交差
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17、待ち焦がれる
謝ろう。とにかく、頭を下げて謝ろう。
悪かった。お前に触れられるのが嫌だったわけじゃないんだ、と。
そう決めてから早一週間以上が経ったが、静雄は未だそれを実行できずにいた。
――●●が、来ない。
『え?●●が?』
「……ああ」
静雄は公園のベンチに腰かけ、肩を落としていた。
その前に立つセルティは、静雄が一言で告げた事実に困惑したようだった。
『喧嘩でもしたのか?……でも、想像できないな。お前達が喧嘩するなんて』
「いや、喧嘩じゃない。あいつは、なにも悪くねぇんだ」
『? じゃあ、どうして●●は来ないんだ。最後に会ったのはいつだ?』
「……八日前だ」
静雄の返答に、セルティは動きを止めた。沈黙。
数秒後、再びPDAに指を乗せた。どことなく躊躇いがちに打ち出した文字は、
『まあ……なんていうか、長いような、短いような……』
「おい、八日だぞ?四日ならまだしも、あいつが八日も俺に会いに来ないなんてありえねえ」
惚気か、と思わせるほどに断言する。そんな自分に静雄は気づかない。
セルティは少し考える仕草をしてから、静雄に尋ねた。
『喧嘩じゃないなら、連絡くらい取れるだろう?話しづらいのなら、メールとか』
なるほど、確かにセルティの言うことはもっともだ。
今の時代、ちょっとしたやりとりの際には、電話よりむしろメールが主流である。
が、それも“あること”を前提とした場合なのであって…。
「……知らねえ」
静雄はふいと顔を逸らした。セルティが首を傾げて「え?」と問うている。
感じる視線にいたたまれず、静雄は髪をぐしゃりと握ると、声を吐き出した。
「だから……知らねぇんだよ。あいつの番号も、メルアドも」
『そうなのか!?』
セルティは身を乗り出す勢いで驚いた。その驚きように、俺だって、と静雄は溜め息をついた。
謝ろう。とにかく、頭を下げて謝ろう。
そう決めたのは●●の腕を避けてしまった、その日のうちだった。
謝りたいという気持ちの強さは、会えない一日を長く感じさせた。
●●が訪ねてくる日はまちまちで、しかし三、四日のうちには来るだろうと静雄はその日を待っていたのだ。
だが、五日経っても現れない●●に、漠然と感じていた不安が形あるものとなった。
来ない。●●が、来てくれない。
呆然としているうちに六日目が流れていき、迎えた七日目。
居ても立ってもいられずに、せめて声だけでもとケータイを開いたが、アドレス帳に▲▲●●の名前はなかった。
その“知らない”という事実に気がついたとき、静雄は愕然としたものだ。
そして、思い知った。
(――あいつのことを、俺はどれだけ知ってるっていうんだ…?)
会いに来てくれるのを、いつも待つだけで。与えられるぬくもりを、ただ享受するだけで。
こんなにも俺を満たしてくれる●●のことを、実際俺はなにも知りはしないんだ。
自分から動くこともなく。そのくせ、あいつが俺以外の誰かに気をとられるのが嫌だなんて。
静雄はぽつりぽつりとセルティに話した。
臨也が●●に目をつけた。許せない。
あの野郎、●●と友達(ダチ)になったとか言いやがった。ふざけんな。
いったいどこで知り合ったっていうんだ。……●●の奴、なんで俺になにも言わねぇんだ?
あいつにとって、俺ってなんなんだろう。
俺にとって、あいつは。俺は、あいつを、●●のことが。好き、なのか?
