Op.6 : 熾天使のカラー
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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数日後、セントラル。
翌日に各地方司令部の将官を集めた軍議を控え、夜会場は礼装に身を包んだ軍人や軍関係者で溢れていた。
今夜“も“社交を楽しみに来たのではない。
オリヴィエは会場へ入る前から、接触する相手を決めていた。
深い赤のドレスに黒いショールを掛ける代わりに、腰に銃もサーベルもない。
それでも彼女が歩けば、気圧された人混みは無意識に道を開けた。
「マイルズ、貴様は手出し無用だ。東西の連中の機嫌を取っておけ」
「南部のエアハート少将はよろしいので?」
「“あの女の“父親だぞ。元来社交場嫌いな男だ。軍務が押したとでも適当に理由をつけて、明日の会議直前にセントラル入りというところだろう」
「承知しました。……ご武運を」
マイルズがその場を去ると、オリヴィエは早速、今宵の標的へ近づいた。
「ん……? これはこれはアームストロング少将!まさかこの時間までいらっしゃるとは!」
「あぁ」
「明日が勝負の日ですからな?」
「私がヘネシー目当てで来たとは思いつかんか?」
「なんと……!ソブラニーをお供にされたくば、いつでもお誘いを!」
オリヴィエは相手の杯へ軽くグラスを触れさせた。
ほとんど口をつけない代わりに、目の前の男、第3研究所所長が今夜何杯目かを見ていた。
所長はすでに頬を赤らめて上機嫌だ。
「それにしても、今年の北方はもう初雪が見られたとか!うちの研究者らも出張予定ですが、三日と保つかどうか心配なんですよ」
「中央の研究者らは相当な“暑がり”なようだ」
「はっはっは! 閣下の部隊と比べられては酷というものです。ただでさえ研究が再会して慌ただしいのですから」
「あぁ、内乱後はどこの研究所も立て込んでいるらしいな」
オリヴィエが近くの椅子へ腰を下ろしながら訊ねると、あの氷の女王が自分の話し相手になってくれるのかと、男は露骨に機嫌を良くしてすぐ隣の椅子へ腰を下ろした。
「おっしゃる通りで!内乱で中止していた研究が一挙に再開されたものですから!殊に最近再開した生体関係の研究が厄介でしてな?」
「ほう?」
オリヴィエは相槌を打ちながら、男の顔を一瞥した。
最近再開した研究、となれば、ビルの失踪と内乱が重なって止まった研究も含まれていそうだ。
オリヴィエは背凭れへゆるく身を預けると、おもむろに脚を組み替えた。
自分の容姿が他人へどう作用するかくらい、ある程度は知っている。
深紅のドレスが脚の動きに遅れてさらりと流れ、重ねた膝から細い足首までの輪郭を一瞬だけ浮かび上がらせた。
「!」
揺れた裾はやがて床へ落ち、磨き上げられた象牙色のタイルへ深紅の影を落とし、所長の喉が小さく動いた。
伏せていた睫毛が持ち上がり、青い瞳が狼狽えた男をまっすぐ捉える。
「……それで?」
オリヴィエはグラスを傾け、ほんの僅かに間を置いて続きを催促してみせた。
「え、えぇ…!」
何を期待したのか、男の背筋まで先ほどより妙に伸びている。
甘い言葉ひとつ掛けてもいなくとも、男の頭の中では、オリヴィエの肢体の動きも、視線も、この夜会に居残っている理由さえ、とうに別の筋書きへ繋がっているらしい。
「研究によっては保管条件だけでも結果が変わるんですよ!しかも今動かしているものは、誰でも引き継げる類ではないらしく……軍も妙にあれだけは優先したがりましてな」
「ふむ…相当、貴所に期待を寄せていると見える」
作り笑いを浮かべてみせれば、男はますます身を乗り出した。
「い、いやぁ〜。まぁ、私が着任してからはそうかもしれませんなぁ〜!」
「あぁ。それほど国に貢献する技術を生み出している証といったところか」
「!えぇ、えぇまぁ?そうでしょうとも!」
(阿呆が)
