Op.6 : 熾天使のカラー
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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「しっかし……大総統も容赦が無ぇな。ほとんど見せしめみたいな表彰だったわけだ」
頭を掻いて苦い顔を浮かべるヒューズにグレイシアも頷いた。
「…本当、ひどい…。セシリアさんの奉仕の心が、真っ当に評価されたのだとばかり……」
「それもあるだろうよ。…“分け隔てなく”多くの患者の命を救ったと新聞やラジオでも言われてたが、その“分け隔てなく”の中に、イシュヴァール人も含まれていたってことだったんだな……」
あの服の意味なら、悪意に疎いセシリアも薄々分かっていた。
医師資格を与えられたのに、医師の白衣ではなく看護婦の礼装で国民の前へ出されたこと。
『お前を医者としては認めない』
あれは、そういう意味だったのだろう。
「本当にごめんなさい、こんな暗い話……」
「…いいえ、セシリアさん。私、許せないわ」
「!」
グレイシアの返答に、セシリアはやっぱり、と顔を青ざめさせた。
しかし彼女の怒りの矛先は、セシリアの予想とは大きく違うものだった。
「だって…お医者様でありながら、その博愛の精神が高く評価されて戴帽されるなんて…とても綺麗だったし、すごいなってうっとりしちゃってた。戦地にいた人にしか分からない苦しみがきっとあるはずなのに……なんて私は無神経だったのかなって…」
「え……あ、グレイシアさん……!」
お願い。どうか責めないでほしい。
自分が明かせなかっただけなのに。
どう言えば彼女の自責を解けるだろうと狼狽えていると、ヒューズが彼女の名前を呼びながらそっと手を背に添えた。
「セシリアちゃんも、しんみりさせたくなくて気遣ってくれたんだろ?」
「っ……」
言葉に詰まったセシリアを見て、ヒューズは力なく笑った。
「君はあの頃からほんと口下手で、人見知りなのに、気を回すからな。俺たちの婚約の話を聞いて、言うに言えなかったよな?」
自分の父親とはまた違う鋭さがヒューズにはあった。
意図を読む、というより、思いを汲み取る鋭さ…。
「……お二人には、笑っていてほしいですから……」
相変わらずの自己犠牲的なセシリアの口ぶりにまったく、とヒューズは肩をすくめた。
「でも、そうだよな。帰還しても、こうして苦しんでる内乱経験者は山ほどいるんだよな、きっと」
「えぇ、きっとそう…」
「……あ、でも……!」
自分が作ってしまった重い空気に耐えきれなくなったセシリアは、カップの取っ手へ指を掛け直し、何でもないふうに取り繕った。
「確かに患者さんを直接診ることはできていませんが、代わりに最新の論文にたくさん触れられますし、最新鋭の医療機材の勉強にもなったり、カルテの代筆や書類作成も早くなったんです……!研究も、私が着手するために国家錬金術師としての権限が必要だったからってだけで……それに、お祖父様の研究なら、人を救うことに繋がっていると思いますから……だから……」
大丈夫だ。
だって…
『はぁーあ、羨ましっ。試験も面接も無しでここに入れるなんて』
『いいご身分だからな』
いつしか聞こえてきた当て擦りが脳裏に蘇る。
傍から見れば、これほど恵まれた話もないに違いない。
恵まれている。だから自分は大丈夫なのだ。
そういう思っていれば、誰も心配しなくて済む。
「……セシリアちゃん」
「は、はい」
気づけば、ヒューズとグレイシアが悲しげにこちらを見ていた。
「君は……なれたと思えてるかい?あの頃、目指してた医者に」
「……」
答えられなかった。
なれていない。
そう言ってしまえば、今まで耐えてきたものが崩れそうだった。
なれた。
そう言うには、毎日の自分があまりにも祖父の背中と遠い。
けれど、一度だけ。
資格を得てから、ほんのひと時だけ、自分は確かに医者だったと思えた瞬間がある。
あの人が、そばにいてくれたときだ。
「セシリアさんは、お医者様としての責務を果たしただけだと思います」
グレイシアがまっすぐセシリアを見据えて言った。
「資格を与えておきながら、お医者様として患者さんを診せず冷遇するなんて。それは処罰ですらありません。……理不尽です」
理不尽。
セシリアは、その言葉を胸の中で反芻した。
軍令に背いた清算なら仕方がないと思っていた。
罰される理由が、正当に自分にはあるのだから。
そうやって、ずっと納得しようとしていた。
