目覚めのデッドエンド
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気がつくと、見知らぬ公園のベンチの上で寝ていた。そんな自分の状態に気づくのにも結構な時間がかかった。
……あれ。ここどこ。ていうか、わたしって誰。とまではいかないけど、なにしてたんだっけ?
たしかパートの仕事の後、家に帰ってシャワーを浴びて、夕食の支度を終えて、テレビを見ながらのんびりしてたはずだ。それから。……それから?
移動した記憶もなければ眠った記憶もない。だとしたらわたしは自宅にいるはずで、それなのに外で、知らない場所にいる。
混乱の極みであるはずなのに、危機感はというとそんなにない。意識はどこかはっきりしなかった。まるでフィルターがかかったみたいに。
うーん……?これってあれか。夢か。夢なのか。寝た覚えはないけどそうとしか考えられない。まさか知らない間に誘拐されて、見知らぬ土地に放置されたなんてことはさすがにないだろう。
ぼんやり浮かんでくる可能性をひとつひとつ考えて、消去法でとりあえず夢だという認識で落ち着いた。明晰夢はたまに見るし、これもきっとそうだ。
さて、夢であるとしたものの現状はなにも変わらなかった。
金縛りとまではいかないまでも身体の自由がきかず、ベンチに横たわったまま視線だけをあちこちにさまよわせる。
うん、公園なのは間違いない。街路樹の向こう側に多くはないが車が行き交うことから、そこそこ交通量のある道路に面した公園だとわかった。
空は青くて、いい天気。子供連れや犬の散歩をする人、ベンチで談笑するお年寄りの声。実に平和な風景にわたしは溶け込んでいた。……というか、溶け込みすぎてむしろ空気だった。
ベンチのひとつを長時間占領して居座る人間――まあそれなりに若い女――に対して、誰ひとり視線すら向けてこない。わたしだったら絶対見る。こっそりちら見する。
他人に無関心な土地柄なのか。しかしこれはどう説明しよう。あろうことか、寝転がるわたしの上に腰を下ろそうとする人がいるのだ。いじめか。座ろうとした当人は当然違和感を覚えて飛びのき、こっちを見る。ぎょっとしたように、あるいは不思議そうに。ところが視線は交わらない。――わたしが見えてないなんて、そんな馬鹿な。
そんなことが何度か起これば認めざるをえないわけで、どうやらわたしはここにいるのにいないらしい。そのうちこの“怪奇現象”が噂にでもなったのか、わたしのいるベンチに人が寄ってくることはなくなりつつあった。
わたしがいるのはちょうど公園にある時計が見える位置の、端のほうのベンチらしかった。そして身動きが取れない間に新たな発見――目を閉じればリモコンでスキップするように、意識的に時間の経過を促せるのだ。
一週間か一ヶ月か数ヶ月か、とにかくなにか変化が起こるまで飛ばした結果、少しは動けるようになってきた。
それにしても、なんて不自由な夢なんだ。自分の身体なのに思うように操作できない。これなら最近流行りのバーチャル・リアリティーのほうが高性能なんじゃないかな、体験したことないけど。
それに、視覚と聴覚以外がどうも怪しい。所詮夢の中だからあっても幻、だとしてもないのはつまらない。どうせならもっと融通をきかしてほしかったねー。
そんなこんなで、なんの意味があるのかわからない夢を見続けるわたしに、あるとき転機が訪れた。
「――……大丈夫ですか?」
寝転がるわたしの前方、上のほうから声が聞こえた気がした。気がした、というのも視覚が役に立たないからだ。
貞子並みに長い黒髪がカーテンのように顔を覆い隠して、目の前は真っ暗。わたしショートカットのはずなんだけどなにこれ、カツラ?ウィッグ?とにかく夢の中のわたしは貞子なので、身体を横に倒すともれなく黒いカーテンが引かれる。動きの鈍い身体だと髪を整える動作も一苦労でいつしか諦めた。さらにはパーカーのフードをかぶったせいで視界不良も甚だしい。……念のため人目を忍ぶつもりがこれじゃ不審者感マシマシだったかも。
わたしの前にいるらしい誰かさんは、誰かに向かって話しかけた。二人組なんだろうか。できれば余所に行ってほしい。いくらなにも感じないとはいえ、一瞬でもお尻の下敷きにされるのはやっぱりいい気分じゃない。……と思ってたら、「失礼」という一言とともに不意に目蓋の裏が明るくなった。つられて目を開けると、視界がひらけていた。仄かに感じた熱源を思わず目で追いかける。
(え……?)
