眠りから醒めるまで
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「りんご殿は本当に勤勉だな」
「そうでもないよ?物覚えが悪いから、何度も同じことを繰り返してるだけで」
「そういうところが勤勉だというんだ。……まったく、同じ屋根の下で暮らしていながら、こうも差が出るとは」
一息入れましょうと松陽が席を立った今は休み時間といったところか。
教室内で生徒が思い思いに息抜きをする中、●●は教本を横に置いて筆を取っていた。
毛筆は難しいとよくわからないことを言う。それ以外に何を用いて文字を書くというのか。
「んだよ、ヅラぁ。喧嘩売ってんなら買ってやるぜ?」
「ヅラじゃない、桂だ。お前も少しはりんご殿を見習うといい」
「るせーな、てめーは俺の父ちゃんか。俺ァ俺なりに頑張ってんの、●●とは違う次元で頑張ってるからいいんだよ」
いつものように背後にある襖にもたれ、銀時は大きな欠伸をひとつ。
何をどう頑張っているかと問われると返事に窮するが、別に何も頑張っていないわけではない。はずだ。
むしろ●●が頑張りすぎているだけだと思う。休めるときに休まねば疲れてしまうだろうに。
クソが付くくらい真面目なところはヅラとの共通点かもしれない。あ、なんかやだなそれ。
「教室ではこうだけど、銀ちゃんは働き者なの。わたしもすごく助かってる」
●●は筆を置くと少し正座を崩した。足を摩るところを見ると少々痺れたらしい。
真っ直ぐな声で言われると背中が痒くなってしまう。銀時が目を泳がせていると、前方の席にいた高杉がやってきた。
「どうだかな。機敏に働く姿なんざ普段のこいつから想像できるか?」
「……できんな」
高杉の言葉に深々と頷く桂。銀時はムカッとした。いざってときゃ俺だってやってやらァ。
やはり喧嘩を売られている。そっちがその気ならばと受けて立とうとしたが、先に腰を上げたのは●●だった。
ちょうどそのとき、室内で鬼ごっこをしていた生徒がどたどたと駆けてきた。
文机が並ぶ間を縫って走るものだから、その後起こったことはいつかは訪れる事態ではあった。
しかし、タイミングがあまりにも悪すぎた。そのうちの一人がぶつかったのは高杉の背中で、傾いた高杉の前には●●がいた。
その高杉は足の痺れでふらついた●●をちょうど支えてやろうとしたところだったのだ。
――すべての音が消え去り、自分が芝居の一場面を見ている観客のように置き去りにされた。
決定的瞬間は見えなかった。見開いた銀時の目に映ったのは少女の震えた肩。
丸い後頭部の向こう側から現れた高杉の顔は驚きに満ち、次第にじわじわと赤く染まっていった。
「ごめん。奪っちゃった」
「あ、いや……こっちこそ悪かった」
意外にも口を開いたのは●●のほうが早く、動揺が剥き出しになったのは高杉のほうだった。
何が起こったのか目撃したのは銀時の他には桂だけのようで、いずれも無言のまま。
高杉にぶつかった子どもは謝ったものの、不思議そうにどうかしたのかと聞いてくる。
そこへ松陽が戻ってきて、何事もなかったかのように授業は再開された。銀時が居眠りをすることはなかった。
大きな木の上で仰向けになっても眠気はいっこうに来ない。銀時は悶々としていた。
授業が終わってすぐ松下村塾を出た。一刻も早くあの場所から離れて一人になりたかった。
口の中に飴玉を放り込んで転がす。無心になりたいのになれない。あの光景を思い出すばかりだった。
頭の中で何度も何度も繰り返すと、だんだん腹が立ってきた。イライラしてきた。
●●のやつ、何が奪っちゃった~だ。ちょっとしたことで赤くなるくらい、うぶなくせに。
少女がなんでもなかったように、普段どおりに振る舞うことで高杉も、桂もほっとしていたようだった。
銀時だけがもやもやしている。衝撃を受けて、息苦しくなって、胸をチクチク痛めている。
第三者が何をしているのかと馬鹿らしいやら、アホらしいやら、けれどそんな自分を制御できない。
そも、ああいうことは人知れずこっそりするものだ。人前で行うものではなかったはず。
事故チューとはいえ、こっちが公開処刑された気分だ。
