Op.5: 白銀の標
ブリッグズ要塞 赴任者 名義変更
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翌朝、新聞を開いたセシリアは、紙面いっぱいに躍る文字を見つめていた。
『東の 熾天使 の栄冠』
そこで初めて、昨日から幾度となく耳へ入っていた呼び名が、自分を指していたのだと知った。
記事の中に、軍令に背いた女はいない。
そこにいるのは、傷ついたアメストリス兵へ分け隔てなく慈悲を注ぎ続けた、気高く献身的な女医だった。
「こんなことって…」
紙面を持つ指へ、いつの間にか力が入っていた。
自分の造反を隠すだけなら、まだ分かる。
軍令に背いた兵士の存在など、公にしたところで軍の威信を損なうだけだろう。
だが彼らは、事実を消しただけではなかった。
空いた場所へ、都合のいい別人を据えたのだ。
戦争という軍政の汚点へ白いヴェールを一枚掛けるための、見栄えのいい装飾。
昨日、自分の頭へ載せられたナースキャップとよく似ていた。
白く、清潔で、美しい。
その下にある生々しい真実を、ひた隠しにするための白。
「それにしても……熾天使、って」
燃え盛るほどの愛をもって神へ仕え、その炎で人々を照らし、不浄を焼き清める天使。
記憶にある意味を辿って、セシリアは瞳を曇らせた。
(真実まで焼いてしまった、という意味でも込められてるのかしら)
誰が名付けたのかは知らない。
いずれにせよ、自分にはあまりにも仰々しく不相応な名だ、とセシリアは新聞を畳み、その呼び名ごと記憶の奥へ押し込んだ。
そのままセシリアはセントラル病院への勤務を命じられた。
国内最高峰の設備と技術が集まり、医学生なら一度は憧れる場所。本来なら狭き門である採用面接も、セシリアに限ってはほとんど形式に過ぎなかった。
だからといって、病院まで彼女を歓迎したわけではない。
「エアハートさん、これも整理しておいて」
「あ、それが終わったら器材庫の確認も頼む。帳簿と数が合わないらしい」
「……はい」
机へ、また書類の束が積まれる。
医師免許はある。
白衣も着ている。
けれど診察室へ呼ばれることはなく、任されるのは書類の整理や器械類の点検、在庫管理といった、患者へ直接触れない仕事ばかりだった。
当然、メスを握らせる者もいない。
無免許だったイシュヴァールの救護所の方が、よほど医者として働いていた。
廊下を歩けば、背後から声が追ってくることもある。
「見て。Dr.熾天使よ」
「古いな。今ならドクター・ナースじゃないか?」
「私たちと一緒にしないでくださいよ室長。けど、あんなおどおどした人が本当に内乱に?」
「さあな。軍があれだけ持ち上げるんだ。何かあるんだろう」
「はぁーあ、羨ましっ。試験も面接もなしでここに入れるなんて」
「偉大な祖父に将校の父…いいご身分だからな、金でも積んだんだろう?」
忍び笑いが背中を追ってくる。
振り返ることはできなかった。
自分は医者なのだと、言えばいい。
証明する紙なら持っている。
けれど誰よりも、その資格を自分の手で勝ち取ったのではないと知っている本人には、その一枚を盾に胸を張ることができなかった。
机の引き出しには銀時計。
その下には、祖父の研究の継続を命じる軍の指令書。
患者へ触れる医者としては必要とされない。
それなのに、ビルの孫として、その知識と錬金術だけは求められている。
その歪さを、セシリアはまだうまく言葉にできずにいた。
『東の
そこで初めて、昨日から幾度となく耳へ入っていた呼び名が、自分を指していたのだと知った。
記事の中に、軍令に背いた女はいない。
そこにいるのは、傷ついたアメストリス兵へ分け隔てなく慈悲を注ぎ続けた、気高く献身的な女医だった。
「こんなことって…」
紙面を持つ指へ、いつの間にか力が入っていた。
自分の造反を隠すだけなら、まだ分かる。
軍令に背いた兵士の存在など、公にしたところで軍の威信を損なうだけだろう。
だが彼らは、事実を消しただけではなかった。
空いた場所へ、都合のいい別人を据えたのだ。
戦争という軍政の汚点へ白いヴェールを一枚掛けるための、見栄えのいい装飾。
昨日、自分の頭へ載せられたナースキャップとよく似ていた。
白く、清潔で、美しい。
その下にある生々しい真実を、ひた隠しにするための白。
「それにしても……熾天使、って」
燃え盛るほどの愛をもって神へ仕え、その炎で人々を照らし、不浄を焼き清める天使。
記憶にある意味を辿って、セシリアは瞳を曇らせた。
(真実まで焼いてしまった、という意味でも込められてるのかしら)
誰が名付けたのかは知らない。
いずれにせよ、自分にはあまりにも仰々しく不相応な名だ、とセシリアは新聞を畳み、その呼び名ごと記憶の奥へ押し込んだ。
そのままセシリアはセントラル病院への勤務を命じられた。
国内最高峰の設備と技術が集まり、医学生なら一度は憧れる場所。本来なら狭き門である採用面接も、セシリアに限ってはほとんど形式に過ぎなかった。
だからといって、病院まで彼女を歓迎したわけではない。
「エアハートさん、これも整理しておいて」
「あ、それが終わったら器材庫の確認も頼む。帳簿と数が合わないらしい」
「……はい」
机へ、また書類の束が積まれる。
医師免許はある。
白衣も着ている。
けれど診察室へ呼ばれることはなく、任されるのは書類の整理や器械類の点検、在庫管理といった、患者へ直接触れない仕事ばかりだった。
当然、メスを握らせる者もいない。
無免許だったイシュヴァールの救護所の方が、よほど医者として働いていた。
廊下を歩けば、背後から声が追ってくることもある。
「見て。Dr.熾天使よ」
「古いな。今ならドクター・ナースじゃないか?」
「私たちと一緒にしないでくださいよ室長。けど、あんなおどおどした人が本当に内乱に?」
「さあな。軍があれだけ持ち上げるんだ。何かあるんだろう」
「はぁーあ、羨ましっ。試験も面接もなしでここに入れるなんて」
「偉大な祖父に将校の父…いいご身分だからな、金でも積んだんだろう?」
忍び笑いが背中を追ってくる。
振り返ることはできなかった。
自分は医者なのだと、言えばいい。
証明する紙なら持っている。
けれど誰よりも、その資格を自分の手で勝ち取ったのではないと知っている本人には、その一枚を盾に胸を張ることができなかった。
机の引き出しには銀時計。
その下には、祖父の研究の継続を命じる軍の指令書。
患者へ触れる医者としては必要とされない。
それなのに、ビルの孫として、その知識と錬金術だけは求められている。
その歪さを、セシリアはまだうまく言葉にできずにいた。