……好きなんだ。けどな、“好き”ってなんだよ。
こんな力で傷つけることしかできない俺が、好きになっちまったら。壊すことしかできないんだ、俺は。
「なあ、セルティ。俺、あいつを都合よく利用してただけなのかな…」
臨也の言葉を鵜呑みにする気はまったくなかった。
だが、引っ掻くような耳障りな響きが今も、胸に燻っている。
俺を怖がらないから?――俺はあいつを好きになったのか。
異様に頑丈な身体で都合がよかったから?――俺はあいつを好きになったのか。
それとも、単なるもの珍しさで?――俺はあいつを、好きになったのか。
違う。違う違う違う。俺は、
「あいつのこと、大切なんだ。大事にしたい。傷つけたくない。……失くしたく、ない」
『静雄……お前、本当に●●のことが好きなんだな』
静雄の独白にじっと耳を傾けていたセルティは、一句一句に思いを込めるように文字を打ち出した。
『その気持ちを“利用”なんて言葉で片づけるな。静雄はちゃんと●●のことを想ってる。私にもそれが伝わってきたよ』
「そう、か…」
『ああ。それに●●も静雄のことを受け入れてる。そこには打算もなにもない。ただ、純粋な思いやりがあるだけだ』
なんのメリットもないのに、●●は会いに来てくれた。そのこと自体が、彼女の気持ちを表している。
ただし、それが恋愛感情かどうかは、静雄にもわからないけれど。
静雄はようやく肩の荷が下りた気がした。言葉にすることで、心に整理もついた。
今なら何にも惑わされることなく、言える。自分の素直な想いを、きっと。
●●が来なくなったという現状は解決できないが、少なくとも、次に会えたときには真っ直ぐに●●の目を見ることができるだろう。
「セルティ。俺さ、初めてだったんだ」
『ん?』
静雄はベンチから立ち上がった。清々しい気分で、上を向く。
「この手で…この力で傷つけんのが怖くて、大事なもんには触れなかった。そのほうがいいと思ってた」
だけど、と握った拳を解いて、静雄は手のひらを見つめた。
「あいつと出会うまで、思いもしなかったけどよ。――“触れないこと”が傷つけることも、あるんだよな…」
あのとき、静雄は無意識に、触れてくるあたたかな腕を拒絶してしまった。
そして、自分が“触れないこと”で、●●は傷ついたように瞳を揺らした。
誰もが自分を避けて通る中で、●●は静雄を求めて手を伸ばす。触れ合うことで、満たされたように微笑むのだ。
『お前達の出会いは、まるで奇跡みたいだ』
セルティの言葉に、静雄は穏やかに笑った。奇跡。それも悪くない。
会いてぇな、と呟いた声がもしも●●に届いたならば。そして、目の前に●●が現れたなら。
静雄は己の力のことすら忘れてしまって、自分から彼女を抱きしめてしまっていたかもしれない。
謝ろう。とにかく、頭を下げて謝ろう。
悪かった。お前に触れられるのが嫌だったわけじゃないんだ、と。
そう決めてから早一週間以上が経ったが、静雄は未だそれを実行できずにいた。
――●●が、来ない。
『え?●●が?』
「……ああ」
静雄は公園のベンチに腰かけ、肩を落としていた。
その前に立つセルティは、静雄が一言で告げた事実に困惑したようだった。
『喧嘩でもしたのか?……でも、想像できないな。お前達が喧嘩するなんて』
「いや、喧嘩じゃない。あいつは、なにも悪くねぇんだ」
『? じゃあ、どうして●●は来ないんだ。最後に会ったのはいつだ?』
「……八日前だ」
静雄の返答に、セルティは動きを止めた。沈黙。
数秒後、再びPDAに指を乗せた。どことなく躊躇いがちに打ち出した文字は、
『まあ……なんていうか、長いような、短いような……』
「おい、八日だぞ?四日ならまだしも、あいつが八日も俺に会いに来ないなんてありえねえ」
惚気か、と思わせるほどに断言する。そんな自分に静雄は気づかない。
セルティは少し考える仕草をしてから、静雄に尋ねた。
『喧嘩じゃないなら、連絡くらい取れるだろう?話しづらいのなら、メールとか』
なるほど、確かにセルティの言うことはもっともだ。
今の時代、ちょっとしたやりとりの際には、電話よりむしろメールが主流である。
が、それも“あること”を前提とした場合なのであって…。
「……知らねえ」
静雄はふいと顔を逸らした。セルティが首を傾げて「え?」と問うている。
感じる視線にいたたまれず、静雄は髪をぐしゃりと握ると、声を吐き出した。
「だから……知らねぇんだよ。あいつの番号も、メルアドも」
『そうなのか!?』
セルティは身を乗り出す勢いで驚いた。その驚きように、俺だって、と静雄は溜め息をついた。
謝ろう。とにかく、頭を下げて謝ろう。
そう決めたのは●●の腕を避けてしまった、その日のうちだった。
謝りたいという気持ちの強さは、会えない一日を長く感じさせた。
●●が訪ねてくる日はまちまちで、しかし三、四日のうちには来るだろうと静雄はその日を待っていたのだ。
だが、五日経っても現れない●●に、漠然と感じていた不安が形あるものとなった。
来ない。●●が、来てくれない。
呆然としているうちに六日目が流れていき、迎えた七日目。
居ても立ってもいられずに、せめて声だけでもとケータイを開いたが、アドレス帳に▲▲●●の名前はなかった。
その“知らない”という事実に気がついたとき、静雄は愕然としたものだ。
そして、思い知った。
(――あいつのことを、俺はどれだけ知ってるっていうんだ…?)
