目覚めのデッドエンド
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スローペースで歩くわたしの横を何台もの車と、何人かは徒歩あるいは自転車で通り過ぎる。誰とも目が合わないのはいい傾向だった。心おきなく相手を観察して見極めに精を出せる。だけど、焦る必要はないからとじっくり時間をかけていたのがいけなかったのかもしれない。
のんびり歩くわたしの前方から一台の赤い車がやってきた。その車はハザードランプを点灯させて緩やかに減速した。停車。ウインドウを下ろした運転席から顔を見せた人物は言わずもがなというべきか、
「おや。こんなところで会うとは奇遇ですね、●●さん」
「……沖矢さん」
誰も彼もが通り過ぎる中、唯一の顔見知りはわたしを見落としてくれなかった。どうしてこうもこの人と縁があるのか、誰か教えて。乙女ゲームだとこうやって親密度を高めていくんですよね、知ってるー。
人として最低限のマナーはわたしも心得ている。最初にサンダルのお礼を申し上げねば。
「先日はありがとうございました。このとおり、遠慮なく使わせていただいています」
「押しつけがましい真似をしてしまったのではないかと不安でしたが、お役に立てたのならよかった」
沖矢さんはさらりと言った。まったく嫌みがない。本当にいい人だ。これが現実だったら穿った見方なんかしないでこの出会いを喜べたのかな。ま、リアルだったらこんなにかっこいい人とはせいぜい道ですれ違えたらラッキーって感じか。
「●●さんはどちらにお出かけですか?よければ送っていきますよ」
「いえ、結構です。沖矢さんも用事がおありでしょう」
「僕は大学に行った帰りでして。もう用事を済ませましたし、この後予定もないので遠慮なさらず乗ってください」
なんて積極的な人なんだ。沖矢さんって今時珍しい肉食系男子ですか。別に食われる予定はなく、彼にも選ぶ権利はある。……っと、話が逸れた。
わたしが道を尋ねる相手を探している最中にタイミングよく現れた彼。ということは、ここは沖矢さんを頼れという神の思し召しだろうか。神ってなんの神だか謎だが。
なにを選べば正解なのか依然として不明だけど、彼にはサンダルをもらった恩義がある。好意を無下にできない。どうせ誰かには頼らないといけないんだから、この際沖矢さんでもいいんじゃないか……?なんて言ったら彼に失礼千万である。
駐車禁止エリアだからと急かされる。通行の邪魔になっているのは間違いなく、わたしはとうとう沖矢さんの車に乗るという選択肢を取った。左右を見て安全を確認してから横断、車の向こう側に回り込んで助手席のドアに手をかけようとした、まさにそのときだった。
だれだおまえ。
思わず声に出た、かもしれない。わたしは“それ”を凝視した。車の窓に反射して映し出されたわたしの顔――が、わたしの顔じゃない。え、なにこれ。だれ。どういうこと?
「●●さん?どうかしましたか?」
「……いえ。すみません、ドアが珍しくてつい」
「ああ、スーサイドドアは初めてでしたか」
少し開いた窓の上部から沖矢さんの声が漏れる。咄嗟にドアの開き方に話を持って行けたのは上出来だった。彼が親切にも内側から開けてくれる。わたしはその中に身を滑り込ませた。が、この身体での慣れない動作に手こずって頭をぶつけた。ゴツッ。たとえるならそんな擬音。視界が派手に揺れた。
「頭、大丈夫ですか?結構いい音がしましたけど……」
「大丈夫です」
シートベルトを締めるように促しつつ、車を発進させた沖矢さんが気遣ってくれる。これっぽっちも痛くはないけど非常にいたたまれない。素直に恥ずかしい。だけど、羞恥心どころじゃない問題を前にして上の空になる。わたし、頭の中身のほうは大丈夫じゃないかもしれませんよお兄さん。
さっき、車の窓に映っていたのはいったいなんだった?見慣れた白いパーカーを着た、黒髪の女だ。貞子のような長い髪を指先でずらせば全然見覚えのない顔が露になった。
(……いやいやいや……だれだあれ……?)
