交差
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24、幕開けを知るのはただ一人
――わたしはここでなにをしているんだろう。
平日の昼にしてはそこそこ賑わっているファミリーレストラン。
テーブルのひとつに座る●●は、ストローでグラスの中のジュースを吸い上げながら、ちらっと目を上げた。
向かいにいる男はなにが楽しいのか、●●を見て笑みを浮かべている。
観察とも違う気がするが、意味もなく眺められるのも居心地のいいものではない。
「あのー、折原さん」
「なに?あ、ここは俺の奢りだから、遠慮なく他にも頼んでいいよ」
「ありがとうございま……じゃなくてですね」
●●は礼を言いかけて、それを溜め息に変えた。
偶然街中で出会った臨也は、会釈だけで通り過ぎようとした●●の進行方向に立ち塞がった。
つれないなあ、お茶でもどう?と軽い調子で誘ってきたのだ。
極力関わらないようにしようというこちらの考えを見透かしたように。
(断ろうにも、雰囲気がちょっと怖かった…)
結局その雰囲気に押し負けて、今こうして彼と向かい合っているわけだが。
腰を落ち着けたからには、それなりの用件があるはずだ。
内心戦々恐々と身構えていると、臨也はテーブルに肘をつき、もう片方の手でコーヒーカップを揺らした。
「最近どう?」
「……はい?」
なにが来るかと思えば、そんな問い。まさか単に近況を聞きたいだけではないだろう。
「どう、って…」
「シズちゃんとの仲だよ。進展はあったかなーと思ってね」
●●は予想外の言葉にぽかんとした。
折原臨也の接触は、静雄絡みか、あるいは●●の“体質”を追究するためかだと思っていた。
それがなんだ、静雄との仲が進展したかどうか?確かに彼絡みだが…わけがわからない。
「静さんとは、いいお付き合いをさせてもらってますけど…」
順調に友情を育んでいるつもりだ。合鍵を渡されたことを考えると、信頼関係も成り立っている。
●●にとっては喜ばしいそれらが、どうやら気に食わないらしい。
好意的な微笑が冷え冷えとしたものに変わり、臨也はことんとカップを置くと、
「へえ…。じゃあ、たとえばキスなんてものは、とっくに済ませたんだ?」
「え?」
きす。……キス。口と口をくっつける、あれのことか。
そこで●●はようやく気がついた。目の前にいる情報屋は、●●と静雄の仲を勘違いしている。
傍目から見た自分達の関係はそんなふうに見えるのだろうか。
(静さんとは、そういうのじゃないの、に……)
●●は俄かにあることを思い出したが、ぶんぶんと頭を振るって払った。
怪訝そうな視線から目を逸らし、無意識に唇を弄る。あれは、夢だ。夢であるはずだった。
この間、静雄とDVDを見た日、●●は彼と一緒に酒を飲んだ。
頻繁に飲むほうではないが、それほどアルコールに弱いつもりはなかった。
だが、いつもは一本しか飲まないのを、映画を見ながら流れのように本数を重ねてしまい。
いつしか、眠気のような酔いから抜け出せなくなっていた。
横たわった記憶のないまま、気がつけばベッドの上にいた。
静雄となにか、言葉を交わしたような気がする。内容は覚えていない。
おぼろげな記憶にあるのは、ふわふわした心地のよさ。唇に触れた、あたたかいもの。
合わさるそれが気持ちよくて、手を伸ばして追いかけたような気もする。
(あれ、なんだったんだろう)
思い出せない。でも、嫌な感じは残っていない。あれは――キス?
