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春の段

主人公の名前をどうぞ

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主人公(女性)の名前は?

鐘の音が響くと、広い学園のあちこちから続々と生徒が集まる場所がある。
こうばしい香りに想像を膨らませ、喉を鳴らす育ち盛り達の目指す場所は、食堂。

「お残しは許しまへんでー」

食堂のおばちゃんの声に合わせて、いただきまーすと声を揃える良い子の下級生たち。
出汁だしと調味料で程よく味付けされた煮物、焼き魚、炊きたての白米と作りたての味噌汁の香りを目の前にして、手が出せないこの状況。

せない」
奇遇きぐうだな珠雪。俺もだ」
「それは良かったよ食満。こんな文字通りの据え膳なんて、3年生ぶりじゃないか」

その時も確か、似たような状況だった。
思い出すだけでも腹ただしい想い出が、うっかりよみがえりそうになったので、文字通り首を振って振り払う。
そのまま隣に座る食満留三郎を見やれば、腕を組んで、膳を挟んで向かいを睨んでいる。
そう、そこに座る者こそが、この状況の元凶。

「何だ、珠雪に留三郎、食べないのか?食べないのなら私が食べてやるぞ」
「「誰のせいだと思ってる…ッ!!」」

図らずも食満と同時に叫び、同時に走った激痛に頭を抑えた。
私と食満の頭には、揃えようと思ったわけでもないのにお揃いの包帯が巻かれている。その他にも、顔を始め、全身に湿布や塗り薬の跡が無数の状態。
だというのに。

「まったく、あんな準備運動でくたばるなんて。珠雪も留三郎も、春だからってなまってるんじゃないのか?」

元凶ゴリラ、もとい元気一杯の体育委員会委員長の七松小平太ななまつこへいたが味噌汁をすする。
解せない。非常に解せない。
思わず不満が声になる。

「何が準備運動だ。裏裏山までバレーボール吹っ飛ばしておいて」
「そもそも、あれは俺と珠雪の勝負だぞ。途中から来ていきなりボールを吹っ飛ばすとはどういう事だ、小平太」
「はっはっは、細かい事は気にするな!そこにボールがあったから、私も混ぜてもらったまでの事」

煮物を頬張り、魚をほぐしながら言う七松を今すぐ張り倒してやりたいが、生憎あいにくと腕が思うように動かない。
結局、裏裏山の崖まで飛んで行ったバレーボール救出劇の最中さなか、足を滑らせた私を庇った食満と共に崖の途中まで転がり落ち、追ってきた七松に二人とも抱えられて忍術学園に戻ってきたというわけだ。解説終わり。

「崖から転がって口の中を切ったせいで、染みるからゆっくりしかご飯が食べれない」
「まぁそんなに恨みがましい目をするな珠雪。細かい事気にしてたら、飯が冷めるぞ」
「誰のせいだと思っ…ッ!!」

ようやく口にした煮物すら、傷に染みて無言で悶絶。せっかくのおいしいご飯だというのに、下級生たちの好機こうきの目に晒されながら、傷を気にして食べたのでは、味も半減した気になる。

「こんな事なら、勝負をバレーボールにしなきゃ良かった」
「確かにな。もっと他の勝負にすればよかったか…ッ」

焼き魚の塩が染みたのか、食満も頬を抑える。
食満がボロボロになるのなんて、そんなに珍しい事でもない。用具委員の仕事もあるが、何せ同室の不運小僧に巻き込まれては、毎度のようにボロボロになっている。
問題は、今回の原因が私だという事だ。

「…食満。今回の勝負は私の負けにしといてやる」
「え? 急にどうした、珠雪。熱でもあるのか?」
「無い。ご馳走さま」

驚く顔の食満を横に、残りのご飯をそそくさと口に運び、膳を手に席を立つ。
塩が染みるが、そんなものはもう、顔に出さない。

「待て、珠雪
「何だ七松」
「ほらよ」

七松が投げて寄越よこしたものを、膳で受け取る。
手のひらに収まるそれは、本日のデザートの饅頭まんじゅう

「何だかよく分からんが、また今度やろうぜ。バレーボール」

にしし、と笑う七松。この笑顔がクセものだと分かっているのだが、同時に、七松に悪気がない事もよく分かっている。

「今度は潮江が居る時だけどね。饅頭ありがと」
「あ、おい!珠雪!」

呼びかけてくる食満にはひらりと手を振り、膳を下げ台に置いて食堂を去る。
食満の元に置いてきた饅頭はきっと、不運小僧という名の菩薩の供物になるのだ。

「それならそれで良いか」

油断すると痛む頭を抑えつつ、それでも笑みがこぼれてくる。
こんな生活が、私は案外気に入っている。

ーー級友と猫ーー
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