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33、手を伸ばす勇気
いつも通る道を少し外れた道が、最近の静雄の通学路になっていた。
いつからそうなったのかと聞かれても、はっきりとは思い出せない。
ある日、気まぐれにいつもの道を逸れた。そしてどういうわけかその道を頻繁に通るようになった。
静雄はある人物に会うために、今日も遠回りをするのである。
人通りの多いとはいえない路地にある、寂れた公園。会える日もあれば、会えない日もある。
近づくにつれ膨らむ期待感を抑えて、静雄は公園内を覗き込んだ。
決まり事のように滑り台を一瞥してから、隅にあるベンチに人影を認めた。
固く結んだ口元がほっと綻ぶ。足音を極力殺して歩を進めた。
(またこんなとこで寝てるし…)
足元には脱げたサンダルがころりと転がっている。目的の人は、バスタオルを抱き枕のように抱えて眠っていた。
身体にかける用途で渡したものをそうされると、気恥ずかしさでなんとも言いがたい気持ちになる。
静雄は相手が寝ているのをいいことに、屈んでまじまじと彼女を観察した。
●●は不思議な存在感を纏う人間だった。いつ出会ったのか覚えていないが、いつの間にか静雄の中に彼女は在った。
出会うのは必ずこの公園。服装は変わらない。裸足でいる彼女を見かねて、家から母親のサンダルを持ち出して渡せば、とても喜ばれた。
●●のことを地縛霊かなにかかと幾許か疑っていた静雄は、密かに安堵したものだ。足があるなら幽霊ではない(はずだ)。
自称大学生の●●はまさかホームレスなのだろうか。しかし身体の清潔感は保たれている。
近寄れば身じろぎとともにふわっと漂う香りに、静雄の胸はいつも反応してしまう。
なにか事情があるに違いない彼女を、どうにか助けてやれないかと考えた。
反応を窺いながら、必要だろうと思うものを持っていく。
親しみのある表情にふとした瞬間混じる、寂しさや恋しさ。そんな切ない顔を覗かせる彼女を笑顔にしたくて。
この身の人並み外れた力を知らない●●と、ごく普通の人間らしいやりとりができることを喜びながら、静雄は意欲的に世話を焼いた。
(こういう顔してると、年上に見えねぇよな…)
膝の上に頬杖をついた姿勢で、あどけない寝顔をぼーっと見つめる。
会話がないこの空間を、誰かはつまらないと思うかもしれない。
だが静雄は、こんなふうに穏やかな時間なら、いくらでも過ごしていたいと思った。
そよ風が優しく公園内を駆けていき、●●の頬を撫でると、幾筋かの黒髪が薄く開いた唇にかかった。
現実感の遠のいた、どこか夢見るような情景だった。心惹かれて、無意識のうちに手が伸びる。
彼女の髪をそっとよけた指先は、柔らかな唇の端に触れたことで、鮮やかな熱を帯びた。
「っ…!」
「ふ……静、さ…」
はっと我に返った静雄は慌てて手を引き、自分の行為を意識して思わず頬を染めた。
ちょうどそのとき、●●が小さな声を出した。唇が微笑みを形作る。しずさん。
(……静“さん”、か)
それは彼女が静雄を呼ぶときによく間違える呼び方だった。
年下の静雄にさん付けはおかしい。間違えるにしても、彼女は随分と呼び慣れた様子だった。
「●●、さん。●●さん、起きろよ」
「…しず……くん…?」
「ん。俺」
●●は、自分と誰かを重ねているのだろうか。時折見せる寂しげな顔はそいつのせい?
