Op.2: D.S. Waltz
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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低く掠れた声が頭上から落ちてきた。
セシリアの肩が跳ねて顔をあげると、最初に見えたのは、正装軍用着 だった。
「…………」
一瞬、言葉を失った。
月明かりの下で静かに輝く三日月…いやブロンドヘア。
夜空のような青い瞳。美しい、という言葉より先に、強い、と思った。
立っているだけなのに、周囲の空気がその人を避けているような、凍てつかせているような錯覚すら覚える。
当時、若くしてすでに軍内部で頭角を現していた将校・オリヴィエ・ミラ・アームストロングその人だった。
「え……あ、その……」
知らない人。それも軍人女性。
それだけで、先ほどまで数式を追っていた頭が真っ白になる。
オリヴィエの目がセシリアの手元の、華やかな夜会にはひどく不釣り合いな古びた羊皮紙に向く。
「それは…錬金術か?」
「あっ…!…は、はい。たぶん……」
セシリアは顔を青ざめさせた。祖父の書置きには、絶対に羊皮紙の資料を誰にも見せるなと書かれていたのに。
まさか人気な温室 を差し置いて、こんなひと気がなく肌寒いところに人が来るとは思ってもみなかったので警戒心が薄れていた。
「たぶん?」
「その…とっ、途中から、読めなくて…す、すみません…!パーティーの途中なのに、こんなものを……」
慌てて羊皮紙を畳み、手帖 と一緒にしまおうとして手が滑った。
「あっ」
カツンと音を立てて銀のカルネが石畳へ落ちる。
ドレスで屈みにくいセシリアより先にオリヴィエがそれを手に取った。
「どうぞ」
「すみません…!ありがとうございます」
差し出されたそれを受け取る。
開いた拍子に、中身を見られたかもしれない。
前半だけ名前が並び、後半は予約のない白紙状態であることを。
思わず恥ずかしくなって、セシリアは手帖 を胸元へ抱え込んだ。
オリヴィエは特に追求せず、ただ夜気の中にいるセシリアを一瞥する。
「ここは冷えましょう。何故こんなところに?」
「それは……」
本当のことを言えば、社交の場から逃げてきたことになる。
マナー違反もいいところだ。社交界での“ちょっとした”粗相など簡単に翌日の新聞に載る時代だ。
けれどその真っ直ぐで凛とした低い声を持つ、背丈もあって圧迫感すら覚える将校を前にして、上手い嘘が思いつかなかった。
「……人が…多いところが苦手で」
結局、そのまま答えてしまい、言い訳にもならない言葉を無意識に並べた。
「ぁ、いえ…ダンスは好きなんです…!父が将来の夢のための機会だからと連れてきてくれたので、本当はもう少し頑張らなければいけないのですが……」
「……」
叱責されない。笑われもしない。
オリヴィエは一度、閉ざされた大公会堂の扉へ目を向けた。
そこから微かに13曲目のワルツが聞こえている。
そして、セシリアへ向き直り、手袋に包まれた片手が差し出された。
セシリアの肩が跳ねて顔をあげると、最初に見えたのは、
「…………」
一瞬、言葉を失った。
月明かりの下で静かに輝く三日月…いやブロンドヘア。
夜空のような青い瞳。美しい、という言葉より先に、強い、と思った。
立っているだけなのに、周囲の空気がその人を避けているような、凍てつかせているような錯覚すら覚える。
当時、若くしてすでに軍内部で頭角を現していた将校・オリヴィエ・ミラ・アームストロングその人だった。
「え……あ、その……」
知らない人。それも軍人女性。
それだけで、先ほどまで数式を追っていた頭が真っ白になる。
オリヴィエの目がセシリアの手元の、華やかな夜会にはひどく不釣り合いな古びた羊皮紙に向く。
「それは…錬金術か?」
「あっ…!…は、はい。たぶん……」
セシリアは顔を青ざめさせた。祖父の書置きには、絶対に羊皮紙の資料を誰にも見せるなと書かれていたのに。
まさか人気な
「たぶん?」
「その…とっ、途中から、読めなくて…す、すみません…!パーティーの途中なのに、こんなものを……」
慌てて羊皮紙を畳み、
「あっ」
カツンと音を立てて銀のカルネが石畳へ落ちる。
ドレスで屈みにくいセシリアより先にオリヴィエがそれを手に取った。
「どうぞ」
「すみません…!ありがとうございます」
差し出されたそれを受け取る。
開いた拍子に、中身を見られたかもしれない。
前半だけ名前が並び、後半は予約のない白紙状態であることを。
思わず恥ずかしくなって、セシリアは
オリヴィエは特に追求せず、ただ夜気の中にいるセシリアを一瞥する。
「ここは冷えましょう。何故こんなところに?」
「それは……」
本当のことを言えば、社交の場から逃げてきたことになる。
マナー違反もいいところだ。社交界での“ちょっとした”粗相など簡単に翌日の新聞に載る時代だ。
けれどその真っ直ぐで凛とした低い声を持つ、背丈もあって圧迫感すら覚える将校を前にして、上手い嘘が思いつかなかった。
「……人が…多いところが苦手で」
結局、そのまま答えてしまい、言い訳にもならない言葉を無意識に並べた。
「ぁ、いえ…ダンスは好きなんです…!父が将来の夢のための機会だからと連れてきてくれたので、本当はもう少し頑張らなければいけないのですが……」
「……」
叱責されない。笑われもしない。
オリヴィエは一度、閉ざされた大公会堂の扉へ目を向けた。
そこから微かに13曲目のワルツが聞こえている。
そして、セシリアへ向き直り、手袋に包まれた片手が差し出された。
