Op.6 : 熾天使のカラー
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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オリヴィエがブリッグズへ戻って数週間。
執務机の上には、セントラルから手間をかけて取り寄せた資料が積み上がっていた。
軍歴、国家錬金術師登録。上流階級のコネクションを使って仕入れた公認家系図 、
医師登録簿、セントラル病院の勤務記録。
第三研究所への照会書、素行調査報 告書…
国境要塞へ迎え入れる以上、表向きの経歴だけで判断する気はない。セシリアについて各方面から徹底的に調べ上げた。
セシリア・エアハート。
医学課程修了。医師資格。国家錬金術師。二つ名は〝汀〟。
従軍歴には、イシュヴァール内乱中の野戦病院。
敵性住民への医療行為による造反。
セントラル病院の勤務記録は、資格と従軍歴に対して、実務欄は呆れるほど薄かった。
受け持ちも執刀歴もなし。
代わりに並ぶのは、器械台帳、論文要約作業、備品照合、書類整理、研究所への往復。
ガードナーから話は聞いていたものの、文字として眺めれば、改めていかに有能な人材を無駄遣いしているかがよく分かる。
「ハン。…贅沢なことだ」
オリヴィエは書面を見下ろし小さく吐き捨てた。
勤務評定には問題らしい問題はない。
それでもイシュヴァールでは命令を破った。
軍そのものへ噛みつきたい人間なら、記録はもっと荒れているはずだ。
何か本人なりの理由があったに違いない。
だがそれは本人に確認するまで憶測したところで無意味だろうと思考を止めて保安記録を捲った。
父、ヴィンセント・エアハート少将。
ブリッグズ赴任以前、何度か同じ任に就いたことのある男だ。
掴みどころのない態度は好かないが、戦場での判断だけは信用できた。
補給を読み、退路を読み、無意味な死傷者を増やさない。
兵を惜しむ父親と、患者を惜しんで軍令を破った娘。
外面は似ても似つかんが、根は同じらしい。
(“りんご“は木から遠いところには落ちない、か)
続く頁では、母方であるバーク=フロスト家の記録に欠落が増えていった。
母、モーリー・エアハート。
消息不明。
その母方を遡れば、祖父ビル、祖母アイミーもまた所在が途切れている。
ビル・バーク=フロスト。
元セントラル病院副理事、第3研究所所長。
その後、空席となった士官学校校医を一時務めた、医学界の権威。
セシリアが医学課程へ進んでいる最中に消息不明。
日付を確認したオリヴィエの中で、記憶がひとつ繋がった。
かつての夜会…。
中庭で薔薇とヒヤシンスが咲くパーゴラの下、ホールの華やぎにも目を向けず、羊皮紙へ食い入るようにしていたセシリア。
(あの日は、すでに祖父は失踪した後だったか)
ならば、あの紙へ向けていた眼差しの意味も少し変わってくる。
ビル本人とも、社交の場で何度か言葉を交わしたことはあった。
医学界の大物でありながら権威を振りかざさず、酒や文芸の話を心から楽しむ、白髪の気品ある紳士。
だが、こと医療の話になると、穏やかな物腰とは裏腹に、誰より強い熱を宿していたように思う。
オリヴィエは家系図関係の封筒を閉じ、最後に残った第三研究所からの照会書へ手を伸ばした。
研究担当者、セシリア・エアハート。
関連研究者にはビルの名。研究継続・定期報告義務あり。
必要資材は軍より支給。停止、移管には承認を要する。
“研究名:ROCET “
詳細照会への返答は、たった一行。
“閲覧権限外“。
「……何だこれは」
中央が何かを伏せていること自体は珍しくない。
問題は、この研究がセシリアを北へ動かすにあたって障壁になるかどうかだ。
何にせよ、引き抜くならまずは席を作るところからだ。
オリヴィエが一枚の新しい用紙を取り出し、ペンを走らせ始めたところで、扉を叩く音がした。
「入れ」
「失礼します」
副官のマイルズがファイルを抱えて執務室に入ってくる。
「ご指定の医務記録です。冬季の後送不能件数と、ドラクマとの交戦時の過去の傷病者数を抜き出しました」
「うむ」
マイルズは資料を差し出し、デスクに広げられたセシリアに関する書類に目が留まる。
「医官の増員ですか。この者が候補で?」
「あぁ」
「現在の医療班には、Dr.Dがいますが」
「奴を退ける気はない。あくまで医療班の強化だ」
オリヴィエは記入をしながら、マイルズにセシリアの経歴が書かれた書面を差し出す。
「医療錬金術に、イシュヴァール従軍歴。逸材ですね。……バーク=フロストというと、確か動物間の臓器移植を成功させたと話題になりましたね」
「その孫だが…それだけではない」
「?」
オリヴィエの脳裏には、駅で血まみれの患者へ手を差し伸べていた諦めの悪い女の横顔が浮かんだ。
最後まで人を生かそうとする執念がある。
“あれ“は備わっているものであって、容易に仕込めるものではない。
