Op.5: 白銀の標
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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セントラル病院へ戻れば、机の上には高く積まれた帳簿の束が待っていた。
(朝来た時より増えてる…?)
その光景に小さくため息をついた時、医局の外を白衣姿の医師が患者を伴って通り過ぎて行った。
「急患通りまーす!」
看護師の声が響く。
その瞬間、セシリアの身体は考えるより先に動いていた。
運び込まれてくる担架を目で追った。
男は腹部を押さえ、痛みに顔を歪めていた。だが意識はある。外から見える出血は多くない。
嫌な兆候を見逃せず、セシリアは思わず口を挟んだ。
「バイタルは?」
担架を押していた看護師が反射的に答えかけた。
「血圧90、タキって——」
「エアハート君」
やって来たのは指導医 だった。
「何をしている?」
「ぁ……外傷を見て…血圧も落ちていますし、もし腹腔内に出血が」
「それは担当医が判断する」
その声と入れ替わるように、一人の医師が医局から駆け出してきた。
担架へ並び、患者の状態を確認しながら指示を出していく。
「急患の連絡は入っている。担当医も入る手術室 も決まっている。君が割って入る必要はない」
言っていることは分かる。ここは野戦病院ではない。患者には担当があり、自分の行動の責任を負う者がいる。
「……すみません」
頭を下げかけた時、担架の男が呻いた。
冷たい汗。浅い呼吸。腹部を庇うような姿勢。
気づけば、足が半歩だけ前へ出たが、指導医 がゆっくりとセシリアの前に回りこんで立ち塞がる。
「聞こえなかったか?」
「っ…で、でも、何か手伝えることがー」
「担当医がいると言っている!」
「っ!」
普段は物静かな指導医 の突然の怒鳴り声に肩が跳ねた。
「ここは戦場じゃない。患者を見つけるたび飛びつくな。関係のない人間が割り込むのは、かえって邪魔だ」
そこまでは理解できた。
だが指導医は、そこで止めなず、毒を含んだ眼差しを注ぎ落とした。
「それともイシュヴァールでは何にでも首を突っ込んでいたのか? 新聞にも載れて満足だろう、“東の熾天使 “殿」
それは今、セシリアが最も耳を塞ぎたくなる呼び名だった。
「……っ」
「大層な資格をもらったからといって、病院の秩序まで飛び越えられると思うなよ?」
「そっそんなつもりはー」
「なら、持ち場へ戻れ」
「………はい」
遠ざかる担架の縁から垂れた患者の手が、扉の向こうへ消えていった。
指導医の言葉には一理ある。
院内規則を踏まえない勝手な立ち回りは、かえって患者を危険に晒すこともあるのだろう。
それでも、すべてが正しいとは思えなかった。
「……」
医局の隅の自分の一際古いデスクに戻り、セシリアは帳簿に目を落とす。
デスクの真ん中に、先ほどまで無かったはずの新たな書類の束が無造作に置かれている。
「……やらなくちゃ」
患者の前に立つことだけが命を支える仕事ではない。そう自分へ言い聞かせる。
せめて今の自分も、どこかで命へ繋がっているのだと。
そう信じていたかった。
(朝来た時より増えてる…?)
その光景に小さくため息をついた時、医局の外を白衣姿の医師が患者を伴って通り過ぎて行った。
「急患通りまーす!」
看護師の声が響く。
その瞬間、セシリアの身体は考えるより先に動いていた。
運び込まれてくる担架を目で追った。
男は腹部を押さえ、痛みに顔を歪めていた。だが意識はある。外から見える出血は多くない。
嫌な兆候を見逃せず、セシリアは思わず口を挟んだ。
「バイタルは?」
担架を押していた看護師が反射的に答えかけた。
「血圧90、タキって——」
「エアハート君」
やって来たのは
「何をしている?」
「ぁ……外傷を見て…血圧も落ちていますし、もし腹腔内に出血が」
「それは担当医が判断する」
その声と入れ替わるように、一人の医師が医局から駆け出してきた。
担架へ並び、患者の状態を確認しながら指示を出していく。
「急患の連絡は入っている。担当医も入る
言っていることは分かる。ここは野戦病院ではない。患者には担当があり、自分の行動の責任を負う者がいる。
「……すみません」
頭を下げかけた時、担架の男が呻いた。
冷たい汗。浅い呼吸。腹部を庇うような姿勢。
気づけば、足が半歩だけ前へ出たが、
「聞こえなかったか?」
「っ…で、でも、何か手伝えることがー」
「担当医がいると言っている!」
「っ!」
普段は物静かな
「ここは戦場じゃない。患者を見つけるたび飛びつくな。関係のない人間が割り込むのは、かえって邪魔だ」
そこまでは理解できた。
だが指導医は、そこで止めなず、毒を含んだ眼差しを注ぎ落とした。
「それともイシュヴァールでは何にでも首を突っ込んでいたのか? 新聞にも載れて満足だろう、“東の
それは今、セシリアが最も耳を塞ぎたくなる呼び名だった。
「……っ」
「大層な資格をもらったからといって、病院の秩序まで飛び越えられると思うなよ?」
「そっそんなつもりはー」
「なら、持ち場へ戻れ」
「………はい」
遠ざかる担架の縁から垂れた患者の手が、扉の向こうへ消えていった。
指導医の言葉には一理ある。
院内規則を踏まえない勝手な立ち回りは、かえって患者を危険に晒すこともあるのだろう。
それでも、すべてが正しいとは思えなかった。
「……」
医局の隅の自分の一際古いデスクに戻り、セシリアは帳簿に目を落とす。
デスクの真ん中に、先ほどまで無かったはずの新たな書類の束が無造作に置かれている。
「……やらなくちゃ」
患者の前に立つことだけが命を支える仕事ではない。そう自分へ言い聞かせる。
せめて今の自分も、どこかで命へ繋がっているのだと。
そう信じていたかった。
