Mean Hero
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食事を終えて、三人は学校へ戻ると言って、ぞろぞろと玄関へと向かって行った。
もう遅いし泊まって行ったら?と誘ったが、そこまでお世話になるわけにはいかないと夏油くん。すると、隣にいた悟くんが「もしかして一人で寝るのが怖かったりして」なんてことを鼻で笑いながら言ってきた。
うぬぬ……。どこまでも人を小馬鹿するのが大好きな人だ。その羨ましいほどの高い鼻をへし折ってやりたい気分。
最後の最後までそんなやりとりをしながら、三人を見送ったあと、風呂に入り、特にやることもないので早めにベッドに潜ることにした。
布団を被り、ボーッと天井を眺めていると、帰り道の出来事と似たようなことをふと思い出した。
◆◇◆
小学生三年生くらいだっただろうか。
その当時、クラスメイトの間でちょっとした都市伝説が流行っていた。『ひきこさん』という、赤いワンピースに靴を履いた女の人の霊。下校中、一人でいる子供を襲って、身体が散り散りになるまで引き摺り回す……―――
とまぁ、よくある子供の噂話に過ぎなかった。今思えば笑い話。だけど、その当時はもう怖くて怖くて。加えて、人一倍、信じやすく、怖がりだった私はクラスの子達から聞いた『ひきこさん』に本気になってしまっていた。
『ねぇねぇ、昨日、塾の子が言っていたんだけど、郵便局裏にあるお地蔵さまの祠の所で赤いワンピースの女の人、見たんだって』
『えー、やだ。絶対ひきこさんじゃん』
『どうしよう。私、ピアノ教室に行くとき、郵便局の近く通るんだけど』
『大丈夫だよ。雨の日以外は出ないって話だし』
『え、そういや明日雨じゃん。やだなぁ、学校休もうかな』
下校中、ふと頭の中にクラスの女の子たちの会話が蘇った。
忘れていたと思っていたのに。なんでこのタイミングで思い出すの。しかも、件のお地蔵さまの祠へと続く道の途中で。しかも今にも雨が降りそうな空模様のときに。
普段なら、近道だから何も気にせずに使っているのに、そんな話を聞いてしまったからには、もうまともに動けやしない。
どっと押し寄せてきた恐怖にうずくまっていると、「何やってんの」と声がした。
「悟くん……」
「道のど真ん中でしゃがみ込んだりして。腹でも痛ぇの?」
「ち、違うよ。この先にある祠のところで『引きこさん』が出るって、マミちゃんたちが」
「は?またかよ。前も言ったけど、ああいうのは本気で捉える必要ないって言ってるだろ。ただの噂に過ぎねえんだから」
あんなの信じてんのかよ、と悟くんは笑った。可笑しくて仕方ないと言った様子で。だけど、私は彼の言葉を信じられず、首を横に振った。
「いるもん。いるんだもん。おうちに帰れないよ……」
怖い。一歩も動きたくない。
見られてる。姿が見えない何かに見られてる。絶対に何かいる。呪術師の家系の彼が言うことには間違いはないのだろう。だけど、第六感とでもいうのだろうか、そんな感じのモノが私を引き止めて仕方ないのだ。
道路に端にしゃがみ込み、膝を抱え込む。
怖さだけじゃない。笑われたのが癪に触った。こっちは本気で怖がっているのに、それを面白おかしく笑い転げる悟くんに軽く怒りを覚えてしまって、意地を張って、座り込んでしまったんだ。
雨が降る前の独特なあの匂い。アスファルトみたいな匂いがツンと鼻の奥をつき、塩辛い涙を誘っていく。
まずい。雨が降る。早く帰らなきゃ。頭ではわかっているのに立ち上がれないでいると、「雨が降ると出るんだっけ?ひきこさんってヤツは」とスンと澄ました顔で悟くんは言った。
「う、うん……」
