交差
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13、拒否権ってなんだっけ?
シュン、と鋭い風圧が刹那、●●を襲った。
髪を揺らす程度の僅かなそれを受けたと同時に、身体の前面に不自然な開放感。
●●は視線を落とすことで、我が身に起こった事態を知った。
「え……」
「隙あり、なーんてね?」
呆然とする●●に、臨也はにやにやと感じの悪い笑みを浮かべて言った。
「〇〇ちゃんはさー、もうちょっと周りに対して警戒心を持つべきだよねえ。世の中にはナイフ一本で女の子をどうにかしちゃう変質者もいるんだよ?あ、自分は大丈夫とか思ってるんだったらその考えは危険だ。いくら君が平凡な顔立ちだからって、身体は女なんだから…これからはちゃんと気をつけようね?」
「はあ…」
口では殊勝なことを言いながら、行為と表情が見事にそれを裏切っている。
臨也は折り畳んだナイフを、わざと●●に見えるようにゆっくりとした動作で袖にしまった。
「それにしても――俺はその白い肌に浅く赤い線を引くつもりで切りつけたのに、やっぱり皮一枚も裂けてないな」
胸元にまじまじと視線を感じて、ようやく●●は正気に返った。
つまり、綺麗に服を両断され、臨也に肌を晒しているという現実に直面したのである。
「……っ!うわあっ」
慌てて前を掻き合わせてしゃがみ込むも、すでにばっちり見られてしまっている。
下着までは切られなかったこと、それがなんの慰めになろうか。顔を合わせて早々、なんてことをするのだ。
挨拶代わりにナイフで切りつけてきた臨也は、若干涙目になって睨む●●に気づくと口先で謝った。
「あはは!ごめんごめん、驚かせちゃった?ちょっと試してみたくなって、ついやっちゃったよ」
「……そんな言い方しても可愛くありません」
てへ、とかいう形容が似合いそうな臨也の口調だったが、誤魔化されてはいけない。
はっきり言って犯罪だ。彼の言うところの“変質者”に、彼自身は該当しないのか。
仕打ちに湧いた怒りもつかの間で、早くも●●は諦めモードだった。
(折原臨也は理解できない人。わたしには手に余る…)
彼の行動を一般的な解釈で理解しようなど、どだい無理な話だ。●●は大きく溜め息をついた。
「もう…どうしてくれるんですか。こんな格好じゃ歩けない」
「うん。そうだろうと思って、ほら。用意してある」
臨也は手に持っていた紙袋を●●に突き出した。差し出す、ではないあたり、強制の匂いがする。
会うなりスパッとやられたものだから、彼の持ち物にまで気がいかなかったが、最初から持っていたようだ。
あらかじめ●●に渡すつもりだったというのなら、かなり用意周到である。
「いつまでもそんなところに座り込んでないで、それに着替えなよ。あそこのコンビニのトイレとかいいんじゃない?」
そろそろ周囲の注目を集め出した頃だった。
●●は数々の言いたいことを飲み込んで、ひとまず臨也の言葉に従うことにした。
立ち上がった●●の腕に押しつけられた紙袋は、ずしりと妙に重かった。
そして、近くにあったコンビニのトイレ内――で、●●は紙袋から取り出した服を前に、固まっていた。
まさかこれを着せたいがためにナイフで切りつけたのか、と。
中に入っていたのは、見覚えのある服だった。いや、見覚えがなくてもそれが学校の制服であることは一目でわかる。
(これ、確か……えーと、来良学園の……?)
しかし、なぜ制服なのだ。●●は大学生である。制服の着用はコスプレ以外のなにものでもない。
制服の入手は朝飯前だとして、この選択は理解不能だ。
(で、でもこれって拒否権が……)
●●の額にじわりと汗が滲んだ。
いつまでもトイレを占拠しているわけにもいかない。そして外では、情報屋が今か今かと待ち構えている。
選択肢がないのならしかたがない。女はそう、度胸だ!
