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28、囚われの、平穏な日々
こんなに長く外出もせず引きこもっているのは、滅多にないことだった。
近頃の●●の日常は大学と自宅、こちらの世界への往復で成り立っていたのだから。
攫われた当初湧き立った焦燥感は、日を追うごとに沈んでいった。激しさを失う代わりに、腹の底でじりじりともどかしさが生まれた。
心では絶えず静雄のことを気にかけながらも、思考は直面する現実に働く。
こんな場所に●●を閉じ込めた張本人、折原臨也。彼は二日に一度、●●のもとを訪れた。
そのたびに、足りないものはないか、欲しいものはないかと尋ねる。●●が不足を告げれば、彼はそれらを惜しみなく買い与えた。
唯一叶わないのは連絡手段や解放で、それ以外は過ぎるほど贅沢な生活と言えた。
「うーん、いい匂いだねえ。きっと〇〇ちゃんは将来、いい奥さんになれるよ」
「……折原さん、」
抱きつかないでください。言い飽きた言葉を飲み込んで、●●は黙々とフライパンを振った。
一人分にしては量の多いチキンライスは、背中に張りつくその人の分も含まれている。
連れ去られた状況が状況だったので、最初のうちは警戒した。が、すぐに与えられるものはすべて無害だということがわかった。
とにかく、いざというときに備えて、体力を落とさないようにしなければ。
出来合いの惣菜ではなく食材を頼み、毎食をバランスのいい手料理に変えた。すると、●●を観察対象にする臨也は料理にも興味を示した。
食事中の熱視線は、それはもう居心地が悪い。なるべく彼の注意を逸らすための手段として、二人分を用意するに至ったというわけだった。
「今度新しいエプロンを買ってあげる。フリルいっぱいの可愛いやつにしようか?」
「いりません…。なんの嫌がらせですか、それ」
チェック柄のエプロンをつけた●●の顔が、不覚にも赤らんだ。
現在全身を、それこそ下着まで彼にコーディネートされている状態である。
まったく知らない仲というわけでもないが、さすがに気恥ずかしさがあった。
「あの、座って待っててください。もうすぐできますから」
そう言って少し身体を捩ると、臨也は笑い声で応えた。素直に離れていく背中に、●●は見るともなく目を向ける。
軟禁生活が始まってからというもの、妙にスキンシップが増えた気がするのだ。
親しみが深まったように思えるのも、なにかの罠なのだろうか。
(油断しちゃ駄目だって、わかってるんだけど…)
相手のペースに影響されて、ふとした瞬間に気が抜けてしまう。
隙を見て逃げ出す方法を考えなければいけないのに、気持ちを削がれる。
●●の手料理を口に運ぶ男は、本当においしそうに食べる。演じているわけではなさそうで、困惑は深まるばかりだった。
「次はパスタが食べたいなー。〇〇ちゃんはなにが好き?」
「……カルボナーラ、とか。好きですけど」
「じゃあそれにしよう。材料を持ってくるよ」
「はあ…どうも」
仮にも誘拐犯との対峙にしては、あまりにも穏やかな食事風景である。
●●はサラダの中にあるプチトマトをフォークで突き刺そうとしたが、失敗して丸い赤はころころと皿の上を転がった。
一人で食べるのと誰かが正面にいるのとでは違う。一人でなければ、無意識にマナーには気をつける。
しかし、徐々に慣れが生まれつつあった。現に●●は、転がるプチトマトをつい指で摘んで食べてしまった。
(あ。……まあ、いっか)
そうだ。マナー云々よりも、もっと考えるべきことがあるではないか。
一番に気にかかるのは静雄のことだが、帰れなくなった自分の世界のことも心配だった。
あまりに長く大学に行かず、そして音信不通であれば、大きな問題にもなりかねない。
「折原さん」
「ん、なに?」
「……やっぱり、いいです」
上機嫌な彼に静雄の話題を切り出すのは躊躇われた。世界を渡るこちらの事情を話すこともできない。
やはり、自力でなんとかしなければならないのだろうか。
(なんとかするにしたって…どうすればいいんだろう)
