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12、救急箱を持ってきました
じゃーん、なんて効果音をつけて●●が“それ”をお披露目したのは、数十分前のことだ。
そして、ちょっとそこまで煙草買いに行ってくる、そう言って出て行った静雄は、なぜか切り傷をこさえて帰ってきた。
「……ごめんなさい。わたしが調子に乗って自慢したばっかりに、静さんに張り切って怪我を負わせてしまい…」
「んなわけねえだろうが」
こつんと優しい音を立てて頭を小突かれた。
だって、と●●は言い募った。あまりにもタイミングがよすぎるのだ。
その日●●が静雄の家に持ち込んだのは、真新しい救急箱だった。
それもそのはずで、これは●●が彼のために、きっちり中身を買い揃えて用意したものなのだ。
病院に行くほどではないが怪我を負うことのある静雄は、(●●の知る限りでは)ろくに手当てをしない。
曰く、「こんなもん舐めときゃ治る」程度らしい。あまり自身の身体がどうなろうと頓着しないようだ。
だからといって、そんな静雄を放っておけないのが●●だった。
救急箱の一個や二個、置いておいても邪魔にならないはず。
そして、●●は速やかに行動に移した。結果、部屋にはぴかぴかの救急箱がちょんと居座っている。
「とにかく、手当てをしましょう、ねっ?せっかくですから」
詳しくは語らなかったが、どこぞの命知らずが喧嘩を売ってきたらしい。
静雄が傷を負ったことを考えれば、おそらく不意打ちか奇襲か。
無謀なことをしたものだ、と●●は箱の蓋を開けて消毒液を取り出しながら、同情の余地なしと相手を断ずる。
池袋最強の男に喧嘩を売った誰かさん、ご愁傷様。
早速の救急箱の活躍に、不謹慎な手がてきぱきと動く。
「なあ、マジでやんのか?薬の無駄遣いだと思うんだがなぁ」
「マジでやるんです。油断大敵。ばい菌が入ったらどうするんですか」
「……張り切ってんのな、お前」
必要ないと渋る静雄を、●●は手当てしなきゃ駄目と叱る。
じーっと見つめると、溜め息をついて静雄が折れた。●●はにっこり笑った。
さて、了承を得たものの、切り傷は肩に近い腕にある。
位置からして、袖をまくって治療するよりも――と、●●はふむと考える。
「静さん、静さん」
「今度はなんだよ」
「服、ちょっと脱いでもらえます?」
なんでもないことのように言うと、静雄は「ああ」と頷きかけて、動きを止めた。
空白数秒間。のち、静雄は●●の顔を凝視した。
「……今、なんつった?」
「手当てのために、服を脱いでほしいというお願いを」
そう、治療のためだ。疚しいことはなにもない。
真顔で繰り返せば、静雄は指先で頬を掻く。なんだかなあ、という感じの表情だ。
それでも、彼は素直に従った。
ベストを脱ぎ、蝶ネクタイを取って、服のボタンを外していく。
そう、治療のためだ。疚しいことはなにもない。ない、はず。
しかし、お互い無言で、室内には布擦れしか聞こえないとなると。
「――●●」
「ぁ、はいっ?」
意図的に視線をずらしていた●●は、呼びかけに視線で応じた。
静雄は怪我をしたほうの腕だけ袖から抜き、半ば服を脱いだ状態だった。
うわあ、と思わず目を覆いたくなると同時に、貴重な姿をじっくり眺めたいような妙な気分になる。
(い、色っぽいんですけど静さん!)
目のやり場に困るとはこのことか。
自分で要求したにもかかわらず、半脱ぎの静雄に今さらながら●●は動揺した。
男の裸など最後に目にしたのは、まだ実家で暮らしていた頃に見た父親のものくらいだ。風呂上りはパンツ一丁で歩き回る父、しかもあれはメタボでいけない。
それに比べて、静雄のなんとスタイルのいいこと。
細身で無駄な肉などなく、適度に引き締まっている。見ていると、ドキドキ、する。
(いいの?わたし、静さんの彼女じゃないんだけど、こんなの見てもいいの?)