もう一度、窓の反射を盗み見ようとするけどよく見えない。これで助手席に座る人間とは別人が映ってたらホラー。急なジャンル変更は受付不可。これってホラーなの?リングってこんなのだったっけ?
できることならルームミラーでもサイドミラーでもいいから顔を近づけてじっくり確認したい。突然降って湧いた整形疑惑にひとり静かに混乱していたわたしは、沖矢さんの呼びかけに気づくのが遅れた。
「――……さん。●●さん、本当に大丈夫ですか?打ち所が悪かったとか……」
「……少しぼーっとしていました」
手当たり次第ミラーを凝視したくなる気持ちを無理矢理ねじ曲げて、運転席に視線を移す。赤信号で車を止めた彼は心配そうにこっちを見ていた。中身はともかく外傷はないはずだから適当に言い訳した。一応納得してくれたのか、沖矢さんは再びアクセルを踏みながらわたしに尋ねた。
「ところで、今更ですが行き先はこちらの道でよかったですか?」
ありがたく乗せてもらったものの、そういえば目的地をまだ告げていなかった。わたしはパーカーの前ポケットから紙を引っ張り出した。ここに行きたいんですけど、と前置きしてから再び信号に引っかかったタイミングで彼に見せる。沖矢さんは紙を一瞥すると住所を読み上げた。……んん?べーかちょう?
「ここなら方向は合っていますね。徒歩で行けない距離ではありませんが……残念ながら君が向かっていたのは逆方向だ」
おーい、土地勘がないのがあっさりバレたぞ。どうするわたし。進行方向は適当に決めたからね、そういうこともある。しょうがない、紙に書かれた場所に連れて行ってもらうためには必要なリスクだった。よし、オーケー。開き直って「そうでしたか」とそしらぬ顔で相槌を打っておいた。
地理に疎いわたしだけど“べーかちょう”には聞き覚えがあった。“こめはなまち”あるいは“こめかちょう”とか、そんなところだろうと思ってたら。“米花町”は“べいかちょう”だったとは。でも、米花町って言ったらあれですよね。見た目は子供頭脳は大人っていうアレの舞台がそんな名前だったような……?
「……“沖矢さん”……?」
わたしは改めて運転席に座るイケメンの横顔を眺めた。はい、なんですか。そう返す彼の声には聞き覚えがある。……そうだ。出会ったときからそう思ってたはずだ。というか、沖矢さんって。あれ。よくよく見てみたら、この顔って。あれれ~?
「“すばるさん”?」
「――……はい」
ハンドルを握る指がぴくりと反応した。突然名前で呼びかけられて不快だったかもしれないがこちとら気遣う余裕もない。それどころじゃないんだ。自分が裸足でいたことよりも、なんなら自分の顔が他人になっていることよりも強烈にインパクトのある事実に気づいてしまったから。
(えええー……まさかまさかの、そういうことなわけ?)
沖矢昴。それはとある漫画に出てくる登場人物のひとり。アニメで吹き替えを担当しているのは置鮎氏で、わたしの隣にいる彼はまさしく声優さんの声で喋っていた。どうりで聞き覚えがある素敵な声だったわけだ。納得。……じゃないわ。びっくりだわ。名前で呼ばれることが多い彼を苗字で呼んでたから今の今までピンと来なかった。
だって気づかないでしょ。『名探偵コナン』は漫画でアニメだよ?急に実写化されても普通気づかないってば。……まあ気づいてしまえば完成度高けーなオイって感じのハイクオリティーなんだけどさ?
