交差
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ソファーの上で横になった●●は、公園で見たときよりも安らかな寝顔をしているように見えた。
安心した様子が心を許してもらえている証のようで。静雄は飽きることなく、その顔を眺め続けた。
こくりこくりと船を漕ぐ●●を見かねて、少し横になればいいと声をかけてから、半時間ほどが経つ。
彼女の存在を確かなものにできた今、本当は、いろいろ話したいことがあった。
だがその一方で、心地のいい距離感を失ってしまうかもしれないと、踏み出すことが怖かったのもまた事実だ。
(……俺も頑張らねぇと、な)
焦る必要はない。●●なら待ってくれる。臆病者が自ら手を伸ばして、距離を縮められるそのときまで。
これからはもっと望みを言おう。欲張りになって、自分のことをちゃんと知ってもらおう。
知りたいと思うことを、教えてくれと頼んで。傷つけることを恐れても、傷つくことは恐れずに。
洗濯はすでに完了し、綺麗になった衣類は畳んでおいた。(もちろんできるだけ見ないようにした)
そろそろ母親が帰ってくる頃だろう。その前に、着替えだけは済ませてもらったほうがいい気がする。
静雄はそろりと●●の眠るソファーに近寄ると、屈んで小さく呼びかけた。
「●●さん」
「…ぅ……」
「●●さん、起きて」
「しず…ん……」
浅い眠りだったのかもしれない。触れて起こすまでもなく、●●は目を覚ました。
どこかぼーっとした目をしていたが、静雄が促すと、頷いてもぞもぞと服を脱ぎ始めた。
静雄は慌てて近くにあった着替えを押しつけ、離れた場所に飛んで逃げた。布擦れの音も聞こえない場所へと。
傍にあった時計を見る。帰宅した母親は夕食の支度に取りかかるだろう。
そうだ。思いきって、食事を一緒にどうかと誘ってみようか。
母親に都合を聞いてみなければわからないが、きっと許してくれるはずだ。
そんな計画を練りながら部屋に戻った静雄だったが、ふと顔を上げて、思わずその場で足を止めてしまった。
(●●さん……?)
ソファーに座った彼女はどこか一点を見つめ、息を忘れたように瞠目していた。
視線の先にあるのは壁だ。さらにその向こうにあるのは玄関だが…。
そのとき静雄の胸の中をすっと撫でていったのは、予感だったのかもしれない。
「●●さ、」
「わたし、行かないと」
先ほどまでの眠気など微塵も感じさせない、はっきりした口調で●●は呟いた。
立ち上がった彼女はたった今静雄の存在に気づいたようで、ごく自然に微笑んでみせた。
それを見た静雄の息がぐっとつまる。否応なしに、悟ってしまったのだ。
――●●が、行ってしまう。
静雄が初めて見る表情だった。
待ち望んだ瞬間が訪れ、なにかを心に決めて受け入れた、凛とした笑顔。
見惚れると同時に、急速に●●が遠のいていくような寂しさに襲われた。
「…行くのか?」
「うん。いろいろありがとう、静くん。本当に、静くんがいなかったらわたし、耐えられなかったと思うの」
これが“また明日”を交わせない別れなのだと、直感でわかった。
玄関まで見送りに出て●●と向かい合った静雄は、唇を噛んで俯いた。
自分から歩み寄ることを恐れないと、決めたばかりだというのに。まさかこんなに唐突に、別れが来るなんて。
(行くなよ、●●さん)
言えるわけがない。いつも焦がれる眼差しで、見えないものを見ていた彼女を、静雄は傍で見ていたのだから。
(だけどっ…それでも……!)
