目覚めのデッドエンド
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安室さんがゆっくり告げようとした言葉はよく聞こえなかった。割り込むように後ろから放り込まれた第三者の声は聞き覚えがありまくりで、姿を見なくても正体を知ったわたしは息が止まる思いだった。……な、
(なんで来ちゃうの……沖矢さん)
想定外の人物の乱入に驚きを露にする安室さん。彼の視線をたどってぎこちなく振り向けば、澄まし顔の沖矢さんがそこに立っていた。あんなに念を押したのになんでだ。どういうつもりなのか、ちょっと胸ぐらを掴ませていただいて揺さぶりながら問いつめたい。
絶体絶命のピンチに現れるヒーローのごとく颯爽と登場した彼は、悠々と近づくとわたしの腰をスマートに抱き寄せた。緩んだ安室さんの手はそれだけのことで簡単に離れた。
「……沖矢、さん。なぜあなたがここに……」
安室さんは呆気にとられて呟いた。かと思うと獲物を逃がしてしまった自分の手を見下ろし、ぐっと拳を握って再度笑顔を貼りつけた。さっきまでの嬉々としたものじゃなくて作り笑いだとはっきりわかる寒々しい表情だった。
「●●さんを迎えに来たんです。すぐに戻ると聞いていたのにあまりにも遅いので、何か不測の事態が起こったのではと」
「迎えに、ですか。随分と仲がよろしいようで」
「……ええ。ここ数日間、彼女を家に泊める程度には」
ちょっと待って、なにこの空気。酸素濃度がここだけ異様に薄い気が……あれ、今、泊めたって言った?
沖矢さんの思いがけない発言を受けて、安室さんの鋭利な視線がわたしに飛ぶ。首と両手を同時にぶんぶん振った。心の中で。そんなのわたしだって初耳ですってば。てか沖矢さん、いつから安室さんとの会話を聞いてたんですか。まさか気配を消してずっと盗み聞きしてたりしないよね。
沖矢さんの援護によって、安室さんはひとまず追求の手を止めてくれる気になったらしい。それともポアロでの仕事を気にしてだろうか。長々と引き留めてすみませんでした、とわたしに向かって謝る。お返ししますと差し出された銀色の鍵を手のひらでもらい受けようとしたら、鍵ごと包み込むように両手で握られた。な、なに?
「今日の所は身を引きますが、あなたと話したい気持ちは嘘ではないので。信じてください」
はあ。そうなんですか。わたしのリアクションを期待してか少し間を置いてから、安室さんの唇に小さな苦笑が滲んだ。なんかごめんなさい。
「……僕、次のシフトは二日後なんです。その日はずっとポアロにいるはずなので、よかったら来ていただけませんか?急に予定が変更になった時のために、できれば連絡先を交換しておきたいくらいなんですが……」
わたしに寄り添う沖矢さんの存在は完全になきものにされている。長身の男性二人に挟まれてるこの状況はなんの苦行だ。両手に花とか悠長なことも言ってられないぞ。とにかく沖矢さんをこの場から逃がさないと。そしてわたしも逃げ出したい。
連絡先と言われても手段を持たないわたしは正直にそう伝えた。今時携帯電話を持っていないなんて信じられないと若干疑いの眼差しを向けられた。あ、修理中だって言ったほうがよかった?いつかバレたら言い訳のしようがないからまあいいか。安室さんは残念ですとこれ見よがしに肩を落として、わたしの指や手の甲を撫でるようにして解放した。……えっちな手つきはいけないと思います。
「そういう事なら、やはり明後日ポアロで会うしかありませんね」
会うことは揺るぎない決定事項のようだ。今日引き下がるのはそれが条件ってわけね。なんとなく隣から視線を感じる気がするのは、たぶん助け船を出したほうがいいかという沖矢さんのメッセージで……いや、本当にもうこれ以上は彼の手を煩わせるわけにはいかない。あとはわたしがなんとかひとりでできるといいなー。これはわたしと安室さんの問題なわけだし。……がんばれ●●。
「わかりました。それでは明後日伺います。……あなたに、会うために」
だから今日はこれでさよならしよう、そうしよう。臆することなく彼の綺麗な青の瞳を見上げれば、安室さんは僅かに息を呑んだ。それからふわっと相好を崩して嬉しそうに頷いた。ベビーフェイスだから男なのに可愛い仕草に見える。これだからこの二十九歳は。ずるい。
「ふふ、約束ですよ。来てくれないとお家まで押しかけちゃいますからね?」
言ってる内容は全然可愛くない。さらっと脅迫しないで。押し込み強盗の告知かなにかか。自宅を押さえられているというのはこういうときかなり不利に働くのだとひとつ賢くなった。