――米花町に、沖矢昴。そう、わたしが見ている夢の舞台はあの有名な『名探偵コナン』で間違いない。
それにしてもなんでコナンが選ばれた。子供の頃からアニメは見てるけど熱心なファンというわけでもない。映画も地上波で放送されれば見る程度。基本的な情報をきっちり押さえているとも言いがたい。そんなあやふやな知識で大丈夫か……?別の候補があったはずだろう。原作をコンプリートしてる作品だって他にあるのに。どうなってるの、わたしの脳内。
だめだ、情報量が多すぎる。新事実が一気に発覚しすぎ。なにから手をつければいいのかわからなくて無言になる。わたしが必死に頭を働かせてることを察したのか、目的地に到着するまでの間、沖矢さんが話しかけてくることはなかった。
「――お手間を取らせてしまって、本当にすみませんでした」
「僕がしたくてしたことですから、お気になさらず」
名前で呼びかけたきり黙りこくった不審者ぶりはどう解釈されただろう。シートベルトを外しながら考える。沖矢さんの中の人は置鮎さん……じゃなくてたしかFBI捜査官の赤井さんだったよね?その端整な顔が変装だなんて信じられない。てかヤバイな、こんな切れ者と知り合いになっちゃうなんて。
すでにいろんなことを知られた気がする。このエンカウント率は本当にただの偶然なのか。もしも、なにかしらの意図があって彼のほうから接触を図ってきているとしたら……?
「ありがとうございました。それじゃあ、」
「●●さん」
頭を打たないように用心しながら車を下りようとすると、呼び止められた。置鮎さんだと気づいてから生で自分の名前を呼ばれるとちょっと感動ものだ。
わたしは沖矢さんに視線を向けた。思ったよりも距離が近い。彼はこっちに少し身を乗り出しながら左手を伸ばした。視界を埋めようとする髪はその指で顔の横に流されて。遮るものがない状態で真っ直ぐ瞳を交わすと、沖矢さんは笑みを潜めた真剣な表情で静かな声を出した。
「何かお困りの事があれば、僕を頼ってくださいね」
――連絡先も知らない、単なる顔見知りなのにどうやって?もちろんそんなことは言わない。
わたしのほうからなにも教えなくても、沖矢さんなら有事の際には駆けつけてくれそうだ……なんてフラグを立てるのはやめよう。現実になったらちょっと怖い。
親切心の裏を読もうとするのはきっと不誠実だ。わたしは「はい」と返事をした。口先だけの言葉になっていないことを祈る。
それほど手間取らずに車外に出られたと思ったら、力加減がわからず半ドアになってしまった。しまらないなあと二重の意味で思いながらもやり直す。車の中の沖矢さんと目を合わせて会釈をし、邪魔にならないように後ろに下がった。わたしを残して、スバル360は走り去った。
さて、紙が示す住所にあったのは二階建てのアパートだった。この場所にあるものを具体的に想定してたわけじゃないけど、これは予想外だ。じゃあ、残りの三桁の数字はもしかして部屋の番号、とか?
