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15、あの子=あいつ
「いーざーやー君よぉ……てめぇは何回言えば理解しやがるんだ、あぁ?」
「池袋に来るな、でしょ?シズちゃんってば、馬鹿の一つ覚えみたいに毎回毎回…。いい加減、聞き飽きたよ」
ふう、とこれみよがしに溜め息をついて、臨也は肩を竦めて両手を上げてみせる。
いちいち癪に障る動作だ。というか、存在そのものがうぜぇ。
静雄は顔にくっきりと青筋を立てて、傍にある標識に手をかけた。
まるで嘘みたいに、ぽっきりと容易く折れる――あるいは引っこ抜かれるそれを、いちいち気にかけることはしない。
が、静雄は沸々と湧き上がる怒りにすべてが支配される寸前で、「は…」と短く息をついた。
自分がこうやって街に出てきたのは、いったいなんのためだ。
今日、仕事が休みであることを、静雄は事前に伝えていた。
彼女は驚いて、それから本当に嬉しそうに笑った。 実はわたしも、大学の講義がないんです。
どちらが言い出したでもなく、ならば一日一緒にいようと、自然な流れで決まっていた。
そうだ。たまには自分で食材を調達しようと、家を出たのではなかったか。
いつも任せっぱなしなのを、すまないと思って。
落ち着け。ノミ蟲を前にして落ち着けるはずもないが、無理にでも落ち着け。
そう念じて、怒りを己の内側に押し留める。
膨れ上がる衝動は静雄を苦しめた。標識を握る手が震える。堪えろ、堪えろ耐えろ耐えろ…!
しずさん。嬉しそうなあの声だけを思い起こして、静雄は強く目を瞑った。
深く重く息を吐く。大丈夫だ、これならなんとか、耐えられる。
「あれ?どうしちゃったの。俺はここにいるんだけど?」
「……るせえ。てめぇに構うだけ時間の無駄だ」
静雄は捥ぎ取った標識をもとの場所に突き立てた。従来よりかなり低くなったが、まあいい。
本当に不思議そうな声を背に受けても、静雄は立ち止まらなかった。
両手をポケットに突っ込んで、歩き出す。そう、立ち止まるまいと。
(もうすぐあいつが家に来ちまう。とっとと済ませて帰らねぇと…)
「――そういえば、」
なにを言われても、挑発されても、振り返るまいと。
「あの子。健気に足繁く通っちゃって、」
ぴくりと肩が揺れる。背中に臨也の強い視線を感じた。
「まるで通い妻みたいだよねえ…?」
愉快そうな揶揄の声に、静雄は。――立ち止まらずには、いられなかった。
「確か好みの女は年上じゃなかったっけ。ねえ、いつから年下好きになったの?」
「……誰のことを、言ってやがる」
「誰のことって、他に誰がいるかな。シズちゃんみたいな化け物に寄りつく女なんてさあ?」
〇〇ちゃん。歌うように臨也の口から出た名前に、静雄は思わず振り返っていた。
折原臨也が●●に目をつけないわけがない。それどころか、喜々として策を巡らすだろう。
●●を利用することが、今の静雄にとって、なににも勝る苦痛だと知っていて。
わかっていたはずなのに。いざ彼女を標的にされると、静雄は目の前が真っ白になるほど抑制がきかなくなった。
「――っ殺す!殺す殺す殺す殺す殺す…!」
「っ……ぉわっ!」
再び標識を引っ掴んで、臨也目がけて振り下ろす。
ぎりぎりかわした臨也には珍しく余裕がなかった。いや、むしろ余裕がないのは静雄のほうなのだが。
アスファルトが粉砕され、破片が飛び散る。ぴ、と臨也の頬に赤が走った。
「臨也あああぁ!あいつになんかしてみろ、今度こそその首へし折って息の根止めてやらぁ…!」
「っと、怖いなあ!……てか、なんなのこの気迫。マジでありえな、」
猛然と襲いかかる静雄に、臨也は無駄口を叩くことを許されない。
それでもそこはやはり折原臨也、彼は喋らずにはいられなかった。
「っ、シズちゃん、そんな必死に、なるくらい……っ、〇〇ちゃんのことが、だーいすき、なんだっ?」
彼は静雄の動きを封じようという目的で、そう言ったのではなかったのだろう。
もちろん、静雄もまさか自分が止まれるとは思ってもいなかった。しかし。
「――………は、」
ぴた、と静雄の動きが止まった。標識は臨也の鼻先で停止していた。
隙に乗じて、臨也は後方に飛び退った。冷や汗を浮かべて乾いた笑みを引き攣らせている。
一方、静雄は動作だけでなく、脳まで活動停止状態だった。
(好き、だと?俺が……●●を……?)
