目覚めのデッドエンド
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これっきりで終わると思っていたポアロ訪問をきっかけに、予期せずスマホという文明の利器を手に入れてしまった。場合によっては沖矢さんや安室さんにはわりと愛想のない対応をとれるのに、相手が梓さんだとそっけなくするのはことのほか難しい。自分でも初めて知ったその弱点を突かれるような形で警戒すべき“親切心”を受け入れてしまった。
(どんどんゴールが遠のいてるような気がする……)
最初の方針から大きく逸脱していることは間違いなかった。顔見知りが三人に増えて、しかもその誰もが決してモブとは呼べない重要なキャラクターだなんて。
今までなら数日くらいぱぱっと飛ばして時間を進めるのが普通だったけど、この世界との明確な繋がり(スマホ)を持ってしまった今それも実行しにくくなった。充電期間中という名の無職であるという設定だから――事実だけど――たとえばメールが送られてきたとして、何日も返信しないのは明らかにおかしい。なにかあったんじゃないかと余計な心配をかけたり詮索される隙になりうるのだ。そのため一日一回スマホをチェックすることを自分に義務づけた。必要なとき以外は電源を切って節約・節電を心がけている。
もともとそんなにマメなほうじゃないから、送られてくるメールに返事をする程度だけど、対する彼らはというと結構な頻度でメッセージをくれる。梓さんはまだわかるが安室さんに関しては意図が読めない。探りを入れてくるような文面じゃなくて、ごく普通の挨拶だとか世間話のような内容を送ってくる。絶対忙しいはずなのに二、三日に一度のペースで。マメすぎないか。こっちが察することのできない意図が隠されているのかもしれない、というか、あるに違いないんだけど全然わからないので開き直って額面どおり受け取ることにしていた。
凡人は凡人らしく振る舞うのみ。ついでに、こっちの人畜無害っぷりをさりげなくアピールできないものかなあと、何回かに一回は日常のなにげない場面の写真を添付して返した。綺麗な夕焼けとか、野良猫の寝顔とか、子供達が公園で作った砂の山とか。あなたが守っている日本国は今日も平和ですよーってね。
――そう。なんて平和な日々なんだろう。平和すぎてなんのためにこうして生活してるのか見失いそうなくらい。広がった人間関係を無難にやり過ごすことに重きを置きすぎて、本来の目的を遂行するための行動をなおざりにしていた。このままじゃダメだ、と今日のわたしは町中の散策に出かけている。
……そういえば、安室さんから借りてるスマホで住所を検索してみたんだけどね。自宅の住所。うん、実家のほうの。ヒット件数ゼロを見て、まあそうだよなあと笑った。存在するなら行って見てみたい気持ちはあったけど、多くない手持ちのお金を交通費に当てるのも不安だし、行っても好奇心が満たされるだけで意味はないだろうなと。家はあっても住人が違うってこともあるのかな。とりあえず存在の有無だけでも確認できてよかった。やっぱりここは現実じゃない――その証明がまたひとつ増えたんだから。
(さーて、どんな方法を試してみようかなあ)
わたしはトートバッグを片腕に通してぶらぶら当てもなく歩いた。これまた百円均一で買った薄い生地のバッグだ。中にはスマホと巾着、コンビニで買ったエナジーゼリーが二つ入っている。さすがにあれもこれもパーカーのポケットに突っ込むのは不格好だと思って。今さらだけどさ。四次元ポケットなのに収納に関してはただの布なんだもん。ゼリーは食事トレーニング用。固形は無理でもゼリーくらいならいけるかと思いつきで購入した。
今朝ネットでニュースを確認したら、昨日米花町で事件があったらしい。起こるところでは起こってるのか。こちとら巻き込まれるどころかまだ遭遇すらしていない。やる気あるのか米花町。ここにお誂え向きの被害者候補がいるんだけどなー。
……と思っていたら。ついにわたしにもチャンスが巡ってきた。事件じゃなくて交通事故のほうだ。車で景気よくぽーんと撥ねられたら実験成功だった、んだけど。まさか事故の相手がスケボーになるなんて夢にも思わないじゃない?
