Op.6 : 熾天使のカラー
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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「あっ、そうだ」
ヒューズがグラスを持ち上げる。
「俺も言い遅れたな。セシリアちゃん、医師免許取得おめでとう!すごいじゃないか、国家錬金術師の資格までよ!」
「ぁ……」
セシリアが言葉に詰まっていると、グレイシアもグラスを取って嬉しそうに微笑んだ。
「パレード、見てましたよ。本当におめでとうございます、セシリアさん」
二人の顔には、一片の疑いもない。
士官学校の頃、ヒューズには「医者になる」と話した。
それが叶ったと、今こうして自分のことのように喜んでくれている。
違うと言いたいが、くれた祝いの言葉を無為にしたくない。だがそのまま受け取るのも後ろめたさが生まれる。
そんなせめぎ合いの中、乾杯、とグラスの縁が軽く触れ合った。
「ありがとうございます」
笑ったつもりだったが、声は自分で思っていたよりずっと細かった。
「……あ、そういえば!セシリアちゃんも絶対来いよ?俺たちの結婚式」
「良いんですか?」
「当たり前だろ!?ロイと一緒に絶対に来いよ!」
どんな場所がいいか、誰を呼ぶか、花はどうするか。
そんな明るい未来の話題に変わり、セシリアは胸へ浮かんだ影をそっと押し戻した。
食後、グレイシアが淹れてくれた紅茶を飲みながら、手土産のりんごを摘んだ。
窓の外にはセントラルの夜灯が連なり、その向こうには中央司令部の巨大な影が重く浮かんでいる。
「で?」
ヒューズがセシリアのそばに椅子を動かして座り直す。
「若き天才ドクターは、セントラル病院でバリバリ活躍中ってわけか?」
「えぇと…そうですね……研究所へ行くことの方が、多いかもしれません」
「研究?」
「祖父の研究を、続けるように言われていますから」
「へぇ〜」
ヒューズはりんごをひと齧りする。
「お祖父さんって、校医だったバーク=フロスト先生だよな。病院の方は?」
「お、お手伝いできることは、しています」
その一瞬のつかえを、ヒューズは聞き逃さなかった。
「……どうした」
「え?」
「今日、その辺の話をするときだけ様子がおかしい。…何があった?」
話せば、きっと空気が変わる。
せっかくヒューズが生きて帰ってきて、こんな温かな時間を過ごせているというのに。
お祝いの言葉までくれたというのに。
「いえ、何でも……」
「何でもないって顔じゃないだろう」
ヒューズの声から、おどけた調子が一切消えた。
「前より痩せたし、何でもない顔じゃないことくらい分かる」
無理に笑う人間の顔も、誰かに心配をかけまいとして先に「大丈夫」を用意する気遣いも。
あの地獄を見てきた者なら、分かってしまう。
二人の様子を見守っていたグレイシアも口を開いた。
「…セシリアさん、もしマースにだけに話したいことでしたら、私は少し席を外しますよ?」
「!グレイシアさん……」
彼女とは今日初めて会ったばかりだ。
自分がどんな人間かも、ほとんど知らないはずなのに。
おそらく婚約者が大切にしている人だからというだけで、自分まで尊重しようとしてくれている。
こんなにも優しい人たちに気を遣わせている自分が不甲斐なかった。
「……お二人になら」
心配させ続けてしまうくらいなら、打ち明けよう。
セシリアは息を整えてから順を追って話した。
イシュヴァールで命令に背き、敵性住民を治療したこと。
その結果として医師資格と国家錬金術師資格を与えられ、研究を引き継ぐよう命じられたこと。
さっきまで笑い声が絶えなかった部屋は、いつの間にか静まり返っていた。
セシリアはそのことへの居た堪れなさから、俯いた顔を上げられなかった。
ヒューズの脳裏に浮かんでいたのは、士官学校の医務室で祖父の隣に座り、医学書や論文へ向かって目を輝かせていた女学生だった。
祖父みたいな、どんな命も見捨てない医者になる。
そう言って、はにかんでいた彼女なら…
しばらくの沈黙のあと、ヒューズは腕を組み、天井を仰ぎながら漏らす。
「……そりゃあ、治すよな。……“君”なら」
セシリアはその言葉に胸を突かれ、顔を上げた。
否定でも、無責任な肯定でもない。
自分がどういう人間なのかを覚えていてくれた。
そのことが思いがけないほど響き、セシリアの鼻の奥が熱くなる。
「……怖くなかったんですか?」
不意にグレイシアが訊ねた。
セシリアは、当時の胸中を振り返るように明かした。
「……あの時は、ああしないほうが怖かった、です……。ずっと目指してきたものを、自分を否定してしまいそうというか……」
その言葉をひとつひとつ噛み締めるように頷いたグレイシアは、セシリアの手へそっと自分の手を重ねた。
「すごく勇気がいることですよね…。私なら、きっと自分の身可愛さが勝ってしまう…私が言える立場ではないですが…ご家族とも離れ離れで…すごく…辛かったですよね」
「グレイシアさん…」
今日初めて知り合ったグレイシアが、ここまで寄り添ってくれたこと自体が嬉しかった。
「ありがとうございます」
セシリアは込み上げるものを堪えながら、グレイシアにそう返すのが精一杯だった。
自分の身可愛さ。
セシリアは、その言葉を心の中で繰り返す。
自分の選択が勇敢さゆえだったのかも分からない。
心も体も極限状態で、正常な判断ができなかっただけかもしれない。