けれど、そうか。
これは理不尽なのかもしれない。
自分の中で形を持たずに漂っていた違和感へ、初めて名前がついた。
「今すぐにその問題を解決するのは難しいかもしんねぇ。けど、お互い色々あった中で、あの地獄から生きて帰ってきたんだ。…グレイシアも、俺の帰りを待っててくれた」
ヒューズはそう言って、隣の婚約者を見てからセシリアに向き直る。
「“俺たち”は、これからだ」
「っ…」
“俺たち“の中に、自分も含まれていることに、セシリアは胸を締めつけられた。
いいのだろうか。
虐殺に加担したも同然の自分が、明るいこれからを望んでも。
…分からない。
それでも、打ち明ける前よりずっと心が軽くなった気がした。
「はい」
ようやく絞り出した返事に、ヒューズは満足そうに頷いた。
やがて「よし!」と空気を切り替えるように、自分の両膝をぱしりと叩く。
「またウチに来い!」
「え?」
「しんどくなったら、じゃないぞ。しんどくなる前に来い。明日でもいいぞ?」
「そんな、何度もお邪魔するのは……」
これから新生活を始める二人の家へ、自分が何度も上がり込んでよいのだろうか。
返答に迷っていると、グレイシアが首を振った。
「私も、セシリアさんともっとお話ししたいわ。私、挑戦してみようと思っていたレシピがあるんです。アップルパイなんですけど……今度食べて、感想を聞かせてもらえません?」
「グレイシアさん……」
「ほらぁ〜。いい女だろ、グレイシアは。あげねぇぞ〜?」
「い、いただけません……! でも……」
胸の内に残っていた遠慮や罪悪感が、少しだけ緩んだ。
「……本当に、本当にありがとうございます、お二人とも。アップルパイ、いつかご馳走になりたいです」
帰り際、二人は玄関まで見送ってくれた。
改めて礼を言うと、ヒューズは大きく手を振りながら、式の日取りが決まれば真っ先に知らせると笑った。
夜の街の空気はすっかり冷えていた。
セシリアはコートの前を寄せ、ゆっくり息を吸う。
明日になれば、また病院と研究所の往復だ。
患者を任せてもらえるようになるわけでもない。
明日も、何かが劇的に変わるわけではない。
それでも、あのナースキャップの下に隠された事情を知って、なお自分を医者だと言ってくれる人がいる。
あの地獄を知りながら、それでも未来に向かって歩き出している仲間がいる。
「……大丈夫」
セシリアは行きよりは少し大きな歩幅で、灯りの届かない夜道を歩き出した。
頭を掻いて苦い顔を浮かべるヒューズにグレイシアも頷いた。
「…本当、ひどい…。セシリアさんの奉仕の心が、真っ当に評価されたのだとばかり……」
「それもあるだろうよ。…“分け隔てなく”多くの患者の命を救ったと新聞やラジオでも言われてたが、その“分け隔てなく”の中に、イシュヴァール人も含まれていたってことだったんだな……」
あの服の意味なら、悪意に疎いセシリアも薄々分かっていた。
医師資格を与えられたのに、医師の白衣ではなく看護婦の礼装で国民の前へ出されたこと。
『お前を医者としては認めない』
あれは、そういう意味だったのだろう。
「本当にごめんなさい、こんな暗い話……」
「…いいえ、セシリアさん。私、許せないわ」
「!」
グレイシアの返答に、セシリアはやっぱり、と顔を青ざめさせた。
しかし彼女の怒りの矛先は、セシリアの予想とは大きく違うものだった。
「だって…お医者様でありながら、その博愛の精神が高く評価されて戴帽されるなんて…とても綺麗だったし、すごいなってうっとりしちゃってた。戦地にいた人にしか分からない苦しみがきっとあるはずなのに……なんて私は無神経だったのかなって…」
「え……あ、グレイシアさん……!」
お願い。どうか責めないでほしい。
自分が明かせなかっただけなのに。
どう言えば彼女の自責を解けるだろうと狼狽えていると、ヒューズが彼女の名前を呼びながらそっと手を背に添えた。
「セシリアちゃんも、しんみりさせたくなくて気遣ってくれたんだろ?」
「っ……」
言葉に詰まったセシリアを見て、ヒューズは力なく笑った。
「君はあの頃からほんと口下手で、人見知りなのに、気を回すからな。俺たちの婚約の話を聞いて、言うに言えなかったよな?」
自分の父親とはまた違う鋭さがヒューズにはあった。
意図を読む、というより、思いを汲み取る鋭さ…。
「……お二人には、笑っていてほしいですから……」
相変わらずの自己犠牲的なセシリアの口ぶりにまったく、とヒューズは肩をすくめた。