●●は自身の赤面を自覚した瞬間、勢いよく立ち上がった。
明らかに不審だ。わかっている。しかし、一度自分を落ち着ける必要があった。
「…ちょっと失礼します」
「ごゆっくり」
臨也はにっこりと笑って、席を外す●●を見送った。
別に催したわけではないので、トイレに入った●●はとりあえず手を洗うことにした。
あるのかないのかわからない記憶に動揺するのは、後回しにしていいだろう。
ほっと一息ついたところで、折原臨也と一対一で向き合う状況に息苦しさを感じていたことを知った。
(今日のあの人、なんか変……)
読めない言動を見せるのはいつものことだとしても、である。
なにを言いたいのか、言おうとしているのか、その意図が見えずに困惑してしまう。
「あんまり関わらないほうがいい…のかなあ」
折原臨也と接触することで起こるのは、“いいこと”よりも“悪いこと”のほうが圧倒的に多い。
自分の身に起こるのならまだしも、静雄を巻き込むことにならないかどうかが心配だった。
●●の頭の中に静雄の顔が浮かんだ。●●のことを案じる表情は、どうすべきかを決めるには十分で。
(――帰ろう)
それが一番いい選択のように思えた。●●は鏡の中の自分を見つめ返すと、ハンカチで手を拭いた。
頬杖をついて考え事をしていたらしい臨也は、戻った●●に「おかえり」と言った。
●●は元のように向かい側の席に座った。果たして彼はすんなり帰してくれるだろうか。
残りのジュースをグラスから吸い上げ、緊張の渇きを潤す。
そして、顔を上げて切り出そうとしたとき、徐に臨也が立ち上がった。
「な……なんですか」
なぜ、わざわざ長椅子の隣に座り直す。●●は反対側に身体を逃がした。
彼はこちらの様子を気にすることなく、向かい側からカップを引き寄せて中身を啜った。
「そういえば〇〇ちゃん、さっきなにか言いかけたよね?」
「え…?ああ、はい、あの……そろそろお暇しようかと、思いまして」
「…そう。俺は引き止めないよ」
いや、そこに座られると帰れないのだが。●●は浮かしかけた腰をすとんと落とした。
(あ、あれ……?)
もう一度立ち上がろうと力を込めた手足から、感覚が遠のいていく。目眩。
ふらふらと世界が歪む。身体が揺れる。なんだ、これは。
霞む視界を晴らそうと瞬きを繰り返したが、意識が澱んでいくのを止められなかった。
「お、りはら、さ…」
「俺は、君を引き止めない。シズちゃんのところに帰ればいい……帰れるものならね」
身に起こった異変を理解する前に、すうっと眠気に呑まれるようにして●●の思考は暗転した。
倒れ込んでくる女の肩を抱いて、臨也は隣にある空のグラスを眺めた。
「前に言っただろう、もっと警戒心を持つべきだって」
すっかり身体を預ける●●の髪にそっと頬を寄せ、幼い子供を諭す口調で言葉を紡ぐ。
返ってくる声がないことを知っていながら、促すように意識のない唇を指先で撫でた。
「――さて、と。そろそろ行こうか、〇〇ちゃん」
カップを優雅に持ち上げて中身を飲み干した男は、甘く毒のある顔で静かに笑った。
――わたしはここでなにをしているんだろう。
平日の昼にしてはそこそこ賑わっているファミリーレストラン。
テーブルのひとつに座る●●は、ストローでグラスの中のジュースを吸い上げながら、ちらっと目を上げた。
向かいにいる男はなにが楽しいのか、●●を見て笑みを浮かべている。
観察とも違う気がするが、意味もなく眺められるのも居心地のいいものではない。
「あのー、折原さん」
「なに?あ、ここは俺の奢りだから、遠慮なく他にも頼んでいいよ」
「ありがとうございま……じゃなくてですね」
●●は礼を言いかけて、それを溜め息に変えた。
偶然街中で出会った臨也は、会釈だけで通り過ぎようとした●●の進行方向に立ち塞がった。
つれないなあ、お茶でもどう?と軽い調子で誘ってきたのだ。
極力関わらないようにしようというこちらの考えを見透かしたように。
(断ろうにも、雰囲気がちょっと怖かった…)
結局その雰囲気に押し負けて、今こうして彼と向かい合っているわけだが。
腰を落ち着けたからには、それなりの用件があるはずだ。
内心戦々恐々と身構えていると、臨也はテーブルに肘をつき、もう片方の手でコーヒーカップを揺らした。
「最近どう?」
「……はい?」
なにが来るかと思えば、そんな問い。まさか単に近況を聞きたいだけではないだろう。
「どう、って…」
「シズちゃんとの仲だよ。進展はあったかなーと思ってね」
●●は予想外の言葉にぽかんとした。
折原臨也の接触は、静雄絡みか、あるいは●●の“体質”を追究するためかだと思っていた。
それがなんだ、静雄との仲が進展したかどうか?確かに彼絡みだが…わけがわからない。
「静さんとは、いいお付き合いをさせてもらってますけど…」
順調に友情を育んでいるつもりだ。合鍵を渡されたことを考えると、信頼関係も成り立っている。
●●にとっては喜ばしいそれらが、どうやら気に食わないらしい。
好意的な微笑が冷え冷えとしたものに変わり、臨也はことんとカップを置くと、
「へえ…。じゃあ、たとえばキスなんてものは、とっくに済ませたんだ?」
「え?」
きす。……キス。口と口をくっつける、あれのことか。
そこで●●はようやく気がついた。目の前にいる情報屋は、●●と静雄の仲を勘違いしている。
傍目から見た自分達の関係はそんなふうに見えるのだろうか。
(静さんとは、そういうのじゃないの、に……)
●●は俄かにあることを思い出したが、ぶんぶんと頭を振るって払った。
怪訝そうな視線から目を逸らし、無意識に唇を弄る。あれは、夢だ。夢であるはずだった。
この間、静雄とDVDを見た日、●●は彼と一緒に酒を飲んだ。
頻繁に飲むほうではないが、それほどアルコールに弱いつもりはなかった。
だが、いつもは一本しか飲まないのを、映画を見ながら流れのように本数を重ねてしまい。
いつしか、眠気のような酔いから抜け出せなくなっていた。
横たわった記憶のないまま、気がつけばベッドの上にいた。
静雄となにか、言葉を交わしたような気がする。内容は覚えていない。
おぼろげな記憶にあるのは、ふわふわした心地のよさ。唇に触れた、あたたかいもの。
合わさるそれが気持ちよくて、手を伸ばして追いかけたような気もする。
(あれ、なんだったんだろう)
思い出せない。でも、嫌な感じは残っていない。あれは――キス?