人が、いた。うん、そりゃ公園なんだから人くらいいるだろう。問題なのは、ベンチの前で片膝を折ったその人がわたしを見ているということだ。見てる。目が合ってる。つまり、わたしのことが見えている……?
見えてるどころか、今この人、わたしに触らなかったか。顔を覆っていた前髪がよけられてるのがその証拠。しかも気のせいでなければ、無であったはずのわたしの感覚が人間の体温のようなものを感じ取った。
長い夢の中において、初めてのまともな接触だった。
わたしに話しかけたのは男の人。茶色っぽい髪に眼鏡を掛けたインテリ風のお兄さんだ。どこぞのテニス部員を彷彿とさせるような糸目だけど、眼鏡の向こうで僅かに見開かれた瞳は緑色に見えた。日本人っぽいけど違うのかなあ。綺麗な目。
わたしに問いかけたまま、彼は動かない。私も目を逸らすタイミングを逸した。これってあれかな、某有名歌手の持ち歌にあるやつ。見つめ合うと素直にお喋りできないよ……?
双方無言の状態でどのくらい時間が流れただろう。お兄さんの背後を元気な子供達の声が駆け抜けたことで、我に返った彼はようやく口を開いた。
「……不躾に、申し訳ありません。何度か声をかけたのですがぴくりともされないので、てっきり具合でも悪いのかと」
何度も声をかけてくれたのか。こちらこそ気づかなくてすみません。大丈夫ですか、と改めて尋ねられたから、答えるためにわたしは口を動かそうとした。
「だいじょうぶ、です」
ものすごーく久しぶりに喋った気になるけど、案外すんなりと出た小さな声は掠れたりもせず普通だった。口が動いてくれてひとまず安心した。
横になったまま会話を続けるのも失礼だろう。いっちょ気合いを入れますか、とベンチについた両手で上半身をゆっくり押し上げる。もっと俊敏に動けたらいいのに。重力が仕事しすぎなのか、身体の機能不全が原因なのか。
またもや視界を塞ごうとする黒いカーテン、同時にフードも払いのける。邪魔な髪をまとめてフードに突っ込んでおくのもありかもしれない。まあ悲惨な髪型になるだろうな。
この夢が始まってから誰かと視線が合ったことはないし、話しかけられることもなかった。もしかして、この人が夢から覚めるための重要人物……とか?
それにしても、ベンチで寝転がる見ず知らずの不審者を気遣ってくれるなんて優しい人だ。立ち上がった彼の顔をそろりと見上げる。クリアな視界に捉えたのはびっくり、俳優さんかなと思うくらいの、所謂イケメンだった。ひえっと内なる声が出なくてよかった。頭の位置が高い。この人が本当にキーパーソンだったらどうしよう。乙女ゲームでも始まるの?
大丈夫ですか。大丈夫です。ならよかった、とそれでさよならする流れかと思いきや、彼はその場に佇んだままだった。やっぱりこれを機になにか始まるんだろうか。始まらなくていいから終われ。そろそろ目が覚める頃合いだと思うんだけど。
「……失礼ですが、この近くにお住まいですか?」
顎に手を添えてなにやら思考していた彼はおもむろに質問を投げかけた。はいと答えるべきか、いいえと答えるべきか。正解はなんだ。選択式とセーブ機能を希望します。
まあ自宅から離れた公園まで足を延ばして寝てるという設定も不自然かと、とりあえず肯定しておくことにした。
「慣れ親しんだ場所であったとしても、若い女性が公共の場で無防備な姿を見せるのはあまり感心しませんね」
おっと窘められるとは予想外。ぴちぴちとは到底言えない、そろそろ若いに分類するのは厚かましい年齢になりつつある。何歳であっても性別が女なのは事実だから、親切なお兄さんに「お気遣いありがとうございます」と返した。ついでにこれ以上突っ込まれる前に先手を打っておこう。
「そろそろ帰るつもりなので、どうぞおかまいなく」
「……そうですか。では、僕はこれで」
牽制した甲斐あってか、お兄さんは深入りすることなく立ち去った。よかった、とほっとする。なんだかよくわからないが第一関門をクリアした気になる。
もしこれであの人が本当に重要人物だったりしたら、みすみす逃がしたことになるけどね。なんとなーく話を深めるのもよくない雰囲気だったと思う。まああれだ、ただの勘。
……そういえばあのお兄さん、どこかで聞いたことある声だった気がする。誰かに似てたのかなあ?