「やべ……っ!」
その瞬間、曲がり角から飛び出してきた小さな影が目の前に迫った。反射神経なんてものは備わってない。ぶわりと間近で空気がぶつかり合ったようで、長い黒髪が宙を舞う。聞き覚えのある声。見開かれた青い瞳。綺麗だなとのんきな思考が過ぎった直後、ガツリと大仰な音と同時に視界がぶれた。うわ、我ながら痛そう。
どちらに非があるかはまあ置いておくとして、正面衝突を緊急回避できたのは全面的に相手のおかげだった。足がもつれて塀にがっつり後頭部やら背中を打ちつけたわたしは、痛みもなくその場にずるずると座り込んだ。
「お姉さん大丈夫っ!?」
あーうん。大丈夫だけど大丈夫じゃない。その声を再確認してしまっては。とうとうこのときが来たかと頭を抱えたくなる虚脱感。自動車と並走できるというありえない性能を持ったスケボーを脇に抱えて、通り過ぎた少年が慌てて引き返してきた。可愛い声だねえ。紛うことなき高山さんボイス。わたしは直面してしまった不可避の現実を自身に認めさせるべく、邪魔な髪を手でよけながらゆっくり顔を上げた。
眼鏡越しに合った青い瞳が衝撃を受けたように硬直した。なるほど、あの特徴的な髪型は実写化されるとこうなるわけか。口ではうまく説明できないけど違和感なく自然に表現されている。将来イケメンになることが確定している顔は目鼻立ちくっきり、まろい輪郭は子どもらしくも非常に整っていた。今日は赤い蝶ネクタイを締めたあの定番の服装じゃないんだね――“江戸川コナン”くん。
なんとも言えない沈黙を流れるに任せる。いつものパターンだ。しばらくすればほら、我に返った相手のほうから声をかけてくる。
「っ……ごめん、なさい!あの、ボク、前をよく見てなくて、それで」
「いえ、こちらこそすみません。前方不注意でした」
少年が前を見ていなかったわけじゃないだろう。アニメを視聴していたわたしは知っている。人混みの中でもすいすいとすり抜ける主人公の姿をすぐに思い出せた。漫画の中だからこそ成立していたアクションは現実的に考えるとありえない。あんなのいつ衝突事故が起こってもおかしくないよね。だけど今のこの状況――この世界の日常に照らせば、やっぱりこれは起こるはずのなかったアクシデントだろう。原因はわたし。そして存在感の希薄さにあった。
狼狽えるコナンくんに人身被害はありませんとアピールする。ふと地面を見るとトートバッグが転がり、中身が飛び出していた。あちゃー。大丈夫じゃないのはこっちかもしれない。
「お姉さんのスマホ……」
「壊れてはいないようなので、問題ありません」
荷物を拾い集めてくれたコナンくんがトートバック、そしてスマホを恐る恐る差し出してくる。真っ黒な画面はわたしが電源を落としているからで、オンにするとちゃんと起動した。傷はちょっとついたかもしれないけど……うん、説明すれば安室さんも許してくれるだろう。
少年はいまだに座り込んだままのわたしを覗き込むようにして見ていた。いや、わたしというよりも視線は手元のスマホに集中していた。
「……ねえ、そのストラップってどこで買ったの?」
猫をかぶった高めの声が尋ねてくる。お目当てはこれか、とスマホにぶら下がっているそれをわたしも一緒に見つめた。赤い首輪をした黒猫のマスコット。これは沖矢さんがプレゼントしてくれたものだ。
ポアロで安室さんと話したあの日から数日後、偶然道端で彼と会った。そろそろ偶然という名の必然という気がしてる。彼は安室さんがわたしになんらかの連絡手段を提供すると推測していたらしく、貸し出された携帯電話を見ても特に驚かなかった。そこは納得しないで驚くふりくらいしてほしかった。展開を読んでいた沖矢さんから「よろしければお供にこの子を」と渡されたそれが今スマホにぶら下がっている。ちなみに、当然のように沖矢さんに連絡先の交換を持ちかけられた。彼からはこれといってメールは来ていない。それが普通だと思う。こっちから沖矢さんに連絡することがあるとすれば、どうしようもなく非常事態に陥ったときくらいかな。一生来ないことを祈る。
「可愛いでしょう?知り合いにいただいたんです」
わたしがそう言うと、コナンくんは「そうだねー」とどこか上の空で答えた。なにやら顎に手を当てて考え出す。正直思考に時間を割いている場合じゃないのでは。主人公がスケボーで登場したということは事件が絡んでいて、つまり先を急いでいるわけで。
「そんなことより、急用があったんじゃないですか?わたしは大丈夫なので、行ってください」
「で、でもっ、頭を打ったよね?しばらく様子を見てないと」
「なにかあれば救急車を呼びますから」
まあ呼ばないけど。心の中の呟きをおくびにも出さず、誰がどう聞いても痛みを一切感じさせない声音で促した。大丈夫アピールが完璧すぎることも問題になるとはこの時点では気づかなかった。痛がる演技をしたほうが自然だったかもしれない。
とにかく早く立ち去ってほしいと心から願っていると、世界の中心軸である少年はズボンのポケットからスマホを取り出しながら少し距離を取った。ん?