「おい、●●。手当てしないなら服着るぞ」
「あ、はい!今すぐします!」
自問している場合でも、見惚れている場合でもなかった。
目的を見失いそうになっている自分を引き戻し、●●は脱脂綿と消毒液を手に取った。
「傷は…うん、深くないですね。よかった」
「だから言っただろ。たいしたことないって」
「だから言ってるじゃないですか。放っておくのはよくないんです」
傷口に意識を集中させながら、視線を固定する。余所見は禁物。
消毒を終えると、静雄から少し身体を離して救急箱の中を探った。大きめの絆創膏、これがいいだろう。
●●が手当てに勤しむ間、静雄の目は●●の一挙一動を追っていた。
顔を見なくてもわかる。感じる。視線を一身に受ける●●は、そのむずがゆさに耐えていた。
静雄は立てた片足の膝に肘をついて、じっとこちらを眺めながら、
「●●」
「なんですか」
「お前さあ…」
「はい」
「顔、リンゴみてぇ」
「っ!」
なるべく見ないようにしていたのに、指摘にぱっと目を上げてしまった。
しまった。そう思ったが時すでに遅し。
いつものサングラスのない静雄の目は、ばっちり●●の目を捉えていた。
笑みを含んだからかう目。だが、角がない。柔らかくて、あたたかくて。
「お。もっと赤くなった」
「うぅ……っ静さん!」
脱げと指示した当人が実際恥ずかしがっていることが面白いのだろう。
くっくっと肩を揺らして笑う静雄を、●●は赤面を自覚しつつ睨んだ。
とりあえず手当てを優先し、慎重に絆創膏を貼って完了する。
静雄はまだおかしそう●●を見ている。ぬ、こうなったら、こちらも仕返しだ!
「そんなに笑うことないじゃないですか!…うりゃっ」
「!ぁ、おい…っ」
反撃、と●●はガバリと静雄にタックルする勢いで抱きついた。
衝撃にバランスを崩した静雄は背中から床に倒れた。もちろん、●●と一緒に。
「あ、ぶねえだろう、が……、っ!」
「へへ、すみませんー」
「……これっぽっちも、気持ちがこもってねえ」
静雄はこれみよがしに溜め息をついてみせ、視線を逸らした。が、隠しきれない頬の赤さ。
●●に押し倒す気はなかったのだが、傍から見ればそんな構図である。
静雄が袖から腕を抜いていたために、●●は半ば裸の胸に顔を押しつけることになった。
肌の熱さに狼狽えるよりも、耳に届いた鼓動の速さに驚いた。
(――すごく、速い)
そして、なにより、生きている。
平和島静雄は、紙上の活字ではなく、生身の人間として、生きている。
つられて高まる●●の鼓動に、彼は気づいているだろうか。
「静さん」
「…なんだ」
「わたし……重く、ないですかね?」
「お前一人くらい、平気だ」
「そうですか…。よかったです」
「ああ…」
●●が上から退けなくても、静雄の力なら●●ごと起き上がることはできただろう。
――だが、しばらくの間、そのままで。
●●はそっと肌に頬を寄せて、静雄の心音に聴き入り。静雄は躊躇いがちに、●●の背中にそっと手で触れた。
もう少し、と願ったのは、どちらだったのだろう。
じゃーん、なんて効果音をつけて●●が“それ”をお披露目したのは、数十分前のことだ。
そして、ちょっとそこまで煙草買いに行ってくる、そう言って出て行った静雄は、なぜか切り傷をこさえて帰ってきた。
「……ごめんなさい。わたしが調子に乗って自慢したばっかりに、静さんに張り切って怪我を負わせてしまい…」
「んなわけねえだろうが」
こつんと優しい音を立てて頭を小突かれた。
だって、と●●は言い募った。あまりにもタイミングがよすぎるのだ。
その日●●が静雄の家に持ち込んだのは、真新しい救急箱だった。
それもそのはずで、これは●●が彼のために、きっちり中身を買い揃えて用意したものなのだ。
病院に行くほどではないが怪我を負うことのある静雄は、(●●の知る限りでは)ろくに手当てをしない。
曰く、「こんなもん舐めときゃ治る」程度らしい。あまり自身の身体がどうなろうと頓着しないようだ。
だからといって、そんな静雄を放っておけないのが●●だった。
救急箱の一個や二個、置いておいても邪魔にならないはず。
そして、●●は速やかに行動に移した。結果、部屋にはぴかぴかの救急箱がちょんと居座っている。
「とにかく、手当てをしましょう、ねっ?せっかくですから」
詳しくは語らなかったが、どこぞの命知らずが喧嘩を売ってきたらしい。
静雄が傷を負ったことを考えれば、おそらく不意打ちか奇襲か。
無謀なことをしたものだ、と●●は箱の蓋を開けて消毒液を取り出しながら、同情の余地なしと相手を断ずる。
池袋最強の男に喧嘩を売った誰かさん、ご愁傷様。
早速の救急箱の活躍に、不謹慎な手がてきぱきと動く。
「なあ、マジでやんのか?薬の無駄遣いだと思うんだがなぁ」
「マジでやるんです。油断大敵。ばい菌が入ったらどうするんですか」
「……張り切ってんのな、お前」
必要ないと渋る静雄を、●●は手当てしなきゃ駄目と叱る。
じーっと見つめると、溜め息をついて静雄が折れた。●●はにっこり笑った。
さて、了承を得たものの、切り傷は肩に近い腕にある。
位置からして、袖をまくって治療するよりも――と、●●はふむと考える。
「静さん、静さん」
「今度はなんだよ」
「服、ちょっと脱いでもらえます?」
なんでもないことのように言うと、静雄は「ああ」と頷きかけて、動きを止めた。
空白数秒間。のち、静雄は●●の顔を凝視した。
「……今、なんつった?」
「手当てのために、服を脱いでほしいというお願いを」
そう、治療のためだ。疚しいことはなにもない。
真顔で繰り返せば、静雄は指先で頬を掻く。なんだかなあ、という感じの表情だ。
それでも、彼は素直に従った。
ベストを脱ぎ、蝶ネクタイを取って、服のボタンを外していく。
そう、治療のためだ。疚しいことはなにもない。ない、はず。
しかし、お互い無言で、室内には布擦れしか聞こえないとなると。
「――●●」
「ぁ、はいっ?」
意図的に視線をずらしていた●●は、呼びかけに視線で応じた。
静雄は怪我をしたほうの腕だけ袖から抜き、半ば服を脱いだ状態だった。
うわあ、と思わず目を覆いたくなると同時に、貴重な姿をじっくり眺めたいような妙な気分になる。
(い、色っぽいんですけど静さん!)