……あれ。ここどこ。ていうか、わたしって誰。とまではいかないけど、なにしてたんだっけ?
たしかパートの仕事の後、家に帰ってシャワーを浴びて、夕食の支度を終えて、テレビを見ながらのんびりしてたはずだ。それから。……それから?
移動した記憶もなければ眠った記憶もない。だとしたらわたしは自宅にいるはずで、それなのに外で、知らない場所にいる。
混乱の極みであるはずなのに、危機感はというとそんなにない。意識はどこかはっきりしなかった。まるでフィルターがかかったみたいに。
うーん……?これってあれか。夢か。夢なのか。寝た覚えはないけどそうとしか考えられない。まさか知らない間に誘拐されて、見知らぬ土地に放置されたなんてことはさすがにないだろう。
ぼんやり浮かんでくる可能性をひとつひとつ考えて、消去法でとりあえず夢だという認識で落ち着いた。明晰夢はたまに見るし、これもきっとそうだ。
さて、夢であるとしたものの現状はなにも変わらなかった。
金縛りとまではいかないまでも身体の自由がきかず、ベンチに横たわったまま視線だけをあちこちにさまよわせる。
うん、公園なのは間違いない。街路樹の向こう側に多くはないが車が行き交うことから、そこそこ交通量のある道路に面した公園だとわかった。
空は青くて、いい天気。子供連れや犬の散歩をする人、ベンチで談笑するお年寄りの声。実に平和な風景にわたしは溶け込んでいた。……というか、溶け込みすぎてむしろ空気だった。
ベンチのひとつを長時間占領して居座る人間――まあそれなりに若い女――に対して、誰ひとり視線すら向けてこない。わたしだったら絶対見る。こっそりちら見する。
他人に無関心な土地柄なのか。しかしこれはどう説明しよう。あろうことか、寝転がるわたしの上に腰を下ろそうとする人がいるのだ。いじめか。座ろうとした当人は当然違和感を覚えて飛びのき、こっちを見る。ぎょっとしたように、あるいは不思議そうに。ところが視線は交わらない。――わたしが見えてないなんて、そんな馬鹿な。
そんなことが何度か起これば認めざるをえないわけで、どうやらわたしはここにいるのにいないらしい。そのうちこの“怪奇現象”が噂にでもなったのか、わたしのいるベンチに人が寄ってくることはなくなりつつあった。
わたしがいるのはちょうど公園にある時計が見える位置の、端のほうのベンチらしかった。そして身動きが取れない間に新たな発見――目を閉じればリモコンでスキップするように、意識的に時間の経過を促せるのだ。
一週間か一ヶ月か数ヶ月か、とにかくなにか変化が起こるまで飛ばした結果、少しは動けるようになってきた。
それにしても、なんて不自由な夢なんだ。自分の身体なのに思うように操作できない。これなら最近流行りのバーチャル・リアリティーのほうが高性能なんじゃないかな、体験したことないけど。
それに、視覚と聴覚以外がどうも怪しい。所詮夢の中だからあっても幻、だとしてもないのはつまらない。どうせならもっと融通をきかしてほしかったねー。
そんなこんなで、なんの意味があるのかわからない夢を見続けるわたしに、あるとき転機が訪れた。
「――……大丈夫ですか?」
寝転がるわたしの前方、上のほうから声が聞こえた気がした。気がした、というのも視覚が役に立たないからだ。
貞子並みに長い黒髪がカーテンのように顔を覆い隠して、目の前は真っ暗。わたしショートカットのはずなんだけどなにこれ、カツラ?ウィッグ?とにかく夢の中のわたしは貞子なので、身体を横に倒すともれなく黒いカーテンが引かれる。動きの鈍い身体だと髪を整える動作も一苦労でいつしか諦めた。さらにはパーカーのフードをかぶったせいで視界不良も甚だしい。……念のため人目を忍ぶつもりがこれじゃ不審者感マシマシだったかも。
わたしの前にいるらしい誰かさんは、誰かに向かって話しかけた。二人組なんだろうか。できれば余所に行ってほしい。いくらなにも感じないとはいえ、一瞬でもお尻の下敷きにされるのはやっぱりいい気分じゃない。……と思ってたら、「失礼」という一言とともに不意に目蓋の裏が明るくなった。つられて目を開けると、視界がひらけていた。仄かに感じた熱源を思わず目で追いかける。
(え……?)