依然としてなんら打開策を見出せないまま、今日という貴重な一日が過ぎていく。
こんなに長く外出もせず引きこもっているのは、滅多にないことだった。
近頃の●●の日常は大学と自宅、こちらの世界への往復で成り立っていたのだから。
攫われた当初湧き立った焦燥感は、日を追うごとに沈んでいった。激しさを失う代わりに、腹の底でじりじりともどかしさが生まれた。
心では絶えず静雄のことを気にかけながらも、思考は直面する現実に働く。
こんな場所に●●を閉じ込めた張本人、折原臨也。彼は二日に一度、●●のもとを訪れた。
そのたびに、足りないものはないか、欲しいものはないかと尋ねる。●●が不足を告げれば、彼はそれらを惜しみなく買い与えた。
唯一叶わないのは連絡手段や解放で、それ以外は過ぎるほど贅沢な生活と言えた。
「うーん、いい匂いだねえ。きっと〇〇ちゃんは将来、いい奥さんになれるよ」
「……折原さん、」
抱きつかないでください。言い飽きた言葉を飲み込んで、●●は黙々とフライパンを振った。
一人分にしては量の多いチキンライスは、背中に張りつくその人の分も含まれている。
連れ去られた状況が状況だったので、最初のうちは警戒した。が、すぐに与えられるものはすべて無害だということがわかった。
とにかく、いざというときに備えて、体力を落とさないようにしなければ。
出来合いの惣菜ではなく食材を頼み、毎食をバランスのいい手料理に変えた。すると、●●を観察対象にする臨也は料理にも興味を示した。
食事中の熱視線は、それはもう居心地が悪い。なるべく彼の注意を逸らすための手段として、二人分を用意するに至ったというわけだった。
「今度新しいエプロンを買ってあげる。フリルいっぱいの可愛いやつにしようか?」
「いりません…。なんの嫌がらせですか、それ」
チェック柄のエプロンをつけた●●の顔が、不覚にも赤らんだ。
現在全身を、それこそ下着まで彼にコーディネートされている状態である。
まったく知らない仲というわけでもないが、さすがに気恥ずかしさがあった。
「あの、座って待っててください。もうすぐできますから」
そう言って少し身体を捩ると、臨也は笑い声で応えた。素直に離れていく背中に、●●は見るともなく目を向ける。
軟禁生活が始まってからというもの、妙にスキンシップが増えた気がするのだ。
親しみが深まったように思えるのも、なにかの罠なのだろうか。
(油断しちゃ駄目だって、わかってるんだけど…)
相手のペースに影響されて、ふとした瞬間に気が抜けてしまう。
隙を見て逃げ出す方法を考えなければいけないのに、気持ちを削がれる。
●●の手料理を口に運ぶ男は、本当においしそうに食べる。演じているわけではなさそうで、困惑は深まるばかりだった。
「次はパスタが食べたいなー。〇〇ちゃんはなにが好き?」
「……カルボナーラ、とか。好きですけど」
「じゃあそれにしよう。材料を持ってくるよ」
「はあ…どうも」
仮にも誘拐犯との対峙にしては、あまりにも穏やかな食事風景である。
●●はサラダの中にあるプチトマトをフォークで突き刺そうとしたが、失敗して丸い赤はころころと皿の上を転がった。
一人で食べるのと誰かが正面にいるのとでは違う。一人でなければ、無意識にマナーには気をつける。
しかし、徐々に慣れが生まれつつあった。現に●●は、転がるプチトマトをつい指で摘んで食べてしまった。
(あ。……まあ、いっか)
そうだ。マナー云々よりも、もっと考えるべきことがあるではないか。
一番に気にかかるのは静雄のことだが、帰れなくなった自分の世界のことも心配だった。
あまりに長く大学に行かず、そして音信不通であれば、大きな問題にもなりかねない。
「折原さん」
「ん、なに?」
「……やっぱり、いいです」
上機嫌な彼に静雄の話題を切り出すのは躊躇われた。世界を渡るこちらの事情を話すこともできない。
やはり、自力でなんとかしなければならないのだろうか。
(なんとかするにしたって…どうすればいいんだろう)
依然としてなんら打開策を見出せないまま、今日という貴重な一日が過ぎていく。