考えたこともなかった。自分の●●に対する気持ちに名前を与えることなど。
誰も、なにも、口を出さない、出せなかった、平和島静雄と▲▲●●の関係。
そこに折原臨也という第三者が、初めてメスを入れたのだ。
「まさかシズちゃん…ありえないよ。自分があの子を好きだってことに気づいてなかったとか?」
臨也はいつもの不遜な態度で、口元を歪めた。静雄の攻めどころを見つけて、愉快そうに。
「ああ、それともそれって恋愛感情じゃないのかなぁ。だとしたら、男としてちょっと酷いよねえ」
奉仕させるだけさせといてさ。単に使い勝手のいい女扱いだ。
言葉を失って呆然とする静雄をいいことに、臨也は饒舌に喋った。
「その感情が異性に向けるものかどうかは別として、君は確実に〇〇ちゃんを好いている。でも、よく考えてみなよ。どうして彼女を好きなのか。自分を怖がらないから?異様に頑丈な身体で都合がよかったから?あんなふうに君に接する子は初めてだろう、だから物珍しさも手伝ったんじゃない?」
「俺、は……」
「ま、別にシズちゃんの気持ちなんてどうでもいい」
口を開きかけた静雄を遮ると、臨也は手に持っていたナイフをしまった。
「〇〇ちゃんのことは俺も気に入ってるんだ。だけど、あの子は口を開けばシズちゃんシズちゃん……正直、前以上に君の存在が目障りになったよ。だから、早く死んでくれ」
あ、そうそう。君だけがあの子を独占できるなんて思い上がらないことだね。
「シズちゃんは知らないだろうけど、〇〇ちゃんと俺はもう“お友達”だから。そこんところ、よろしくー」
最後まで胸糞悪い薄ら笑いを浮かべながら、好き放題言い終えた臨也は、サッと手を上げて走り去った。
静雄は力なく標識を握ったまま、地面に目を落としてただただ突っ立っていた。
「いーざーやー君よぉ……てめぇは何回言えば理解しやがるんだ、あぁ?」
「池袋に来るな、でしょ?シズちゃんってば、馬鹿の一つ覚えみたいに毎回毎回…。いい加減、聞き飽きたよ」
ふう、とこれみよがしに溜め息をついて、臨也は肩を竦めて両手を上げてみせる。
いちいち癪に障る動作だ。というか、存在そのものがうぜぇ。
静雄は顔にくっきりと青筋を立てて、傍にある標識に手をかけた。
まるで嘘みたいに、ぽっきりと容易く折れる――あるいは引っこ抜かれるそれを、いちいち気にかけることはしない。
が、静雄は沸々と湧き上がる怒りにすべてが支配される寸前で、「は…」と短く息をついた。
自分がこうやって街に出てきたのは、いったいなんのためだ。
今日、仕事が休みであることを、静雄は事前に伝えていた。
彼女は驚いて、それから本当に嬉しそうに笑った。 実はわたしも、大学の講義がないんです。
どちらが言い出したでもなく、ならば一日一緒にいようと、自然な流れで決まっていた。
そうだ。たまには自分で食材を調達しようと、家を出たのではなかったか。
いつも任せっぱなしなのを、すまないと思って。
落ち着け。ノミ蟲を前にして落ち着けるはずもないが、無理にでも落ち着け。
そう念じて、怒りを己の内側に押し留める。
膨れ上がる衝動は静雄を苦しめた。標識を握る手が震える。堪えろ、堪えろ耐えろ耐えろ…!
