Op.6 : 熾天使のカラー
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ホールの人混みを掻き分けてオリヴィエを見つけると、ちょうど軍医監部の高官との話を終えたらしく、1人になったところだった。
マスタングは襟元を正してから彼女に近づいた。
「ごきげんうるわしゅう、アームストロング少将閣下」
「ん?」
声に振り返った女性は、近くで見ると将軍とは疑うほどの美貌で、マスタングは言葉に詰まりかけた。
「東方司令部のロイ・マスタング中佐です」
「マスタング……?焔の錬金術師か」
「はい。どうでしょう、一曲お相手願えま——」
「断る」
「…………」
おかしい。
夜会での“No”はもっと婉曲に返されると聞いていた。
この時はまだ、マナーブックのどこにもない“一刀両断”という文字に対するマスタングの用意は無く、やっと絞り出せたのは「アハハ…」という乾いた愛想笑いだった。
「回りくどいのは好かん。用件があるなら、とっとと言え」
どうやらこの女性には、事前に頭へ叩き込んだ夜会の作法はあまり通用しないらしい。
断られた以上、これ以上の最悪もあるまい。
マスタングは観念して口を開いた。
「……では、お言葉に甘えて。ブリッグズが軍医官を一名増員すると聞きました。お目当てはセシリア・エアハートですか?」
「貴様に何の関係がある」
「彼女は私の…“旧友”でして。士官学校時代より少し前から面識があります」
「奴に士官学校の経歴はないはず…いや、祖父の関係か?」
「えぇ。校医のバーク=フロスト先生のもとに、よく通っていました。先生は、昔馴染みで往診していた錬金術師を私に紹介してくださった縁もありまして。

それで……北へ、連れて行くおつもりですか?彼女を」
「……」
オリヴィエは肯定も否定もしなかった。
本人の意向も確かめていない段階で、旧友を名乗る男へ「そうだ」と告げる気にはならなかったのだ。
自分でも、その慎重さを少し奇妙に感じたが、気にすることなくグラスを傾ける。
「セシリアは昔から、身体が丈夫な方ではありません。ブリッグズの環境に耐えられるかどうか……」
「以前、セントラルで脱線事故があっただろう」
「? えぇ。後に反政府勢力によるものと発覚した、あれですよね」
「そこにいた医者が、その女だ」
「!……知りませんでした。彼女が関わったのなら、新聞も大きく取り上げるでしょうに」
「もみ消した」
「え……閣下が?」
ふと、オリヴィエは目を伏せてマスタングから目を逸らした。
「あれを記者共の食い扶持にするのが癪だっただけだ」
マスタングは目を見張ったが、やがてその表情へ深い哀愁が落ちた。
「……ありがとうございます」
「貴様に礼を言われる筋合いはないぞ」
「セシリアなら、きっと嫌がったでしょうから。
…人目につくまいと、士官学校へ出入りするときは男装していた彼女なら……」
「……男装、か」
薄々分かっていたことだが、自分が目をつけた医者は相当な奇人らしい。
「それにしても、彼女について相当お調べになったと見受けます。今夜、閣下が言葉を交わされていたお歴々も、そのためですか?」
「国の要衝に関わる人間を、名声と肩書きだけで選ぶ阿呆がいるか?」
「ごもっともで。……実は私も、彼女の現状を何とかできないかとは思っていました。北方への異動という話を聞いて、その方法があったのか、と」
「ほう。今から競合として名乗りを上げるか?」
オリヴィエが不敵に笑うが、マスタングは悔しそうに首を横に振った。
「……残念ながら。今の東方には、その準備がありません。新しい席も、研究を続ける環境も用意できない」
セシリアの名を口にするときだけ、男の声から僅かに角が取れる。
分かりやすい男だ。
これでは政争の場で、隠したつもりの急所まで見透かされる。
「好いた女の危機に情けん」
「返す言葉もありません。…ですが、閣下は彼女を、“軍医”として取り立てるおつもりですか」
「なぜだ?」
「お祖父さんのような、どんな命も見捨てない医者になることが彼女の夢でしたから。研究内容を盗むためでも、彼女の知名度を利用するためでもないのかと。それだけは確かめておきたくて」
腹の内を隠しきれない青い問いに、オリヴィエは今夜初めて声を立てて笑った。
「はっはっは!
「……東の熾天使を抱えれば、民衆からの、北の注目度も支持も集まりましょう」
「本気か?今あれを抱え込めば、名声より軍内部で悪評が立つ方が先だぞ?」
(やはり、そのリスクを承知の上での選択なのか)
「……ご自分の出世や名声に差し障っても、構わないと?」
マスタングには分からなかった。
オリヴィエ・ミラ・アームストロングほどの人間が、自分の立場を傷つける可能性まで抱えて、一人の若い新米医師を欲しがる理由が。
その困惑を見て、オリヴィエは僅かに目を細めた。
「……それほどあの女が気掛かりなら、一つ働け」
「えっ、私にですか?」
「明日の軍議で、要塞内常駐の医官増員を通す。その後、人選の協議に入る」
「私には、いずれにも出る権限がありませんが」
「グラマンは貴様の上官だろう」
「……つまり、中将にブリッグズの案を支持させろと?」
「出来ないのか?」
半分は発破の言葉にマスタングは口をつぐむ。
「……グラマン中将があなたを支持するメリットは?」
「考えろ」
「……う、む……」
無茶を要求されながらも、マスタングは顎へ手を当て、本気で考え込み始めた。
「大事な女を助けたいのだろう? それくらいやってみせろ」
「……分かりました。今から掛け合ってみます」
覚悟を決めたその表情を見て、オリヴィエは内心で鼻を鳴らす。
即座に行動へ移す気概があるのは悪くない。
「では、失礼します」
オリヴィエに一礼をして、マスタングは踵を返そうとしたところで呼び止められた。
「マスタング」
振り返ったマスタングに、オリヴィエはグラスへ視線を落としたまま告げる。
「悪いようにはせん」
長い金髪に横顔は隠れ、その表情までは読めなかったが、マスタングにはその一言だけで十分だった。
「……ありがとうございます」
マスタングは今度こそ会釈をしてその場を去った。
本来なら、自分が彼女を連れ出したかった。
けれどオリヴィエがセシリアをよく調べて理解している以上、今の自分にできる最大限は、セシリアのために、彼女を支持することなのだと思えた。
戻ってきたマスタングを、グラマンがシガレットを吸いながら出迎える。
「おや、無傷で帰ってきたのなら上等、上等。けどフォックストロットが終わる前に戻ってくるとは、振られたね?」
オリヴィエを追ってマスタングが出ていったことを当然のように見透かしていたグラマンはカラカラと冷やかし笑いを飛ばした。
「中将」
だがその部下の声音に変化を感じるとすぐに向き直った。
「……どうした」
マスタングの顔からは、先刻までの夜会に気圧された色が消えていた。
代わりに、瞳の奥へ強固な意志が宿っている。
「明日の軍議について、一つご相談があります」
「ほー?」
グラマンが面白そうに目を細め、シガレットを灰皿へ押し当てて火を消した。
「……聞こうじゃないか」
