Op.5: 白銀の標
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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先ほどまで軍務で訪問していた中央司令部へ蜻蛉返りしたオリヴィエは、一室を借りて駅舎事故の報告書をまとめていた。
死傷者数、現場へ投入した兵員に救助活動の経過。
憲兵と病院側から急ぎ上げさせた報告を照合し、事故原因については調査中と記して署名を入れようとした所で、扉が叩かれた。
「入れ」
現れたのは、先ほどセントラル大病院へ向かわせた部下だった。
「ただ今戻りました、閣下。病院側には事故の概要と、ドクター・エアハートが現場で救護に入った旨を伝えてあります」
「そうか」
それだけ答え、オリヴィエは次の書類へ手を伸ばしかけた。
だが、部下がその場を動かないので顔をあげる。
「どうした」
「それが、病院側は妙な反応で」
オリヴィエが無言で続きを促す。
「ドクターエアハートが処置に当たっていたと伝えたところ、『また勝手なことをしやがって』と」
「……」
「『熾天使だ何だと持ち上げられて、何でも自分の仕事だと思われても困っているんだ』とも。今日は医局にいられても邪魔になるから、司令部への書類届けをさせたそうです」
報告する本人まで、どこか釈然としていない顔をしている。
「私には、事故現場で邪魔になるような腕には見えませんでしたが」
「……だな」
器具も人手も足りない場所で重症者を選び、あるものを使い、人を動かし、救護班が来るまで乗客の命を保たせた。
あれを「邪魔」と呼ぶなら、病院側の問題とするところは"腕"ではなさそうだ。
オリヴィエは署名をしてテーブルに書面を滑らせた。
「ご苦労。これを大総統に送れ」
「はっ」
扉が閉じ、オリヴィエは机の端へ置いた封筒を見た。
セシリアが届けるはずだった、中央病院からの書類。
宛先の人物も、ちょうど軍議が終わる頃だろう。
事故報告書を提出したのち、オリヴィエはそのままガードナーの執務室へ足を向けた。
「失礼します」
「おや、少将。私を待っていると聞いたが、何の用だね?」
ガードナーは読みかけの書類へ栞代わりの指挟んで顔を上げた。
オリヴィエは持参した封筒を手渡した。
「こちらを届けに」
「ん?」
宛名を見て、片眉が上がった。
「これは中央病院から届く予定のものだが、なぜ君が?」
「届けるはずだった者が、途中でセントラル駅の脱線事故に捕まりましてな」
「ああ。君も現場にいたそうだな。それで、その医者は?」
「セシリア・エアハートです」
封を切ろうとしていた指が、ほんの僅かに止まった。
「…熾天使 か。今度はセントラル駅で人命救助とは。新聞社が食いつきそうな話だ」
「救護班が到着するまで、現場を持たせていました。イシュヴァールでの救命実績は、腕を見た限り、新聞の飾りばかりではなかったようですな」
「当然だろうとも。贋作とて、精巧でなければ人々を騙せまい」
ガードナーは書類を抜きながら、何でもないように返した。
その例えように、オリヴィエの目が僅かに細まる。
「…にも関わらず、セントラル病院では、あの女は随分と爪弾きされているそうですな」
ガードナーの視線だけが、書面からオリヴィエへ移る。
「病院にも部下 をやったのか」
「事故の報告を。あれだけの腕の医者が救護へ入ったというのに、部下曰く、『余計なことをした』という反応だったそうで」
「ああ」
ガードナーは驚きもしなかった。
「医局に置いておくより、書類届け にでも出した方が何かと丸いのだろうな」
まるで今日の天気でも評するような口調だった。
「どういうことでしょう?」
ガードナーは封筒から抜いた紙を裏返して机に置き、ゆるく背もたれへ身を預けた。
「君も組織を預かる身なら分かるだろう。何年も医学校へ通い、試験を受け、実地を積んで医師になった人間がいる。その中に、昨日まで学生だった娘が戦場からきて、『今日から医者です』だ。おまけに国家錬金術師の肩書までぶら下げている」
「彼女を含め、内乱に派遣された学生の多くは皆、停学措置を受けたのでは?」
「卒業資格も軍が認めたよ」
「……卒業、医師免許、国家錬金術師資格を一度に?」
「そうだ」
「功労があるにせよ、随分と気前がいいですな」
「ハッ。褒美だと思うかね?」
ガードナーの口許だけが僅かに笑い、指先で書類の角を揃えた。
「違う。あの娘は、イシュヴァールで軍令に背いた。経緯がどうあれ、殲滅命令後も軍に隠れてイシュヴァール人を治療していた」
「………造反、ですか」
「そうだ。まぁ、報告書上は、エアハートはイシュヴァールの武僧に拉致され、脅迫を受けて治療を強制されていたことになっているがね」
「誰が書いたもので?」
「ゾルフ・J・キンブリーだよ」
「紅蓮の錬金術師?」
つい数週間前、上官殺しで収監された男だ。
「その男の報告を、額面通りに受け取ったと?」
「馬鹿を言っちゃいけない。虚偽だろうが真実だろうが、大した違いはないというだけさ」
