Op.6.5: 北へ北へ
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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「それは私のセリフだよ」
東部の立て直しに追われていたことも、彼女に会う資格があるのか迷っていたことも。
理由であり、言い訳だ。
「君が一番心細いであろう時に、力になれなくて不甲斐ない。…だが」
俯きかけていた顔を上げ、彼女を見つめる。
「君のことを聞いてからも、ずっと考えていた。自分が悪魔になった日を思い出さないようにして生きようなど、人間兵器として戦場に立った身で許されないと思っている。だから私は大丈夫だ」
「マスタングさん……」
同じ言葉なのに、自分が発した“それ”とは響きがまるで違う。
思えば、あの時の自分は、壊れないためにそう言い聞かせていた。
けれど彼は、傷を抱えたまま進むと決めた、その決意の上での「大丈夫」だ。
セシリアは、マスタングの肩章にいま一度目を向ける。
語り合った志に反する轍を踏み、それでも互いにここにいる。
与えられた地位も、名声も、二人にとって素直に誇れるものではなかった。
それでも、彼は過去にも肩書きにも押し潰されることなく、前へ進もうとしている。
なんて、強い人なんだろう。
自分が情けなくなると同時に、北へ行くと決めたばかりの足元へ、そっと支えをもらえたような思いだった。
「ともあれ、アームストロング少将が君を“医者として”取り立てるということを聞いて、ほっとしたよ。これから君を待ち受けている試練を考えると、安易なことは言えないが……ひとまず、本当に良かった」
自分が医師としてありたいという思いを、マスタングもまたヒューズのように理解してくれているからこその言葉だった。
その事実が、これほど心をそっと支えてくれるとは思わなかった。
「ありがとうございます」
微笑むセシリアに胸が熱くなるのを覚えながら、マスタングもつられて笑った。
「だが、そうなると次に君と会うのは、あの二人の式か、ひょっとしたら合同演習もあり得るか。…案外、セントラルにいるより君と会える機会が増えるかもしれないな」
思わず声が弾んでしまった気がしたが、
「そうだと、嬉しいな…」
はにかむ彼女から目を離せなくなった。
「それは…」
「本当なら今日、もう少しゆっくりお話ししたかったですから……」
セシリアは名残惜しそうに言いながらも、まだどこか遠慮がちな口調になってしまう。
「あ、あぁ…君も向こうへ行くための準備があるだろうしね」
数年の空白が、一度の会話ですべて埋まるわけではない。
それでも、再会直後より大分あの頃のように話せている気がした。
「着いたら着いたで、まずあのシャレにならない寒さに身体を慣らすところからだろうしね」
「少将も丁寧に説明してくださったけれど、本当に厳しい場所なんですね」
「大の男でも震え上がるような場所だ。…閣下も、ハナから君をブリッグズ山に放り出すなんてことはしないだろうが、体には気をつけて」
「はい。マスタングさんも、ご自愛くださいね」
「ああ。……」
もう、別れなければならない。
そう思った途端、マスタングは堪らなく惜しくなった。
会いに来ること自体、随分迷ったというのに。
それでも実際に声を聞いて、昔と変わらない柔らかな笑顔を見たら、それだけで随分救われてしまった。
彼女はこれから、自分の手の届かない北へ行く。
自分の手で連れ出してやりたかったという悔しさも消えない。
「……あっ、ではマスタングさん、また……」
セシリアは礼をして、石段を下り始める。
「セシリア」

数歩先で呼び止められたセシリアが振り返ると、風がその髪をさらい、マスタングの耳元を通り抜けていく。
ふわりと漂った香りは、あの頃、肩を並べて図書室で違う分野の勉強をしていた頃と変わらない。
あの頃から……
「?」
言葉に詰まったマスタングを見て小首を傾げるセシリアに、また想いが膨らんでしまう。
気づいてやれなくてすまなかった。
もっと早くから力になってやりたかった。
本当はそばにいてやりたい。
そばにいてほしい。
どの想いも、今の彼女へ渡すには重荷になる。
ならば一つだけ。
「…何かあれば、いつでも連絡してくれ。力になる」
「マスタングさんも、お忙しいのに…」
「上官としてじゃない。……友人としてだ」
言ってから、自分でもその呼び方に居心地の悪さを覚えた。
友人。
今の自分と彼女の関係として一番的確だが、自分の中にあるもの全部を収めるには狭い言葉だった。
それでも、今はまだ、それ以上を望む資格はない。
だけど、いつかは…。