会いに来てくれるのを、いつも待つだけで。与えられるぬくもりを、ただ享受するだけで。
こんなにも俺を満たしてくれる●●のことを、実際俺はなにも知りはしないんだ。
自分から動くこともなく。そのくせ、あいつが俺以外の誰かに気をとられるのが嫌だなんて。
静雄はぽつりぽつりとセルティに話した。
臨也が●●に目をつけた。許せない。
あの野郎、●●と友達(ダチ)になったとか言いやがった。ふざけんな。
いったいどこで知り合ったっていうんだ。……●●の奴、なんで俺になにも言わねぇんだ?
あいつにとって、俺ってなんなんだろう。
俺にとって、あいつは。俺は、あいつを、●●のことが。好き、なのか?
……好きなんだ。けどな、“好き”ってなんだよ。
こんな力で傷つけることしかできない俺が、好きになっちまったら。壊すことしかできないんだ、俺は。
「なあ、セルティ。俺、あいつを都合よく利用してただけなのかな…」
臨也の言葉を鵜呑みにする気はまったくなかった。
だが、引っ掻くような耳障りな響きが今も、胸に燻っている。
俺を怖がらないから?――俺はあいつを好きになったのか。
異様に頑丈な身体で都合がよかったから?――俺はあいつを好きになったのか。
それとも、単なるもの珍しさで?――俺はあいつを、好きになったのか。
違う。違う違う違う。俺は、
「あいつのこと、大切なんだ。大事にしたい。傷つけたくない。……失くしたく、ない」
『静雄……お前、本当に●●のことが好きなんだな』
静雄の独白にじっと耳を傾けていたセルティは、一句一句に思いを込めるように文字を打ち出した。
『その気持ちを“利用”なんて言葉で片づけるな。静雄はちゃんと●●のことを想ってる。私にもそれが伝わってきたよ』
「そう、か…」
『ああ。それに●●も静雄のことを受け入れてる。そこには打算もなにもない。ただ、純粋な思いやりがあるだけだ』
なんのメリットもないのに、●●は会いに来てくれた。そのこと自体が、彼女の気持ちを表している。
ただし、それが恋愛感情かどうかは、静雄にもわからないけれど。
静雄はようやく肩の荷が下りた気がした。言葉にすることで、心に整理もついた。
今なら何にも惑わされることなく、言える。自分の素直な想いを、きっと。
●●が来なくなったという現状は解決できないが、少なくとも、次に会えたときには真っ直ぐに●●の目を見ることができるだろう。
「セルティ。俺さ、初めてだったんだ」
『ん?』
静雄はベンチから立ち上がった。清々しい気分で、上を向く。
「この手で…この力で傷つけんのが怖くて、大事なもんには触れなかった。そのほうがいいと思ってた」
だけど、と握った拳を解いて、静雄は手のひらを見つめた。
「あいつと出会うまで、思いもしなかったけどよ。――“触れないこと”が傷つけることも、あるんだよな…」
あのとき、静雄は無意識に、触れてくるあたたかな腕を拒絶してしまった。
そして、自分が“触れないこと”で、●●は傷ついたように瞳を揺らした。
誰もが自分を避けて通る中で、●●は静雄を求めて手を伸ばす。触れ合うことで、満たされたように微笑むのだ。
『お前達の出会いは、まるで奇跡みたいだ』
セルティの言葉に、静雄は穏やかに笑った。奇跡。それも悪くない。
会いてぇな、と呟いた声がもしも●●に届いたならば。そして、目の前に●●が現れたなら。
静雄は己の力のことすら忘れてしまって、自分から彼女を抱きしめてしまっていたかもしれない。