「ならさっさと帰ろうぜ。そんなところで座り込んでいねーでさ」
「え」
「このままここにいたいっていうなら別だけど」
「……!」
その言葉に全力で首を横に振れば、ニヤリと悪戯げに笑う。
ぐいと手を引かれ、立ち上がると、悟くんは私の手を繋いだまま先へ先へと進んでいく。左手は悟くんの手の中へ。もう片方の手で涙を拭っていく。「怖けりゃ下向け」と言われたもよだから、ギュッと目を瞑り、握る力もしっかりと強めていく。
「……お前って本当昔っから怖がりだよなぁ。そんなんでこの先、生きてけんの?」
「そんなこと言われたって、怖いものは怖いんだもん。悟くんにはわからないよ」
「うん、わからない。わかろうとも思わないし」
全くもって、根っから理解ができないといった様子だ。
まあ、それもそっか。生まれた時から呪いが見える悟くんからしたら、お化けなんて日常の一部に過ぎないのだから。
「……悟くん」
「何」
「もしも……もしもの話だよ?もしも、今ここに『ひきこさん』がいたら、私、どうなっちゃうのかな」
「だからいねぇつってんだろ」
「もしもの話だって」
「……んまあ、真っ先に襲われるんじゃないの。だって、お前見るからに弱っちいじゃん」
「そ、そんなことないよ!でも、私、そんなにひどく弱く見える?」
「逆にそれ以外に何があるって言うの。クラスの奴らに押し付けられた面倒事を全部引き受けちまうし、年下の野郎にちょっと生意気言われただけで泣くし。そのくせ要領悪いし、断ろうたっても口下手で臆病で何も言い返せない」
「……」
ストレートパンチを食らい、撃沈。何も言い返せなかった。
完敗だ完敗。わかっていたことだけど、ちょっとは否定してくれるんじゃないかな〜と期待してしまったけど、そんな僅かな期待すらも見事に砕かれてしまった。
けちょんけちょんに貶されたショックで次第に歩くスピードが遅くなっていく。
「でも、そこも瑞希のいいところなのかもしんねぇな。たしかにお前、要領は悪いけど、頼まれた仕事は最後までちゃんとやるじゃん。掲示物係に押し付けられたプリントを教室の後ろに貼る仕事だって、むちゃくちゃ丁寧に貼っているし。口下手で引っ込み思案なくせに、知らねぇ婆さんに道聞かれた時なんかは、あたふたしながら道案内しては自分も迷子になっちまって、結局交番に聞きに行ったりしてさ。あれはめちゃくちゃ笑った」
―――けど、なんつーか、俺はお前のそういうところ別に嫌いじゃねぇかも
スンと済ました顔でそう言う。同時に繋がれた手を通して伝わってくるぬくもり。その温かさ以上に温かい言葉がさぁっと胸を突き抜けていく。
「悟くんって、あったかくて、なんだか落ち着くね」
「は?いきなりなんだよ。わけわかんね」
と、ぶっきらぼうに言って、先へ先へと進んでいく。その時には怖い気持ちは何処にもなかった。あれほど怖がっていたのに。面白くらいに真っさらに消えて無くなってしまっていた。
今思えば、昔からこうだったな。
怖がりだった私を馬鹿にしながらも、震える手を離さずしっかり握っては、「ほら。いくぞ」といつも引っ張ってくれる。
今日の帰り道の出来事と重なっていく。ああ、これだ。どうも懐かしいと思ったら、やっぱり。すーっと頭にかかったモヤが薄れていく。
その温かさに何度救われたことか。その背中を何度見てきたことか。
普段は意地悪いことを言ってくるけれど、根は優しくて、私以上に私のことを知っていて、困っているときはどこからともなく現れては助けてくれる。まるでヒーローのような存在。
でも、また、こんなこと言ったら、笑われちゃうかもしれない。オエッと苦虫潰したかのような顔を向けられるかもしれない。だけど、私にとっては、彼はヒーロー。口に出さなくても、思うことくらいは許してほしいと願いながら、床に就いた。
