Op.5: 白銀の標
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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医者にするためではなく、
研究をさせるために、医者という資格を与えた。
(…そういうことか)
終戦式典の日。
夢を叶えたはずの女が、少しも晴れやかな顔をしていなかった理由がオリヴィエの中で繋がった。
「では、あの式典での格好は?」
「あれか」
皮肉めいた笑みが浮かべるガードナー。
「なかなかよくできているだろう?民衆には慈愛の象徴。病院には『軍が資格をくれてやったからといって、諸君と同じ医師として遇せという意味ではない』という合図だ。一着で二つの顔が立つ」
「…………なるほど」
オリヴィエは内に湧き上がる不快感を抑えながら続けた。
「効果はあったようですな」
「うん?」
「部下が病院の医師と話した様子からして、エアハートはまともに診察にも執刀にも立たせてもらっていないのでは?」
「ああ、そのことか」
ガードナーは、もう興味を失ったように手元の書類へ目を落とした。
「むしろ都合がいい。エアハートは中央に置いておく必要がある。研究のためにな。あの病院ならこちらの目も届くし、第三研究所とのコネが特に効いてなにかと便もいい。それに免許を持たせておきながら、所属先がどこにもないのでは不審だろう?」
「研究を進めさせることが第1目的で、形式上、白衣を着せておく場所が要ると」
「身も蓋もなく言えばな」
「腕の良い医者を冷遇していることについては?」
「それで研究が止まるのか?」
「…………」
「…なら、今のところ問題はない。医者が幸福かどうかまで、国が面倒を見る義理はないだろう」
嫌味ではなく、それを損失として数える必要がないと、本気で思っている人間の口ぶりだった。
「医者の代わりはいくらでもいるが、ビル… 枢 の錬金術師の研究を継げる人間は限られる」
人差し指を持ち上げ、自分の"額の中心"を二度、軽くトントンと叩いた。
「ココだよ。我々が買っているのは。
あの娘の"頭脳 "だ」
「……事故現場では、その頭だけでなく腕も十分使えましたが」
「だからどうした?」
「医者として使わない理由にはならんでしょう」
「“使えない”とは言っていない。
“使う必要がない”と言っているんだよ」
「……」
オリヴィエの拳に小さく力が入っていることに気づくことなく、ガードナーは淡々と続けた。
「あの娘には最優先すべき仕事がある。医療機関に籍を置かせたのはあくまで形式上だ。診療へ出て余計な軋轢が生まれるというなら、出さなければいい。それだけだ」
そこでオリヴィエは追及を止めた。
これ以上同じ場所を叩いても、答えは変わらない。
ガードナーはセシリアを好いているわけでも、嫌っているわけでもない。
もっと始末が悪い。
一人の人間として、その秤へ載せていないのだ。
自分らにとって使える部分だけを抜き出し、残りは勘定から外す。
「……家族は、娘の今回の待遇について何も?」
「いないよ」
「いない?」
「行方不明だ。婆さんはたしか、内乱が始まるより前だから…ビルが失踪するよりも数年前だったかな。母親は、殲滅戦へ切り替わった頃にな」
祖父母は内乱開始時期に失踪。
母親は殲滅戦への移行とほぼ同時期に行方不明。
国家研究に携わっていた一族から、2代続けて3人もの人間が消えている。
偶然という札を貼るには、少々並びが良すぎた。
「エアハート少将が南へ移されたのも、殲滅戦が終わる前に、でしたな」
「あぁ、妻の失踪と娘の造反に対する監督責任を問われたというのは聞いていないか?」
「本当にそれだけで?」
ガードナーはご明察と言いたげに鼻で笑う。
「ヴィンセントは優秀だ。あれがいなければ手こずった戦争は多い。十分利益をもたらした。だがもうここでは用済みだ。頭が切れすぎる人間というのはな、使う分には便利でも、誰も進んで隣の椅子には座らせたくないものだ。南の国境戦に喘いでいればいい」
もう、相槌を打つ気にすらならなかった。
少なくとも、今欲しい答えも、必要に迫られた議論もこの男にはない。
「ところで少将」
いつの間にか、今度はガードナーの方がメガネ越しにじっとこちらを見ていた。
「はい」
「随分とあの娘に関心があるようだな」
口調は淡々としているが、その目には先ほどまでとは違う値踏みの色がある。
「何を考えている?」
「……珍しいものを見れば、多少は興味も湧きましょう。中央には随分と贅沢な人材運用 がおありのようですからな」