セシリアは、そんな自分をどこまでも思い遣ってくれる友人を見て、目を細めた。
「…本当に…ありがとう。行ってきますね」
□ベテルギウス/優里
東部の立て直しに追われていたことも、彼女に会う資格があるのか迷っていたことも。
理由であり、言い訳だ。
「君が一番心細いであろう時に、力になれなくて不甲斐ない。…だが」
俯きかけていた顔を上げ、彼女を見つめる。
「君のことを聞いてからも、ずっと考えていた。自分が悪魔になった日を思い出さないようにして生きようなど、人間兵器として戦場に立った身で許されないと思っている。だから私は大丈夫だ」
「マスタングさん……」
同じ言葉なのに、自分が発した“それ”とは響きがまるで違う。
思えば、あの時の自分は、壊れないためにそう言い聞かせていた。
けれど彼は、傷を抱えたまま進むと決めた、その決意の上での「大丈夫」だ。
セシリアは、マスタングの肩章にいま一度目を向ける。
語り合った志に反する轍を踏み、それでも互いにここにいる。
与えられた地位も、名声も、二人にとって素直に誇れるものではなかった。
それでも、彼は過去にも肩書きにも押し潰されることなく、前へ進もうとしている。
なんて、強い人なんだろう。
自分が情けなくなると同時に、北へ行くと決めたばかりの足元へ、そっと支えをもらえたような思いだった。
「ともあれ、アームストロング少将が君を“医者として”取り立てるということを聞いて、ほっとしたよ。これから君を待ち受けている試練を考えると、安易なことは言えないが……ひとまず、本当に良かった」
自分が医師としてありたいという思いを、マスタングもまたヒューズのように理解してくれているからこその言葉だった。
その事実が、これほど心をそっと支えてくれるとは思わなかった。
「ありがとうございます」
微笑むセシリアに胸が熱くなるのを覚えながら、マスタングもつられて笑った。
「だが、そうなると次に君と会うのは、あの二人の式か、ひょっとしたら合同演習もあり得るか。…案外、セントラルにいるより君と会える機会が増えるかもしれないな」
思わず声が弾んでしまった気がしたが、
「そうだと、嬉しいな…」
はにかむ彼女から目を離せなくなった。
「それは…」
「本当なら今日、もう少しゆっくりお話ししたかったですから……」
セシリアは名残惜しそうに言いながらも、まだどこか遠慮がちな口調になってしまう。
「あ、あぁ…君も向こうへ行くための準備があるだろうしね」
数年の空白が、一度の会話ですべて埋まるわけではない。
それでも、再会直後より大分あの頃のように話せている気がした。
「着いたら着いたで、まずあのシャレにならない寒さに身体を慣らすところからだろうしね」
「少将も丁寧に説明してくださったけれど、本当に厳しい場所なんですね」
「大の男でも震え上がるような場所だ。…閣下も、ハナから君をブリッグズ山に放り出すなんてことはしないだろうが、体には気をつけて」
「はい。マスタングさんも、ご自愛くださいね」
「ああ。……」
もう、別れなければならない。
そう思った途端、マスタングは堪らなく惜しくなった。
会いに来ること自体、随分迷ったというのに。
それでも実際に声を聞いて、昔と変わらない柔らかな笑顔を見たら、それだけで随分救われてしまった。
彼女はこれから、自分の手の届かない北へ行く。
自分の手で連れ出してやりたかったという悔しさも消えない。
「……あっ、ではマスタングさん、また……」
セシリアは礼をして、石段を下り始める。
「セシリア」

数歩先で呼び止められたセシリアが振り返ると、風がその髪をさらい、マスタングの耳元を通り抜けていく。
ふわりと漂った香りは、あの頃、肩を並べて図書室で違う分野の勉強をしていた頃と変わらない。
あの頃から……
「?」
言葉に詰まったマスタングを見て小首を傾げるセシリアに、また想いが膨らんでしまう。
気づいてやれなくてすまなかった。
もっと早くから力になってやりたかった。
本当はそばにいてやりたい。
そばにいてほしい。
どの想いも、今の彼女へ渡すには重荷になる。
ならば一つだけ。
「…何かあれば、いつでも連絡してくれ。力になる」
「マスタングさんも、お忙しいのに…」
「上官としてじゃない。……友人としてだ」
言ってから、自分でもその呼び方に居心地の悪さを覚えた。
友人。
今の自分と彼女の関係として一番的確だが、自分の中にあるもの全部を収めるには狭い言葉だった。
それでも、今はまだ、それ以上を望む資格はない。
だけど、いつかは…。
セシリアは、そんな自分をどこまでも思い遣ってくれる友人を見て、目を細めた。
「…本当に…ありがとう。行ってきますね」
□ベテルギウス/優里