この調子なら苦労せず情報を引き出せそうだ。
「近頃は主にどんな研究を?」
「うちでは細胞移植も扱っておりましてな?どう生着させるかという研究も任されるのもうちなんですよ。例の再開した研究も、その辺りと無縁ではないらしく……」
「再開した研究とは、どんな?」
「えぇ。根っこは前任の所長自ら研究していた技術をさらに進化させたものなのですがね? 異なる組織を接合したあと、細胞をどう生着させるか。そういう問題を扱う研究でしてな〜、まぁ保冷環境が肝でして」
「………ふむ」
第三研究所に関する資料にも目は通してある。
前任の所長ということは、セシリアの祖父、ビルだったはずだ。
「つまり!人間での臓器移植の成功の日も近いのですよ!」
「ほう。そのあたりの研究は、大仰な設備が必要なのか?」
「いえ、実験用の動物や換気や保冷といった環境さえ整えば、他の研究に比べれば可愛いも……あ!い、いえ、それなりには!」
そこまで言って男は慌てて取り繕った。
おまけで研究予算の引き上げまで期待しているらしいが、今夜のオリヴィエにとっては、どうでもいい腹算用だった。
細胞生着、接合、移植、最近再開した研究。
前任所長の技術とはつまり、ビル・バーク=フロストの研究…
少なくとも表層では、臓器移植に近い技術らしいが、その程度だけで中央が一家へ執着するとは思えない。
まだ何かある。
だが今重要なのは、セシリアが課されている研究は、おそらく大型設備に依存することがない。つまり研究者本人を動かせないという問題は生じないということだ。
中央がそこを切り札にしたところで無駄ということになる。
グラスの縁に残った泡を眺めながら結論を出し、オリヴィエは立ち上がった。
「有意義な時間だったぞ、所長」
「え」
男の顔に、露骨なほど「もう行くのか」という惜しむ色が浮かぶ。
つい先ほどまで自分に向けられていた青い瞳に、もう一度くらい特別な意味を見出したかったらしいが、オリヴィエは目を合わせることもなく、さっさとその場を去った。
背後では、ようやく自分が喋りすぎたことへ気づいたらしい所長が、取り繕うような咳払いをひとつ落としていた。
翌日に各地方司令部の将官を集めた軍議を控え、夜会場は礼装に身を包んだ軍人や軍関係者で溢れていた。
今夜“も“社交を楽しみに来たのではない。
オリヴィエは会場へ入る前から、接触する相手を決めていた。
深い赤のドレスに黒いショールを掛ける代わりに、腰に銃もサーベルもない。
それでも彼女が歩けば、気圧された人混みは無意識に道を開けた。
「マイルズ、貴様は手出し無用だ。東西の連中の機嫌を取っておけ」
「南部のエアハート少将はよろしいので?」
「“あの女の“父親だぞ。元来社交場嫌いな男だ。軍務が押したとでも適当に理由をつけて、明日の会議直前にセントラル入りというところだろう」
「承知しました。……ご武運を」
マイルズがその場を去ると、オリヴィエは早速、今宵の標的へ近づいた。
「ん……? これはこれはアームストロング少将!まさかこの時間までいらっしゃるとは!」
「あぁ」
「明日が勝負の日ですからな?」
「私がヘネシー目当てで来たとは思いつかんか?」
「なんと……!ソブラニーをお供にされたくば、いつでもお誘いを!」
オリヴィエは相手の杯へ軽くグラスを触れさせた。
ほとんど口をつけない代わりに、目の前の男、第3研究所所長が今夜何杯目かを見ていた。
所長はすでに頬を赤らめて上機嫌だ。
「それにしても、今年の北方はもう初雪が見られたとか!うちの研究者らも出張予定ですが、三日と保つかどうか心配なんですよ」
「中央の研究者らは相当な“暑がり”なようだ」
「はっはっは! 閣下の部隊と比べられては酷というものです。ただでさえ研究が再会して慌ただしいのですから」
「あぁ、内乱後はどこの研究所も立て込んでいるらしいな」
オリヴィエが近くの椅子へ腰を下ろしながら訊ねると、あの氷の女王が自分の話し相手になってくれるのかと、男は露骨に機嫌を良くしてすぐ隣の椅子へ腰を下ろした。
