Op.6 : 熾天使のカラー
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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『……また、婚約者自慢の電話かね、ヒューズ』
「失礼な奴だなぁ。今日はちゃんと用事がある。ちなみに式場候補もだいぶ絞れてきたぞ〜?」
『……切る』
「待て待て!ロイ〜、せっかちな男は嫌われるぞ!?」
『余計なお世話だ!!』
いつもの調子で返ってくる声を聞き、ヒューズは受話器を挟んだ肩から少し力を抜いた。
元気そうだ。少なくとも、声を荒げるだけの余力はある。
「ま、式には絶対来いよ?セシリアちゃんと二人で、な」
『なっ……なぜそこで彼女の名前が!』
「二人とも昔っから奥ゆかしいからなぁ。そのうち誰かに取られちまうぞ?グレイシアが世界一だが、セシリアちゃんも相当美人だしよ」
『……』
「…?」
ヒューズは僅かに眉尻を上げた。
調子のいい日の親友なら、ここで罵声のひとつでも返ってくるはずだ。
『……今の私では、彼女を幸せにはできない』
イシュヴァール内乱後の東部には問題が山積みだ。
東部の将校、それも最年少ともなれば、押しつけられる業務量も計り知れないだろう。
その先にも、人生を賭けた野望まである。
それらを果たさない限り、自分に彼女を迎えに行く資格はないと、己を戒めているらしい。
「……律儀だねぇ、お前さんは」
『うるさい』
悪態づいていながら、その声は柔らかかった。
セシリアの話題になると、即座に声色が変わる。
長い付き合いのヒューズには、それが友情だけで説明できるものではないと、とっくに分かっていた。
我が親友ながら感服すると同時に、心配にもなる。
マスタングも彼女も、自己犠牲が過ぎて危ういところがある。
「まあ、タイミングで言えばセシリアちゃんも今それどころじゃなさそうだしな」
『どういうことだ?』
「この前、グレイシアとウチで三人で飯食ったんだよ」
『そうか。…元気だったか』
「元気、とは言いにくいな。……お前さんは何も聞いてないか? …彼女がイシュヴァールで何をしたか」
『?彼女は当時医学生ながら、多くの命を救ったと聞いているが』
「その“多くの命”の中に、イシュヴァール人も含まれてるのは知ってっか?」
『!なんだと……?』
ヒューズは、セシリアから聞いたことを順を追って話した。
敵性住民の治療。
褒賞という名の首輪。
医師資格を与えられながら、医師として扱われていない不遇な現状。
受話器の向こうが重々しく静まり返る。
『……セシリアは……無理やり軍の狗にさせられたのか……』
しばしの沈黙のあと、ロイがなんとか質問を絞り出した。
『……彼女は、何と?』
「勉強になることもあるし、研究もきっと人を救うことに繋がる、だとさ」
『くそ……!』
「健気だよなぁ。帰還したらおふくろさんは失踪してるわ、唯一残った家族のエアハート少将も南部へ左遷させられてよ。軍や病院側を憎んでもおかしくないってのに」
『……どうにかしてやれないものか……』
「……」
電話越しとはいえ、“自分が帰還後もずっと傍にいてやれたなら“、などどうしようもないことで友人が思い詰めているのが手に取るように分かる。
ヒューズはやれやれと新聞へ目を落とす。
そこには、白い帽子を被せられ、ナースドレスに身を包んだ熾天使がいた。
「…ドレスだけ取れば、似合ってたんだけどなぁ〜セシリアちゃん」
『っ……!』
「なーんて、思ってねぇよな? ロイ」
『きっ、貴様……っ! 彼女があんな顔をしていたというのに、そんなことを考えるわけーー』
「これっぽっちも?」
『………』
図星だな。
新聞の目の粗い写真で表情まで確認するなら目を凝らさなければならない。
そこまで見ておいて、ドレス姿だけ目に入らなかったわけがあるか。
「このムッツリめ」
『戦場で恋人の写真を見るたび鼻の下を伸ばしていた貴様に言われたくないわ!!』
ヒューズは声を立てて笑うと、受話器の向こうから盛大なため息が返ってきた。
調子が戻ったようで何よりだ。
「…なぁ。今度の軍議、お前さんもセントラル来るんだろ?」
『ああ。グラマン中将の補佐でな』
「だったら会ってやれ。セシリアちゃんに」
『……』
「お前、今度はどんな顔して会えばいいかとか考えてるだろ」
『……彼女は……イシュヴァールで人を救ってきた。私は、その逆だ』
再びマスタングの声が沈む。
「ロイ」
『罪のない命を……何百と奪った。そんな私が、今さら昔と同じ顔で会いに行っていいのか——』
「なぁ、ロイ」
これ以上、親友が自責へ沈まないよう、ヒューズは言葉を遮った。
「同じかもしれねぇぞ?」
『同じだと……?』
「どうしてあの子が、殲滅戦になってからイシュヴァール人を助けに行こうとしたと思う」
『見過ごせなかったからじゃないのか』
「…これは、俺の勝手な推測だけどよ。治療した患者が人殺しに変わる状況を、あの子なりに悩んでたんじゃないか?」
『……』
「内乱で傷が残ったのは兵士だけじゃないって話さ。……俺と違って、今あの子のそばには寄り添ってくれる家族もいない」
『……そうだな。分かった』
本命にはどうにも奥手だ。
いや、関係を壊したくないという思いの方が強いのかもしれない。
ともあれ、声の奥に少しだけ決意が戻った。
彼女とのことについてこいつにしてやれるのは、背中を押すくらいだ。
「うっし!そんじゃ、仕事もほどほどにしろよ?たまには休め?男はちょっと悪い方がモテ——」
『やかましい!』
怒鳴り声を最後に、通話が勢いよく切れた。
「…んだよ〜、ついでにアドバイスしてやろうと思ったのに」
ヒューズはしばらく受話器を見つめてからそれを置き、新聞のセシリアへ視線を戻して小さく舌打ちした。
「…ったく。誰だ、こんな仕打ち思いついた奴は」