●●は気合を入れると、いざ、と服を脱ぎ捨てた。
――そして。
「あれ、ほんとに全部着てくれたんだ?俺はてっきりシャツだけ着てくるもんだと思ってたんだけどなぁ」
「……!?」
してやられた。スカートを握りしめた●●の両手がぷるぷると震える。
一式揃えて(それこそ靴下や靴まで)入っていたのだ。明らかに全部着てこいよという脅迫だろう。
今まで着ていた服を詰め込んだ紙袋は、ご機嫌な臨也の手に攫われた。
「それじゃあ出よっか。素直で単純で可愛い〇〇ちゃん?」
「……はい」
完全に馬鹿にされている。
抵抗する気力も奪われて、●●は黙って臨也の後に続くしかなかった。
紙袋の中身を人質にされていると気がついたのは、しばらく歩いてからだった。
前を行く臨也が親切にも荷物持ちを買って出たのは、●●を逃がさないためだったらしい。
たとえ救出を諦めたとしても、まさかこの格好で静雄に会いに行くわけにもいくまい。
(それにしても、この制服、サイズぴったりって…)
なんだか恐ろしい事実である。おまけにスカートの丈が短い。
●●が通っていた高校は膝丈と決められていたから、こんな太股丸出しは恥ずかしくてしかたない。
普段スカートをあまり穿かないことも羞恥心を後押ししていた。
「〇〇ちゃーん。そんなに赤い顔をしてついてこられちゃ、まるで俺が女子高生とイケナイことをしに行くみたいだろ?」
くるりと振り返った臨也が、おかしそうに指摘する。
●●は頬から熱が引くように平静を努めつつ、からかいを受け流した。
「折原さん…。わたしにこんなの着せて、楽しいですか」
「もちろん、楽しいよ!似合うんだろうなあとは思ってたけど、予想以上に似合ってる」
うんうんと満足げに頷かれても。
「……全然褒められてる気がしません」
もう一生着ることはないと別れを告げたはずの制服、しかも母校ですらない高校のそれ。
こんな姿を誰かに見られたら…と思うが、この世界での知り合いは二人だけだ。
静雄とセルティにさえ見つからなければ、数年前まで着ていたものだから、まだ見た目としては許容範囲か。
(大学生になったら変わるっていうけど、わたし、全然変わってないからなぁ…)
などと物思いに耽る●●の耳に、不意にシャッター音が割り込んだ。
え、と顔を上げると、臨也が当たり前のようにケータイを構えていた。
「はーい、記念撮影」
「…って、やだ、撮らないでくださいよっ」
「なんで?せっかくなんだから、いい思い出の一枚にしようよ。あ、ツーショットでも撮る?」
「か、肩を抱かないでくださ…!」
公共の道路上、公衆の面前で、見目のいい男と(一見)平凡な女子高生が(やはり一見)いちゃついている構図だ。
図らずも周囲の注目を集めているこの状況。
●●の意識は臨也に引っ張られたり周りの視線に行ったりと忙しない。
混乱してきたのか、警察に通報されないだろうかと心配が変な方向に向いてきた。
「と、とりあえず移動!移動しましょう、なにがなんでも!」
飽きもせず、楽しそうに、何枚も何枚も●●を写真に収め続ける臨也。
●●は彼の腕を掴むと、ずんずんと歩き出した。服の入った紙袋が彼の手にある限り、彼ごと移動するしかない。
追ってくる笑い声と「積極的だね」なんて言葉は聞こえない、聞こえない。
「〇〇ちゃんは俺をいったいどこに連れ込むつもりなのかなー?ははっ、楽しみだなあ!」
(……今、無性にあなたを静さんに引き渡したくてしかたありません、折原さん)
シュン、と鋭い風圧が刹那、●●を襲った。
髪を揺らす程度の僅かなそれを受けたと同時に、身体の前面に不自然な開放感。
●●は視線を落とすことで、我が身に起こった事態を知った。
「え……」
「隙あり、なーんてね?」
呆然とする●●に、臨也はにやにやと感じの悪い笑みを浮かべて言った。
「〇〇ちゃんはさー、もうちょっと周りに対して警戒心を持つべきだよねえ。世の中にはナイフ一本で女の子をどうにかしちゃう変質者もいるんだよ?あ、自分は大丈夫とか思ってるんだったらその考えは危険だ。いくら君が平凡な顔立ちだからって、身体は女なんだから…これからはちゃんと気をつけようね?」
「はあ…」
口では殊勝なことを言いながら、行為と表情が見事にそれを裏切っている。
臨也は折り畳んだナイフを、わざと●●に見えるようにゆっくりとした動作で袖にしまった。
「それにしても――俺はその白い肌に浅く赤い線を引くつもりで切りつけたのに、やっぱり皮一枚も裂けてないな」
胸元にまじまじと視線を感じて、ようやく●●は正気に返った。
つまり、綺麗に服を両断され、臨也に肌を晒しているという現実に直面したのである。
「……っ!うわあっ」
慌てて前を掻き合わせてしゃがみ込むも、すでにばっちり見られてしまっている。
下着までは切られなかったこと、それがなんの慰めになろうか。顔を合わせて早々、なんてことをするのだ。
挨拶代わりにナイフで切りつけてきた臨也は、若干涙目になって睨む●●に気づくと口先で謝った。
「あはは!ごめんごめん、驚かせちゃった?ちょっと試してみたくなって、ついやっちゃったよ」
「……そんな言い方しても可愛くありません」
てへ、とかいう形容が似合いそうな臨也の口調だったが、誤魔化されてはいけない。
はっきり言って犯罪だ。彼の言うところの“変質者”に、彼自身は該当しないのか。
仕打ちに湧いた怒りもつかの間で、早くも●●は諦めモードだった。
(折原臨也は理解できない人。わたしには手に余る…)
彼の行動を一般的な解釈で理解しようなど、どだい無理な話だ。●●は大きく溜め息をついた。
「もう…どうしてくれるんですか。こんな格好じゃ歩けない」
「うん。そうだろうと思って、ほら。用意してある」
臨也は手に持っていた紙袋を●●に突き出した。差し出す、ではないあたり、強制の匂いがする。
会うなりスパッとやられたものだから、彼の持ち物にまで気がいかなかったが、最初から持っていたようだ。
あらかじめ●●に渡すつもりだったというのなら、かなり用意周到である。
「いつまでもそんなところに座り込んでないで、それに着替えなよ。あそこのコンビニのトイレとかいいんじゃない?」
そろそろ周囲の注目を集め出した頃だった。
●●は数々の言いたいことを飲み込んで、ひとまず臨也の言葉に従うことにした。
立ち上がった●●の腕に押しつけられた紙袋は、ずしりと妙に重かった。
そして、近くにあったコンビニのトイレ内――で、●●は紙袋から取り出した服を前に、固まっていた。
まさかこれを着せたいがためにナイフで切りつけたのか、と。
中に入っていたのは、見覚えのある服だった。いや、見覚えがなくてもそれが学校の制服であることは一目でわかる。
(これ、確か……えーと、来良学園の……?)
