Op.5: 白銀の標
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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廊下に軍靴の音と小さな舌打ちが響く。
「……チッ」
反吐が出る。
セシリアへの同情より先に、軍への失望があった。
オリヴィエは、この国の軍人であることを恥じた日はない。
だからこそ、その頂に近い一部の連中が、国家の力を国民一人相手に振り翳していることが腹立たしかった。
父は南へ送られ、母は行方知れず。祖父母もいない。
資格も地位も名誉も与えておきながら、本人の側に立つ者だけが見事なほどいない。
その一方で、国家は彼女の居場所も研究も手の内へ置く。
医師免許を与えて、その資格は使わせない。
英雄として白く飾り立てながら、医者としては認めない。
値打ちのある頭だけを囲い、患者へ伸ばす手は叩き落とす。
「恥知らずめ」
頭脳があって、腕がある。あれほどの実力がありながらやや自信がなさげなのは気になるが、状況判断も悪くない。
生きている者を死なせまいとするあの横顔は、信念というよりほとんど執念を覚えた。
今日、己の目で見たものだけで十分だった。
(……良い医者になったではないか)
北の大国と睨み合える兵を一人育てるにも、相応の時間が要る。
軍服を着ていようと、一人につき一つしかない命を持った人間だ。
貴重な人材を湯水のごとく消費していくとは何と贅沢なことか。
ただ、腕利きの医者を見初めただけならば、
あの夜を覚えている必要はない
終戦式典で、夢を叶えたはずなのに少しも笑えていなかった顔が、胸に残っている必要もない
今日、血と煤に汚れた頬を拭った時、抱き留めた身体が記憶よりずっと軽かったことまで、引っ掛かる必要はないのだ。
ブリッグズは慈善施設ではない。
孤独な女を慰めるために、門を開けるほど甘い場所ではない。
それを情と呼ぶには、まだ少し早い。
ただ、かつて共に手を取り、自分の野望 を語った女が、ようやく辿り着いた場所でそれだけを取り上げられている。
無性に気に食わない。
なら連れていけばいい。
北へ。
自分なら。あの頭も腕も、その頑固なまでの執念も、余すところなく使ってやれる。
オリヴィエの口許へ、獲物を見つけた肉食獣めいた笑みが浮かんだ。

「ここで腐らせてはやらんぞ、セシリア・エアハート」
「……チッ」
反吐が出る。
セシリアへの同情より先に、軍への失望があった。
オリヴィエは、この国の軍人であることを恥じた日はない。
だからこそ、その頂に近い一部の連中が、国家の力を国民一人相手に振り翳していることが腹立たしかった。
父は南へ送られ、母は行方知れず。祖父母もいない。
資格も地位も名誉も与えておきながら、本人の側に立つ者だけが見事なほどいない。
その一方で、国家は彼女の居場所も研究も手の内へ置く。
医師免許を与えて、その資格は使わせない。
英雄として白く飾り立てながら、医者としては認めない。
値打ちのある頭だけを囲い、患者へ伸ばす手は叩き落とす。
「恥知らずめ」
頭脳があって、腕がある。あれほどの実力がありながらやや自信がなさげなのは気になるが、状況判断も悪くない。
生きている者を死なせまいとするあの横顔は、信念というよりほとんど執念を覚えた。
今日、己の目で見たものだけで十分だった。
(……良い医者になったではないか)
北の大国と睨み合える兵を一人育てるにも、相応の時間が要る。
軍服を着ていようと、一人につき一つしかない命を持った人間だ。
貴重な人材を湯水のごとく消費していくとは何と贅沢なことか。
ただ、腕利きの医者を見初めただけならば、
あの夜を覚えている必要はない
終戦式典で、夢を叶えたはずなのに少しも笑えていなかった顔が、胸に残っている必要もない
今日、血と煤に汚れた頬を拭った時、抱き留めた身体が記憶よりずっと軽かったことまで、引っ掛かる必要はないのだ。
ブリッグズは慈善施設ではない。
孤独な女を慰めるために、門を開けるほど甘い場所ではない。
それを情と呼ぶには、まだ少し早い。
ただ、かつて共に手を取り、自分の
無性に気に食わない。
なら連れていけばいい。
北へ。
自分なら。あの頭も腕も、その頑固なまでの執念も、余すところなく使ってやれる。
オリヴィエの口許へ、獲物を見つけた肉食獣めいた笑みが浮かんだ。

「ここで腐らせてはやらんぞ、セシリア・エアハート」