もう遅いし泊まって行ったら?と誘ったが、そこまでお世話になるわけにはいかないと夏油くん。すると、隣にいた悟くんが「もしかして一人で寝るのが怖かったりして」なんてことを鼻で笑いながら言ってきた。
うぬぬ……。どこまでも人を小馬鹿するのが大好きな人だ。その羨ましいほどの高い鼻をへし折ってやりたい気分。
最後の最後までそんなやりとりをしながら、三人を見送ったあと、風呂に入り、特にやることもないので早めにベッドに潜ることにした。
布団を被り、ボーッと天井を眺めていると、帰り道の出来事と似たようなことをふと思い出した。
◆◇◆
小学生三年生くらいだっただろうか。
その当時、クラスメイトの間でちょっとした都市伝説が流行っていた。『ひきこさん』という、赤いワンピースに靴を履いた女の人の霊。下校中、一人でいる子供を襲って、身体が散り散りになるまで引き摺り回す……―――
とまぁ、よくある子供の噂話に過ぎなかった。今思えば笑い話。だけど、その当時はもう怖くて怖くて。加えて、人一倍、信じやすく、怖がりだった私はクラスの子達から聞いた『ひきこさん』に本気になってしまっていた。
『ねぇねぇ、昨日、塾の子が言っていたんだけど、郵便局裏にあるお地蔵さまの祠の所で赤いワンピースの女の人、見たんだって』
『えー、やだ。絶対ひきこさんじゃん』
『どうしよう。私、ピアノ教室に行くとき、郵便局の近く通るんだけど』
『大丈夫だよ。雨の日以外は出ないって話だし』
『え、そういや明日雨じゃん。やだなぁ、学校休もうかな』
下校中、ふと頭の中にクラスの女の子たちの会話が蘇った。
忘れていたと思っていたのに。なんでこのタイミングで思い出すの。しかも、件のお地蔵さまの祠へと続く道の途中で。しかも今にも雨が降りそうな空模様のときに。
普段なら、近道だから何も気にせずに使っているのに、そんな話を聞いてしまったからには、もうまともに動けやしない。
どっと押し寄せてきた恐怖にうずくまっていると、「何やってんの」と声がした。
「悟くん……」
「道のど真ん中でしゃがみ込んだりして。腹でも痛ぇの?」
「ち、違うよ。この先にある祠のところで『引きこさん』が出るって、マミちゃんたちが」
「は?またかよ。前も言ったけど、ああいうのは本気で捉える必要ないって言ってるだろ。ただの噂に過ぎねえんだから」
あんなの信じてんのかよ、と悟くんは笑った。可笑しくて仕方ないと言った様子で。だけど、私は彼の言葉を信じられず、首を横に振った。
「いるもん。いるんだもん。おうちに帰れないよ……」
怖い。一歩も動きたくない。
見られてる。姿が見えない何かに見られてる。絶対に何かいる。呪術師の家系の彼が言うことには間違いはないのだろう。だけど、第六感とでもいうのだろうか、そんな感じのモノが私を引き止めて仕方ないのだ。
道路に端にしゃがみ込み、膝を抱え込む。
怖さだけじゃない。笑われたのが癪に触った。こっちは本気で怖がっているのに、それを面白おかしく笑い転げる悟くんに軽く怒りを覚えてしまって、意地を張って、座り込んでしまったんだ。
雨が降る前の独特なあの匂い。アスファルトみたいな匂いがツンと鼻の奥をつき、塩辛い涙を誘っていく。
まずい。雨が降る。早く帰らなきゃ。頭ではわかっているのに立ち上がれないでいると、「雨が降ると出るんだっけ?ひきこさんってヤツは」とスンと澄ました顔で悟くんは言った。
「う、うん……」
「ならさっさと帰ろうぜ。そんなところで座り込んでいねーでさ」
「え」
「このままここにいたいっていうなら別だけど」
「……!」
その言葉に全力で首を横に振れば、ニヤリと悪戯げに笑う。
