Op.6 : 熾天使のカラー
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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教えられていた住所を頼りに歩き、扉をノックすると、ヒューズ本人が勢いよく顔を出した。
「いらっしゃい、セシリアちゃん! 待ってたぞ〜!」
「こんばんは、ヒューズさん。よかったらこれ、食後にでも」
買ってきたりんごを籠ごと差し出すとヒューズは大きな身振りで受け取る。
「おっ!うまそうだ!わざわざサンキューな!」
明るい笑顔と声は、士官学校時代と変わらないように見える。
あの頃と比べ、頬が少し落ちていることを除けば。
数週間前、中央司令部で偶然再会したときにも感じたことだ。
自分は後方の野戦病院にいただけでも、あの惨状に心を削られた。
もっと前線にいたヒューズが、何も持ち帰らずに済んだはずがない。
だが、心配して尋ねることが必ずしも優しさになるとは限らない。
自分のように、できるだけ思い出さないようにしているかもしれないと言葉を飲み込んだ。
そんなセシリアをヒューズは「ほら、入った入った」といつもの調子で家の中へ招き入れた。
奥から、煮込み料理の温かな香りが漂ってくる。
「グレイシア、セシリアちゃん来たぞ!」
「はい」
奥から現れた女性を見て、セシリアは思わず足を止めた。
「初めまして。グレイシアです。いつもマースからお話は伺っています」
「は、初めまして……!セシリア・エアハートです。本日はお招きいただき……」
きちんと挨拶をしなくてはと、頭ではそう分かっている。
けれど同じ年頃の女性と、軍務でも学業でもない場所で向かい合うこと自体、大人になってからのセシリアにはほとんど経験がなかった。
緊張で、急に自分の両手の置き場まで気になってくる。
加えて、グレイシアはとても綺麗だった。
柔らかな栗色の髪に、新芽のように澄んだグリーンアイと、何より温かいその微笑みについつい目が奪われてしまっていた。
セシリアが固まっていることに気づいたグレイシアは、不思議そうに首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「!い、いえ!しっ、失礼しました……!」
頬へ一気に熱が集まる。
他所様の顔をじっと見るなんて失礼をとセシリアが慌てるより早く、隣でヒューズが噴き出した。
「グレイシアが綺麗だから見惚れてたんだろ〜、セシリアちゃん」
「え……!」
図星を突かれたセシリアはますます困った。
「……はい。そう……です。その、お綺麗な方だったものですから……」
「あ、あら……! ありがとうございます」
今度はグレイシアまで頬を赤くした。
「セシリアさんこそ、お写真で拝見したときよりずっと綺麗な方でびっくりしたわ」
「え…!」
「ほ〜らな!グレイシアは見る目もある!」
「…?ど、どうしてヒューズさんが得意そうに……」
「婚約者が褒められりゃ得意にもなっちゃうだろ〜!」
あまりに高らかに笑いだすものだから、セシリアはとうとう笑ってしまった。
グレイシアも困ったように笑いながらヒューズを見つめる。
その眼差しを見ただけで、二人の間にあるものが両親や祖父母の間にあったそれと同じものだと分かった。
セシリアは胸の内で、そっと息をついた。
「あ、あの」
ヒューズが戦地から帰ってきて、こうして誰かの隣で笑えている事実が、ただ嬉しかった。
「ん?」
「遅くなってしまいましたけど……お二人とも、ご婚約、おめでとうございます」
きょとんとしてから、ヒューズの顔がこれ以上ないほど緩んだ。
「おう!ありがとな!」

グレイシアの料理は、ヒューズが何度も何度も自慢していただけあって本当に美味しかった。
一品ごとに「これはうまいぞ」「そっちは俺のイチオシだ」と勧めるヒューズを、グレイシアが何度も窘める。
セシリアにとっても、久しぶりに誰かと囲む食卓だった。
向かいから弾んだ声がして、誰かが笑えば、別の誰かが笑い返す。
かつては当たり前のように隣にあった幸せが、どれほど尊いものだったのかを思い知らされた。
食事を始めてしばらくすると、胃の辺りが重くなり始めた。
「……あれ、セシリアちゃん。腹いっぱいになったか?」
「は、はい!とっても美味しいので、もっと食べたいくらいなのですが」
再びグレイシアを褒められたヒューズは「だろ〜?」と誇らしげに鼻の下を伸ばしている。
「もう…。無理しないでくださいね?今日のキッシュ、バターを多く入れすぎちゃったな〜って、思ってたんです」
「そんな……!とってもおいしいです!」
気を遣わせてしまったと、セシリアは慌てて首を振った。
「ヒューズさんが羨ましいです。こんなに……美味しいご飯をこれから毎日食べられるなんて」
「だ〜ろぉ〜?」
さらに鼻の下を伸ばしたヒューズを見て、グレイシアが呆れたように笑った。
「残ってもこの人の朝食や、ご近所へのお裾分けにするから気にしないでください?」
「おっ!確かにそうだな。俺が食べる分が増えるからありがたいくらいだぞ!」
2人の気を遣わせない気遣いが胸に沁みた。
「…おふたりとも…ありがとうございます」
それから話題は士官学校時代へ移る。ヒューズが話を盛るたびにセシリアが訂正し、それを聞いたグレイシアが声を立てて笑っているうちに、今度は二人の婚約の話になった。