「おっしゃる通りで!内乱で中止していた研究が一挙に再開されたものですから!殊に最近再開した生体関係の研究が厄介でしてな?」
「ほう?」
オリヴィエは相槌を打ちながら、男の顔を一瞥した。
最近再開した研究、となれば、ビルの失踪と内乱が重なって止まった研究も含まれていそうだ。
オリヴィエは背凭れへゆるく身を預けると、おもむろに脚を組み替えた。
自分の容姿が他人へどう作用するかくらい、ある程度は知っている。
深紅のドレスが脚の動きに遅れてさらりと流れ、重ねた膝から細い足首までの輪郭を一瞬だけ浮かび上がらせた。
「!」
揺れた裾はやがて床へ落ち、磨き上げられた象牙色のタイルへ深紅の影を落とし、所長の喉が小さく動いた。
伏せていた睫毛が持ち上がり、青い瞳が狼狽えた男をまっすぐ捉える。
「……それで?」
オリヴィエはグラスを傾け、ほんの僅かに間を置いて続きを催促してみせた。
「え、えぇ…!」
何を期待したのか、男の背筋まで先ほどより妙に伸びている。
甘い言葉ひとつ掛けてもいなくとも、男の頭の中では、オリヴィエの肢体の動きも、視線も、この夜会に居残っている理由さえ、とうに別の筋書きへ繋がっているらしい。
「研究によっては保管条件だけでも結果が変わるんですよ!しかも今動かしているものは、誰でも引き継げる類ではないらしく……軍も妙にあれだけは優先したがりましてな」
「ふむ…相当、貴所に期待を寄せていると見える」
作り笑いを浮かべてみせれば、男はますます身を乗り出した。
「い、いやぁ〜。まぁ、私が着任してからはそうかもしれませんなぁ〜!」
「あぁ。それほど国に貢献する技術を生み出している証といったところか」
「!えぇ、えぇまぁ?そうでしょうとも!」
(阿呆が)
この調子なら苦労せず情報を引き出せそうだ。
「近頃は主にどんな研究を?」
「うちでは細胞移植も扱っておりましてな?どう生着させるかという研究も任されるのもうちなんですよ。例の再開した研究も、その辺りと無縁ではないらしく……」
「再開した研究とは、どんな?」
「えぇ。根っこは前任の所長自ら研究していた技術をさらに進化させたものなのですがね? 異なる組織を接合したあと、細胞をどう生着させるか。そういう問題を扱う研究でしてな〜、まぁ保冷環境が肝でして」
「………ふむ」
第三研究所に関する資料にも目は通してある。
前任の所長ということは、セシリアの祖父、ビルだったはずだ。
「つまり!人間での臓器移植の成功の日も近いのですよ!」
「ほう。そのあたりの研究は、大仰な設備が必要なのか?」
「いえ、実験用の動物や換気や保冷といった環境さえ整えば、他の研究に比べれば可愛いも……あ!い、いえ、それなりには!」
そこまで言って男は慌てて取り繕った。
おまけで研究予算の引き上げまで期待しているらしいが、今夜のオリヴィエにとっては、どうでもいい腹算用だった。
細胞生着、接合、移植、最近再開した研究。
前任所長の技術とはつまり、ビル・バーク=フロストの研究…
少なくとも表層では、臓器移植に近い技術らしいが、その程度だけで中央が一家へ執着するとは思えない。
まだ何かある。
だが今重要なのは、セシリアが課されている研究は、おそらく大型設備に依存することがない。つまり研究者本人を動かせないという問題は生じないということだ。
中央がそこを切り札にしたところで無駄ということになる。
グラスの縁に残った泡を眺めながら結論を出し、オリヴィエは立ち上がった。
「有意義な時間だったぞ、所長」
「え」
男の顔に、露骨なほど「もう行くのか」という惜しむ色が浮かぶ。
つい先ほどまで自分に向けられていた青い瞳に、もう一度くらい特別な意味を見出したかったらしいが、オリヴィエは目を合わせることもなく、さっさとその場を去った。
背後では、ようやく自分が喋りすぎたことへ気づいたらしい所長が、取り繕うような咳払いをひとつ落としていた。
