●の心は耐えられそうになかった。
(さよなら、なんて、したくなかった…っ!)
初めて出会ってからこれまで同じ時間を重ねてきた平和島静雄という人には、もう二度と会えない。
涙がぼろぼろ溢れてくる。それを振り払うかのように、●●は前方に浮かび上がった白い扉へと駆けた。
確信を持って開いた扉の先は、元いた世界だった。
●●自身の世界ではなく、会いたくてしかたない相手のいる場所だと肌で感じる。そう、戻ってきたのだ。
●●は一度足元に視線を落とした。“静くん”が好意で渡してくれたサンダルが足におさまっている。
(夢じゃない…。本当に、高校生の静さんと過ごしたんだ)
あの少年が、できれば●●の知る静雄であってほしいと思う。
同一人物でなければ、もう二度と会えないなんてあまりにも寂しいからだ。
そして、このサンダルが僅かでも静雄の記憶を呼び覚ますきっかけになればいいと願った。
――あまりにも長い間、この世界を離れすぎた。
定期的に交流を続けていたセルティは、もはや●●のことを忘れているに違いない。
誰よりも傍にいた静雄の中にさえ、●●の存在は残っていないのだろう。
(それでも。会いに行かなくちゃ……ううん、会いたいの)
会いたい。会いたい。今はそれしか考えられない。
●●はサンダルを履いた足でしっかりと地面を踏みしめた。勇気を、出さなければ。
●●が今身につけている服は臨也が用意したものだ。
嫌がらせなのか彼の趣味なのか、●●が普段着ている服よりも遥かに女子力が高い。
その服装にサンダル履きは、正直ちぐはぐな感じが否めない。
人目など気にする余裕もなかったが、周囲の目は特に●●を注視したりはしなかった。
単に他人に無関心だからというわけではない。違和感の正体はすぐに知れた。
●●の存在感が、希薄になってきているのだ。
もともとこの世界で誰かの記憶に残るには時間を要したが、それとはまた異なる現象だった。
(もう、時間がないのかもしれない)
そう考えると、自然と足早になった。どこに行けば会えるのだろう。彼は今、どこにいるのだろう。
どうか、すべてがゼロになってしまう前に。一目だけでも会わせて。
祈るような思いで街中を駆けた。行き先に見当などつけず、無我夢中で。
そして行き交う人々の中に、バーテン服を着た長身の金髪を見つけたとき。
●●の足は今までの勢いが嘘のように、ぴたりと立ち止まった。
往来で足を止める●●を迷惑がる人間はいない。誰も彼もが、目もくれずに擦り抜けていく。
●●は瞬きも忘れて、徐々に縮まる二人の距離を待ち焦がれた。
(静、さん。……静さん、ただいま)
連絡できなくて、勝手にいなくなって、ごめんなさい。
きっと、ものすごく心配をかけたのだろう。彼は優しい人だから。
(静さんに会えない間、静さんのことばっかり考えちゃいました。それにね、静くんがわたしを支えてくれたの)
高校生の静雄はとても親切にしてくれたが、●●は言葉で感謝を伝えることしかできなかった。
(静さんは、わたしと会えない間、どんな気持ちだった…?)
少しずつ失われていく記憶に混乱したことだろう。どうにか留めようとしてくれたのだろうか。
本来ならば決して出会うことはなかった。生まれた世界が違うのだから。
こうして街中で擦れ違うことさえできなかったのだろうと、見向きもせずに通り過ぎていった静雄に●●はそっと唇を噛んだ。
(静さん…わたし、帰ってきたよ。ここにいるんだよ)
足音が離れていく。もしかしたら、ひょっとしたらなどという甘い期待は粉々に砕かれた。
何度も想像して心構えをしたつもりでいたが、現実の厳しさはやはり堪えた。
「っ――静さん……!」
待って。行かないで。振り返って叫んだ名前に続いて出ようとした言葉は、喉の奥に引っ込んだ。
名前を呼ばれた彼は立ち止まり、ゆっくり振り向いたが、表情に大きな変化はなかった。
視線は確かに交わっているのに、いつも見せてくれていた表情はない。
覚悟はしていた。それでも、つらかった。胸が苦しかった。
目頭が熱くなり、泣き出したい気持ちになったが、我慢するのは難しくなかった。
――これが最後なら、せめて笑顔で。そう思った。
「呼び止めて、ごめんなさい。わたしのこと、わからないですよね…」
静雄は眉間に皺を寄せ、頭に手を当てた。見知らぬ人間に声をかけられ、不審に思っているのだろう。
「本当にごめんなさい。ただ、ひとつだけ…言いたいことがあるんです」
意味の通じない言葉を言うのは、それこそ無意味だとわかっていた。
自分の中に区切りをつけなければ、動けなくなる。だから言うのだ、自分の背中を押すために。
●●は静かに息を吐いた。震える呼吸を抑え、歪みそうになる顔に精一杯の笑顔を浮かべた。
「静さんと出会えて、よかった。……さようなら」
これ以上はもう無理だ。●●は笑顔が崩れる前に踵を返して歩き出した。
なんて呆気ない終わりだろう。これでまた一からやり直さなければならないのか。
これまで積み重ねてきた静雄との思い出が、次々と浮かんでは消える。
この記憶を連れたまま、彼との交流を最初から始めるには、今の●●の心は耐えられそうになかった。
(さよなら、なんて、したくなかった…っ!)
初めて出会ってからこれまで同じ時間を重ねてきた平和島静雄という人には、もう二度と会えない。
涙がぼろぼろ溢れてくる。それを振り払うかのように、●●は前方に浮かび上がった白い扉へと駆けた。