オリヴィエは書き上げた書類の末尾に迷いなく署名してマイルズに差し出した。
『ブリッグズ要塞軍医官増員上申書』
「これをセントラルへ」
「ハッ」
執務机の上には、セントラルから手間をかけて取り寄せた資料が積み上がっていた。
軍歴、国家錬金術師登録。上流階級のコネクションを使って仕入れた
医師登録簿、セントラル病院の勤務記録。
第三研究所への照会書、
国境要塞へ迎え入れる以上、表向きの経歴だけで判断する気はない。セシリアについて各方面から徹底的に調べ上げた。
セシリア・エアハート。
医学課程修了。医師資格。国家錬金術師。二つ名は〝汀〟。
従軍歴には、イシュヴァール内乱中の野戦病院。
敵性住民への医療行為による造反。
セントラル病院の勤務記録は、資格と従軍歴に対して、実務欄は呆れるほど薄かった。
受け持ちも執刀歴もなし。
代わりに並ぶのは、器械台帳、論文要約作業、備品照合、書類整理、研究所への往復。
ガードナーから話は聞いていたものの、文字として眺めれば、改めていかに有能な人材を無駄遣いしているかがよく分かる。
「ハン。…贅沢なことだ」
オリヴィエは書面を見下ろし小さく吐き捨てた。
勤務評定には問題らしい問題はない。
それでもイシュヴァールでは命令を破った。
軍そのものへ噛みつきたい人間なら、記録はもっと荒れているはずだ。
何か本人なりの理由があったに違いない。
だがそれは本人に確認するまで憶測したところで無意味だろうと思考を止めて保安記録を捲った。
父、ヴィンセント・エアハート少将。
ブリッグズ赴任以前、何度か同じ任に就いたことのある男だ。
掴みどころのない態度は好かないが、戦場での判断だけは信用できた。
補給を読み、退路を読み、無意味な死傷者を増やさない。
兵を惜しむ父親と、患者を惜しんで軍令を破った娘。
外面は似ても似つかんが、根は同じらしい。
(“りんご“は木から遠いところには落ちない、か)
続く頁では、母方であるバーク=フロスト家の記録に欠落が増えていった。
母、モーリー・エアハート。
消息不明。
その母方を遡れば、祖父ビル、祖母アイミーもまた所在が途切れている。
ビル・バーク=フロスト。
元セントラル病院副理事、第3研究所所長。
その後、空席となった士官学校校医を一時務めた、医学界の権威。
セシリアが医学課程へ進んでいる最中に消息不明。
日付を確認したオリヴィエの中で、記憶がひとつ繋がった。
かつての夜会…。
中庭で薔薇とヒヤシンスが咲くパーゴラの下、ホールの華やぎにも目を向けず、羊皮紙へ食い入るようにしていたセシリア。
(あの日は、すでに祖父は失踪した後だったか)
ならば、あの紙へ向けていた眼差しの意味も少し変わってくる。
ビル本人とも、社交の場で何度か言葉を交わしたことはあった。
医学界の大物でありながら権威を振りかざさず、酒や文芸の話を心から楽しむ、白髪の気品ある紳士。
だが、こと医療の話になると、穏やかな物腰とは裏腹に、誰より強い熱を宿していたように思う。
オリヴィエは家系図関係の封筒を閉じ、最後に残った第三研究所からの照会書へ手を伸ばした。
研究担当者、セシリア・エアハート。
関連研究者にはビルの名。研究継続・定期報告義務あり。
必要資材は軍より支給。停止、移管には承認を要する。
“研究名:
詳細照会への返答は、たった一行。
“閲覧権限外“。
「……何だこれは」
中央が何かを伏せていること自体は珍しくない。
問題は、この研究がセシリアを北へ動かすにあたって障壁になるかどうかだ。
何にせよ、引き抜くならまずは席を作るところからだ。
オリヴィエが一枚の新しい用紙を取り出し、ペンを走らせ始めたところで、扉を叩く音がした。
「入れ」
「失礼します」
副官のマイルズがファイルを抱えて執務室に入ってくる。
「ご指定の医務記録です。冬季の後送不能件数と、ドラクマとの交戦時の過去の傷病者数を抜き出しました」
「うむ」
マイルズは資料を差し出し、デスクに広げられたセシリアに関する書類に目が留まる。
「医官の増員ですか。この者が候補で?」
「あぁ」
「現在の医療班には、Dr.Dがいますが」
「奴を退ける気はない。あくまで医療班の強化だ」
オリヴィエは記入をしながら、マイルズにセシリアの経歴が書かれた書面を差し出す。
「医療錬金術に、イシュヴァール従軍歴。逸材ですね。……バーク=フロストというと、確か動物間の臓器移植を成功させたと話題になりましたね」
「その孫だが…それだけではない」
「?」
オリヴィエの脳裏には、駅で血まみれの患者へ手を差し伸べていた諦めの悪い女の横顔が浮かんだ。
最後まで人を生かそうとする執念がある。
“あれ“は備わっているものであって、容易に仕込めるものではない。
オリヴィエは書き上げた書類の末尾に迷いなく署名してマイルズに差し出した。
『ブリッグズ要塞軍医官増員上申書』
「これをセントラルへ」
「ハッ」