「皮肉に付き合う暇はないよ」
「結構。少なくとも——」
オリヴィエは敬礼後、踵を返した。
「使える者を捨て置けるほど、北は豊かではありません」
そう言い残し、執務室を後にした。
研究をさせるために、医者という資格を与えた。
(…そういうことか)
終戦式典の日。
夢を叶えたはずの女が、少しも晴れやかな顔をしていなかった理由がオリヴィエの中で繋がった。
「では、あの式典での格好は?」
「あれか」
皮肉めいた笑みが浮かべるガードナー。
「なかなかよくできているだろう?民衆には慈愛の象徴。病院には『軍が資格をくれてやったからといって、諸君と同じ医師として遇せという意味ではない』という合図だ。一着で二つの顔が立つ」
「…………なるほど」
オリヴィエは内に湧き上がる不快感を抑えながら続けた。
「効果はあったようですな」
「うん?」
「部下が病院の医師と話した様子からして、エアハートはまともに診察にも執刀にも立たせてもらっていないのでは?」
「ああ、そのことか」
ガードナーは、もう興味を失ったように手元の書類へ目を落とした。
「むしろ都合がいい。エアハートは中央に置いておく必要がある。研究のためにな。あの病院ならこちらの目も届くし、第三研究所とのコネが特に効いてなにかと便もいい。それに免許を持たせておきながら、所属先がどこにもないのでは不審だろう?」
「研究を進めさせることが第1目的で、形式上、白衣を着せておく場所が要ると」
「身も蓋もなく言えばな」
「腕の良い医者を冷遇していることについては?」
「それで研究が止まるのか?」
「…………」
「…なら、今のところ問題はない。医者が幸福かどうかまで、国が面倒を見る義理はないだろう」
嫌味ではなく、それを損失として数える必要がないと、本気で思っている人間の口ぶりだった。
「医者の代わりはいくらでもいるが、ビル…
人差し指を持ち上げ、自分の"額の中心"を二度、軽くトントンと叩いた。
「ココだよ。我々が買っているのは。
あの娘の"
「……事故現場では、その頭だけでなく腕も十分使えましたが」
「だからどうした?」
「医者として使わない理由にはならんでしょう」
「“使えない”とは言っていない。
“使う必要がない”と言っているんだよ」
「……」
オリヴィエの拳に小さく力が入っていることに気づくことなく、ガードナーは淡々と続けた。
「あの娘には最優先すべき仕事がある。医療機関に籍を置かせたのはあくまで形式上だ。診療へ出て余計な軋轢が生まれるというなら、出さなければいい。それだけだ」
そこでオリヴィエは追及を止めた。
これ以上同じ場所を叩いても、答えは変わらない。
ガードナーはセシリアを好いているわけでも、嫌っているわけでもない。
もっと始末が悪い。
一人の人間として、その秤へ載せていないのだ。
自分らにとって使える部分だけを抜き出し、残りは勘定から外す。
「……家族は、娘の今回の待遇について何も?」
「いないよ」
「いない?」
「行方不明だ。婆さんはたしか、内乱が始まるより前だから…ビルが失踪するよりも数年前だったかな。母親は、殲滅戦へ切り替わった頃にな」
祖父母は内乱開始時期に失踪。
母親は殲滅戦への移行とほぼ同時期に行方不明。
国家研究に携わっていた一族から、2代続けて3人もの人間が消えている。
偶然という札を貼るには、少々並びが良すぎた。
「エアハート少将が南へ移されたのも、殲滅戦が終わる前に、でしたな」
「あぁ、妻の失踪と娘の造反に対する監督責任を問われたというのは聞いていないか?」
「本当にそれだけで?」
ガードナーはご明察と言いたげに鼻で笑う。
「ヴィンセントは優秀だ。あれがいなければ手こずった戦争は多い。十分利益をもたらした。だがもうここでは用済みだ。頭が切れすぎる人間というのはな、使う分には便利でも、誰も進んで隣の椅子には座らせたくないものだ。南の国境戦に喘いでいればいい」
もう、相槌を打つ気にすらならなかった。
少なくとも、今欲しい答えも、必要に迫られた議論もこの男にはない。
「ところで少将」
いつの間にか、今度はガードナーの方がメガネ越しにじっとこちらを見ていた。
「はい」
「随分とあの娘に関心があるようだな」
口調は淡々としているが、その目には先ほどまでとは違う値踏みの色がある。
「何を考えている?」
「……珍しいものを見れば、多少は興味も湧きましょう。中央には随分と贅沢な
「皮肉に付き合う暇はないよ」
「結構。少なくとも——」
オリヴィエは敬礼後、踵を返した。
「使える者を捨て置けるほど、北は豊かではありません」
そう言い残し、執務室を後にした。
