Op.6 : 熾天使のカラー
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
午後になると、セシリアはコートの襟を正し、病院からいくつか通りを隔てた第三研究所へ向かった。
軍から命じられている研究を続けるため、ここへ通うこともすっかり日課になりつつある。
受付で身分証を示し、無機質な階段を上がる。
病院とは違い、研究所でセシリアを呼び止める者はほとんどいない。
廊下ですれ違う研究員たちは、彼女が新聞を賑わせた〝東の熾天使〟本人だと知っている者も多いだろう。それでも彼らの頭にあるのは、手元の資料や次の実験のことばかりだ。
わざわざ足を止めて眺める者はいない。
その無関心が、今のセシリアにはありがたかった。
割り当てられた研究室へ入り、コートを椅子の背へ掛ける。
鞄の内鍵を開けて取り出したのは、祖父が残した羊皮紙の束だった。
その上に置かれた軍の管理票には研究番号と、簡素な活字で一つの名称が記されている。
ROCET
書類上では、祖父の残した研究はそう呼ばれていた。
何度見ても、セシリアにはまだ馴染まない名前だった。
祖父が今どこにいるのかは依然として分からない。
けれど、この羊皮紙の文字を追っているあいだだけは、彼に少し近づけるような、また会えたような気がした。
「……やっぱり、ここも書きかけ?」
頁を追うほど、自分ではまだ届かない場所が現れる。
知識が足りないという悔しさを、途切れた計算式の一行一行が突きつけてくる。
書き散らされた語句の間へ、計算式と構築式が幾重にも重ねられている。
人体図の一部を思わせる書き込みもあったが、それが何なのか、分かるようで分からない。
セシリアはペン先を止めた。
内乱中は、この祖父の研究資料をじっくり見る暇などなかった。
しかしこうして改めて読み込んでいるうちに、異なる個体間の組織生着を狙った構築式らしいというところまでは分かってきた。
思い返せば、幼い頃した解剖実験でも、祖父は“同種の異個体間における臓器移植“の方法を実践を交えてよく教えてくれた。
「じゃあ、臓器移植のための理論……?」
にしては、どこか穴があるようにも見えた。
組織と組織を繋ぐ。言葉だけなら簡単だ。
しかし筋肉を骨へ接着しただけでは動かない。
神経が切れていれば命令は届かず、血管が繋がらなければ、その組織はやがて死ぬ。
形が繋がっていることと、生きて機能していることは違う。
セシリアは何度か羊皮紙と自分のメモを見比べた。
「この技術を、軍は何に……?」
新しい紙を引き寄せ、余白へゆっくりと書き留める。
『細胞生着後、何を以て“機能”とする?』
ペン先を離してから、その一文を見つめた。
祖父が生涯をかけたものなら。あれほど人を生かすことに執着した人が残したものなら。
必ず、どこかで誰かを救うことへ続いている。
そうでなければ、今自分がこの研究を続けている意味まで揺らいでしまいそうだ。
「……もう少しだけ」
第三研究所の窓から見える空が薄い藍色へ沈み始めた頃、セシリアはようやく手を止めた。
今夜はヒューズ宅に食事へ招かれている。
検体と書類を片付け、研究室を後にした。
軍から命じられている研究を続けるため、ここへ通うこともすっかり日課になりつつある。
受付で身分証を示し、無機質な階段を上がる。
病院とは違い、研究所でセシリアを呼び止める者はほとんどいない。
廊下ですれ違う研究員たちは、彼女が新聞を賑わせた〝東の熾天使〟本人だと知っている者も多いだろう。それでも彼らの頭にあるのは、手元の資料や次の実験のことばかりだ。
わざわざ足を止めて眺める者はいない。
その無関心が、今のセシリアにはありがたかった。
割り当てられた研究室へ入り、コートを椅子の背へ掛ける。
鞄の内鍵を開けて取り出したのは、祖父が残した羊皮紙の束だった。
その上に置かれた軍の管理票には研究番号と、簡素な活字で一つの名称が記されている。
書類上では、祖父の残した研究はそう呼ばれていた。
何度見ても、セシリアにはまだ馴染まない名前だった。
祖父が今どこにいるのかは依然として分からない。
けれど、この羊皮紙の文字を追っているあいだだけは、彼に少し近づけるような、また会えたような気がした。
「……やっぱり、ここも書きかけ?」
頁を追うほど、自分ではまだ届かない場所が現れる。
知識が足りないという悔しさを、途切れた計算式の一行一行が突きつけてくる。
書き散らされた語句の間へ、計算式と構築式が幾重にも重ねられている。
人体図の一部を思わせる書き込みもあったが、それが何なのか、分かるようで分からない。
セシリアはペン先を止めた。
内乱中は、この祖父の研究資料をじっくり見る暇などなかった。
しかしこうして改めて読み込んでいるうちに、異なる個体間の組織生着を狙った構築式らしいというところまでは分かってきた。
思い返せば、幼い頃した解剖実験でも、祖父は“同種の異個体間における臓器移植“の方法を実践を交えてよく教えてくれた。
「じゃあ、臓器移植のための理論……?」
にしては、どこか穴があるようにも見えた。
組織と組織を繋ぐ。言葉だけなら簡単だ。
しかし筋肉を骨へ接着しただけでは動かない。
神経が切れていれば命令は届かず、血管が繋がらなければ、その組織はやがて死ぬ。
形が繋がっていることと、生きて機能していることは違う。
セシリアは何度か羊皮紙と自分のメモを見比べた。
「この技術を、軍は何に……?」
新しい紙を引き寄せ、余白へゆっくりと書き留める。
『細胞生着後、何を以て“機能”とする?』
ペン先を離してから、その一文を見つめた。
祖父が生涯をかけたものなら。あれほど人を生かすことに執着した人が残したものなら。
必ず、どこかで誰かを救うことへ続いている。
そうでなければ、今自分がこの研究を続けている意味まで揺らいでしまいそうだ。
「……もう少しだけ」
第三研究所の窓から見える空が薄い藍色へ沈み始めた頃、セシリアはようやく手を止めた。
今夜はヒューズ宅に食事へ招かれている。
検体と書類を片付け、研究室を後にした。
