Op.6 : 熾天使のカラー
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「セシリア・エアハートはいるか」
医局の入口から響いた聞き慣れない男の声に、医局内のあちこちから顔が上がりざわつく。
セシリアもカルテを整理する手を止めて顔を上げると、入口に立つ大柄な軍人に思わず凍りついた。
褐色の肌に、後ろで束ねられた銀白色の長い髪。丸い濃色眼鏡に目元を隠されているせいで、表情が読めない。
中央司令部へ出入りするようになってから軍人そのものには慣れたつもりでいたが、その男は、そこらで見かける将校らの誰とも違う威圧感を放っていた。
「……わ、私で、す…」
おずおずと近づくと、男はこちらへ身体を向けた。正面で対峙すると、彼の巨躯がより一層の存在感を放っている。
「あぁ、そうだ、君だな」
まるで顔見知りのような口ぶりだが、おそらく例の新聞で知ったのだろうと、その類の反応には不本意ながら慣れてしまっていたセシリアは気にも留めなかった。
「突然すまない。アームストロング少将副官のマイルズだ」
「アームストロング少将の……?」
彼女の名を聞いて、脱線事故の日の記憶が瞬時に蘇った。
あれから数ヶ月経つが、副官がいるということはまた軍務でこちらに来ているのだろうか?
「少将閣下がお待ちだ。応接室まで一緒に来てもらいたい」
「応接室…?わかりました…」
なぜ少将がセントラル病院の応接室にいるのだろう。
まして、自分をわざわざ呼び出す理由など思い当たらない。
隣を歩くマイルズへ訊いてみようかと何度か口を開きかけたものの、彼を見上げてその勇気は萎み、セシリアは大人しくその横を歩き続けた。
応接室の前まで来ると、マイルズは扉の脇で足を止めた。
「ここから先は少将と話を。私は外にいる」
「はい……」
これから何が起きるのかわからず肩を強張らせているセシリアを見て、マイルズはフッと口角を上げた。
「今、中の底冷えする状況を見れば誰もが回れ右したくなるだろうが…君に限っては、そう身構えることはない」
「え…?」
セシリアはマイルズが何を言っているのか要領を得ないまま扉へ向き直り、控えめにノックしてから中へ入った。
「あ、ああ!エアハート君」
入ってすぐに目が合ったのは病院長だった。
額には室温にそぐわない汗が滲み、血の気が失せており、まるで長年待ち侘びた救いにでも縋るような目でこちらを見ていた。
その向かいでは、オリヴィエが腕を組み、指先を小刻みに動かしている。
何を話していたのかまでは分からないが、オリヴィエの横顔を見るに、病院長が彼女の堪忍袋の緒を見事に切開したことだけは確かだ。
「あ、あ〜勤務中にね、悪いね、後はアームストロング少将殿と二人で話したまえ!君にとってもね、大事なお話だろうから…ね!」
「はい。…?」
配属時には、セシリアを見るなり露骨に顔を顰め、「余計なことはしないでいいぞ」と、厄介な預かり物を押しつけられたような口ぶりだった男の変わりように、セシリアは呆気に取られた。
「そ、それでは少将殿!私はこれで失礼致します!」
病院長はペコペコと音でもしそうなほどオリヴィエに向かって何度も頭を下げながら、セシリアの脇を抜けて応接室を出ていった。
扉が閉じ、2人きりになるとオリヴィエは病院長が座っていたソファへ視線を送った。
「時間は取らせん。座れ」
固い口調ながら、先ほどまでよりいくらか柔らかさのある声だった。
「……はい」
促されるまま向かいへ腰掛けてから、セシリアは改めてオリヴィエを見た。
事故の日以来、こうして真正面から会うのは初めてだ。
ふと、彼女が預けてくれた白いレースが頭の隅をかすめる。
(しまった…!持ってくればよかったわ…)
けれど、病院長をあそこまで青ざめさせた用件が、白いレース一枚の話であるはずもなかった。
オリヴィエは傍らのファイルから一枚の紙を抜き出し、応接テーブルへ置いた。
「!」
白いナースキャップを被り、表彰される自分の写真とその上に〝東の
「イシュヴァールで、軍令に背いたそうだな。…言ってしまえば、これはその罰だったと」
指先が膝の上で強張るのを抑える。
軍内部にすら真相を伏せているはずの事情を、なぜ彼女が知っているのだろう?
「……はい」
「なぜ命令に背いた?」
恐る恐る新聞に吸われていた視線をオリヴィエに向ける。
怒りも悲しみも、先入観も決めつけも、咎める様子もなく、ただセシリア自身の言葉を受け止めんと答えを待つ眼差しだった。
「……」
家族のように多くの言葉を交わしたこともなく、マスタングやヒューズのように学生時代から熱い夢を語り合った関係、というわけでもない。
しかし、医者として現場を自分に託してくれた相手に今更隠し事は不要だろうと思えた。何より、片手に収まるほどの回数しか顔を合わせたことがないにも関わらず、彼女への直感的な信頼があった。
「救った命が、そのまま別の罪のない命を奪いに行くことに、耐えられなくなったから…です」
オリヴィエはセシリアの真意を図るように目を細め、「やはりな」と呟いた。
(やはり?)
まるで自分の回答を予想していたような口ぶりだ。
それになぜ、そんなことを確かめたのだろう?
疑問を口にするより先に、オリヴィエはセシリアにとって忌々しいその新聞記事をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てると、入れ替えるように一枚の紙をテーブルに置いて本題を切り出した。
「ブリッグズ要塞で軍医官を一名増員する。貴様を指名した」
「!……私を、ですか?」
アメストリス最北端、大国ドラクマとの国境に築かれた要塞。その名前なら知っている。
けれど、自分がそこへ赴く未来など、当然今日まで一度も思い描いたことがない。
そんなセシリアに、オリヴィエは北で待つ現実を一つずつ、飾らずに並べていった。
中央にいては想像もつかないほどの極寒の地。ブリザードにもなればマイナス40℃まで落ちる。
凍傷に
淡々と説明されるうちに、地図の上でしか知らなかった北の果ての得体が、少しずつ輪郭を帯びていく。
「本格的な防衛戦になれば、一度に運び込まれる負傷者も増える。だが、重傷者を後送すれば済む所ではない。吹雪も出血も、麓までの後送を待ってくれん。治療した兵を戦線へ復帰させることもイシュヴァールと変わらん。寝食についても、