果たして合致する数字の部屋があった。一階の角部屋だ。運良く周囲に人がいないから、試しに玄関の鍵穴に前ポケットから取り出した鍵を突っ込んでみる。あらま、開いちゃったよ。
お邪魔します、と心の中で呟いて扉をそっと開ける。そしてわたしは無事に目を覚ました――らよかったんだけど。用意したエンディングは採用されず。扉の先はなんの変哲もないただの部屋だった。当然、状況を説明してくれる助っ人の姿もない。
ひとまずサンダルを脱いで部屋に上がってみる。完全に不法侵入。見つからなければ問題ない。はず。ていうか夢だからね。それでも悪いことをしている気分は否めない。
広いとは言えないワンルームの室内をひととおり見て回った。……なんていうか、全体的に生活感がないというのが正直な感想だった。家電も新品みたいで使用された痕跡がない。誰も住んでいないのか。
――……ほんとうは、さ。これは夢だけど、いつもの夢とはなにかが違うことに薄々勘づいちゃってて。そのうち目が覚めるだろうとは思うけど、そのきっかけは自分で作らなくちゃいけない気がしてるんだ。
自分に都合良く考えるなら、ここはわたしのために用意された部屋。そういうことなんだろう。なら、ここを仮拠点ということにして。夢から覚めるための方法を探すとしましょうか。ね。
のんびり歩くわたしの前方から一台の赤い車がやってきた。その車はハザードランプを点灯させて緩やかに減速した。停車。ウインドウを下ろした運転席から顔を見せた人物は言わずもがなというべきか、
「おや。こんなところで会うとは奇遇ですね、●●さん」
「……沖矢さん」
誰も彼もが通り過ぎる中、唯一の顔見知りはわたしを見落としてくれなかった。どうしてこうもこの人と縁があるのか、誰か教えて。乙女ゲームだとこうやって親密度を高めていくんですよね、知ってるー。
人として最低限のマナーはわたしも心得ている。最初にサンダルのお礼を申し上げねば。
「先日はありがとうございました。このとおり、遠慮なく使わせていただいています」
「押しつけがましい真似をしてしまったのではないかと不安でしたが、お役に立てたのならよかった」
沖矢さんはさらりと言った。まったく嫌みがない。本当にいい人だ。これが現実だったら穿った見方なんかしないでこの出会いを喜べたのかな。ま、リアルだったらこんなにかっこいい人とはせいぜい道ですれ違えたらラッキーって感じか。
「●●さんはどちらにお出かけですか?よければ送っていきますよ」
「いえ、結構です。沖矢さんも用事がおありでしょう」
「僕は大学に行った帰りでして。もう用事を済ませましたし、この後予定もないので遠慮なさらず乗ってください」
なんて積極的な人なんだ。沖矢さんって今時珍しい肉食系男子ですか。別に食われる予定はなく、彼にも選ぶ権利はある。……っと、話が逸れた。
わたしが道を尋ねる相手を探している最中にタイミングよく現れた彼。ということは、ここは沖矢さんを頼れという神の思し召しだろうか。神ってなんの神だか謎だが。
なにを選べば正解なのか依然として不明だけど、彼にはサンダルをもらった恩義がある。好意を無下にできない。どうせ誰かには頼らないといけないんだから、この際沖矢さんでもいいんじゃないか……?なんて言ったら彼に失礼千万である。
駐車禁止エリアだからと急かされる。通行の邪魔になっているのは間違いなく、わたしはとうとう沖矢さんの車に乗るという選択肢を取った。左右を見て安全を確認してから横断、車の向こう側に回り込んで助手席のドアに手をかけようとした、まさにそのときだった。
だれだおまえ。
思わず声に出た、かもしれない。わたしは“それ”を凝視した。車の窓に反射して映し出されたわたしの顔――が、わたしの顔じゃない。え、なにこれ。だれ。どういうこと?
「●●さん?どうかしましたか?」
「……いえ。すみません、ドアが珍しくてつい」
「ああ、スーサイドドアは初めてでしたか」
少し開いた窓の上部から沖矢さんの声が漏れる。咄嗟にドアの開き方に話を持って行けたのは上出来だった。彼が親切にも内側から開けてくれる。わたしはその中に身を滑り込ませた。が、この身体での慣れない動作に手こずって頭をぶつけた。ゴツッ。たとえるならそんな擬音。視界が派手に揺れた。
「頭、大丈夫ですか?結構いい音がしましたけど……」
「大丈夫です」
シートベルトを締めるように促しつつ、車を発進させた沖矢さんが気遣ってくれる。これっぽっちも痛くはないけど非常にいたたまれない。素直に恥ずかしい。だけど、羞恥心どころじゃない問題を前にして上の空になる。わたし、頭の中身のほうは大丈夫じゃないかもしれませんよお兄さん。
さっき、車の窓に映っていたのはいったいなんだった?見慣れた白いパーカーを着た、黒髪の女だ。貞子のような長い髪を指先でずらせば全然見覚えのない顔が露になった。
(……いやいやいや……だれだあれ……?)
