交差
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32、年下の彼
●●の感覚ではかなりの時間を過ごしたように思えるが、実質的には三日経過したかどうかだった。
その三日ほどの時間の間、公園内に現れる白いドアを●●は幾度となく開けた。
しかし開けども開けどもこの公園から、そして過去から抜け出すことはできなかった。
何度白いドアをくぐっても、その先にあるのは同じ公園。変化といえば時間の経過だけだった。
停滞ではないことが希望に繋がっている。こうも頻繁にドアが目の前に出現することには、必ず意味があるはずだ。
そして静雄のもとに戻るための行為の、副産物とでもいうべきものなのか、●●にとって非常に嬉しいことがあった。
「――あっ、静くん!」
誰もいない公園の中に●●の声が一際明るく響いた。
滑り台の上から手を振って、傾斜を滑り降りる。その先にあったサンダルに足を通し、流れるような動作で駆け寄った。
やってきた制服姿の静雄は、こんにちはと満面の笑顔で挨拶する●●に照れたように視線を逸らした。
そのまま、手に持っていた小さなビニール袋を無造作に突き出した。
「…これ、やるよ」
コンビニの袋の中には、菓子パンと紙パックのジュース。そっと受け取った●●の眦が申し訳なさそうに下がる。
「いつもごめんね?」
「別にいいって」
「うん…ありがとう」
二人で公園の隅に移動する。そこにあるベンチに●●が座ると、傍らに立った静雄はフェンスに凭れかかった。
こうして彼がなにかを持ってきてくれることは、これが初めてではなかった。
いくつもの白いドアを通り抜けながら、●●は高校生の静雄との出会いを何度も繰り返した。
体感では三日ほどの経過でも、世界では最初の出会いから何ヶ月も経っているらしい。
一番望む場所に戻れないもどかしさは当然あったが、静雄の中に自身の存在を定着させることができた喜びは大きかった。
彼との交流がなければ、暗い不安に心が負けていたかもしれない。
(それに、ここにはわたしの知らない静さんがいる)
●●が知っている平和島静雄はすでに大人の男で、高校生の頃を知る手段は写真や思い出話しかなかっただろう。
しかし、目の前にいるのは生身の人間だ。直接話すことができる。触れることだってできる。
それが不思議であったし、嬉しくもあった。静雄に関する知らないことを、少しでも多く知っていることに変えたかった。
(今ならわたしより年下だし、可愛いって言っても怒られないかなあ…)
普段の静雄はかっこいいが、時々可愛いという表現を使いたくなるときがある。
思わず口に出すと、ぽんと軽く手のひらで叱られた。男に可愛いって言うんじゃねえよ。
そのときのことを思い出して、●●の表情は柔らかくなったが、すぐに静かに目を伏せた。膝の上に乗せたビニール袋。
年下の少年に面倒をかけているのは誰だ。高校生の静雄は可愛いといえば可愛かったが、大人の静雄と変わりなく、頼りになる存在だった。
なにもせずとも人間はいつか必ず空腹になる。
軟禁されていたマンションの一室から飛び出した●●は、着の身着のままだった。
最初に目覚めたこの公園から離れるのは怖かった。意を決して離れたとしても、無一文ではなにひとつ買えず、できることもない。
人間すぐに餓死するわけではないと我慢していたのだが、ある日静雄の前で身体が盛大に空腹を訴えてきたのだ。
なんとか誤魔化したつもりだったが、次に会ったとき、静雄は鞄の中から取り出した菓子袋を●●に押しつけた。
なにも言わずに立ち去る背中を呆然と見送って、一人になった●●は、瞳を潤ませながらそれを頬張った。
以来、静雄はさまざまなものを持参して会いに来てくれる。彼によって心身の健康が維持されているといっても過言ではない。
食べ物を取り込むということは当然排泄を伴うが、幸いにも公園にトイレがあったため事なきを得た。
それも静雄が使わなくなったものだと言って持ってきてくれたサンダルがなければ、裸足では抵抗があったことだろう。
事情を聞かず、なにかと気遣ってくれる静雄。
尋ねても答えてくれないが、きっと小遣いが使われたに違いない菓子パンを、●●は噛みしめるように味わった。
一口一口を大切そうに食べる●●を見て、斜め上から視線を送っていた静雄も安心したように目元を緩めた。
「●●さん。その、ほしいものとか、してほしいこととかあったら…さ。遠慮なく言えよな」
最初のうちはぎこちない敬語を使っていた静雄だったが、●●が頼んでからは普段どおり喋ってくれる。
違うのは、呼び捨てにしないだけ。そうするとますます●●の知る静雄と重なった。
「うん……。じゃあ、ここに座ってくれる?」
食べ終わった●●は座る位置をずらして隣を空けた。静雄は少し躊躇ったが、おとなしく頷いて言われたとおりにする。
広いとはいえないベンチの上、お互いの肩の距離は遠い。
●●は寂しさに微笑んで、そこにあった静雄の手の甲に指を伸ばした。
「っ……」
「嫌だったら、我慢できなかったら、言ってね。許せるなら、ちょっとだけでいいから許して」
これでは年下の少年に無理強いする悪い女みたいだ。自嘲するように思う。
けれど拒絶が返ってこないことに許しを得て、●●はしばらくの間、彼の手に自分の指を乗せていた。