しずさん。嬉しそうなあの声だけを思い起こして、静雄は強く目を瞑った。
深く重く息を吐く。大丈夫だ、これならなんとか、耐えられる。
「あれ?どうしちゃったの。俺はここにいるんだけど?」
「……るせえ。てめぇに構うだけ時間の無駄だ」
静雄は捥ぎ取った標識をもとの場所に突き立てた。従来よりかなり低くなったが、まあいい。
本当に不思議そうな声を背に受けても、静雄は立ち止まらなかった。
両手をポケットに突っ込んで、歩き出す。そう、立ち止まるまいと。
(もうすぐあいつが家に来ちまう。とっとと済ませて帰らねぇと…)
「――そういえば、」
なにを言われても、挑発されても、振り返るまいと。
「あの子。健気に足繁く通っちゃって、」
ぴくりと肩が揺れる。背中に臨也の強い視線を感じた。
「まるで通い妻みたいだよねえ…?」
愉快そうな揶揄の声に、静雄は。――立ち止まらずには、いられなかった。
「確か好みの女は年上じゃなかったっけ。ねえ、いつから年下好きになったの?」
「……誰のことを、言ってやがる」
「誰のことって、他に誰がいるかな。シズちゃんみたいな化け物に寄りつく女なんてさあ?」
〇〇ちゃん。歌うように臨也の口から出た名前に、静雄は思わず振り返っていた。
折原臨也が●●に目をつけないわけがない。それどころか、喜々として策を巡らすだろう。
●●を利用することが、今の静雄にとって、なににも勝る苦痛だと知っていて。
わかっていたはずなのに。いざ彼女を標的にされると、静雄は目の前が真っ白になるほど抑制がきかなくなった。
「――っ殺す!殺す殺す殺す殺す殺す…!」
「っ……ぉわっ!」
再び標識を引っ掴んで、臨也目がけて振り下ろす。
ぎりぎりかわした臨也には珍しく余裕がなかった。いや、むしろ余裕がないのは静雄のほうなのだが。
アスファルトが粉砕され、破片が飛び散る。ぴ、と臨也の頬に赤が走った。
「臨也あああぁ!あいつになんかしてみろ、今度こそその首へし折って息の根止めてやらぁ…!」
「っと、怖いなあ!……てか、なんなのこの気迫。マジでありえな、」
猛然と襲いかかる静雄に、臨也は無駄口を叩くことを許されない。
それでもそこはやはり折原臨也、彼は喋らずにはいられなかった。
「っ、シズちゃん、そんな必死に、なるくらい……っ、〇〇ちゃんのことが、だーいすき、なんだっ?」
彼は静雄の動きを封じようという目的で、そう言ったのではなかったのだろう。
もちろん、静雄もまさか自分が止まれるとは思ってもいなかった。しかし。
「――………は、」
ぴた、と静雄の動きが止まった。標識は臨也の鼻先で停止していた。
隙に乗じて、臨也は後方に飛び退った。冷や汗を浮かべて乾いた笑みを引き攣らせている。
一方、静雄は動作だけでなく、脳まで活動停止状態だった。
(好き、だと?俺が……●●を……?)
考えたこともなかった。自分の●●に対する気持ちに名前を与えることなど。
誰も、なにも、口を出さない、出せなかった、平和島静雄と▲▲●●の関係。
そこに折原臨也という第三者が、初めてメスを入れたのだ。
「まさかシズちゃん…ありえないよ。自分があの子を好きだってことに気づいてなかったとか?」
臨也はいつもの不遜な態度で、口元を歪めた。静雄の攻めどころを見つけて、愉快そうに。
「ああ、それともそれって恋愛感情じゃないのかなぁ。だとしたら、男としてちょっと酷いよねえ」
奉仕させるだけさせといてさ。単に使い勝手のいい女扱いだ。
言葉を失って呆然とする静雄をいいことに、臨也は饒舌に喋った。
「その感情が異性に向けるものかどうかは別として、君は確実に〇〇ちゃんを好いている。でも、よく考えてみなよ。どうして彼女を好きなのか。自分を怖がらないから?異様に頑丈な身体で都合がよかったから?あんなふうに君に接する子は初めてだろう、だから物珍しさも手伝ったんじゃない?」
「俺、は……」
「ま、別にシズちゃんの気持ちなんてどうでもいい」
口を開きかけた静雄を遮ると、臨也は手に持っていたナイフをしまった。
「〇〇ちゃんのことは俺も気に入ってるんだ。だけど、あの子は口を開けばシズちゃんシズちゃん……正直、前以上に君の存在が目障りになったよ。だから、早く死んでくれ」
あ、そうそう。君だけがあの子を独占できるなんて思い上がらないことだね。
「シズちゃんは知らないだろうけど、〇〇ちゃんと俺はもう“お友達”だから。そこんところ、よろしくー」
最後まで胸糞悪い薄ら笑いを浮かべながら、好き放題言い終えた臨也は、サッと手を上げて走り去った。
静雄は力なく標識を握ったまま、地面に目を落としてただただ突っ立っていた。