身体を起こした彼女は、目覚める前に浮かべた微笑みと同じものを静雄に向けた。
同じだが、やはり少しだけ違う。一瞬混ざった陰りはすぐに消えたため、静雄はまた尋ねるタイミングを逃してしまった。
転機が訪れたのはその後のことだった。
目が覚めたときに静雄が覗き込む体勢でいたことに、●●は気づいたらしい。
彼女は言いにくそうに、恥ずかしそうに静雄に小声で聞いたのだ。「わたし、その……臭う、かな」
まったくそんなことはなく、言葉でもすぐさまそう答えた。が、気にするということは、つまりそういうことなのだろう。
頬に赤みを残したままほっとしたように笑う●●を見て、静雄はふと考えた。
ひょっとしてこれは、彼女をここから連れ出すチャンスなのではないか。
いつも同じ場所にいる、現実味の薄い●●。
もちろん人間だということはわかっているが、それでも不思議な存在には違いなく。
もっと確かな証拠がほしい。公園に来て会えなかったときに、“もう会えないかもしれない”なんて根拠のない不安を抱かなくていいように。
「――なあ、●●さん。俺んち、来ねぇ?」
妙にどきどきして、目を合わせられなかった。しかし、小さく差し出した静雄の手は震えなかった。
いつも通る道を少し外れた道が、最近の静雄の通学路になっていた。
いつからそうなったのかと聞かれても、はっきりとは思い出せない。
ある日、気まぐれにいつもの道を逸れた。そしてどういうわけかその道を頻繁に通るようになった。
静雄はある人物に会うために、今日も遠回りをするのである。
人通りの多いとはいえない路地にある、寂れた公園。会える日もあれば、会えない日もある。
近づくにつれ膨らむ期待感を抑えて、静雄は公園内を覗き込んだ。
決まり事のように滑り台を一瞥してから、隅にあるベンチに人影を認めた。
固く結んだ口元がほっと綻ぶ。足音を極力殺して歩を進めた。
(またこんなとこで寝てるし…)
足元には脱げたサンダルがころりと転がっている。目的の人は、バスタオルを抱き枕のように抱えて眠っていた。
身体にかける用途で渡したものをそうされると、気恥ずかしさでなんとも言いがたい気持ちになる。
静雄は相手が寝ているのをいいことに、屈んでまじまじと彼女を観察した。
●●は不思議な存在感を纏う人間だった。いつ出会ったのか覚えていないが、いつの間にか静雄の中に彼女は在った。
出会うのは必ずこの公園。服装は変わらない。裸足でいる彼女を見かねて、家から母親のサンダルを持ち出して渡せば、とても喜ばれた。
●●のことを地縛霊かなにかかと幾許か疑っていた静雄は、密かに安堵したものだ。足があるなら幽霊ではない(はずだ)。
自称大学生の●●はまさかホームレスなのだろうか。しかし身体の清潔感は保たれている。
近寄れば身じろぎとともにふわっと漂う香りに、静雄の胸はいつも反応してしまう。
なにか事情があるに違いない彼女を、どうにか助けてやれないかと考えた。
反応を窺いながら、必要だろうと思うものを持っていく。
親しみのある表情にふとした瞬間混じる、寂しさや恋しさ。そんな切ない顔を覗かせる彼女を笑顔にしたくて。
この身の人並み外れた力を知らない●●と、ごく普通の人間らしいやりとりができることを喜びながら、静雄は意欲的に世話を焼いた。
(こういう顔してると、年上に見えねぇよな…)
膝の上に頬杖をついた姿勢で、あどけない寝顔をぼーっと見つめる。
会話がないこの空間を、誰かはつまらないと思うかもしれない。
だが静雄は、こんなふうに穏やかな時間なら、いくらでも過ごしていたいと思った。
そよ風が優しく公園内を駆けていき、●●の頬を撫でると、幾筋かの黒髪が薄く開いた唇にかかった。
現実感の遠のいた、どこか夢見るような情景だった。心惹かれて、無意識のうちに手が伸びる。
彼女の髪をそっとよけた指先は、柔らかな唇の端に触れたことで、鮮やかな熱を帯びた。
「っ…!」
「ふ……静、さ…」
はっと我に返った静雄は慌てて手を引き、自分の行為を意識して思わず頬を染めた。
ちょうどそのとき、●●が小さな声を出した。唇が微笑みを形作る。しずさん。
(……静“さん”、か)
それは彼女が静雄を呼ぶときによく間違える呼び方だった。
年下の静雄にさん付けはおかしい。間違えるにしても、彼女は随分と呼び慣れた様子だった。
「●●、さん。●●さん、起きろよ」
「…しず……くん…?」
「ん。俺」
●●は、自分と誰かを重ねているのだろうか。時折見せる寂しげな顔はそいつのせい?
身体を起こした彼女は、目覚める前に浮かべた微笑みと同じものを静雄に向けた。
同じだが、やはり少しだけ違う。一瞬混ざった陰りはすぐに消えたため、静雄はまた尋ねるタイミングを逃してしまった。
転機が訪れたのはその後のことだった。
目が覚めたときに静雄が覗き込む体勢でいたことに、●●は気づいたらしい。
彼女は言いにくそうに、恥ずかしそうに静雄に小声で聞いたのだ。「わたし、その……臭う、かな」
まったくそんなことはなく、言葉でもすぐさまそう答えた。が、気にするということは、つまりそういうことなのだろう。
頬に赤みを残したままほっとしたように笑う●●を見て、静雄はふと考えた。
ひょっとしてこれは、彼女をここから連れ出すチャンスなのではないか。
いつも同じ場所にいる、現実味の薄い●●。
もちろん人間だということはわかっているが、それでも不思議な存在には違いなく。
もっと確かな証拠がほしい。公園に来て会えなかったときに、“もう会えないかもしれない”なんて根拠のない不安を抱かなくていいように。
「――なあ、●●さん。俺んち、来ねぇ?」
妙にどきどきして、目を合わせられなかった。しかし、小さく差し出した静雄の手は震えなかった。