しかし、なぜ制服なのだ。●●は大学生である。制服の着用はコスプレ以外のなにものでもない。
制服の入手は朝飯前だとして、この選択は理解不能だ。
(で、でもこれって拒否権が……)
●●の額にじわりと汗が滲んだ。
いつまでもトイレを占拠しているわけにもいかない。そして外では、情報屋が今か今かと待ち構えている。
選択肢がないのならしかたがない。女はそう、度胸だ!
●●は気合を入れると、いざ、と服を脱ぎ捨てた。
――そして。
「あれ、ほんとに全部着てくれたんだ?俺はてっきりシャツだけ着てくるもんだと思ってたんだけどなぁ」
「……!?」
してやられた。スカートを握りしめた●●の両手がぷるぷると震える。
一式揃えて(それこそ靴下や靴まで)入っていたのだ。明らかに全部着てこいよという脅迫だろう。
今まで着ていた服を詰め込んだ紙袋は、ご機嫌な臨也の手に攫われた。
「それじゃあ出よっか。素直で単純で可愛い〇〇ちゃん?」
「……はい」
完全に馬鹿にされている。
抵抗する気力も奪われて、●●は黙って臨也の後に続くしかなかった。
紙袋の中身を人質にされていると気がついたのは、しばらく歩いてからだった。
前を行く臨也が親切にも荷物持ちを買って出たのは、●●を逃がさないためだったらしい。
たとえ救出を諦めたとしても、まさかこの格好で静雄に会いに行くわけにもいくまい。
(それにしても、この制服、サイズぴったりって…)
なんだか恐ろしい事実である。おまけにスカートの丈が短い。
●●が通っていた高校は膝丈と決められていたから、こんな太股丸出しは恥ずかしくてしかたない。
普段スカートをあまり穿かないことも羞恥心を後押ししていた。
「〇〇ちゃーん。そんなに赤い顔をしてついてこられちゃ、まるで俺が女子高生とイケナイことをしに行くみたいだろ?」
くるりと振り返った臨也が、おかしそうに指摘する。
●●は頬から熱が引くように平静を努めつつ、からかいを受け流した。
「折原さん…。わたしにこんなの着せて、楽しいですか」
「もちろん、楽しいよ!似合うんだろうなあとは思ってたけど、予想以上に似合ってる」
うんうんと満足げに頷かれても。
「……全然褒められてる気がしません」
もう一生着ることはないと別れを告げたはずの制服、しかも母校ですらない高校のそれ。
こんな姿を誰かに見られたら…と思うが、この世界での知り合いは二人だけだ。
静雄とセルティにさえ見つからなければ、数年前まで着ていたものだから、まだ見た目としては許容範囲か。
(大学生になったら変わるっていうけど、わたし、全然変わってないからなぁ…)
などと物思いに耽る●●の耳に、不意にシャッター音が割り込んだ。
え、と顔を上げると、臨也が当たり前のようにケータイを構えていた。
「はーい、記念撮影」
「…って、やだ、撮らないでくださいよっ」
「なんで?せっかくなんだから、いい思い出の一枚にしようよ。あ、ツーショットでも撮る?」
「か、肩を抱かないでくださ…!」
公共の道路上、公衆の面前で、見目のいい男と(一見)平凡な女子高生が(やはり一見)いちゃついている構図だ。
図らずも周囲の注目を集めているこの状況。
●●の意識は臨也に引っ張られたり周りの視線に行ったりと忙しない。
混乱してきたのか、警察に通報されないだろうかと心配が変な方向に向いてきた。
「と、とりあえず移動!移動しましょう、なにがなんでも!」
飽きもせず、楽しそうに、何枚も何枚も●●を写真に収め続ける臨也。
●●は彼の腕を掴むと、ずんずんと歩き出した。服の入った紙袋が彼の手にある限り、彼ごと移動するしかない。
追ってくる笑い声と「積極的だね」なんて言葉は聞こえない、聞こえない。
「〇〇ちゃんは俺をいったいどこに連れ込むつもりなのかなー?ははっ、楽しみだなあ!」
(……今、無性にあなたを静さんに引き渡したくてしかたありません、折原さん)