Op.5: 白銀の標
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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そんな折、ゾルフ・J・キンブリーが上官殺しによって収監されたと耳にした。
セシリアは何度か申請を重ね、ようやく面会を取りつけた。
「しっ、失礼します……」
厳重な警備の向こうで手枷を嵌められた男は、彼女を見るなり愉快そうに微笑んだ。
「私に会いに来る物好きはどこのどなたかと思えば。あなたでしたか、ドクター・エアハート。またお会いできて光栄です。お身体の具合はいかがです?」
「その……はい……大丈夫、です」
心身の具合が良いとは言い難いものの反射的にそう返した。そんなセシリアを見透かしてるのか相変わらず隙のない笑みを浮かべていた。
こちらに用件があると分かっているのだろう。キンブリーは何も急かさず、セシリアの次の言葉を待っていた。
「……あ、あの。“あの場所”で私を保護してくださったのは、キンブリーさんの班だったと聞きました」
「ええ」
「あの……ありがとうございました。あのあと先生に診ていただいて、いつ倒れてもおかしくない状態だったと言われて……自分では、そこまで酷いと思っていなくて」
キンブリーは「おやおや」と肩を竦めた。
「それを伝えるためだけに、わざわざ面倒な手続きを?」
「いえ、それだけでは……でもまず、お礼は言っておかないと、と…」
「気にする必要はありません。私は自分の仕事をしただけです」
セシリアは一瞬ためらってから、もう一つ胸に引っ掛かっていたことを口にした。
「仕事……将校殺害も、その一つですか?」
内乱を押し進めた上官を、彼なりの理由で粛清した可能性も考えていた。しかしーー
「あれは私個人のためですよ」
人を殺めたことについて語っているとは思えないほど、さらりとした口調だった。
なぜそんなことを?
問いかけたところで、おそらく自分とでは命に対する尺度そのものが違うのだろうと分かっていたセシリアはそうですか、と返す他なかった。
「おっと、それが本題でもないのでしょう?あなたとなら、ぜひゆっくり語らいたいところですが、生憎ここでは紅茶もお出しできませんので」
「……そ、その」
セシリアは膝の上で指を組んだ。
「キンブリーさんが、その時のことを報告したんですよね?私があそこにいた時の…」
「いかにも」
「そのときのことは、何と……?」
「ありのままを」
一拍置いて、男は優雅に続けた。
「あなたはイシュヴァール人に拉致され、脅迫を受けて治療を強制されていた、と」
「……やっぱり」
ありのままどころか、虚偽そのものだった。
『私にできるだけのことはいたしましょう』
あの時のキンブリーの言葉が蘇る。と同時に
『“造反の不問”を代価にしたところで、首輪を嵌められては喜べないかな?』
と冷ややかな声を耳元に落としたキング・ブラッドレイ。
彼はキンブリーの報告が偽りだと見抜いていた。
知った上で、自分は生かされた。
「どうして……」
零れた問いはキンブリーへ向けたものだったはずなのに、その向こうにいる大総統へ届いてほしい言葉でもあるような気がした。
薄暗い面会室で、紅蓮の錬金術師は貴人のように微笑んでいる。
「以前申し上げた通りですよ。私は、己の美学を貫く人間が好きなのです」
「……本当に、それだけで?」
「ご不満ですか?」
セシリアは言葉を探したが、結局小さく首を振った。
「…分かりません」
本来銃殺刑でもおかしくないところを救われた。けれど、その命には銀時計と指令書が枷のように嵌められている。
素直に感謝だけを差し出せるほど、今のセシリアは単純ではなかった。
セシリアには、収監されているキンブリーのほうが余程自由を得ているように見えた。
「新聞、見ました」
俯くセシリアにキンブリーが唐突に告げた。
「どうやら、私がしたことは余計なお節介だったようですね」
「報告書のこと……ですか?」
目を伏せ、ひと呼吸置いてから「えぇ」と返すと、キンブリーはガチャリと手枷を鳴らす。
「とはいえ、今の私ではあなたの足元で跪くこともままならない」
「い、いえ。いいんです。……あ、でも、それなら」
セシリアの視線が、その枷の先の両手へ落ちた。
「きっ、キンブリーさんの錬金術について、少し……教えていただけませんか」
「私の…?」
今度はキンブリーの方が僅かに眉をひそめた。
「軍から、祖父の研究を引き継ぐよう命じられたんです。何か参考に……できることがあるかもしれなくて」
「あなたの手は、人を救うためのものでしょう。私の錬金術とは正反対だ」
「研究の答えが、研究室の中にだけあるとは限りませんから」
それまで所在なげに縮こまっていたセシリアが、そこだけは言い切った様子を見てキンブリーの口角が上がる。
「いいでしょう」
差し出された左右の掌には、それぞれ異なる構築式が刻まれていた。
片方だけでは成立しない。
二つの式を組み合わせることで、初めて一つの錬成へ至る。
セシリアは食い入るように、その構造を追った。
「……別々の構築式を合わせて、一つの錬成に……」
胸の奥で、何かが小さく引っ掛かったが、まだ形にはならない。
「分かりました。ありがとうございます」
「もうよろしいので?」
「はい。そろそろ戻らないと……休憩時間を使って来ているので」
「それはお忙しいことで」
セシリアが立ち上がろうとしたところで、キンブリーが名を呼んだ。
「セシリア・エアハート」
「?」
キンブリーは花でも愛でるように微笑みかける。
「軍が何をあなたに被せようと、染まる必要はありませんよ」
「……」