「――博士。わりぃんだけど今から言う住所まで来てくれねーか?ああ、実はちょっとアクシデントがあって。ここにいる女の人を車で回収して、しばらく家で様子を見ててほしいんだ」
ねえ待って。ちょっと待って。はかせってあの……?工藤宅の隣に住む阿笠博士だよね?
それはまずい、と冷や汗をかくわたしを尻目に、通話を切って振り向いたコナンくんは再び高めの声音を使った。
「本当はボクが責任を持ってお姉さんの傍についてなくちゃいけないんだけど……。今、知り合いの阿笠博士っていう人に来てもらえるように頼んだから、もう少しだけここで待っててくれる?ボクも用事が済んだらすぐ帰るから、お姉さんはその人の家で休んでて」
「いえ、わたしは……」
「休んでて、ね?」
頷かなければ少年はこの場から離れそうになかった。無邪気を装いながら我を通す、さすが主人公。わたしが了承したのを確認すると、コナンくんはほっとしたように表情を緩めた。
「博士は黄色いビートルで来るから、お姉さん、安静にして待っててね!」
スケボーに乗って華麗に去っていく小さな後ろ姿を見送った。深々と溜め息。うん、なかなか上手に口から出た。こっちに向かっているらしい博士には悪いけど、ここでおとなしく待っているわけにはいかない。地面に両手をついて、よっこらしょとかけ声を。塀に再度頭をぶつけたりひっくり返りそうになったりと、目撃者がいたら救急車を呼ばれかねない醜態を晒しながらも立ち上がる。よし、あとは何食わぬ顔で立ち去るだけだ。
コナンくんから阿笠博士に伝えられたのは場所とそこにいる人間の性別のみ。それなら離れてしまえば特定されることはないだろう。そして見込みどおり、現場からの距離を稼いでいる最中に件のカブトムシくんとすれ違った。一瞥で慎重に確認した運転手は恰幅のいい中年男性。なかなか類を見ないあの髪型は博士で間違いない。一瞬で判別できる完成度の高さに感嘆しつつ、去っていくエンジン音を背中に受けてほっと安堵した。
主要キャラは遠目で観賞するくらいがちょうどいい。最善はもちろん接触が生じる可能性すら事前に潰すことです。というわけで無駄足踏ませてごめんなさい博士。
心の中で誠心誠意詫びるわたしは、まさかの主人公との邂逅がこれで事なきを得たと、お気楽にもそう信じていた。
(どんどんゴールが遠のいてるような気がする……)
最初の方針から大きく逸脱していることは間違いなかった。顔見知りが三人に増えて、しかもその誰もが決してモブとは呼べない重要なキャラクターだなんて。
今までなら数日くらいぱぱっと飛ばして時間を進めるのが普通だったけど、この世界との明確な繋がり(スマホ)を持ってしまった今それも実行しにくくなった。充電期間中という名の無職であるという設定だから――事実だけど――たとえばメールが送られてきたとして、何日も返信しないのは明らかにおかしい。なにかあったんじゃないかと余計な心配をかけたり詮索される隙になりうるのだ。そのため一日一回スマホをチェックすることを自分に義務づけた。必要なとき以外は電源を切って節約・節電を心がけている。
もともとそんなにマメなほうじゃないから、送られてくるメールに返事をする程度だけど、対する彼らはというと結構な頻度でメッセージをくれる。梓さんはまだわかるが安室さんに関しては意図が読めない。探りを入れてくるような文面じゃなくて、ごく普通の挨拶だとか世間話のような内容を送ってくる。絶対忙しいはずなのに二、三日に一度のペースで。マメすぎないか。こっちが察することのできない意図が隠されているのかもしれない、というか、あるに違いないんだけど全然わからないので開き直って額面どおり受け取ることにしていた。
凡人は凡人らしく振る舞うのみ。ついでに、こっちの人畜無害っぷりをさりげなくアピールできないものかなあと、何回かに一回は日常のなにげない場面の写真を添付して返した。綺麗な夕焼けとか、野良猫の寝顔とか、子供達が公園で作った砂の山とか。あなたが守っている日本国は今日も平和ですよーってね。
――そう。なんて平和な日々なんだろう。平和すぎてなんのためにこうして生活してるのか見失いそうなくらい。広がった人間関係を無難にやり過ごすことに重きを置きすぎて、本来の目的を遂行するための行動をなおざりにしていた。このままじゃダメだ、と今日のわたしは町中の散策に出かけている。