鼻の奥がつんとしてくる。泣くなんてみっともない真似を、●●の前ではしたくない。ぐっと奥歯に力を込めた。
だが、柔らかな腕に優しく抱きしめられた途端、堪えきれずに視界がぼやけてしまった。
女性らしく静雄よりも細い身体が、大きく広く包み込んでくれる。
一段低いところにいる●●を見下ろせば、さらに小さく見える。そんな彼女の頭に、静雄は静かに頬を寄せた。
二人の身体はうまく重ならない。支えられているようでは駄目なのだ。今の自分では、引き止められない。
やがて、抱擁はゆっくりと解かれた。ぬくもりが離れていく。
「それじゃあ、静くん」
「……うん。じゃあ、な」
「ありがとう。いってきます」
玄関のドアを開けた●●の姿が、閉じゆく扉の向こうで霞むように消えた気がした。
こうして、少年にとって特別だった不思議な存在は、彼の記憶の中からもまた静かに去っていくのだった。
安心した様子が心を許してもらえている証のようで。静雄は飽きることなく、その顔を眺め続けた。
こくりこくりと船を漕ぐ●●を見かねて、少し横になればいいと声をかけてから、半時間ほどが経つ。
彼女の存在を確かなものにできた今、本当は、いろいろ話したいことがあった。
だがその一方で、心地のいい距離感を失ってしまうかもしれないと、踏み出すことが怖かったのもまた事実だ。
(……俺も頑張らねぇと、な)
焦る必要はない。●●なら待ってくれる。臆病者が自ら手を伸ばして、距離を縮められるそのときまで。
これからはもっと望みを言おう。欲張りになって、自分のことをちゃんと知ってもらおう。
知りたいと思うことを、教えてくれと頼んで。傷つけることを恐れても、傷つくことは恐れずに。
洗濯はすでに完了し、綺麗になった衣類は畳んでおいた。(もちろんできるだけ見ないようにした)
そろそろ母親が帰ってくる頃だろう。その前に、着替えだけは済ませてもらったほうがいい気がする。
静雄はそろりと●●の眠るソファーに近寄ると、屈んで小さく呼びかけた。
「●●さん」
「…ぅ……」
「●●さん、起きて」
「しず…ん……」
浅い眠りだったのかもしれない。触れて起こすまでもなく、●●は目を覚ました。
どこかぼーっとした目をしていたが、静雄が促すと、頷いてもぞもぞと服を脱ぎ始めた。
静雄は慌てて近くにあった着替えを押しつけ、離れた場所に飛んで逃げた。布擦れの音も聞こえない場所へと。
傍にあった時計を見る。帰宅した母親は夕食の支度に取りかかるだろう。
そうだ。思いきって、食事を一緒にどうかと誘ってみようか。
母親に都合を聞いてみなければわからないが、きっと許してくれるはずだ。
そんな計画を練りながら部屋に戻った静雄だったが、ふと顔を上げて、思わずその場で足を止めてしまった。
(●●さん……?)
ソファーに座った彼女はどこか一点を見つめ、息を忘れたように瞠目していた。
視線の先にあるのは壁だ。さらにその向こうにあるのは玄関だが…。
そのとき静雄の胸の中をすっと撫でていったのは、予感だったのかもしれない。
「●●さ、」
「わたし、行かないと」
先ほどまでの眠気など微塵も感じさせない、はっきりした口調で●●は呟いた。
立ち上がった彼女はたった今静雄の存在に気づいたようで、ごく自然に微笑んでみせた。
それを見た静雄の息がぐっとつまる。否応なしに、悟ってしまったのだ。
――●●が、行ってしまう。
静雄が初めて見る表情だった。
待ち望んだ瞬間が訪れ、なにかを心に決めて受け入れた、凛とした笑顔。
見惚れると同時に、急速に●●が遠のいていくような寂しさに襲われた。
「…行くのか?」
「うん。いろいろありがとう、静くん。本当に、静くんがいなかったらわたし、耐えられなかったと思うの」
これが“また明日”を交わせない別れなのだと、直感でわかった。
玄関まで見送りに出て●●と向かい合った静雄は、唇を噛んで俯いた。
自分から歩み寄ることを恐れないと、決めたばかりだというのに。まさかこんなに唐突に、別れが来るなんて。
(行くなよ、●●さん)
言えるわけがない。いつも焦がれる眼差しで、見えないものを見ていた彼女を、静雄は傍で見ていたのだから。
(だけどっ…それでも……!)
鼻の奥がつんとしてくる。泣くなんてみっともない真似を、●●の前ではしたくない。ぐっと奥歯に力を込めた。
だが、柔らかな腕に優しく抱きしめられた途端、堪えきれずに視界がぼやけてしまった。
女性らしく静雄よりも細い身体が、大きく広く包み込んでくれる。
一段低いところにいる●●を見下ろせば、さらに小さく見える。そんな彼女の頭に、静雄は静かに頬を寄せた。
二人の身体はうまく重ならない。支えられているようでは駄目なのだ。今の自分では、引き止められない。
やがて、抱擁はゆっくりと解かれた。ぬくもりが離れていく。
「それじゃあ、静くん」
「……うん。じゃあ、な」
「ありがとう。いってきます」
玄関のドアを開けた●●の姿が、閉じゆく扉の向こうで霞むように消えた気がした。
こうして、少年にとって特別だった不思議な存在は、彼の記憶の中からもまた静かに去っていくのだった。