「でも、そうだよな。帰還しても、こうして苦しんでる内乱経験者は山ほどいるんだよな、きっと」
「えぇ、きっとそう…」
「……あ、でも……!」
自分が作ってしまった重い空気に耐えきれなくなったセシリアは、カップの取っ手へ指を掛け直し、何でもないふうに取り繕った。
「確かに患者さんを直接診ることはできていませんが、代わりに最新の論文にたくさん触れられますし、最新鋭の医療機材の勉強にもなったり、カルテの代筆や書類作成も早くなったんです……!研究も、私が着手するために国家錬金術師としての権限が必要だったからってだけで……それに、お祖父様の研究なら、人を救うことに繋がっていると思いますから……だから……」
大丈夫だ。
だって…
『はぁーあ、羨ましっ。試験も面接も無しでここに入れるなんて』
『いいご身分だからな』
いつしか聞こえてきた当て擦りが脳裏に蘇る。
傍から見れば、これほど恵まれた話もないに違いない。
恵まれている。だから自分は大丈夫なのだ。
そういう思っていれば、誰も心配しなくて済む。
「……セシリアちゃん」
「は、はい」
気づけば、ヒューズとグレイシアが悲しげにこちらを見ていた。
「君は……なれたと思えてるかい?あの頃、目指してた医者に」
「……」
答えられなかった。
なれていない。
そう言ってしまえば、今まで耐えてきたものが崩れそうだった。
なれた。
そう言うには、毎日の自分があまりにも祖父の背中と遠い。
けれど、一度だけ。
資格を得てから、ほんのひと時だけ、自分は確かに医者だったと思えた瞬間がある。
あの人が、そばにいてくれたときだ。
「セシリアさんは、お医者様としての責務を果たしただけだと思います」
グレイシアがまっすぐセシリアを見据えて言った。
「資格を与えておきながら、お医者様として患者さんを診せず冷遇するなんて。それは処罰ですらありません。……理不尽です」
理不尽。
セシリアは、その言葉を胸の中で反芻した。
軍令に背いた清算なら仕方がないと思っていた。
罰される理由が、正当に自分にはあるのだから。
そうやって、ずっと納得しようとしていた。
けれど、そうか。
これは理不尽なのかもしれない。
自分の中で形を持たずに漂っていた違和感へ、初めて名前がついた。
「今すぐにその問題を解決するのは難しいかもしんねぇ。けど、お互い色々あった中で、あの地獄から生きて帰ってきたんだ。…グレイシアも、俺の帰りを待っててくれた」
ヒューズはそう言って、隣の婚約者を見てからセシリアに向き直る。
「“俺たち”は、これからだ」
「っ…」
“俺たち“の中に、自分も含まれていることに、セシリアは胸を締めつけられた。
いいのだろうか。
虐殺に加担したも同然の自分が、明るいこれからを望んでも。
…分からない。
それでも、打ち明ける前よりずっと心が軽くなった気がした。
「はい」
ようやく絞り出した返事に、ヒューズは満足そうに頷いた。
やがて「よし!」と空気を切り替えるように、自分の両膝をぱしりと叩く。
「またウチに来い!」
「え?」
「しんどくなったら、じゃないぞ。しんどくなる前に来い。明日でもいいぞ?」
「そんな、何度もお邪魔するのは……」
これから新生活を始める二人の家へ、自分が何度も上がり込んでよいのだろうか。
返答に迷っていると、グレイシアが首を振った。
「私も、セシリアさんともっとお話ししたいわ。私、挑戦してみようと思っていたレシピがあるんです。アップルパイなんですけど……今度食べて、感想を聞かせてもらえません?」
「グレイシアさん……」
「ほらぁ〜。いい女だろ、グレイシアは。あげねぇぞ〜?」
「い、いただけません……! でも……」
胸の内に残っていた遠慮や罪悪感が、少しだけ緩んだ。
「……本当に、本当にありがとうございます、お二人とも。アップルパイ、いつかご馳走になりたいです」
帰り際、二人は玄関まで見送ってくれた。
改めて礼を言うと、ヒューズは大きく手を振りながら、式の日取りが決まれば真っ先に知らせると笑った。
夜の街の空気はすっかり冷えていた。
セシリアはコートの前を寄せ、ゆっくり息を吸う。
明日になれば、また病院と研究所の往復だ。
患者を任せてもらえるようになるわけでもない。
明日も、何かが劇的に変わるわけではない。
それでも、あのナースキャップの下に隠された事情を知って、なお自分を医者だと言ってくれる人がいる。
あの地獄を知りながら、それでも未来に向かって歩き出している仲間がいる。
「……大丈夫」
セシリアは行きよりは少し大きな歩幅で、灯りの届かない夜道を歩き出した。