……そういえば、安室さんから借りてるスマホで住所を検索してみたんだけどね。自宅の住所。うん、実家のほうの。ヒット件数ゼロを見て、まあそうだよなあと笑った。存在するなら行って見てみたい気持ちはあったけど、多くない手持ちのお金を交通費に当てるのも不安だし、行っても好奇心が満たされるだけで意味はないだろうなと。家はあっても住人が違うってこともあるのかな。とりあえず存在の有無だけでも確認できてよかった。やっぱりここは現実じゃない――その証明がまたひとつ増えたんだから。
(さーて、どんな方法を試してみようかなあ)
わたしはトートバッグを片腕に通してぶらぶら当てもなく歩いた。これまた百円均一で買った薄い生地のバッグだ。中にはスマホと巾着、コンビニで買ったエナジーゼリーが二つ入っている。さすがにあれもこれもパーカーのポケットに突っ込むのは不格好だと思って。今さらだけどさ。四次元ポケットなのに収納に関してはただの布なんだもん。ゼリーは食事トレーニング用。固形は無理でもゼリーくらいならいけるかと思いつきで購入した。
今朝ネットでニュースを確認したら、昨日米花町で事件があったらしい。起こるところでは起こってるのか。こちとら巻き込まれるどころかまだ遭遇すらしていない。やる気あるのか米花町。ここにお誂え向きの被害者候補がいるんだけどなー。
……と思っていたら。ついにわたしにもチャンスが巡ってきた。事件じゃなくて交通事故のほうだ。車で景気よくぽーんと撥ねられたら実験成功だった、んだけど。まさか事故の相手がスケボーになるなんて夢にも思わないじゃない?
「やべ……っ!」
その瞬間、曲がり角から飛び出してきた小さな影が目の前に迫った。反射神経なんてものは備わってない。ぶわりと間近で空気がぶつかり合ったようで、長い黒髪が宙を舞う。聞き覚えのある声。見開かれた青い瞳。綺麗だなとのんきな思考が過ぎった直後、ガツリと大仰な音と同時に視界がぶれた。うわ、我ながら痛そう。
どちらに非があるかはまあ置いておくとして、正面衝突を緊急回避できたのは全面的に相手のおかげだった。足がもつれて塀にがっつり後頭部やら背中を打ちつけたわたしは、痛みもなくその場にずるずると座り込んだ。
「お姉さん大丈夫っ!?」
あーうん。大丈夫だけど大丈夫じゃない。その声を再確認してしまっては。とうとうこのときが来たかと頭を抱えたくなる虚脱感。自動車と並走できるというありえない性能を持ったスケボーを脇に抱えて、通り過ぎた少年が慌てて引き返してきた。可愛い声だねえ。紛うことなき高山さんボイス。わたしは直面してしまった不可避の現実を自身に認めさせるべく、邪魔な髪を手でよけながらゆっくり顔を上げた。
眼鏡越しに合った青い瞳が衝撃を受けたように硬直した。なるほど、あの特徴的な髪型は実写化されるとこうなるわけか。口ではうまく説明できないけど違和感なく自然に表現されている。将来イケメンになることが確定している顔は目鼻立ちくっきり、まろい輪郭は子どもらしくも非常に整っていた。今日は赤い蝶ネクタイを締めたあの定番の服装じゃないんだね――“江戸川コナン”くん。
なんとも言えない沈黙を流れるに任せる。いつものパターンだ。しばらくすればほら、我に返った相手のほうから声をかけてくる。
「っ……ごめん、なさい!あの、ボク、前をよく見てなくて、それで」
「いえ、こちらこそすみません。前方不注意でした」
少年が前を見ていなかったわけじゃないだろう。アニメを視聴していたわたしは知っている。人混みの中でもすいすいとすり抜ける主人公の姿をすぐに思い出せた。漫画の中だからこそ成立していたアクションは現実的に考えるとありえない。あんなのいつ衝突事故が起こってもおかしくないよね。だけど今のこの状況――この世界の日常に照らせば、やっぱりこれは起こるはずのなかったアクシデントだろう。原因はわたし。そして存在感の希薄さにあった。
狼狽えるコナンくんに人身被害はありませんとアピールする。ふと地面を見るとトートバッグが転がり、中身が飛び出していた。あちゃー。大丈夫じゃないのはこっちかもしれない。
「お姉さんのスマホ……」
「壊れてはいないようなので、問題ありません」
荷物を拾い集めてくれたコナンくんがトートバック、そしてスマホを恐る恐る差し出してくる。真っ黒な画面はわたしが電源を落としているからで、オンにするとちゃんと起動した。傷はちょっとついたかもしれないけど……うん、説明すれば安室さんも許してくれるだろう。