ならば、人目を忍んでこそこそとやっていればいいのか?銀時の知らぬところで、●●が誰かと……。
「ッ……」
口の中で飴玉が弾けたことで銀時は我に返った。よくない。全然よくない。
許せない、と思ったとき、唐突に気づいてしまった。己の本心に。
銀時の許しがあろうとなかろうと●●には無関係であること。それがとても嫌なのだということを自分自身に突きつけられて、はっきりと自覚した。
銀時が静かに帰宅すると、厨では●●が夕食の準備を始めていた。
最近では銀時も一緒に支度を手伝うことが多かったから、不在の理由が気になるだろうに、少女は「おかえりなさい」とだけ言って微笑んだ。
銀時はただいまも返さずにじっと●●を見つめた。そうすれば向こうから近づいてくると知っていたから。
「銀ちゃん?」
「……」
「なあに、どうしたの」
「……」
「……もしかして、怒ってる?」
徐々に表情を曇らせて不安そうに尋ねてくる。銀時はまだ応えなかった。
この少女にとって自分は何なのか。同じ屋根の下で暮らす孤児で、塾生で、家族みたいなもので。
たぶん特別だと思う。大切にされている。松陽はまあ別として、その他のどの人間よりも好かれている自信があった。
高杉や桂が来てからはちょっと地位が揺らいでいる気がするが、自意識過剰ではなく、●●を見ていれば伝わってくるのだ。
「ねえ、ぎんちゃ、」
「●●」
少し前に砕けたいちごミルク味の名残りを少女の唇に移す。ほんの一瞬の触れ合いだった。
ムードもへったくれもなく目も開いたままの、子ども同士の戯れ。
●●は薄く唇を開いた状態でびしりと固まったが、瞬く間に頬を鮮やかに染めていった。首筋まで真っ赤だ。
「ぎ、銀ちゃんっ?」
「へっ。消毒だ、バーカ」
●●のその顔を見られただけで胸のムカつきも痛みも綺麗さっぱりなくなった。
事故チューがどうした。あんなもんカウントに入らない。見ろよこの顔。あいつらに見せてやりてェよ。
銀時はにやける顔を見られないように踵を返す。精一杯平静を装ってひらひらと片手を振った。
「手、洗ってくらァ」
「っ……帰ったら最初に手洗いうがい!」
「そうでもないよ?物覚えが悪いから、何度も同じことを繰り返してるだけで」
「そういうところが勤勉だというんだ。……まったく、同じ屋根の下で暮らしていながら、こうも差が出るとは」
一息入れましょうと松陽が席を立った今は休み時間といったところか。
教室内で生徒が思い思いに息抜きをする中、●●は教本を横に置いて筆を取っていた。
毛筆は難しいとよくわからないことを言う。それ以外に何を用いて文字を書くというのか。
「んだよ、ヅラぁ。喧嘩売ってんなら買ってやるぜ?」
「ヅラじゃない、桂だ。お前も少しはりんご殿を見習うといい」
「るせーな、てめーは俺の父ちゃんか。俺ァ俺なりに頑張ってんの、●●とは違う次元で頑張ってるからいいんだよ」
いつものように背後にある襖にもたれ、銀時は大きな欠伸をひとつ。
何をどう頑張っているかと問われると返事に窮するが、別に何も頑張っていないわけではない。はずだ。
むしろ●●が頑張りすぎているだけだと思う。休めるときに休まねば疲れてしまうだろうに。
クソが付くくらい真面目なところはヅラとの共通点かもしれない。あ、なんかやだなそれ。
「教室ではこうだけど、銀ちゃんは働き者なの。わたしもすごく助かってる」
●●は筆を置くと少し正座を崩した。足を摩るところを見ると少々痺れたらしい。
真っ直ぐな声で言われると背中が痒くなってしまう。銀時が目を泳がせていると、前方の席にいた高杉がやってきた。
「どうだかな。機敏に働く姿なんざ普段のこいつから想像できるか?」
「……できんな」
高杉の言葉に深々と頷く桂。銀時はムカッとした。いざってときゃ俺だってやってやらァ。
やはり喧嘩を売られている。そっちがその気ならばと受けて立とうとしたが、先に腰を上げたのは●●だった。
ちょうどそのとき、室内で鬼ごっこをしていた生徒がどたどたと駆けてきた。
文机が並ぶ間を縫って走るものだから、その後起こったことはいつかは訪れる事態ではあった。