もう一度、窓の反射を盗み見ようとするけどよく見えない。これで助手席に座る人間とは別人が映ってたらホラー。急なジャンル変更は受付不可。これってホラーなの?リングってこんなのだったっけ?
できることならルームミラーでもサイドミラーでもいいから顔を近づけてじっくり確認したい。突然降って湧いた整形疑惑にひとり静かに混乱していたわたしは、沖矢さんの呼びかけに気づくのが遅れた。
「――……さん。●●さん、本当に大丈夫ですか?打ち所が悪かったとか……」
「……少しぼーっとしていました」
手当たり次第ミラーを凝視したくなる気持ちを無理矢理ねじ曲げて、運転席に視線を移す。赤信号で車を止めた彼は心配そうにこっちを見ていた。中身はともかく外傷はないはずだから適当に言い訳した。一応納得してくれたのか、沖矢さんは再びアクセルを踏みながらわたしに尋ねた。
「ところで、今更ですが行き先はこちらの道でよかったですか?」
ありがたく乗せてもらったものの、そういえば目的地をまだ告げていなかった。わたしはパーカーの前ポケットから紙を引っ張り出した。ここに行きたいんですけど、と前置きしてから再び信号に引っかかったタイミングで彼に見せる。沖矢さんは紙を一瞥すると住所を読み上げた。……んん?べーかちょう?
「ここなら方向は合っていますね。徒歩で行けない距離ではありませんが……残念ながら君が向かっていたのは逆方向だ」
おーい、土地勘がないのがあっさりバレたぞ。どうするわたし。進行方向は適当に決めたからね、そういうこともある。しょうがない、紙に書かれた場所に連れて行ってもらうためには必要なリスクだった。よし、オーケー。開き直って「そうでしたか」とそしらぬ顔で相槌を打っておいた。
地理に疎いわたしだけど“べーかちょう”には聞き覚えがあった。“こめはなまち”あるいは“こめかちょう”とか、そんなところだろうと思ってたら。“米花町”は“べいかちょう”だったとは。でも、米花町って言ったらあれですよね。見た目は子供頭脳は大人っていうアレの舞台がそんな名前だったような……?
「……“沖矢さん”……?」
わたしは改めて運転席に座るイケメンの横顔を眺めた。はい、なんですか。そう返す彼の声には聞き覚えがある。……そうだ。出会ったときからそう思ってたはずだ。というか、沖矢さんって。あれ。よくよく見てみたら、この顔って。あれれ~?
「“すばるさん”?」
「――……はい」
ハンドルを握る指がぴくりと反応した。突然名前で呼びかけられて不快だったかもしれないがこちとら気遣う余裕もない。それどころじゃないんだ。自分が裸足でいたことよりも、なんなら自分の顔が他人になっていることよりも強烈にインパクトのある事実に気づいてしまったから。
(えええー……まさかまさかの、そういうことなわけ?)
沖矢昴。それはとある漫画に出てくる登場人物のひとり。アニメで吹き替えを担当しているのは置鮎氏で、わたしの隣にいる彼はまさしく声優さんの声で喋っていた。どうりで聞き覚えがある素敵な声だったわけだ。納得。……じゃないわ。びっくりだわ。名前で呼ばれることが多い彼を苗字で呼んでたから今の今までピンと来なかった。
だって気づかないでしょ。『名探偵コナン』は漫画でアニメだよ?急に実写化されても普通気づかないってば。……まあ気づいてしまえば完成度高けーなオイって感じのハイクオリティーなんだけどさ?