安室さんはきっちり約束を取りつけたことで満足したようで、アルバイターとしての責務を果たすべく喫茶店に引き返して行った。隣の彼に「失礼」と一言残しただけでもまずまずの対応だろうか。
「……僕達も、行きましょうか」
沖矢さんは去っていく背中から視線を外すと、わたしを見下ろして優しく促した。腰に回された腕はなぜかそのままで、彼の車の助手席まで丁重に誘導された。
「長い時間お待たせしてしまいました。本当にすみませんでした」
「いえいえ。大方、彼がいない間に借りた物を店に預けて出たものの、運悪く捕まってしまったといった所でしょうか」
「……正解です」
当たってる。この世界の推理小説好きな人ってほんとエスパー。エンジンをかけてシートベルトを締めた彼は、同じくシートベルトを締めるわたしの動作を眺めながら少し心配そうに聞いてきた。
「残念ながら明後日は予定が入っているので、僕は付き添う事が出来ませんが……お一人で大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫です」
まさか予定がなかったら同行してくれる気でいたのかと、わたしは食い気味に答えを返した。なにかと傍にいてくれることが多いけど、元からわたしはひとりだ。なにも沖矢さんがリスクを負う必要はない。彼には彼でいろいろ大変な事情があるのに、顔見知り程度の人間にそこまで心を砕かないでほしい。申し訳なさすぎて死ぬまで頭が上がらないよ……。
庇うように虚偽の証言までしてくれた沖矢さん。優しい沖矢さんの裏には赤井さんがいて、赤井さんの考えていることはさっぱりわからないわたしだけど。利用できるものは利用しろと言ってくれた彼に、今はまだ甘えていてもいいだろうか。
「それにしても、厄介な男に目を付けられてしまいましたね」
「安室さんは探偵だとか……。今まで身近にいなかった職業の方なので、よくわからなくてちょっと怖いなとは思います」
同情するような口ぶりの沖矢さんに心の中では乾いた笑み、口からはついつい本音が漏れ出てしまう。彼は口元に手を当てて窓枠に肘をつくと、なにやら呟いたようだった。“いずれこうなる気はしていたが”……?姿勢を正した沖矢さんは独り言には触れなかった。
「当日付き合えない代わりと言ってはなんですが、まだ時間はありますし、他に寄りたい場所はありませんか?」
本当は今すぐにでも彼を解放すべきだった。だけど、今日だけは。素直にその好意に甘えさせてほしい。
「……お願い、してもいいですか」
来きたるべき日を乗り切るための準備期間は短い。できる限りの備えをしておかねば。
自分から初めて頼る言葉を紡いだわたしに、沖矢さんは口元の微笑を深めることで応えてくれた。
(なんで来ちゃうの……沖矢さん)
想定外の人物の乱入に驚きを露にする安室さん。彼の視線をたどってぎこちなく振り向けば、澄まし顔の沖矢さんがそこに立っていた。あんなに念を押したのになんでだ。どういうつもりなのか、ちょっと胸ぐらを掴ませていただいて揺さぶりながら問いつめたい。
絶体絶命のピンチに現れるヒーローのごとく颯爽と登場した彼は、悠々と近づくとわたしの腰をスマートに抱き寄せた。緩んだ安室さんの手はそれだけのことで簡単に離れた。
「……沖矢、さん。なぜあなたがここに……」
安室さんは呆気にとられて呟いた。かと思うと獲物を逃がしてしまった自分の手を見下ろし、ぐっと拳を握って再度笑顔を貼りつけた。さっきまでの嬉々としたものじゃなくて作り笑いだとはっきりわかる寒々しい表情だった。
「●●さんを迎えに来たんです。すぐに戻ると聞いていたのにあまりにも遅いので、何か不測の事態が起こったのではと」
「迎えに、ですか。随分と仲がよろしいようで」
「……ええ。ここ数日間、彼女を家に泊める程度には」
ちょっと待って、なにこの空気。酸素濃度がここだけ異様に薄い気が……あれ、今、泊めたって言った?
沖矢さんの思いがけない発言を受けて、安室さんの鋭利な視線がわたしに飛ぶ。首と両手を同時にぶんぶん振った。心の中で。そんなのわたしだって初耳ですってば。てか沖矢さん、いつから安室さんとの会話を聞いてたんですか。まさか気配を消してずっと盗み聞きしてたりしないよね。
沖矢さんの援護によって、安室さんはひとまず追求の手を止めてくれる気になったらしい。それともポアロでの仕事を気にしてだろうか。長々と引き留めてすみませんでした、とわたしに向かって謝る。お返ししますと差し出された銀色の鍵を手のひらでもらい受けようとしたら、鍵ごと包み込むように両手で握られた。な、なに?