ぐいと手を引かれ、立ち上がると、悟くんは私の手を繋いだまま先へ先へと進んでいく。左手は悟くんの手の中へ。もう片方の手で涙を拭っていく。「怖けりゃ下向け」と言われたもよだから、ギュッと目を瞑り、握る力もしっかりと強めていく。
「……お前って本当昔っから怖がりだよなぁ。そんなんでこの先、生きてけんの?」
「そんなこと言われたって、怖いものは怖いんだもん。悟くんにはわからないよ」
「うん、わからない。わかろうとも思わないし」
全くもって、根っから理解ができないといった様子だ。
まあ、それもそっか。生まれた時から呪いが見える悟くんからしたら、お化けなんて日常の一部に過ぎないのだから。
「……悟くん」
「何」
「もしも……もしもの話だよ?もしも、今ここに『ひきこさん』がいたら、私、どうなっちゃうのかな」
「だからいねぇつってんだろ」
「もしもの話だって」
「……んまあ、真っ先に襲われるんじゃないの。だって、お前見るからに弱っちいじゃん」
「そ、そんなことないよ!でも、私、そんなにひどく弱く見える?」
「逆にそれ以外に何があるって言うの。クラスの奴らに押し付けられた面倒事を全部引き受けちまうし、年下の野郎にちょっと生意気言われただけで泣くし。そのくせ要領悪いし、断ろうたっても口下手で臆病で何も言い返せない」
「……」
ストレートパンチを食らい、撃沈。何も言い返せなかった。
完敗だ完敗。わかっていたことだけど、ちょっとは否定してくれるんじゃないかな〜と期待してしまったけど、そんな僅かな期待すらも見事に砕かれてしまった。
けちょんけちょんに貶されたショックで次第に歩くスピードが遅くなっていく。
「でも、そこも瑞希のいいところなのかもしんねぇな。たしかにお前、要領は悪いけど、頼まれた仕事は最後までちゃんとやるじゃん。掲示物係に押し付けられたプリントを教室の後ろに貼る仕事だって、むちゃくちゃ丁寧に貼っているし。口下手で引っ込み思案なくせに、知らねぇ婆さんに道聞かれた時なんかは、あたふたしながら道案内しては自分も迷子になっちまって、結局交番に聞きに行ったりしてさ。あれはめちゃくちゃ笑った」
―――けど、なんつーか、俺はお前のそういうところ別に嫌いじゃねぇかも
スンと済ました顔でそう言う。同時に繋がれた手を通して伝わってくるぬくもり。その温かさ以上に温かい言葉がさぁっと胸を突き抜けていく。
「悟くんって、あったかくて、なんだか落ち着くね」
「は?いきなりなんだよ。わけわかんね」
と、ぶっきらぼうに言って、先へ先へと進んでいく。その時には怖い気持ちは何処にもなかった。あれほど怖がっていたのに。面白くらいに真っさらに消えて無くなってしまっていた。
今思えば、昔からこうだったな。
怖がりだった私を馬鹿にしながらも、震える手を離さずしっかり握っては、「ほら。いくぞ」といつも引っ張ってくれる。
今日の帰り道の出来事と重なっていく。ああ、これだ。どうも懐かしいと思ったら、やっぱり。すーっと頭にかかったモヤが薄れていく。
その温かさに何度救われたことか。その背中を何度見てきたことか。
普段は意地悪いことを言ってくるけれど、根は優しくて、私以上に私のことを知っていて、困っているときはどこからともなく現れては助けてくれる。まるでヒーローのような存在。
でも、また、こんなこと言ったら、笑われちゃうかもしれない。オエッと苦虫潰したかのような顔を向けられるかもしれない。だけど、私にとっては、彼はヒーロー。口に出さなくても、思うことくらいは許してほしいと願いながら、床に就いた。
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