少年はいまだに座り込んだままのわたしを覗き込むようにして見ていた。いや、わたしというよりも視線は手元のスマホに集中していた。
「……ねえ、そのストラップってどこで買ったの?」
猫をかぶった高めの声が尋ねてくる。お目当てはこれか、とスマホにぶら下がっているそれをわたしも一緒に見つめた。赤い首輪をした黒猫のマスコット。これは沖矢さんがプレゼントしてくれたものだ。
ポアロで安室さんと話したあの日から数日後、偶然道端で彼と会った。そろそろ偶然という名の必然という気がしてる。彼は安室さんがわたしになんらかの連絡手段を提供すると推測していたらしく、貸し出された携帯電話を見ても特に驚かなかった。そこは納得しないで驚くふりくらいしてほしかった。展開を読んでいた沖矢さんから「よろしければお供にこの子を」と渡されたそれが今スマホにぶら下がっている。ちなみに、当然のように沖矢さんに連絡先の交換を持ちかけられた。彼からはこれといってメールは来ていない。それが普通だと思う。こっちから沖矢さんに連絡することがあるとすれば、どうしようもなく非常事態に陥ったときくらいかな。一生来ないことを祈る。
「可愛いでしょう?知り合いにいただいたんです」
わたしがそう言うと、コナンくんは「そうだねー」とどこか上の空で答えた。なにやら顎に手を当てて考え出す。正直思考に時間を割いている場合じゃないのでは。主人公がスケボーで登場したということは事件が絡んでいて、つまり先を急いでいるわけで。
「そんなことより、急用があったんじゃないですか?わたしは大丈夫なので、行ってください」
「で、でもっ、頭を打ったよね?しばらく様子を見てないと」
「なにかあれば救急車を呼びますから」
まあ呼ばないけど。心の中の呟きをおくびにも出さず、誰がどう聞いても痛みを一切感じさせない声音で促した。大丈夫アピールが完璧すぎることも問題になるとはこの時点では気づかなかった。痛がる演技をしたほうが自然だったかもしれない。
とにかく早く立ち去ってほしいと心から願っていると、世界の中心軸である少年はズボンのポケットからスマホを取り出しながら少し距離を取った。ん?
「――博士。わりぃんだけど今から言う住所まで来てくれねーか?ああ、実はちょっとアクシデントがあって。ここにいる女の人を車で回収して、しばらく家で様子を見ててほしいんだ」
ねえ待って。ちょっと待って。はかせってあの……?工藤宅の隣に住む阿笠博士だよね?
それはまずい、と冷や汗をかくわたしを尻目に、通話を切って振り向いたコナンくんは再び高めの声音を使った。
「本当はボクが責任を持ってお姉さんの傍についてなくちゃいけないんだけど……。今、知り合いの阿笠博士っていう人に来てもらえるように頼んだから、もう少しだけここで待っててくれる?ボクも用事が済んだらすぐ帰るから、お姉さんはその人の家で休んでて」
「いえ、わたしは……」
「休んでて、ね?」
頷かなければ少年はこの場から離れそうになかった。無邪気を装いながら我を通す、さすが主人公。わたしが了承したのを確認すると、コナンくんはほっとしたように表情を緩めた。
「博士は黄色いビートルで来るから、お姉さん、安静にして待っててね!」
スケボーに乗って華麗に去っていく小さな後ろ姿を見送った。深々と溜め息。うん、なかなか上手に口から出た。こっちに向かっているらしい博士には悪いけど、ここでおとなしく待っているわけにはいかない。地面に両手をついて、よっこらしょとかけ声を。塀に再度頭をぶつけたりひっくり返りそうになったりと、目撃者がいたら救急車を呼ばれかねない醜態を晒しながらも立ち上がる。よし、あとは何食わぬ顔で立ち去るだけだ。
コナンくんから阿笠博士に伝えられたのは場所とそこにいる人間の性別のみ。それなら離れてしまえば特定されることはないだろう。そして見込みどおり、現場からの距離を稼いでいる最中に件のカブトムシくんとすれ違った。一瞥で慎重に確認した運転手は恰幅のいい中年男性。なかなか類を見ないあの髪型は博士で間違いない。一瞬で判別できる完成度の高さに感嘆しつつ、去っていくエンジン音を背中に受けてほっと安堵した。
主要キャラは遠目で観賞するくらいがちょうどいい。最善はもちろん接触が生じる可能性すら事前に潰すことです。というわけで無駄足踏ませてごめんなさい博士。
心の中で誠心誠意詫びるわたしは、まさかの主人公との邂逅がこれで事なきを得たと、お気楽にもそう信じていた。