目のやり場に困るとはこのことか。
自分で要求したにもかかわらず、半脱ぎの静雄に今さらながら●●は動揺した。
男の裸など最後に目にしたのは、まだ実家で暮らしていた頃に見た父親のものくらいだ。風呂上りはパンツ一丁で歩き回る父、しかもあれはメタボでいけない。
それに比べて、静雄のなんとスタイルのいいこと。
細身で無駄な肉などなく、適度に引き締まっている。見ていると、ドキドキ、する。
(いいの?わたし、静さんの彼女じゃないんだけど、こんなの見てもいいの?)
「おい、●●。手当てしないなら服着るぞ」
「あ、はい!今すぐします!」
自問している場合でも、見惚れている場合でもなかった。
目的を見失いそうになっている自分を引き戻し、●●は脱脂綿と消毒液を手に取った。
「傷は…うん、深くないですね。よかった」
「だから言っただろ。たいしたことないって」
「だから言ってるじゃないですか。放っておくのはよくないんです」
傷口に意識を集中させながら、視線を固定する。余所見は禁物。
消毒を終えると、静雄から少し身体を離して救急箱の中を探った。大きめの絆創膏、これがいいだろう。
●●が手当てに勤しむ間、静雄の目は●●の一挙一動を追っていた。
顔を見なくてもわかる。感じる。視線を一身に受ける●●は、そのむずがゆさに耐えていた。
静雄は立てた片足の膝に肘をついて、じっとこちらを眺めながら、
「●●」
「なんですか」
「お前さあ…」
「はい」
「顔、リンゴみてぇ」
「っ!」
なるべく見ないようにしていたのに、指摘にぱっと目を上げてしまった。
しまった。そう思ったが時すでに遅し。
いつものサングラスのない静雄の目は、ばっちり●●の目を捉えていた。
笑みを含んだからかう目。だが、角がない。柔らかくて、あたたかくて。
「お。もっと赤くなった」
「うぅ……っ静さん!」
脱げと指示した当人が実際恥ずかしがっていることが面白いのだろう。
くっくっと肩を揺らして笑う静雄を、●●は赤面を自覚しつつ睨んだ。
とりあえず手当てを優先し、慎重に絆創膏を貼って完了する。
静雄はまだおかしそう●●を見ている。ぬ、こうなったら、こちらも仕返しだ!
「そんなに笑うことないじゃないですか!…うりゃっ」
「!ぁ、おい…っ」
反撃、と●●はガバリと静雄にタックルする勢いで抱きついた。
衝撃にバランスを崩した静雄は背中から床に倒れた。もちろん、●●と一緒に。
「あ、ぶねえだろう、が……、っ!」
「へへ、すみませんー」
「……これっぽっちも、気持ちがこもってねえ」
静雄はこれみよがしに溜め息をついてみせ、視線を逸らした。が、隠しきれない頬の赤さ。
●●に押し倒す気はなかったのだが、傍から見ればそんな構図である。
静雄が袖から腕を抜いていたために、●●は半ば裸の胸に顔を押しつけることになった。
肌の熱さに狼狽えるよりも、耳に届いた鼓動の速さに驚いた。
(――すごく、速い)
そして、なにより、生きている。
平和島静雄は、紙上の活字ではなく、生身の人間として、生きている。
つられて高まる●●の鼓動に、彼は気づいているだろうか。
「静さん」
「…なんだ」
「わたし……重く、ないですかね?」
「お前一人くらい、平気だ」
「そうですか…。よかったです」
「ああ…」
●●が上から退けなくても、静雄の力なら●●ごと起き上がることはできただろう。
――だが、しばらくの間、そのままで。
●●はそっと肌に頬を寄せて、静雄の心音に聴き入り。静雄は躊躇いがちに、●●の背中にそっと手で触れた。
もう少し、と願ったのは、どちらだったのだろう。