照れた婚約者を見て、ヒューズは隠しもしない幸福そうな笑みを浮かべている。
セシリアもつられて笑った。
今夜ここへ来てから、嬉しいと思うことばかりだ。
こんなふうに笑えたのは、随分と久しぶりだった。
「いらっしゃい、セシリアちゃん! 待ってたぞ〜!」
「こんばんは、ヒューズさん。よかったらこれ、食後にでも」
買ってきたりんごを籠ごと差し出すとヒューズは大きな身振りで受け取る。
「おっ!うまそうだ!わざわざサンキューな!」
明るい笑顔と声は、士官学校時代と変わらないように見える。
あの頃と比べ、頬が少し落ちていることを除けば。
数週間前、中央司令部で偶然再会したときにも感じたことだ。
自分は後方の野戦病院にいただけでも、あの惨状に心を削られた。
もっと前線にいたヒューズが、何も持ち帰らずに済んだはずがない。
だが、心配して尋ねることが必ずしも優しさになるとは限らない。
自分のように、できるだけ思い出さないようにしているかもしれないと言葉を飲み込んだ。
そんなセシリアをヒューズは「ほら、入った入った」といつもの調子で家の中へ招き入れた。
奥から、煮込み料理の温かな香りが漂ってくる。
「グレイシア、セシリアちゃん来たぞ!」
「はい」
奥から現れた女性を見て、セシリアは思わず足を止めた。
「初めまして。グレイシアです。いつもマースからお話は伺っています」
「は、初めまして……!セシリア・エアハートです。本日はお招きいただき……」
きちんと挨拶をしなくてはと、頭ではそう分かっている。
けれど同じ年頃の女性と、軍務でも学業でもない場所で向かい合うこと自体、大人になってからのセシリアにはほとんど経験がなかった。
緊張で、急に自分の両手の置き場まで気になってくる。
加えて、グレイシアはとても綺麗だった。
柔らかな栗色の髪に、新芽のように澄んだグリーンアイと、何より温かいその微笑みについつい目が奪われてしまっていた。
セシリアが固まっていることに気づいたグレイシアは、不思議そうに首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「!い、いえ!しっ、失礼しました……!」
頬へ一気に熱が集まる。
他所様の顔をじっと見るなんて失礼をとセシリアが慌てるより早く、隣でヒューズが噴き出した。
「グレイシアが綺麗だから見惚れてたんだろ〜、セシリアちゃん」
「え……!」
図星を突かれたセシリアはますます困った。
「……はい。そう……です。その、お綺麗な方だったものですから……」
「あ、あら……! ありがとうございます」
今度はグレイシアまで頬を赤くした。
「セシリアさんこそ、お写真で拝見したときよりずっと綺麗な方でびっくりしたわ」
「え…!」
「ほ〜らな!グレイシアは見る目もある!」
「…?ど、どうしてヒューズさんが得意そうに……」
「婚約者が褒められりゃ得意にもなっちゃうだろ〜!」
あまりに高らかに笑いだすものだから、セシリアはとうとう笑ってしまった。
グレイシアも困ったように笑いながらヒューズを見つめる。
その眼差しを見ただけで、二人の間にあるものが両親や祖父母の間にあったそれと同じものだと分かった。
セシリアは胸の内で、そっと息をついた。
「あ、あの」
ヒューズが戦地から帰ってきて、こうして誰かの隣で笑えている事実が、ただ嬉しかった。
「ん?」
「遅くなってしまいましたけど……お二人とも、ご婚約、おめでとうございます」
きょとんとしてから、ヒューズの顔がこれ以上ないほど緩んだ。
「おう!ありがとな!」

グレイシアの料理は、ヒューズが何度も何度も自慢していただけあって本当に美味しかった。
一品ごとに「これはうまいぞ」「そっちは俺のイチオシだ」と勧めるヒューズを、グレイシアが何度も窘める。
セシリアにとっても、久しぶりに誰かと囲む食卓だった。
向かいから弾んだ声がして、誰かが笑えば、別の誰かが笑い返す。
かつては当たり前のように隣にあった幸せが、どれほど尊いものだったのかを思い知らされた。
食事を始めてしばらくすると、胃の辺りが重くなり始めた。
「……あれ、セシリアちゃん。腹いっぱいになったか?」
「は、はい!とっても美味しいので、もっと食べたいくらいなのですが」
再びグレイシアを褒められたヒューズは「だろ〜?」と誇らしげに鼻の下を伸ばしている。
「もう…。無理しないでくださいね?今日のキッシュ、バターを多く入れすぎちゃったな〜って、思ってたんです」
「そんな……!とってもおいしいです!」
気を遣わせてしまったと、セシリアは慌てて首を振った。
「ヒューズさんが羨ましいです。こんなに……美味しいご飯をこれから毎日食べられるなんて」
「だ〜ろぉ〜?」
さらに鼻の下を伸ばしたヒューズを見て、グレイシアが呆れたように笑った。
「残ってもこの人の朝食や、ご近所へのお裾分けにするから気にしないでください?」
「おっ!確かにそうだな。俺が食べる分が増えるからありがたいくらいだぞ!」
2人の気を遣わせない気遣いが胸に沁みた。
「…おふたりとも…ありがとうございます」
それから話題は士官学校時代へ移る。ヒューズが話を盛るたびにセシリアが訂正し、それを聞いたグレイシアが声を立てて笑っているうちに、今度は二人の婚約の話になった。
照れた婚約者を見て、ヒューズは隠しもしない幸福そうな笑みを浮かべている。
セシリアもつられて笑った。
今夜ここへ来てから、嬉しいと思うことばかりだ。
こんなふうに笑えたのは、随分と久しぶりだった。