「今日の所は身を引きますが、あなたと話したい気持ちは嘘ではないので。信じてください」
はあ。そうなんですか。わたしのリアクションを期待してか少し間を置いてから、安室さんの唇に小さな苦笑が滲んだ。なんかごめんなさい。
「……僕、次のシフトは二日後なんです。その日はずっとポアロにいるはずなので、よかったら来ていただけませんか?急に予定が変更になった時のために、できれば連絡先を交換しておきたいくらいなんですが……」
わたしに寄り添う沖矢さんの存在は完全になきものにされている。長身の男性二人に挟まれてるこの状況はなんの苦行だ。両手に花とか悠長なことも言ってられないぞ。とにかく沖矢さんをこの場から逃がさないと。そしてわたしも逃げ出したい。
連絡先と言われても手段を持たないわたしは正直にそう伝えた。今時携帯電話を持っていないなんて信じられないと若干疑いの眼差しを向けられた。あ、修理中だって言ったほうがよかった?いつかバレたら言い訳のしようがないからまあいいか。安室さんは残念ですとこれ見よがしに肩を落として、わたしの指や手の甲を撫でるようにして解放した。……えっちな手つきはいけないと思います。
「そういう事なら、やはり明後日ポアロで会うしかありませんね」
会うことは揺るぎない決定事項のようだ。今日引き下がるのはそれが条件ってわけね。なんとなく隣から視線を感じる気がするのは、たぶん助け船を出したほうがいいかという沖矢さんのメッセージで……いや、本当にもうこれ以上は彼の手を煩わせるわけにはいかない。あとはわたしがなんとかひとりでできるといいなー。これはわたしと安室さんの問題なわけだし。……がんばれ●●。
「わかりました。それでは明後日伺います。……あなたに、会うために」
だから今日はこれでさよならしよう、そうしよう。臆することなく彼の綺麗な青の瞳を見上げれば、安室さんは僅かに息を呑んだ。それからふわっと相好を崩して嬉しそうに頷いた。ベビーフェイスだから男なのに可愛い仕草に見える。これだからこの二十九歳は。ずるい。
「ふふ、約束ですよ。来てくれないとお家まで押しかけちゃいますからね?」
言ってる内容は全然可愛くない。さらっと脅迫しないで。押し込み強盗の告知かなにかか。自宅を押さえられているというのはこういうときかなり不利に働くのだとひとつ賢くなった。
安室さんはきっちり約束を取りつけたことで満足したようで、アルバイターとしての責務を果たすべく喫茶店に引き返して行った。隣の彼に「失礼」と一言残しただけでもまずまずの対応だろうか。
「……僕達も、行きましょうか」
沖矢さんは去っていく背中から視線を外すと、わたしを見下ろして優しく促した。腰に回された腕はなぜかそのままで、彼の車の助手席まで丁重に誘導された。
「長い時間お待たせしてしまいました。本当にすみませんでした」
「いえいえ。大方、彼がいない間に借りた物を店に預けて出たものの、運悪く捕まってしまったといった所でしょうか」
「……正解です」
当たってる。この世界の推理小説好きな人ってほんとエスパー。エンジンをかけてシートベルトを締めた彼は、同じくシートベルトを締めるわたしの動作を眺めながら少し心配そうに聞いてきた。
「残念ながら明後日は予定が入っているので、僕は付き添う事が出来ませんが……お一人で大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫です」
まさか予定がなかったら同行してくれる気でいたのかと、わたしは食い気味に答えを返した。なにかと傍にいてくれることが多いけど、元からわたしはひとりだ。なにも沖矢さんがリスクを負う必要はない。彼には彼でいろいろ大変な事情があるのに、顔見知り程度の人間にそこまで心を砕かないでほしい。申し訳なさすぎて死ぬまで頭が上がらないよ……。
庇うように虚偽の証言までしてくれた沖矢さん。優しい沖矢さんの裏には赤井さんがいて、赤井さんの考えていることはさっぱりわからないわたしだけど。利用できるものは利用しろと言ってくれた彼に、今はまだ甘えていてもいいだろうか。
「それにしても、厄介な男に目を付けられてしまいましたね」
「安室さんは探偵だとか……。今まで身近にいなかった職業の方なので、よくわからなくてちょっと怖いなとは思います」
同情するような口ぶりの沖矢さんに心の中では乾いた笑み、口からはついつい本音が漏れ出てしまう。彼は口元に手を当てて窓枠に肘をつくと、なにやら呟いたようだった。“いずれこうなる気はしていたが”……?姿勢を正した沖矢さんは独り言には触れなかった。
「当日付き合えない代わりと言ってはなんですが、まだ時間はありますし、他に寄りたい場所はありませんか?」
本当は今すぐにでも彼を解放すべきだった。だけど、今日だけは。素直にその好意に甘えさせてほしい。
「……お願い、してもいいですか」
来きたるべき日を乗り切るための準備期間は短い。できる限りの備えをしておかねば。
自分から初めて頼る言葉を紡いだわたしに、沖矢さんは口元の微笑を深めることで応えてくれた。