――米花町に、沖矢昴。そう、わたしが見ている夢の舞台はあの有名な『名探偵コナン』で間違いない。
それにしてもなんでコナンが選ばれた。子供の頃からアニメは見てるけど熱心なファンというわけでもない。映画も地上波で放送されれば見る程度。基本的な情報をきっちり押さえているとも言いがたい。そんなあやふやな知識で大丈夫か……?別の候補があったはずだろう。原作をコンプリートしてる作品だって他にあるのに。どうなってるの、わたしの脳内。
だめだ、情報量が多すぎる。新事実が一気に発覚しすぎ。なにから手をつければいいのかわからなくて無言になる。わたしが必死に頭を働かせてることを察したのか、目的地に到着するまでの間、沖矢さんが話しかけてくることはなかった。
「――お手間を取らせてしまって、本当にすみませんでした」
「僕がしたくてしたことですから、お気になさらず」
名前で呼びかけたきり黙りこくった不審者ぶりはどう解釈されただろう。シートベルトを外しながら考える。沖矢さんの中の人は置鮎さん……じゃなくてたしかFBI捜査官の赤井さんだったよね?その端整な顔が変装だなんて信じられない。てかヤバイな、こんな切れ者と知り合いになっちゃうなんて。
すでにいろんなことを知られた気がする。このエンカウント率は本当にただの偶然なのか。もしも、なにかしらの意図があって彼のほうから接触を図ってきているとしたら……?
「ありがとうございました。それじゃあ、」
「●●さん」
頭を打たないように用心しながら車を下りようとすると、呼び止められた。置鮎さんだと気づいてから生で自分の名前を呼ばれるとちょっと感動ものだ。
わたしは沖矢さんに視線を向けた。思ったよりも距離が近い。彼はこっちに少し身を乗り出しながら左手を伸ばした。視界を埋めようとする髪はその指で顔の横に流されて。遮るものがない状態で真っ直ぐ瞳を交わすと、沖矢さんは笑みを潜めた真剣な表情で静かな声を出した。
「何かお困りの事があれば、僕を頼ってくださいね」
――連絡先も知らない、単なる顔見知りなのにどうやって?もちろんそんなことは言わない。
わたしのほうからなにも教えなくても、沖矢さんなら有事の際には駆けつけてくれそうだ……なんてフラグを立てるのはやめよう。現実になったらちょっと怖い。
親切心の裏を読もうとするのはきっと不誠実だ。わたしは「はい」と返事をした。口先だけの言葉になっていないことを祈る。
それほど手間取らずに車外に出られたと思ったら、力加減がわからず半ドアになってしまった。しまらないなあと二重の意味で思いながらもやり直す。車の中の沖矢さんと目を合わせて会釈をし、邪魔にならないように後ろに下がった。わたしを残して、スバル360は走り去った。
さて、紙が示す住所にあったのは二階建てのアパートだった。この場所にあるものを具体的に想定してたわけじゃないけど、これは予想外だ。じゃあ、残りの三桁の数字はもしかして部屋の番号、とか?
果たして合致する数字の部屋があった。一階の角部屋だ。運良く周囲に人がいないから、試しに玄関の鍵穴に前ポケットから取り出した鍵を突っ込んでみる。あらま、開いちゃったよ。
お邪魔します、と心の中で呟いて扉をそっと開ける。そしてわたしは無事に目を覚ました――らよかったんだけど。用意したエンディングは採用されず。扉の先はなんの変哲もないただの部屋だった。当然、状況を説明してくれる助っ人の姿もない。
ひとまずサンダルを脱いで部屋に上がってみる。完全に不法侵入。見つからなければ問題ない。はず。ていうか夢だからね。それでも悪いことをしている気分は否めない。
広いとは言えないワンルームの室内をひととおり見て回った。……なんていうか、全体的に生活感がないというのが正直な感想だった。家電も新品みたいで使用された痕跡がない。誰も住んでいないのか。
――……ほんとうは、さ。これは夢だけど、いつもの夢とはなにかが違うことに薄々勘づいちゃってて。そのうち目が覚めるだろうとは思うけど、そのきっかけは自分で作らなくちゃいけない気がしてるんだ。
自分に都合良く考えるなら、ここはわたしのために用意された部屋。そういうことなんだろう。なら、ここを仮拠点ということにして。夢から覚めるための方法を探すとしましょうか。ね。