●●は自身の赤面を自覚した瞬間、勢いよく立ち上がった。
明らかに不審だ。わかっている。しかし、一度自分を落ち着ける必要があった。
「…ちょっと失礼します」
「ごゆっくり」
臨也はにっこりと笑って、席を外す●●を見送った。
別に催したわけではないので、トイレに入った●●はとりあえず手を洗うことにした。
あるのかないのかわからない記憶に動揺するのは、後回しにしていいだろう。
ほっと一息ついたところで、折原臨也と一対一で向き合う状況に息苦しさを感じていたことを知った。
(今日のあの人、なんか変……)
読めない言動を見せるのはいつものことだとしても、である。
なにを言いたいのか、言おうとしているのか、その意図が見えずに困惑してしまう。
「あんまり関わらないほうがいい…のかなあ」
折原臨也と接触することで起こるのは、“いいこと”よりも“悪いこと”のほうが圧倒的に多い。
自分の身に起こるのならまだしも、静雄を巻き込むことにならないかどうかが心配だった。
●●の頭の中に静雄の顔が浮かんだ。●●のことを案じる表情は、どうすべきかを決めるには十分で。
(――帰ろう)
それが一番いい選択のように思えた。●●は鏡の中の自分を見つめ返すと、ハンカチで手を拭いた。
頬杖をついて考え事をしていたらしい臨也は、戻った●●に「おかえり」と言った。
●●は元のように向かい側の席に座った。果たして彼はすんなり帰してくれるだろうか。
残りのジュースをグラスから吸い上げ、緊張の渇きを潤す。
そして、顔を上げて切り出そうとしたとき、徐に臨也が立ち上がった。
「な……なんですか」
なぜ、わざわざ長椅子の隣に座り直す。●●は反対側に身体を逃がした。
彼はこちらの様子を気にすることなく、向かい側からカップを引き寄せて中身を啜った。
「そういえば〇〇ちゃん、さっきなにか言いかけたよね?」
「え…?ああ、はい、あの……そろそろお暇しようかと、思いまして」
「…そう。俺は引き止めないよ」
いや、そこに座られると帰れないのだが。●●は浮かしかけた腰をすとんと落とした。
(あ、あれ……?)
もう一度立ち上がろうと力を込めた手足から、感覚が遠のいていく。目眩。
ふらふらと世界が歪む。身体が揺れる。なんだ、これは。
霞む視界を晴らそうと瞬きを繰り返したが、意識が澱んでいくのを止められなかった。
「お、りはら、さ…」
「俺は、君を引き止めない。シズちゃんのところに帰ればいい……帰れるものならね」
身に起こった異変を理解する前に、すうっと眠気に呑まれるようにして●●の思考は暗転した。
倒れ込んでくる女の肩を抱いて、臨也は隣にある空のグラスを眺めた。
「前に言っただろう、もっと警戒心を持つべきだって」
すっかり身体を預ける●●の髪にそっと頬を寄せ、幼い子供を諭す口調で言葉を紡ぐ。
返ってくる声がないことを知っていながら、促すように意識のない唇を指先で撫でた。
「――さて、と。そろそろ行こうか、〇〇ちゃん」
カップを優雅に持ち上げて中身を飲み干した男は、甘く毒のある顔で静かに笑った。