しかし、タイミングがあまりにも悪すぎた。そのうちの一人がぶつかったのは高杉の背中で、傾いた高杉の前には●●がいた。
その高杉は足の痺れでふらついた●●をちょうど支えてやろうとしたところだったのだ。
――すべての音が消え去り、自分が芝居の一場面を見ている観客のように置き去りにされた。
決定的瞬間は見えなかった。見開いた銀時の目に映ったのは少女の震えた肩。
丸い後頭部の向こう側から現れた高杉の顔は驚きに満ち、次第にじわじわと赤く染まっていった。
「ごめん。奪っちゃった」
「あ、いや……こっちこそ悪かった」
意外にも口を開いたのは●●のほうが早く、動揺が剥き出しになったのは高杉のほうだった。
何が起こったのか目撃したのは銀時の他には桂だけのようで、いずれも無言のまま。
高杉にぶつかった子どもは謝ったものの、不思議そうにどうかしたのかと聞いてくる。
そこへ松陽が戻ってきて、何事もなかったかのように授業は再開された。銀時が居眠りをすることはなかった。
大きな木の上で仰向けになっても眠気はいっこうに来ない。銀時は悶々としていた。
授業が終わってすぐ松下村塾を出た。一刻も早くあの場所から離れて一人になりたかった。
口の中に飴玉を放り込んで転がす。無心になりたいのになれない。あの光景を思い出すばかりだった。
頭の中で何度も何度も繰り返すと、だんだん腹が立ってきた。イライラしてきた。
●●のやつ、何が奪っちゃった~だ。ちょっとしたことで赤くなるくらい、うぶなくせに。
少女がなんでもなかったように、普段どおりに振る舞うことで高杉も、桂もほっとしていたようだった。
銀時だけがもやもやしている。衝撃を受けて、息苦しくなって、胸をチクチク痛めている。
第三者が何をしているのかと馬鹿らしいやら、アホらしいやら、けれどそんな自分を制御できない。
そも、ああいうことは人知れずこっそりするものだ。人前で行うものではなかったはず。
事故チューとはいえ、こっちが公開処刑された気分だ。
ならば、人目を忍んでこそこそとやっていればいいのか?銀時の知らぬところで、●●が誰かと……。
「ッ……」
口の中で飴玉が弾けたことで銀時は我に返った。よくない。全然よくない。
許せない、と思ったとき、唐突に気づいてしまった。己の本心に。
銀時の許しがあろうとなかろうと●●には無関係であること。それがとても嫌なのだということを自分自身に突きつけられて、はっきりと自覚した。
銀時が静かに帰宅すると、厨では●●が夕食の準備を始めていた。
最近では銀時も一緒に支度を手伝うことが多かったから、不在の理由が気になるだろうに、少女は「おかえりなさい」とだけ言って微笑んだ。
銀時はただいまも返さずにじっと●●を見つめた。そうすれば向こうから近づいてくると知っていたから。
「銀ちゃん?」
「……」
「なあに、どうしたの」
「……」
「……もしかして、怒ってる?」
徐々に表情を曇らせて不安そうに尋ねてくる。銀時はまだ応えなかった。
この少女にとって自分は何なのか。同じ屋根の下で暮らす孤児で、塾生で、家族みたいなもので。
たぶん特別だと思う。大切にされている。松陽はまあ別として、その他のどの人間よりも好かれている自信があった。
高杉や桂が来てからはちょっと地位が揺らいでいる気がするが、自意識過剰ではなく、●●を見ていれば伝わってくるのだ。
「ねえ、ぎんちゃ、」
「●●」
少し前に砕けたいちごミルク味の名残りを少女の唇に移す。ほんの一瞬の触れ合いだった。
ムードもへったくれもなく目も開いたままの、子ども同士の戯れ。
●●は薄く唇を開いた状態でびしりと固まったが、瞬く間に頬を鮮やかに染めていった。首筋まで真っ赤だ。
「ぎ、銀ちゃんっ?」
「へっ。消毒だ、バーカ」
●●のその顔を見られただけで胸のムカつきも痛みも綺麗さっぱりなくなった。
事故チューがどうした。あんなもんカウントに入らない。見ろよこの顔。あいつらに見せてやりてェよ。
銀時はにやける顔を見られないように踵を返す。精一杯平静を装ってひらひらと片手を振った。
「手、洗ってくらァ」
「っ……帰ったら最初に手洗いうがい!」