「と、言いますと?」
「小娘は利用価値が高い」
返答には、驚くほど温度がなかった。
「枢 の錬金術師であるビル・バーク=フロストの孫だ。処刑するより、祖父の研究を継がせる方が国益になる」
「……もしや、そのために医師免許と国家錬金術師資格を?」
「研究を続けるには、肩書も権限も必要だろう」
死傷者数、現場へ投入した兵員に救助活動の経過。
憲兵と病院側から急ぎ上げさせた報告を照合し、事故原因については調査中と記して署名を入れようとした所で、扉が叩かれた。
「入れ」
現れたのは、先ほどセントラル大病院へ向かわせた部下だった。
「ただ今戻りました、閣下。病院側には事故の概要と、ドクター・エアハートが現場で救護に入った旨を伝えてあります」
「そうか」
それだけ答え、オリヴィエは次の書類へ手を伸ばしかけた。
だが、部下がその場を動かないので顔をあげる。
「どうした」
「それが、病院側は妙な反応で」
オリヴィエが無言で続きを促す。
「ドクターエアハートが処置に当たっていたと伝えたところ、『また勝手なことをしやがって』と」
「……」
「『熾天使だ何だと持ち上げられて、何でも自分の仕事だと思われても困っているんだ』とも。今日は医局にいられても邪魔になるから、司令部への書類届けをさせたそうです」
報告する本人まで、どこか釈然としていない顔をしている。
「私には、事故現場で邪魔になるような腕には見えませんでしたが」
「……だな」
器具も人手も足りない場所で重症者を選び、あるものを使い、人を動かし、救護班が来るまで乗客の命を保たせた。
あれを「邪魔」と呼ぶなら、病院側の問題とするところは"腕"ではなさそうだ。
オリヴィエは署名をしてテーブルに書面を滑らせた。
「ご苦労。これを大総統に送れ」
「はっ」
扉が閉じ、オリヴィエは机の端へ置いた封筒を見た。
セシリアが届けるはずだった、中央病院からの書類。
宛先の人物も、ちょうど軍議が終わる頃だろう。
事故報告書を提出したのち、オリヴィエはそのままガードナーの執務室へ足を向けた。
「失礼します」
「おや、少将。私を待っていると聞いたが、何の用だね?」
ガードナーは読みかけの書類へ栞代わりの指挟んで顔を上げた。
オリヴィエは持参した封筒を手渡した。
「こちらを届けに」
「ん?」
宛名を見て、片眉が上がった。
「これは中央病院から届く予定のものだが、なぜ君が?」
「届けるはずだった者が、途中でセントラル駅の脱線事故に捕まりましてな」
「ああ。君も現場にいたそうだな。それで、その医者は?」
「セシリア・エアハートです」
封を切ろうとしていた指が、ほんの僅かに止まった。
「…
「救護班が到着するまで、現場を持たせていました。イシュヴァールでの救命実績は、腕を見た限り、新聞の飾りばかりではなかったようですな」
「当然だろうとも。贋作とて、精巧でなければ人々を騙せまい」
ガードナーは書類を抜きながら、何でもないように返した。
その例えように、オリヴィエの目が僅かに細まる。
「…にも関わらず、セントラル病院では、あの女は随分と爪弾きされているそうですな」
ガードナーの視線だけが、書面からオリヴィエへ移る。
「病院にも
「事故の報告を。あれだけの腕の医者が救護へ入ったというのに、部下曰く、『余計なことをした』という反応だったそうで」
「ああ」
ガードナーは驚きもしなかった。
「医局に置いておくより、
まるで今日の天気でも評するような口調だった。
「どういうことでしょう?」
ガードナーは封筒から抜いた紙を裏返して机に置き、ゆるく背もたれへ身を預けた。
「君も組織を預かる身なら分かるだろう。何年も医学校へ通い、試験を受け、実地を積んで医師になった人間がいる。その中に、昨日まで学生だった娘が戦場からきて、『今日から医者です』だ。おまけに国家錬金術師の肩書までぶら下げている」
「彼女を含め、内乱に派遣された学生の多くは皆、停学措置を受けたのでは?」
「卒業資格も軍が認めたよ」
「……卒業、医師免許、国家錬金術師資格を一度に?」
「そうだ」
「功労があるにせよ、随分と気前がいいですな」
「ハッ。褒美だと思うかね?」
ガードナーの口許だけが僅かに笑い、指先で書類の角を揃えた。
「違う。あの娘は、イシュヴァールで軍令に背いた。経緯がどうあれ、殲滅命令後も軍に隠れてイシュヴァール人を治療していた」
「………造反、ですか」
「そうだ。まぁ、報告書上は、エアハートはイシュヴァールの武僧に拉致され、脅迫を受けて治療を強制されていたことになっているがね」
「誰が書いたもので?」
「ゾルフ・J・キンブリーだよ」
「紅蓮の錬金術師?」
つい数週間前、上官殺しで収監された男だ。
「その男の報告を、額面通りに受け取ったと?」
「馬鹿を言っちゃいけない。虚偽だろうが真実だろうが、大した違いはないというだけさ」
「と、言いますと?」
「小娘は利用価値が高い」
返答には、驚くほど温度がなかった。
「
「……もしや、そのために医師免許と国家錬金術師資格を?」
「研究を続けるには、肩書も権限も必要だろう」