救った者が、また誰かの命を奪う矛盾に耐えられなくなっただけだとも思う。
それでも、現状が苦しくても踏ん張れているのは、あの時の自分の選択に後悔がないからだろう。
ヒューズがグラスを持ち上げる。
「俺も言い遅れたな。セシリアちゃん、医師免許取得おめでとう!すごいじゃないか、国家錬金術師の資格までよ!」
「ぁ……」
セシリアが言葉に詰まっていると、グレイシアもグラスを取って嬉しそうに微笑んだ。
「パレード、見てましたよ。本当におめでとうございます、セシリアさん」
二人の顔には、一片の疑いもない。
士官学校の頃、ヒューズには「医者になる」と話した。
それが叶ったと、今こうして自分のことのように喜んでくれている。
違うと言いたいが、くれた祝いの言葉を無為にしたくない。だがそのまま受け取るのも後ろめたさが生まれる。
そんなせめぎ合いの中、乾杯、とグラスの縁が軽く触れ合った。
「ありがとうございます」
笑ったつもりだったが、声は自分で思っていたよりずっと細かった。
「……あ、そういえば!セシリアちゃんも絶対来いよ?俺たちの結婚式」
「良いんですか?」
「当たり前だろ!?ロイと一緒に絶対に来いよ!」
どんな場所がいいか、誰を呼ぶか、花はどうするか。
そんな明るい未来の話題に変わり、セシリアは胸へ浮かんだ影をそっと押し戻した。
食後、グレイシアが淹れてくれた紅茶を飲みながら、手土産のりんごを摘んだ。
窓の外にはセントラルの夜灯が連なり、その向こうには中央司令部の巨大な影が重く浮かんでいる。
「で?」
ヒューズがセシリアのそばに椅子を動かして座り直す。
「若き天才ドクターは、セントラル病院でバリバリ活躍中ってわけか?」
「えぇと…そうですね……研究所へ行くことの方が、多いかもしれません」
「研究?」
「祖父の研究を、続けるように言われていますから」
「へぇ〜」
ヒューズはりんごをひと齧りする。
「お祖父さんって、校医だったバーク=フロスト先生だよな。病院の方は?」
「お、お手伝いできることは、しています」
その一瞬のつかえを、ヒューズは聞き逃さなかった。
「……どうした」
「え?」
「今日、その辺の話をするときだけ様子がおかしい。…何があった?」
話せば、きっと空気が変わる。
せっかくヒューズが生きて帰ってきて、こんな温かな時間を過ごせているというのに。
お祝いの言葉までくれたというのに。
「いえ、何でも……」
「何でもないって顔じゃないだろう」
ヒューズの声から、おどけた調子が一切消えた。
「前より痩せたし、何でもない顔じゃないことくらい分かる」
無理に笑う人間の顔も、誰かに心配をかけまいとして先に「大丈夫」を用意する気遣いも。
あの地獄を見てきた者なら、分かってしまう。
二人の様子を見守っていたグレイシアも口を開いた。
「…セシリアさん、もしマースにだけに話したいことでしたら、私は少し席を外しますよ?」
「!グレイシアさん……」
彼女とは今日初めて会ったばかりだ。
自分がどんな人間かも、ほとんど知らないはずなのに。
おそらく婚約者が大切にしている人だからというだけで、自分まで尊重しようとしてくれている。
こんなにも優しい人たちに気を遣わせている自分が不甲斐なかった。
「……お二人になら」
心配させ続けてしまうくらいなら、打ち明けよう。
セシリアは息を整えてから順を追って話した。
イシュヴァールで命令に背き、敵性住民を治療したこと。
その結果として医師資格と国家錬金術師資格を与えられ、研究を引き継ぐよう命じられたこと。
さっきまで笑い声が絶えなかった部屋は、いつの間にか静まり返っていた。
セシリアはそのことへの居た堪れなさから、俯いた顔を上げられなかった。
ヒューズの脳裏に浮かんでいたのは、士官学校の医務室で祖父の隣に座り、医学書や論文へ向かって目を輝かせていた女学生だった。
祖父みたいな、どんな命も見捨てない医者になる。
そう言って、はにかんでいた彼女なら…
しばらくの沈黙のあと、ヒューズは腕を組み、天井を仰ぎながら漏らす。
「……そりゃあ、治すよな。……“君”なら」
セシリアはその言葉に胸を突かれ、顔を上げた。
否定でも、無責任な肯定でもない。
自分がどういう人間なのかを覚えていてくれた。
そのことが思いがけないほど響き、セシリアの鼻の奥が熱くなる。
「……怖くなかったんですか?」
不意にグレイシアが訊ねた。
セシリアは、当時の胸中を振り返るように明かした。
「……あの時は、ああしないほうが怖かった、です……。ずっと目指してきたものを、自分を否定してしまいそうというか……」
その言葉をひとつひとつ噛み締めるように頷いたグレイシアは、セシリアの手へそっと自分の手を重ねた。
「すごく勇気がいることですよね…。私なら、きっと自分の身可愛さが勝ってしまう…私が言える立場ではないですが…ご家族とも離れ離れで…すごく…辛かったですよね」
「グレイシアさん…」
今日初めて知り合ったグレイシアが、ここまで寄り添ってくれたこと自体が嬉しかった。
「ありがとうございます」
セシリアは込み上げるものを堪えながら、グレイシアにそう返すのが精一杯だった。
自分の身可愛さ。
セシリアは、その言葉を心の中で繰り返す。
自分の選択が勇敢さゆえだったのかも分からない。
心も体も極限状態で、正常な判断ができなかっただけかもしれない。
救った者が、また誰かの命を奪う矛盾に耐えられなくなっただけだとも思う。
それでも、現状が苦しくても踏ん張れているのは、あの時の自分の選択に後悔がないからだろう。