真意を測りかねたまま、セシリアは曖昧に頭を下げる。
「はい……失礼します」
扉が閉じる。
その向こうに、紅蓮の錬金術師の笑みだけが残った。

「また、お会いしましょう」
セシリアは何度か申請を重ね、ようやく面会を取りつけた。
「しっ、失礼します……」
厳重な警備の向こうで手枷を嵌められた男は、彼女を見るなり愉快そうに微笑んだ。
「私に会いに来る物好きはどこのどなたかと思えば。あなたでしたか、ドクター・エアハート。またお会いできて光栄です。お身体の具合はいかがです?」
「その……はい……大丈夫、です」
心身の具合が良いとは言い難いものの反射的にそう返した。そんなセシリアを見透かしてるのか相変わらず隙のない笑みを浮かべていた。
こちらに用件があると分かっているのだろう。キンブリーは何も急かさず、セシリアの次の言葉を待っていた。
「……あ、あの。“あの場所”で私を保護してくださったのは、キンブリーさんの班だったと聞きました」
「ええ」
「あの……ありがとうございました。あのあと先生に診ていただいて、いつ倒れてもおかしくない状態だったと言われて……自分では、そこまで酷いと思っていなくて」
キンブリーは「おやおや」と肩を竦めた。
「それを伝えるためだけに、わざわざ面倒な手続きを?」
「いえ、それだけでは……でもまず、お礼は言っておかないと、と…」
「気にする必要はありません。私は自分の仕事をしただけです」
セシリアは一瞬ためらってから、もう一つ胸に引っ掛かっていたことを口にした。
「仕事……将校殺害も、その一つですか?」
内乱を押し進めた上官を、彼なりの理由で粛清した可能性も考えていた。しかしーー
「あれは私個人のためですよ」
人を殺めたことについて語っているとは思えないほど、さらりとした口調だった。
なぜそんなことを?
問いかけたところで、おそらく自分とでは命に対する尺度そのものが違うのだろうと分かっていたセシリアはそうですか、と返す他なかった。
「おっと、それが本題でもないのでしょう?あなたとなら、ぜひゆっくり語らいたいところですが、生憎ここでは紅茶もお出しできませんので」
「……そ、その」
セシリアは膝の上で指を組んだ。
「キンブリーさんが、その時のことを報告したんですよね?私があそこにいた時の…」
「いかにも」
「そのときのことは、何と……?」
「ありのままを」
一拍置いて、男は優雅に続けた。
「あなたはイシュヴァール人に拉致され、脅迫を受けて治療を強制されていた、と」
「……やっぱり」
ありのままどころか、虚偽そのものだった。
『私にできるだけのことはいたしましょう』
あの時のキンブリーの言葉が蘇る。と同時に
『“造反の不問”を代価にしたところで、首輪を嵌められては喜べないかな?』
と冷ややかな声を耳元に落としたキング・ブラッドレイ。
彼はキンブリーの報告が偽りだと見抜いていた。
知った上で、自分は生かされた。
「どうして……」
零れた問いはキンブリーへ向けたものだったはずなのに、その向こうにいる大総統へ届いてほしい言葉でもあるような気がした。
薄暗い面会室で、紅蓮の錬金術師は貴人のように微笑んでいる。
「以前申し上げた通りですよ。私は、己の美学を貫く人間が好きなのです」
「……本当に、それだけで?」
「ご不満ですか?」
セシリアは言葉を探したが、結局小さく首を振った。
「…分かりません」
本来銃殺刑でもおかしくないところを救われた。けれど、その命には銀時計と指令書が枷のように嵌められている。
素直に感謝だけを差し出せるほど、今のセシリアは単純ではなかった。
セシリアには、収監されているキンブリーのほうが余程自由を得ているように見えた。
「新聞、見ました」
俯くセシリアにキンブリーが唐突に告げた。
「どうやら、私がしたことは余計なお節介だったようですね」
「報告書のこと……ですか?」
目を伏せ、ひと呼吸置いてから「えぇ」と返すと、キンブリーはガチャリと手枷を鳴らす。
「とはいえ、今の私ではあなたの足元で跪くこともままならない」
「い、いえ。いいんです。……あ、でも、それなら」
セシリアの視線が、その枷の先の両手へ落ちた。
「きっ、キンブリーさんの錬金術について、少し……教えていただけませんか」
「私の…?」
今度はキンブリーの方が僅かに眉をひそめた。
「軍から、祖父の研究を引き継ぐよう命じられたんです。何か参考に……できることがあるかもしれなくて」
「あなたの手は、人を救うためのものでしょう。私の錬金術とは正反対だ」
「研究の答えが、研究室の中にだけあるとは限りませんから」
それまで所在なげに縮こまっていたセシリアが、そこだけは言い切った様子を見てキンブリーの口角が上がる。
「いいでしょう」
差し出された左右の掌には、それぞれ異なる構築式が刻まれていた。
片方だけでは成立しない。
二つの式を組み合わせることで、初めて一つの錬成へ至る。
セシリアは食い入るように、その構造を追った。
「……別々の構築式を合わせて、一つの錬成に……」
胸の奥で、何かが小さく引っ掛かったが、まだ形にはならない。
「分かりました。ありがとうございます」
「もうよろしいので?」
「はい。そろそろ戻らないと……休憩時間を使って来ているので」
「それはお忙しいことで」
セシリアが立ち上がろうとしたところで、キンブリーが名を呼んだ。
「セシリア・エアハート」
「?」
キンブリーは花でも愛でるように微笑みかける。
「軍が何をあなたに被せようと、染まる必要はありませんよ」
「……」
真意を測りかねたまま、セシリアは曖昧に頭を下げる。
「はい……失礼します」
扉が閉じる。
その向こうに、紅蓮の錬金術師の笑みだけが残った。

「また、お会いしましょう」