人が、いた。うん、そりゃ公園なんだから人くらいいるだろう。問題なのは、ベンチの前で片膝を折ったその人がわたしを見ているということだ。見てる。目が合ってる。つまり、わたしのことが見えている……?
見えてるどころか、今この人、わたしに触らなかったか。顔を覆っていた前髪がよけられてるのがその証拠。しかも気のせいでなければ、無であったはずのわたしの感覚が人間の体温のようなものを感じ取った。
長い夢の中において、初めてのまともな接触だった。
わたしに話しかけたのは男の人。茶色っぽい髪に眼鏡を掛けたインテリ風のお兄さんだ。どこぞのテニス部員を彷彿とさせるような糸目だけど、眼鏡の向こうで僅かに見開かれた瞳は緑色に見えた。日本人っぽいけど違うのかなあ。綺麗な目。
わたしに問いかけたまま、彼は動かない。私も目を逸らすタイミングを逸した。これってあれかな、某有名歌手の持ち歌にあるやつ。見つめ合うと素直にお喋りできないよ……?
双方無言の状態でどのくらい時間が流れただろう。お兄さんの背後を元気な子供達の声が駆け抜けたことで、我に返った彼はようやく口を開いた。
「……不躾に、申し訳ありません。何度か声をかけたのですがぴくりともされないので、てっきり具合でも悪いのかと」
何度も声をかけてくれたのか。こちらこそ気づかなくてすみません。大丈夫ですか、と改めて尋ねられたから、答えるためにわたしは口を動かそうとした。
「だいじょうぶ、です」
ものすごーく久しぶりに喋った気になるけど、案外すんなりと出た小さな声は掠れたりもせず普通だった。口が動いてくれてひとまず安心した。
横になったまま会話を続けるのも失礼だろう。いっちょ気合いを入れますか、とベンチについた両手で上半身をゆっくり押し上げる。もっと俊敏に動けたらいいのに。重力が仕事しすぎなのか、身体の機能不全が原因なのか。
またもや視界を塞ごうとする黒いカーテン、同時にフードも払いのける。邪魔な髪をまとめてフードに突っ込んでおくのもありかもしれない。まあ悲惨な髪型になるだろうな。
この夢が始まってから誰かと視線が合ったことはないし、話しかけられることもなかった。もしかして、この人が夢から覚めるための重要人物……とか?
それにしても、ベンチで寝転がる見ず知らずの不審者を気遣ってくれるなんて優しい人だ。立ち上がった彼の顔をそろりと見上げる。クリアな視界に捉えたのはびっくり、俳優さんかなと思うくらいの、所謂イケメンだった。ひえっと内なる声が出なくてよかった。頭の位置が高い。この人が本当にキーパーソンだったらどうしよう。乙女ゲームでも始まるの?
大丈夫ですか。大丈夫です。ならよかった、とそれでさよならする流れかと思いきや、彼はその場に佇んだままだった。やっぱりこれを機になにか始まるんだろうか。始まらなくていいから終われ。そろそろ目が覚める頃合いだと思うんだけど。
「……失礼ですが、この近くにお住まいですか?」
顎に手を添えてなにやら思考していた彼はおもむろに質問を投げかけた。はいと答えるべきか、いいえと答えるべきか。正解はなんだ。選択式とセーブ機能を希望します。
まあ自宅から離れた公園まで足を延ばして寝てるという設定も不自然かと、とりあえず肯定しておくことにした。
「慣れ親しんだ場所であったとしても、若い女性が公共の場で無防備な姿を見せるのはあまり感心しませんね」
おっと窘められるとは予想外。ぴちぴちとは到底言えない、そろそろ若いに分類するのは厚かましい年齢になりつつある。何歳であっても性別が女なのは事実だから、親切なお兄さんに「お気遣いありがとうございます」と返した。ついでにこれ以上突っ込まれる前に先手を打っておこう。
「そろそろ帰るつもりなので、どうぞおかまいなく」
「……そうですか。では、僕はこれで」
牽制した甲斐あってか、お兄さんは深入りすることなく立ち去った。よかった、とほっとする。なんだかよくわからないが第一関門をクリアした気になる。
もしこれであの人が本当に重要人物だったりしたら、みすみす逃がしたことになるけどね。なんとなーく話を深めるのもよくない雰囲気だったと思う。まああれだ、ただの勘。
……そういえばあのお兄さん、どこかで聞いたことある声だった気がする。誰かに似てたのかなあ?