ただ触れ合うだけ。目を閉じて感じるぬくもりはやはり、記憶の中で優しく笑う大人の静雄と同じだった。
●●の感覚ではかなりの時間を過ごしたように思えるが、実質的には三日経過したかどうかだった。
その三日ほどの時間の間、公園内に現れる白いドアを●●は幾度となく開けた。
しかし開けども開けどもこの公園から、そして過去から抜け出すことはできなかった。
何度白いドアをくぐっても、その先にあるのは同じ公園。変化といえば時間の経過だけだった。
停滞ではないことが希望に繋がっている。こうも頻繁にドアが目の前に出現することには、必ず意味があるはずだ。
そして静雄のもとに戻るための行為の、副産物とでもいうべきものなのか、●●にとって非常に嬉しいことがあった。
「――あっ、静くん!」
誰もいない公園の中に●●の声が一際明るく響いた。
滑り台の上から手を振って、傾斜を滑り降りる。その先にあったサンダルに足を通し、流れるような動作で駆け寄った。
やってきた制服姿の静雄は、こんにちはと満面の笑顔で挨拶する●●に照れたように視線を逸らした。
そのまま、手に持っていた小さなビニール袋を無造作に突き出した。
「…これ、やるよ」
コンビニの袋の中には、菓子パンと紙パックのジュース。そっと受け取った●●の眦が申し訳なさそうに下がる。
「いつもごめんね?」
「別にいいって」
「うん…ありがとう」
二人で公園の隅に移動する。そこにあるベンチに●●が座ると、傍らに立った静雄はフェンスに凭れかかった。
こうして彼がなにかを持ってきてくれることは、これが初めてではなかった。
いくつもの白いドアを通り抜けながら、●●は高校生の静雄との出会いを何度も繰り返した。
体感では三日ほどの経過でも、世界では最初の出会いから何ヶ月も経っているらしい。
一番望む場所に戻れないもどかしさは当然あったが、静雄の中に自身の存在を定着させることができた喜びは大きかった。
彼との交流がなければ、暗い不安に心が負けていたかもしれない。
(それに、ここにはわたしの知らない静さんがいる)
●●が知っている平和島静雄はすでに大人の男で、高校生の頃を知る手段は写真や思い出話しかなかっただろう。
しかし、目の前にいるのは生身の人間だ。直接話すことができる。触れることだってできる。
それが不思議であったし、嬉しくもあった。静雄に関する知らないことを、少しでも多く知っていることに変えたかった。
(今ならわたしより年下だし、可愛いって言っても怒られないかなあ…)
普段の静雄はかっこいいが、時々可愛いという表現を使いたくなるときがある。
思わず口に出すと、ぽんと軽く手のひらで叱られた。男に可愛いって言うんじゃねえよ。
そのときのことを思い出して、●●の表情は柔らかくなったが、すぐに静かに目を伏せた。膝の上に乗せたビニール袋。
年下の少年に面倒をかけているのは誰だ。高校生の静雄は可愛いといえば可愛かったが、大人の静雄と変わりなく、頼りになる存在だった。
なにもせずとも人間はいつか必ず空腹になる。
軟禁されていたマンションの一室から飛び出した●●は、着の身着のままだった。
最初に目覚めたこの公園から離れるのは怖かった。意を決して離れたとしても、無一文ではなにひとつ買えず、できることもない。
人間すぐに餓死するわけではないと我慢していたのだが、ある日静雄の前で身体が盛大に空腹を訴えてきたのだ。
なんとか誤魔化したつもりだったが、次に会ったとき、静雄は鞄の中から取り出した菓子袋を●●に押しつけた。
なにも言わずに立ち去る背中を呆然と見送って、一人になった●●は、瞳を潤ませながらそれを頬張った。
以来、静雄はさまざまなものを持参して会いに来てくれる。彼によって心身の健康が維持されているといっても過言ではない。
食べ物を取り込むということは当然排泄を伴うが、幸いにも公園にトイレがあったため事なきを得た。
それも静雄が使わなくなったものだと言って持ってきてくれたサンダルがなければ、裸足では抵抗があったことだろう。
事情を聞かず、なにかと気遣ってくれる静雄。
尋ねても答えてくれないが、きっと小遣いが使われたに違いない菓子パンを、●●は噛みしめるように味わった。
一口一口を大切そうに食べる●●を見て、斜め上から視線を送っていた静雄も安心したように目元を緩めた。
「●●さん。その、ほしいものとか、してほしいこととかあったら…さ。遠慮なく言えよな」
最初のうちはぎこちない敬語を使っていた静雄だったが、●●が頼んでからは普段どおり喋ってくれる。
違うのは、呼び捨てにしないだけ。そうするとますます●●の知る静雄と重なった。
「うん……。じゃあ、ここに座ってくれる?」
食べ終わった●●は座る位置をずらして隣を空けた。静雄は少し躊躇ったが、おとなしく頷いて言われたとおりにする。
広いとはいえないベンチの上、お互いの肩の距離は遠い。
●●は寂しさに微笑んで、そこにあった静雄の手の甲に指を伸ばした。
「っ……」
「嫌だったら、我慢できなかったら、言ってね。許せるなら、ちょっとだけでいいから許して」
これでは年下の少年に無理強いする悪い女みたいだ。自嘲するように思う。
けれど拒絶が返ってこないことに許しを得て、●●はしばらくの間、彼の手に自分の指を乗せていた。
ただ触れ合うだけ。目を閉じて感じるぬくもりはやはり、記憶の中で優しく笑う大人の静雄と同じだった。